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14:

「相変わらず惨いなあ、正宗は」

 薄暗い部屋の中で、刹那がほっぺたと腹を揺らしてけらけらと笑う。

「今のはかなり効いたろ。俺とお前の内緒話のふりを見て、恐らくボリュームを最大限にしてたはずだからな」

 向こうの様子は解らないが、恐らく相当な音が響いたはずだ。そう確信した正宗も、刹那に向かって破顔した。

「で、バカ町長が言ってた例のもの、ってなんだ?」

「ああ、それなら……ちょっと待ってよ」

 正宗の質問に、刹那がカチャカチャと机の上のキーボードをたたく。そう言えば、この小部屋の壁、ディスプレイが大量に設置されている面はどうやらガラス張りで、外の空間が見えているようだが、そこから奥は何の明かりも付いておらず艦おらず完全に真っ暗で、どこまで空間が続いているのか、相変わらず全く解らない。

「よ、っと……」

 ッターン! と音を響かせて、刹那がキーボードのエンター・キーを叩くと、あまり明るくなかったディスプレイの明度が急激に上がり出す。

「これ、見なよ」

 刹那にそう言われ、正宗は正面の一番大きいディスプレイに近づいて目を凝らす。と、そこには、精細なワイヤー・グラフィックで描き出された、少女の姿が有った。

「女の子……? いや、これは……ロボットか?」

「ああ、そうさ。これは、汎用男娘(おのこ)型迎撃兵器、人造巨大男の娘、()().I.()()。その零号機さ」

「アリエル……?」

 どこかで聞いた事の有る単語が並んだな、などと正宗は感じつつ復唱する。

「なんか、名前が胡散臭いんだが」

「それは僕じゃなくて、エリスに言ってくれよ。ネーミングは全部彼女がしたんだから」

「……あいつ、見た目は十代、実年齢は二十九歳らしいが、実際の中の人は四十くらいのおっさんじゃないのか?」

「そうかもね」

 エリス本人の前で言ったらとんでもない事態になりそうなセリフをひょろり、と吐いた正宗に向かって、苦笑した刹那が頷く。

『中の人などいない!!』

 と、いつの間にか立ち直っていたらしく、スピーカーからエリスの怒鳴り声が最大音量で響いた。

「うわっ!」

「うるさい!」

 キーン、と言うハウリングの音に耳を塞ぐ刹那と正宗。

『先生、これ以上私を怒らせると、本当にシャレにならなくなるわよ?』

 スピーカーから、地獄の底から響いてくるようなエリスの脅迫が吐かれる。が、

「ほう、どうなるのかな?」

 正宗は平然とした様子でそう返した。

『さあね、どうなるのかしらね? あと、アリエルの由来は……』

 エリスはマイクに向かってドヤ顔で説明を始めようとした。

「ちなみにアリエルは『オールラウンド(A)・レスポンサブル(R)・インターセプト(I)・エレクトロニック(E)・レディボーイ(L)』の略なんだって」

 だが、さらっと刹那に横取りされてしまった。

『…………』

「レディ、までは解るが、なんでボーイが付くんだよ」

 静かになったスピーカーを見て、正宗が苦笑する。

「それにしても、お前も大概酷いよな、刹那」

「まあね」

 マイクの前で、酸素の足りない金魚のように口をパクパクさせているであろうエリスの様子がありありと思い浮かび、二人は笑いあった。

『くすん……まあ、良いでしょう。じゃあ刹那技師、早く完成させて下さいね。あと、榊先生。しばらくそこで頭を冷やしてもらいますから!』

 平静を装いつつも、悔しさのあまり泣きべそでも掻いたのか、小さく鼻をすする音を立てたエリスの負け惜しみチックな叫びの後、ブツンと音声が切れる。

 ふう、と肩を竦めた正宗は苦笑する刹那にウインクし、再びディスプレイに目をやった。

「アリエル、ねぇ……なるほど、これを造らせるためにお前を軟禁したってわけか。」

「そうなんだ。参っちゃったよ」

 いかにも困った、というふうに答える刹那だが、どう見ても本当に困ってはいない。

「良く言うよ。お前、実はかなり楽しんでるだろ?」

「解るかい?」

「解らいでか!」

 刹那が並外れて優れたロボット技術者だと言っても、個人で出来る事には限界がある。完全に自分の好き勝手なロボットの建造など出来るはずもない。

 もちろん、企業や研究機関のバックアップを受ければかなりの事が可能だが、企業や出資者の思惑を加味せざるを得なくなるし、全てを一人で取り仕切る事は不可能なのだ。様々な思惑が交錯する上、なによりもスポンサーが許さない。

「でも、エリスは好きなようにやらせてくれてさ……」

 外観や装備、機能などに一定の注文は有れど、それ以外は予算も含めほとんど自由にやらせてくれた。しかも、恐ろしい事にこの『国』に対して理解や興味、期待を示す団体や個人が予想外に多く、資金繰りや資材調達には全く困らないのだという。

「空恐ろしい話だな」

 正宗は、背筋を走り抜ける悪寒を感じて呟いた。

「だけどさ、こう言っちゃなんだけど、エリスの理想や思想そのものは理解出来ると思わないかい? 手段と経緯はとんでもないけど」

「まあな。『人類皆男の娘計画』なんてふざけた話じゃなければ、俺も少しは興味を持ったかもしれないな」

 刹那の言葉に、正宗も頷く。

「その計画だって、一見荒唐無稽に思えるかもしれないけれど、他の何を持って人類を統一出来るだろうか、って考えれば、意外に真実を突いているかもしれないよ」

 しかし、刹那は苦笑しながら正宗の認識を正そうとした。

「考えてもごらんよ。地球上に人類が現れてから今までは、間違いなく戦いの歴史さ。食糧、領土、思想、政治形態、宗教……様々なものを理由に、人類は果てしなく争って来た。そして、なにがしかのブレイクスルーが無ければ、これからも争い続けるだろう。それこそ、滅びるまでね」

「……」

「そのブレイクスルーを何に求めるか。その答えの一つを、エリスは性別統一と萌えに求めたんだよ」

 熱弁、と言うほどではないが、静かに語る刹那の言葉の中に違和感の有る単語を見つけて、正宗は刹那を制した。

「ちょっと待ってくれ。性別統一ってのは、まあ納得は出来なくても理解は出来る。人類が争って来た歴史にも性別を理由にしたものが有るからな。だが、萌えってのは何だ?」

 すると、刹那はクスリ、と小さく笑ってから再び語り出した。

「萌えってのは、二十世紀末に日本をはじめとして活発化したアニメなんかのサブカルチャーから発生したわけじゃない。それこそ、人類創世の時代から有る感情さ。もともとの意味は草木の若芽が芽吹く事だけど、『萌える』にはそれ以上の感情が籠っている。長く辛い冬が明け、雪の下から緑の草木が芽吹いた時、人は生命が輝きだす季節、春を感じてほんわかとした気分になる。つまり、人の感じる『可愛い』『愛おしい』って感情こそが『萌え』の原点だろ? だったら、それこそ原始人の時代から、人類が持ち続けて来た感情ってことになる」

「……」

「可愛らしい動物や子供を見た時、人は優しい気持ちになる。そんな気持ちをみんなが持ち続ける事が出来れば、争いは無くなるかもしれない。エリスは、それを望んでいるんだろうね」

 正宗は驚いていた。刹那は無感情でも無神経でもないが、他人の気持ちを斟酌し、感情移入して我が事のように語ることなどない男だったはずだ。その刹那の精神がここまで変わっているとは、正宗にとっては体型の変化など比べ物にならない程の驚きだった。

「ちょっと、饒舌だったかな。でも、だからと言って現在のエリスのやり方を100パーセント支持するわけじゃないよ。だからこそ僕はここに閉じ込められているんだしね」

「……そうだな」

 照れくさそうに笑う刹那を見て、正宗も微笑む。そうだ、エリスはやり方を少々間違え、焦ってしまっている。そこの辺りを突けば、何とか妥協点を見つけられないだろうか……?

 正宗はそこまで考えて、既に手遅れな事に気付く。

 エリスはもう、『男の娘』の旗頭になっているし、エリスに賛同してここに集まった『男の娘』も1000人近く居る。そして、本拠地たるこの島以外の世界中に、男の娘が続々と増え続けている、らしい。

 そしてなにより、刹那が造っているこの『アリエル』だ。

 莫大な金を掛け、高度な技術で造られているアリエルは、決してここ南おちんちんランドだけでのものではないはずだ。エリスのホストたち、そして恐らくはいくつかの国家の思惑までも巻き込んでいるだろう。それに、こんな女性型……いや、男の娘型巨大戦闘ロボットの存在など、日本はもとより表の世界が許さないだろう。

「いや、待てよ……」

 巨大戦闘ロボットと言っても、外見は美少女型萌えロボットだ。しかも、天才科学者にして天才技術者の刹那が己の全てを込めて建造しているとはいえ、状況が状況だけに気を利かせて『エリスばりのセクシーダンスが出来る程度の性能』にしてくれてあれば、島の観光客誘致用村起こし萌えロボットとして一発ギャグ程度で収められるのではないか?

 そう考えた正宗は、刹那に尋ねてみる。

「なあ、刹那。アリエルの戦闘能力ってどんなもんなんだ?」

「そうだね、アメリカ・ロシア・自衛隊連合軍くらいなら十二時間も有れば殲滅可能かな」

「強すぎんだろ!!」

 そうだ、コイツはこういう奴だった。仕事に興が乗って夢中になると、加減も際限も無くなる男だった。刹那がこんな体型になるまで引きこもってひたすら造り込めば、それも邪魔する人間も予算の限りも無ければ、そんな事態になるのも当然だ。

 正宗は、はああ、と深いため息を吐いて近くにあった椅子にドサ、と腰掛ける。

「まあまあ、とりあえずコーラでも飲んで落ち着きなよ」

 そんな正宗に、刹那が巨大な冷蔵庫から1・5リットルサイズコーラを出して渡して来た。

「グラスは無いのか?」

「んー、ペットボトルから直接飲むからグラスは使わないんだ。飲みきれなかったら僕が飲むから大丈夫さ」

「……あ、そう」

 正宗はグラスを諦め、プシュ、と音を立ててペットボトルのキャップを開けると、ゴクゴクト喉を鳴らして甘ったるく黒い炭酸飲料を喉の奥へと流し込んだ。 

「ぷはあ」

 乾いた喉にシュワシュワと染み込むコーラは確かにスカッと爽やかだった。だが、正宗の心はコーラの爽やかさで癒されはせず、曇りは晴れない。


 なんとか、この島とエリスを冗談で済ませる方法は無いものか――


 正宗は脳細胞をフル回転させ、思考回路を活性化させた。


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