17:
帰還しますた。(誰も待ってない)
『えー、こほん! さて、先生。今更だけど、アリエルの実物を見たくありません?』
「え?」
しばらくキャイキャイと聞こえていたスピーカーからの姦しい声が途絶えた後、エリスがして来た提案に正宗は少し驚く。だが同時に、自己顕示欲の強いエリスの事だから、自慢のおもちゃを見せたくて仕方ないのだろうと考えた。
「そうだね、出来れば見てみたいな」
それに、正宗としてもアリエルにはかなり興味がある。
美少女……いや美男娘型、と言う外見に関してはどうでも良いが、刹那が予算や時間、そして倫理の束縛から外れ、集中して造っているロボットはぜひ見ておきたい。
それに、今後自分がどのような立場になるかは想像できないが、どちらにしてもエリスとの関わりから逃れる事は出来ないであろうから、どうせなら可能な限りの情報を得ておこう、と考えたのだ。
『あは、そうでしょ! じゃあ、私も今からそっち行くから、ちょっと待っててね!』
エリスはそう言うが早いか、スピーカーのスイッチをブツン! と切ってしまった。
「へえ、元首自ら案内してくれるのか」
「まあね、中身はともかく、デザインや儀装はエリスの趣味全開なロボットだからね」
正宗の呟きに、刹那が返す。
「あの調子なら、すぐに飛んで来るだろうな」
正宗は刹那に向かって笑いながらそう言った、が。
「いや、恐らく一時間は待たされるんじゃないかな。選ぶのに時間掛かって」
苦笑した刹那にそう返されて首を傾げた。
「選ぶ? 何を?」
説明メニューか、まさか見学ルートでもあるのか?
漠然と、そんな事を考えながら訪ねた正宗に、刹那は肩を竦めながら答えた。
「決まってるだろ。服装さ」
「……なるほど、コスプレか」
正宗は、まだまだ自分のエリスに対する認識が甘い事を思い知らされたのだった。
「お待たせしましたぁっ!」
刹那の予想通り、きっかり一時間後。
いい加減待ちくたびれた正宗の前に現れたエリスの服装は……
「ねぇねぇ、似合う? 似合う? 可愛い? キュート?」
「うん、今日はウサギさんか。可愛い可愛い」
そう、刹那の言葉通り、真紅のバニーガール・スタイルであった。
それも、看護師服の時と同様、そんじょそこらの安物チックな出来ではない。
色は基本真っ赤なのだが、ラメ、と言うよりマジョーラに近いメタリックな光彩を放っており、見る角度によっては赤紫に見えたり、朱色に近いピンクに見えたりする。頭に生えた耳はピン、と立っているのだが、どういう構造になっているものか、エリスの表情や口調、それとも感情に応じて器用にピコピコと動きまくっている。
派手に露出した巨大な胸の谷間には、小型端末が挟まっており、何とも言えないエロチックさを奏で出し、細いウエストから豊かなヒップに繋がるラインはピンポイントで生肌が露出しており、そのまま自然に赤いしなやかな網タイツに繋がっている。
ツン、と突き出たお尻には白いふかふかの丸いしっぽが付いており、こちらも耳と同じくピョコピョコと実物のように動いていた。
そのド派手、かつ超セクシーなバニーガールに、正宗は半分呆れ、半分見惚れと言う状況で口をぽかんと開けて固まっていた。
「ね、先生! 可愛い? 似合う?」
すると、正宗の反応を面白がってか、エリスがぐい、と上半身を前に倒して上目づかいで正宗に迫る。この角度だと、強烈なボリュームの谷間がより深く覗ける格好になり、正宗の鼓動は2オクターブ跳ね上がった。
「あー、可愛い可愛い、似合う似合う」
顔を赤く染めた正宗はぷい、とそっぽを向きながらおざなりに褒める。だが、それは本心からのものでもあった。
「えへへー、ありがと! じゃあ、案内するね!」
正宗のおざなりな褒め言葉に無邪気に喜び、お尻に乗ったしっぽをぴょこぴょこさせながら歩き出すエリスを見ていると、何とも言えず毒気を抜かれた気分になる。やれやれ、と苦笑した正宗がふと刹那を見ると、意外と楽しそうにエリスの後をついて行っている。
なんだかんだ言いつつも、刹那自身エリスを相当気に入っているようだ。
「エリスと、エリスの用意した環境を、か」
正宗は二人に聞こえないように口の中で呟き、部屋を出て行く大小二つの影を追い掛けた。
「うおっ!?」
だが部屋を出たとたんに灯った強烈な光に視界を灼かれて驚きの叫びを上げてしまった。
「なんだこりゃ……」
まるで太陽が出現したかのようなその明るさに、正宗の視界は中々回復しない。
「ごめんごめん、正宗にアイシールド渡すの忘れてた」
「もう、刹那技師ったらドジねぇ」
あははは、と笑いあう二人に霞む視線を向けると、ちゃっかりゴーグル状のアイシールドを装着している。
「はい、正宗」
正宗はブツブツ言いながら刹那から渡されたアイシールドを装着する。すると、明るさに合わせて自動的に濃度が上がり、霞む視界が回復してきた。
「ほら、あそこ」
「おっきいでしょ!」
刹那とエリスが指し示すのは、空間の先。相当な高さの天井は、100メートルほどの高さが有り、これだけ明るい光に照らされているのに部屋の端までは視界が届かない。
「あれは……」
そして、二人の指し示す先、真正面に見えているのは、巨大な少女の顔だった。
「これが、我が南おちんちんランドの切り札、宇宙最強の男の娘! アリエルちゃんでぇす!」
パンパカパーン、と口で囃してからエリスが叫ぶ。
正宗から見えるのは、愛らしいフェイスを持つ頭部だけだが、どうやら首から下は溝の中に有るようだ。頭部に向かって、メンテナンス用と思われるブリッジが何本も掛けられている。
とてつもなく巨大な美少女、いや美男娘の頭部。その高さは10メートル弱ほどか。
「でかい、な」
正宗は素直に感嘆した。
「アリエルちゃんの身長は約57メートル、バスト34.5メートル、ウエスト18メートル、ヒップ33.81メートルの超ナイスバディなの! 私と同じプロポーションだよ!」
正宗の様子にご満悦のエリスが、アリエルの各サイズを得意げに語る。
「エリスと同じ?」
「エリスの各サイズを数値に反映したんだよ。エリスの身長が165センチだから、アリエルはエリスの34倍程度の大きさになる」
「やだもー! それじゃ私が自分の事ナイスバディって言ったみたいじゃない! ちなみに私のサイズは上から100、55、98ですぅ」
ぱしん、と刹那の肩を叩いて照れるエリスを見つつ、正宗はそう言ってんだろと声に出さずに突っ込む。その直後、ふと浮かんだ疑問を考えなしに口にした。
「刹那、体重は?」
「50・195キロ」
「ぎゃー!! 何聞いてんの変態医者! 何で知ってんの何答えてんのこのロボットバカ一代!!」
正確な体重データを小数点以下までさらっと暴露され、真っ赤になったエリスが両手でポカポカと刹那を叩く。だが、分厚い脂肪に守られた刹那は、プルプルと小刻みに震えながらも、蚊に刺されたほどにしか感じてないようだ。
そのデータを聞いた正宗は、やはりサバ読んでたか、と一人納得した。そして、目をバッテンにしてキーキーと喚くエリスと、全く動じずニコニコしている刹那を見て一つため息を吐き、改めて聞き直す。
「いや、エリスの体重なんぞどうでも良い。俺はアリエルの重さを聞いたんだが……」
「なんですってぇ!? 男乙女の体重がどうでもいいなんて事ないもん!!」
「誰が乙女だ」
「男・乙・女! 男の乙の女と書いて、おとめって読むの!」
「読まねーよ……」
疲れ果てた表情の正宗に、ギャーギャーと喚きつつ喰って掛かるエリス。エリスにとっては重要な事のようだ。
「ああ、なんだ。それなら体重じゃなくて重量って言ってよ。アリエルの乾燥重量は約550トン、全備重量で約1000トンってとこかな」
「ちょっと! 無視しないでよ! ねえってば!!」
「やかましいな。そんな騒がなくても、165センチで51キロなら重いわけじゃないって」
「50キロ!!」
「はいはい」
適当にあしらわれ、むーとかうーとか唸りつつ頬を膨らませたエリスのウサ耳をワサワサと摘まむ正宗。
「ひゃん!」
「え? この耳に感覚が有るのか?」
「あ、それ僕が造ったリモートサイボーグユニットだよ。装着すると、微細な電気信号で神経接続するんだ。ほら、こんな風にね」
そう説明しつつ、刹那がエリスのお尻にぴょこんと付いたウサギしっぽをもふもふと触り始めた。
「あっ、ちょっ、やん! そこ、敏感なのぉ!」
と、エリスはまるでしっぽを触られた本物のウサギのようにくねくねと体を捻り、艶っぽい声を上げ出す。
「無駄に高性能だな……」
正宗は、グラマラスな肢体をくねらせて悶えるエリスの痴態を呆れ見る。
「あはは、エリス面白いや」
「ちょっ! あっ! だめぇ……もっと優しくしてぇ……」
エリスの反応がお気に召したか、刹那は更にしっぽをもふもふし、切なげな喘ぎ声を上げてエリスが悶える。
なんだか妙な雰囲気でジャレ始めた二人は放っておくことにして、正宗は巨大な顔に視線を向けた。どことなくエリスを思わせる美しい顔の瞳は閉じられているが、起動すると人間のように開くのだろうか? 表面にはラバー素材の人工皮膚でも貼っているのか、ここから見る限り実際の人間の肌とおなじような質感を見せている。
「身長57メートル、体重550トンか……」
正宗は顎に手をあてて、むうと唸る。これだけ巨大な人型ロボットが機動すれば、さぞかし壮観だろう。刹那が全精力を傾けて建造しているのだから、恐らく人間の動きをトレースした、途轍もなくスムーズな動きを見せると思われた。
「ところで、空は飛べるのか?」
正宗が、そう質問しながら刹那を見ると、床の上にへたり込んで色っぽく喘ぐエリスの耳としっぽを楽しそうにくいくいと引っ張っている。それを見た正宗が強烈な脱力感に襲われていると、刹那が正宗に向き直り、
「飛行機みたいにずっと連続で飛行するのはさすがにちょっと難しいけど、ジャンプ程度なら可能だよ」
と答えた。
「ジャンプか。高さは?」
「垂直に5000メートル。そこから滑空状態に移行すればおよそ20キロほどは飛び続けられる。各部スラスターを使っての方向転換も可能だね」
「そりゃ、普通に飛べるのと大して変わらないな」
「まあね。上昇から下降まで、滑空も含めた最大飛距離は100キロ以上になるだろうし」
「耐圧性能は?」
「深海なら10000メートルまでは耐えると思う。だけど、パイロットへの酸素供給や動力電源の限界を考えると活動時間は最大で十時間ってとこかな。ま、10000メートル沈んだら、浮上するのは難しくなるし」
「なるほど、深海を除いた地球上のほぼ全てが活動可能領域になるのか……」
正宗は、更に武装や装甲などの質問を繰り返し、アリエルの能力を大体だが把握する事が出来た。
「サンキュー、刹那。参考になったぜ」
「なんのなんの」
「なんのなんの、じゃないっ!!」
和気藹々と語っていた正宗と刹那の間に、突然ぴょこんと飛び上がるようにしてエリスが割って入った。
「お、復活したか」
「気持ち良かったかい? エリス」
ニヤニヤとした嫌らしい笑い方でエリスを見る正宗と、ニコニコとした無邪気な笑顔を向ける刹那。二人の温度差は激しが、怒り心頭のエリスはそんな事などどうでも良かった。
「気持ち良かったかい? じゃありませんっ! 刹那技師、私がフニャってる間に、アリエルのスペックほとんど漏らしちゃったでしょ!?」
「うん」
「『うん』じゃなーいっ!! なにしてくれてんのよこの百貫デヴ! そんな重要な事をヘラヘラ笑いながらポロポロ漏らすなんて、それでも技術者の端くれなの!? 機密事項とかコンプライアンスとか、常識的に考えてよっ!」
「だって、正宗だし」
「『だって、正宗だし』じゃなーいっ!!」
真っ赤な顔で怒鳴り散らすエリスを、ぬるぬると捉えどころなく、まるでウナギのように交わす刹那。
「ふむ、ウサギ対ウナギか……」
正宗は、ふっと浮かんだ素直な感想をそのまま口に出した。
「誰がウサギよ!」
「ウサギだろ?」
くわっと正宗を睨み、八つ当たりするエリスに、正宗がさらっと返す。
「ぐぬぬ……!」
ド派手な紅バニーガール姿のエリスはそれ以上言い返せず、悔しげな唸りを上げつつギリギリと歯ぎしりをした。
「ひどいなあ、誰がウナギだって?」
だが、刹那がいかにも心外、と言った風情で正宗に異を唱えた。
「ウナギかドジョウか、それともしめじかところてんか。好きなのを選べよ」
正宗は、ぬめぬめぬるぬるしたものの名を適当に上げた。もう生き物とか関係ないラインナップである。
「じゃあクラゲで」
「ははっ、そりゃいい。毒も有るしお前にピッタリだ」
二人の男は顔を見合わせてわははと笑い合う。
と、どん! と音を立てて、エリスが床を踏み鳴らした。
「さすがの私も切れました。もう許さない!」
紅いウサギが、顔を更に紅潮させて怒り狂っている。
「なんだ、示威行動か? ますますウサギそのものだな」
「あっはははははは!!」
だが正宗は臆することなくエリスを更に茶化す。そう、本物のウサギも苛つくと床ドンしてウサを晴らすのである。
刹那は上手い事言った正宗のセリフを聞いて爆笑した。
「んっふっふっふっふっふ……」
しかし、更にブチ切れてギャーギャー騒ぐと思われたエリスが、昏い瞳で不気味に忍び笑いを始めた。
「お?」
「あれ?」
その只ならぬ様子に、さすがの二人も不気味さを覚える。
「んっふふふふ……完全にオーバーフローしました。本当に許さないから」
エリスはそう言うと、胸の谷間から超小型端末をみょん、と取り出した。
「刹那技師、アリエルの現在の完成度は?」
「大体九十五パーセントってとこかな。後は耐圧シーリングの最終施工と全体的な実働チェックだけだよ」
「そう、御苦労さまでした。じゃあ後はウチのスタッフだけでも可能よね?」
「大丈夫だと思うよ。マヤとかアイナとかなら、充分完成まで持ってけるでしょ」
「おい、刹那!」
エリスの口調が、今までのどれとも違う事に気付いた正宗が叫んだ時にはもう遅かった。
「じゃあ、あなたはもう要らない……さよなら、刹那。痩せていた頃のあなたは、私の理想の男性だったわ」
にっこりと、女神のような微笑を見せたエリスが、端末を軽やかにタッチする。
次の瞬間。
プシュ、と言う小さな音が響き、直後に刹那がドサ、と床に倒れ込んだ。
「刹那!」
正宗が刹那に駆け寄り抱き起す。刹那の顔は、のほほんとした笑顔のまま固まっているが、額に小さな穴が開いており、そこから肉が焼ける嫌な臭いと共に、茶色の煙が燻っていた。
正宗は無駄と知りつつも、刹那の手首で脈を取った。だが、まだ温かさを残しながらも、血の流れは感知できなかった。刹那の体に視線を投げると、数か所から額と同じ茶色の煙が上がっている。
「……対人レーザー、か」
広大な空間のどこから撃ったかはわからないが、先ほどエリスが端末に入力したのが狙撃用コマンドだったのだろう。
「ご明察。刹那技師には常時照準が合わせてあったの。心臓、脳、脊髄など数か所にね。万が一の時、確実に殺せるように」
無感情なエリスの声が響く。だが、敢えて感情を込めないようにしているのが理解出来てしまい、正宗は己に苛立った。
「俺も殺すのか?」
刹那をそっと床に寝かせ、ゆらり、と立ち上がりつつ正宗が誰何する。
「いいえ、殺さないわ。先生にはまだやってもらう仕事があるもの」
エリスがそう答えながら、再び端末に手を滑らせる。
「だから、動かないで。死にたくないならね」
ふら、とした動きで正宗がエリスを振り返る。と、エリスの背後にはいつの間にかいくつかの武装した人影が立っていた。
「これは人間じゃないわ。刹那技師が開発したロボットソルジャー。私の命令だけを聞く、絶対に裏切らない忠実な戦闘機械」
コケティッシュな、茶目っ気たっぷりのお調子者はもうここにはいない。そこに居るのは、目的の為ならばどんな事でもする冷徹な独裁者だった。
「……」
虚ろな目つきで、正宗がエリスを凝視する。
「可能であれば刹那技師を殺したくはなかった。でも、彼は自由過ぎるのよ。アリエルを完成させたら、きっと彼はこの島から出て行ってしまうでしょう。技術者と芸術家、両方の性質を併せ持つ彼は、創り上げた作品に愛着は持てど興味は失ってしまう。でも、私が次の作品を依頼しても、気まぐれな彼は受けてくれるとは限らない。この島を出て行って、さっきのように気軽に秘密を漏らされたら全てが終わってしまう」
「だから殺したのか」
「そう。だから殺したのよ。私が、ね」
エリスは己の所業を誤魔化さなかった。
「ひとごろしめ」
「!!」
だが、静かに放たれた正宗の言葉に、エリスの瞳からポロ、と一粒の涙が零れ出る。正宗の言葉が、エリスのこころを撃ちぬいたのだ。
「……」
正宗は虚ろな瞳でじ、とエリスを見詰める。
その、物言わぬ正宗の視線に耐えられなくなったか、堰が切れたようにエリスが我鳴り出した。
「……そうよ、私は人殺しよ。だからなに? これから、もっともっとたくさんの人を殺す事になるわ。それが私の使命。私の役目だもの! こんな世の中、一度壊さなきゃ再生出来ない! でも、誰もそれをしようとしない。だから私がやるのよ! だから私が壊すの!!」
エリスの叫びは、最後は泣き喚きになっていた。まるで、子供が母親に叱られて、大泣きしているように。
それに対して、正宗は何も発せず。ただじっと、エリスを虚ろに見詰めている。
「……何よ、罵りなさいよ。さっきみたいに、ひとごろしって!」
数分の静寂の後、耐え切れなくなったエリスが再び我鳴る。だが、正宗は黙したままだ。
「そう、しゃべりたくないならしゃべらなきゃいいわ。とりあえず、監禁させてもらいます。あなたたち、彼を……榊正宗医師を捕らえなさい」
エリスの言葉に従い、三体のロボットソルジャーが僅かなサーボ音を響かせながら動き出し、正宗に迫る。
「取り押さえたら、39エリアの拘禁室に連行して、そのまま監視しなさい、良いわね?」
『READY』
他の個体が全てダークグリーンの装備を身に着けている中、一体だけワインレッドの装備を着けている個体が機械音声で返事をする。どうやら、エリスの指示を受けて他の個体に命令を与える司令官タイプのようだ。
「刹那技師の遺体は、とりあえずアリエル開発指揮室に安置して。明朝、地上で荼毘に伏すわ」
『YES,MASTER』
エリスの指示を受け、その場にいる全ての兵士たちが動き出す。正宗は両手を抑えられ、刹那の遺体から引き離された。そのまま、引き摺られるように十メートルほど離れた時。
ドン! という音と共に、刹那の遺体を運ぼうとしていた数体の一般兵士が吹き飛んだ。
「な、なんなの!?」
驚いたエリスが叫ぶ。それと同時に、ロボットソルジャーたちがエリスの廻りをガッチリと固め、防御態勢を取った。
「管制室! 何が有ったの!?」
『はっきりとは解りませんが、尭刹那技師の遺体が爆発したようです!』
「なんですって?」
スピーカーから響いた情報に、エリスと正宗が刹那の遺体を見る。と、そこにはまるで弾けたザクロのような遺体の残骸が有った。
「まさか、自分の体に爆弾を仕込んでいたとでもいうの?」
エリスが、呆然とした声で呟く。正宗は離れた場所から刹那の残骸を見て、奇妙な違和感を覚えた。
(あれは……人間じゃない。精巧に造られたアンドロイドだ!)
正宗が医者でなければ、離れたここからでは解らなかっただろう。だが、正宗は看過した。それが、本物の刹那の……人間の死体では無い事を。
「と、いう事は!」
『正宗! 伏せて!』
どこからか、刹那の声が響き、正宗は両手をロボットソルジャーに掴まれたまま倒れるように地に伏せた。咄嗟の事でロボットソルジャーの動きが遅れ、正宗に釣られてたたらをふむ。
次の瞬間、正宗の左右の腕を捉えていたロボットソルジャーの頭部が射撃により弾け飛び、正宗に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「いってえ!」
幸いにもロボットソルジャーの重量は人間のそれとあまり変わらないようで、正宗は圧死を免れる。だが、人間二人分の重さが降って来ればそれなりの衝撃は有った。
『立って、正宗! こっち!』
だが、そんな事など気にしていられる状況ではない。正宗は再び響いた刹那の声に従い、ロボットソルジャーを跳ね飛ばして立ち上がる。刹那の声が聞こえた方向に視線をやると、そこには建設現場などで見覚えのあるシルエットがライトに照らされていた。
「あれは……ワークロボか?」
ロボット技術の発達により、各種現場ではユンボやフォークリフトに代わって人型機械が導入されるようになって久しい。土木・建築作業系だけではなく、造船や航空機などの大型機械製造現場でも、人と同じように、しかも何十倍、何百倍以上もの膂力を持って駆動出来る人型ロボットはやはり便利なものなのだ。
刹那は高機能なワークロボを数多く制作して販売し、またその設計図などをメーカーに売却する事によってかなりの研究資金を調達していた。もちろん、そう言ったワークロボは、巨大ロボットの建造に使うにもうってつけである。あのロボを操縦しているのが刹那ならば、恐らくアリエル建造のために刹那が造ったものだろう。
「だが、速過ぎる。ただの作業用じゃないってわけか」
正宗の呟き通り、こちらに向かって来るワークロボは作業専用のものと類似したシルエットを持っているが、ホバーを装備しているらしく桁違いに速度が速い。体高は五メートルほどだろうか、通常のワークロボならば人間が登場する部分は透明な強化グラスキャノピーにより視界確保されるのが一般的だが、この個体にはそれが無く、ボディ全面が装甲板で覆われている。
また、やはり通常はない頭部を持ち、そこにはカメラ・アイらしき人間のような二つ目が装備されている。その印象は戦闘用パワードスーツに近いものだ。
『えへへ、これはアリエル建造用の名目で造っておいたスペシャルマルチロボット『シュレーディンガー』さ。正宗、逃げるよ!』
「そのワークロボを止めなさい!」
エリスが命令すると、赤い司令官機を先頭にロボットソルジャーたちがバラバラと展開して行く。だが、圧倒的なスピードで迫り来る刹那のシュレーディンガーは、ロボットソルジャーの攻撃を全て跳ね返し、軽々と破壊して行く。
「管制室! レーザーで攻撃しなさい!!」
エリスの叫びに応え、あちこちから肉眼では見えないレーザーがロボットに向けて放たれる。が、自動回避システムが付いているのか、それとも刹那の操縦が凄いのか、レーザーは床を灼くだけだ。
『正宗!』
ロボットの外部スピーカーから再び刹那の声が響き、正宗はロボットに向けてダッシュした。
「阻止して!」
エリスの、半ば悲鳴に近い叫びを受けて赤い司令官機が正宗と刹那のロボットの間に入る。
『ごめん、邪魔』
余りにも場違いな、のほほんとした刹那の声と共に、司令官機はロボットに跳ね飛ばされバラバラに吹っ飛んだ。そのままの勢いで、シュレーディンガーは正宗の直前で180度ターンをして背中を向けて擱座する。
『これ一人乗りだから、背中のタラップに掴まって』
「おう」
刹那の指示に従い、正宗はシュレーディンガーの背中にジャンプしつつ駆け上がり、タラップにしっかりと掴まった。
「管制室、なにやってるの! レーザーで攻撃しなさい!!」
呆然と状況を見ていたエリスが我に返って怒鳴ると、管制室のレーザー担当者も我に返ったか、再び視えないレーザーがシュレーディンガー至近の床を灼く。
『しっかり掴まってなよ』
のんきな声でそう言うと、刹那はシュレーディンガーを立ち上がらせ、即座に急発進する。
「うおっと!」
ふわ、とした浮遊感の直後に強烈なGに襲われた正宗は、必死でタラップにしがみついた。
「もうちょっとお手柔らかに頼むぜ!」
『ごめん、それ無理』
「なんだ、お前もかよ!!」
正宗を乗せたシュレーディンガーはあっという間に見えなくなり、その後には呆然とたたずむエリスと、ロボットソルジャーの残骸が残された。
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