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まだ、この島……いや、因幡エリスの野望は大ぴらにはなっていない。なぜなら、エリスがアリエルの完成を待っているからだ。また、恐らくアリエルの開発と同時に、この島の防衛・迎撃態勢も整えつつあるはずだ。いくらアリエルの戦闘能力が破格だとしても、単機である限りこの島の防衛と同時に敵軍攻略を進めるのは難しいだろう。
「なあ、刹那」
「なんだい?」
「この島って、防衛体制はどうなっているんだ?」
正宗は刹那にそう尋ねる。この島の主幹防衛網の構築は、恐らく刹那に託されていると睨んだのだ。
「いや、僕はアリエルの開発に専念してるから、良く解らないよ」
「そうか……」
だが、刹那の答えは期待通りではなかった。それも仕方ない事ではある。これだけの巨大ロボットの開発をほとんど一人で行っているのだから、それ以外の仕事に手が付かなくても仕方ないだろう。
「でもね、防衛網はモールトン博士がやってるはずだよ。彼……いや、彼女もこの島にいるから」
「は? モールトン博士って、あのアルヴィダ・モールトン博士のことか?」
「そう、そのアルヴィダ・モールトン博士」
「なんてこった……」
正宗は、またしても驚愕させられる。
アルヴィダ・モールトンと言えば、ケンブリッヂ首席卒業の俊英で、その美男子ぶりから『氷の貴公子』の異名を取る科学者だ。専攻は、レーザーを初めとする次世代光線技術である。
モールトンが防衛網を担当しているなら、最先端の光線防衛が構築されているだろう。
「まさか、モールトン博士もお前みたいに無理矢理連れて来られて……」
「いや、彼女は自分からエリスの元へやって来たらしいよ。もちろん、エリスが勧誘したんだけど」
「という事は……」
「ご想像の通り、彼女も今や男の娘としてこの島の住人さ。もともと、そっちのケが有ったらしいし」
「なんてこった……」
正宗は呆然となってしまった。攻撃は天才ロボット技術者の刹那、防衛は世界最高の光線科学者が行うこの島は、まさに無敵の不沈空母ではないか。
これでは、冗談の類などに出来はしない。このままでは、南おちんちんランド及びその支援者対その他の世界などという、ギャグのような字面で内容はシャレにならない奇天烈極まりない戦争すら起こりかねない。
そう、南おちんちんランド対、世界全体の戦争……
「『おちんちん大戦』か……」
「え? おちんちんがなんだって?」
正宗は無意識に呟き、刹那のツッコミに我に返る。
「い、いや、なんでもない!」
「ふーん」
(くそっ! 俺は何を真面目にアホみたいな事言ってんだ!)
今の呟きを聞いたのが刹那だったのは救いだった。もし、エリスに聞かれていれば、あのお調子者がどんなに喜んでからかい倒しに来たことか。
正宗はえへん、と一つ咳払いをして、気分を切り替えた。
「それにしても刹那を発見できたのに、これからが本当の闘いになるとはな……」
本来の正宗の目的は、数倍に膨らんでいたとはいえ刹那を発見できたことで達せられている。だが、ではさよーなら、と脱出するだけでは何の解決にもならない事を感じ、正宗はむう、と唸った。
『どう、先生? 刹那技師から仕入れた情報で、あなたの……いえ、世界の置かれた状況は理解できたかしら?』
と、どうやらずっと二人の会話を盗聴していたらしく、上機嫌なエリスの声がスピーカーから響いて来た。
「ああ、だいたいね。よくもまあここまでの事を仕組んだものだ、と感心させられたさ」
正宗は正直に胸の内を吐露した。実際、殆どの情報を秘匿しながら計画を推進し、半ば完成に漕ぎ着けている事には心から感嘆しているのだ。
『そう。私たちは責めも受けも完璧な体制を整えつつあるわ』
「ん?」
正宗は、エリスの言葉に微妙な違和感を覚えた。
「受け? 守りじゃないのか?」
『えっ』
「えっ」
『……』
エリスの声が途絶え、室内が静寂に包まれる。正宗は再びエリスがしゃべり出すのを二分ほど待ったが、気配が感じられないので自分から口を開いた。
「いや、その場合は攻めと受けって対語としておかしいだろ。攻めの対は守りじゃ」
『こ、細かい事はどうでもいいのっ! とにかく、この島はドクター・アルヴィダの完璧な防衛網構築によって難攻不落になりつつあるわ! そして、刹那技師の作り上げるアリエルの強大な攻撃力を見せつける事によって、世界は我々『南おちんちんランド』に降るしかなくなるわ。そして、我々は世界中の人々を男の娘へと導き、いずれ争いは無くなり、人々から悲しみは消えて行くのよ』
「……」
正宗からの反論が無いのに気を良くしたか、エリスはきゃはははは、と高笑いを上げる。
「先生も本当に理解したみたいね! そうよ、もう誰も私を、おちんちんランドを止められないの! そして、世界がおちんちんランドそのものになるのよ! ワールド・イズ・マイン! オールワールド・トランス・おちんちんランド!!」
管制監視室で、ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねてはしゃぐエリスを見て、オペレーター三人娘が心底ウンザリした顔を寄せ合ってひそひそ話をしていた。
「……どう思う?」
「いや、ないわー。この島だけならまだ笑えるけど、全世界がおちんちんランドなんて名前になったら暴動モンでしょ」
「エリスちゃんって、独裁気質あるよね? ってゆーか、唯我独尊?」
腹心の部下に思いっきり否定されているのにも気付かず、エリスは大はしゃぎで高笑いを続けている。
「きゃはははははほあっ!? ゲホゲホゴホゴヘッ!? ガハガフっ!!」
「あ、むせた」
「すっごい苦しそう」
「七転八倒?」
気管でも詰まらせたか、エリスは床に手をついて四つん這いになりガハゴホと咳を続ける。
『おいおい、大丈夫か?』
『もういい歳なんだから、無理しない方が良いよ』
スピーカーから、正宗の一応心配したような声と、刹那のキツい言葉が響くと、エリスはガバ! と立ち上がって咽かえりつつ叫びを上げた。
「ゴホガハッ! 誰がゴヒャヘブホッ!? オバンだってェヒャホヘクヘッ!! コヒュー……コヒュー……」
だが、無理に叫んだものだから呼吸困難に陥ってパタ、と仰向けに倒れ込み、ピクピクと痙攣し出してしまった。
「大変! エリスちゃんが死んじゃう!?」
「ちょっと、お医者様呼んで!」
「覚悟完了!?」
さすがの三人娘も大慌てとなり、エリスに駆け寄り介抱するもの、通信機に向かって医者を呼ぶもの、両手を合わせて拝むものと三者三様に行動し出した。
『落ち着け、うつ伏せにしてから背中をさすって、水でも飲ませれば大丈夫だ』
正宗たちの所に映像は行ってないものの、スピーカーから響いた大騒ぎで大体の状況を把握したらしく的確なアドバイスが飛んで来た。
「は、はい!」
「水、水!」
「明鏡止水!」
その声に、急いでエリスを抱き起こし、背中をさすり、水を飲ませる。
さすがに素早くこなす三人娘のおかげで、息も絶え絶えながら、エリスはなんとか復活を遂げた。
「ヒュー……ヒュー……ファーブルスコー……」
意味不明な言葉を発しつつもだんだんと落ち着いて来て、三人娘に礼を言う。
「ファーブルスコー……ふう、やっとまともに……呼吸が出来るようになったわ……ありがと、三人とも」
にっこりと、可憐ともいえる魅力的な笑顔で礼を言われ、三人娘が頬を染めて両手をぶんぶんと振る。
「い、いえ! とんでもない!」
「そーそー、エリスちゃんにもしものことが有ったら、この島も計画も全ておじゃんになっちゃうもんね!」
「うんうん、一蓮托生!」
なんだかんだ言っても、やはりエリスにはカリスマ性は有るようだ。
正宗は、スピーカーの向こうで繰り広げられているであろう和やかな光景を思い浮かべ、ふふっと笑みを漏らした。