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(だいたい、なんだよエリスちゃん、って……自分より一回りも年下の女の子にちゃん付けで呼ばれる町長がどこにいるんだ)
マイが「エリスちゃん」と迷いなく呼んだという事は、もしかしてこの町長、自分で呼び方を指定してるんじゃないだろうな? 正宗はそう考え、更にうんざりした。
そう言えば、正宗にも呼び捨てにするよう、脅しに近い行動を取っていた。
(ああ、ここから追い出したい)
こんなアホ町長が看護師をしていたのでは進む診察も進まなくなってしまう。正宗は奇妙な焦燥感を覚え、どうすればエリスを診察室から追い出せるのか考え始めた。だが、良いアイディアが一つも浮かばないうちに、
「先生! マイちゃん大当たりだよ!」
エリスの良く通る声が耳元で響き、我に返った。
「大当たり?」
「そ、大当たり! さあ、マイちゃんとじゃんけんして!」
はぁ? と思いつつマイを見ると、診察室に入って来た時の不安げな顔はどこへやら、両目を期待にキラキラと輝かせて正宗を見詰めている。
「……」
「さ、早く早く! じゃ、私が歌うからね! や~きゅうう~♪ す~るなら~♪」
言うが早いか、エリスがダンスを踊りながら野球拳の歌を歌い出した。
豊かなバストを揺らし、プリンッとしたお尻を振り、ぷるぷるくねくねふりふりくるくると躍るエリスの奇妙なセクシーダンスを見ていると、歌と合わせて無駄に上手いのがムカつく上に精神力を吸い取られていくような気がして眩暈がして来る。
そして、こうなったらもう誰にもエリスを止める事は出来ないだろう。
しかも、マイは手を後ろに隠して今か今かと勝負の時を待ち侘びているようだ。
「アウト! セーフ! よよいの……」
(仕方ない、負けるわけにはいかんだろ)
正宗は、ワクテカしているマイの様子を見て、恐らくグーを出すだろうと予測した。
こういう場合、大体の日本人にとって古来から『最初はグー』に決まっているものだ。これは意外と的を外さず、特にマイのような真面目なタイプはその傾向が強い。
もちろん、正宗がマイの手をグーと判断したのはそれ以外にもマイの表情や微小な顔面筋肉の動きなど、様々な情報を一瞬にして読み取ったからであるが。
「よい!!」
少しタメてから叫んだエリスの声と共に、正宗とマイがほぼ同時に手を出した。
結果は、正宗の予想通りマイはグーで、正宗はそれに対応したパー。もちろん、正宗の勝ちだ。
「おー、さすが先生。お強いお強い」
流し目で正宗を見詰め、くすくすと忍び笑いをしつつエリスが褒める。
「やん、負けちゃったぁ」
マイは自分の出したグーを鼻先に持って来て、残念そうにシュンとしている。
「じゃあマイちゃん、服脱いで」
「はぁい」
だが、エリスに言われたマイは不満を唱える事なく、さっと気楽に服を脱ぐ。マイが着ていたのは水色のワンピースだったので、一枚脱いだらすぐに下着姿となってしまった。
マイは少女らしいすらっとした肉体の持ち主で、胸はほぼふくらみが無く、サイズは間違いなくAカップだろう。もしかすると、AAカップかもしれない。ウエストも細く、前から見る限りヒップも小さくボリューム感は感じられない。
正宗はマイの肉体を見て、隣に立ってニコニコしているグラマラスなエリスとの差に軽く驚く。もちろん、どちらが優れているとかいう事ではなく、両極端な肉体的特徴を持つ二人が並んでいる事に医学的・成長学的な興味を惹かれたのだ。
と、そんな事を考えている場合じゃない。正宗は自分のすべき仕事を思い出し、思わず叫んだ。
「ちょっと待った! まだ服を脱ぐ段階じゃない」
聴診器をあてるどころか、まだ問診すら終わってないのに服を脱がれても仕方がないのだ。正宗自身も完全にエリスのペースに巻き込まれてしまっているので、ここに至ってようやく今更過ぎるセリフを吐く羽目になってしまった。
「あは、そう言えばそうだっけ。で、マイちゃん。どこから何が出たの?」
エリスがコツン、と自分の頭を軽く小突き、唇の端から舌を出してお気に入りらしい『テヘぺロ』を実行する。
(だから、それを聞けたら苦労は無いっつうの)
エリスの計算高いテヘぺロが含むイヤラシさと、全く無駄に発揮される可愛らしさに、正宗はまたしても何とも言えないイラつきを募らせた。
「あ、あのね、アソコから白いおしっこが出たの」
「答えるんかい!」
あっけらかん、とエリスに答えたマイに向かい、正宗は激しく突っ込まざるを得ない。
「そっかぁ、白いおしっこねぇ……先生、そういう病状に心当たりは有る?」
だが、エリスは正宗のツッコミを完全にスルーし、マジメな調子で尋ねて来た。
「……そうだね、女性の小水が白濁する原因として考えられるのは、尿路のどこかで炎症や化膿性の病気が発生していて膿が混じる事かな。でも、直近に摂取した飲食物の影響や、一時的な体調不良でも尿の白濁が起きる事もある。とにかく、尿検査をしてみよう」
条件反射のツッコミをマイとエリスにスルーされ一抹の寂しさを感じた正宗だったが、すぐに気を取り直して診察を再開する。すると二人はその説明に聞き入り、なるほど、へええなどと感嘆の声を上げた。
「とりあえず、せっかく脱いだんだから聴診器を当てて雑音が無いか聴いてみよう。草刈さん、椅子に腰かけて下さい」
「はーい」
マイは砕けた調子で返事を返し、とすっと患者用の椅子に座った。最初のおどおどした様子はどこへやら、すっかりリラックスムードになっている。
(まあ、これもエリス町長の人徳ってやつか?)
不安になっている患者をリラックスさせ、診察しやすいようにするのは中々難しく、ベテランの看護師でも手こずる事が多い。そういう意味では、エリスは優れた看護師と言えるかもしれない。
正宗はそんな事を思いながら、椅子に腰掛けたマイの胸の上部から胸下、腹、横腹など、数か所に聴診器を当てて人体内の音を聞くことに集中した。この聴診器はウォーマー付きなので、最初に当てるときにも冷たくなく、患者を驚かせたりしないようになっている。
「ブラは外さなくても良いんですか?」
へその横辺りの音を聞いている時、マイがおずおずと尋ねて来た。
「ええ、まだ大丈夫ですよ。はい、じゃあ後ろを向いて」
正宗は穏やかに答え、マイの撫で肩をぽん、と叩く。
「はーい」
マイは素直に返事をすると、椅子と共に回転してくるりと背中を向けた。
「……」
正宗は、マイの白い背中に聴診器を当て、意識を集中する。と、マイの心音がドキドキと高くなるのに気付いた。
「草刈さん、緊張しなくても良いからね」
「は、はい!」
正宗の声に、更にマイの心音が高くなる。こりゃ、逆効果だったかな、と思った正宗は聴診器を外し、マイの体を正面に向け直した。
「うん、とりあえず採尿してみようか。エリス、準備をお願いします」
「はぁい♪」
エリスはお気楽な声で答えると、診察室から出て行こうとしたので
「あ、草刈さんをトイレに案内しないと……」
その、ピンク色の背中に向かって正宗が声を掛ける。
「え? 大丈夫ですよぉ。採尿なら、ここでやれますから」
「……は?」
だが、意味不明な返事が来て、正宗は混乱した。
「エ、エリスちゃん! 私、そんなの無理だよぅ……」
「だーいじょうぶだいじょうぶ♪ おねえさんに任せなさい!」
涙目になって抗議の声を上げるマイに、魅力的なウインクを返してエリスが出て行ってしまう。
後に残されたのは、混乱して呆けた正宗と、真っ赤な顔で俯いて、全身から汗を噴き出させるマイである。
「……はっ!」
数秒後、我に返った正宗は、とんでもない事を言って消えたエリスを追わねば、と立ち上がった。
「お待たせ~♪」
だが、正宗が後を追うよりも早く、エリスが小さ目なプラスティック製の医療器具用コンテナを持って帰って来た。
「エリス、あなたは何を言って……」
そして、抗議の声を上げかけた正宗をウインクで制す。
「マイちゃん、お待たせ! 白いおしっこ、採っちゃお♪」
そのまま、診察ベッドの上に置いたコンテナをカチャカチャとかき回したエリスが取り出したのは……
「ちゃちゃちゃちゃ~ん! スーパーTENGYA~!!」
二十一世紀初めに爆発的ヒットを飛ばし、現在まで新製品が発売され続けている自慰グッズの雄、TENGYAの最新型男性用自慰カップである。
診察室の空気は凍り付いた。
予想外などと言うレベルではない意味不明すぎるエリスの行動と、その手に掲げられた赤銀ツートンカラーのプラスチックカップの異様さに、正宗の思考は完全停止でショート寸前。
患者である草刈マイは、下着姿のままスレンダーな肢体を晒し、真っ赤にした小さな顔を両手で覆って、だが指の間からチラチラとエリスとその手にあるブツに興味深げな視線を投げている。
そして、凍り付かせた張本人、エリスはと言うと……
「えへん! これならあっという間に採尿完了! 私、エラい!」
「えへん! じゃない! そんなもので尿は取れんっ!」
一体どういう心理状況なのか、それとも趣味なのか。
正宗がこれまで見て来たドヤ顔の中でも最高の、弩ドヤ顔とでも言うべき表情で、フンフンと鼻息も荒く自慰グッズを掲げ見せつけている。
そのあまりのウザったさにキレて正気を取り戻した正宗は、エリスの手からTENGYAを奪い取った。