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13:

 正宗は、それが刹那だと瞬間的に察した。だが、そのシルエットが明らかにおかしい。正宗の知る、刹那のものではない。かなり大きめな椅子に座っているにも関わらず、その背中は背もたれから大きく左右にはみ出している。


「お前……刹那、なのか?」

 正宗は、少し迷ってから静かに声を掛ける。

 すると、ディスプレイの明かりに照らされた、その球体に限りなく近いシルエットが座っている椅子ごとくるり、と回転してこちらを向いた。


「ああ、僕は確かに尭 刹那だよ。そういうお前は、榊 正宗かい?」


 その顔、見事な二重……いや三重顎の上にある目鼻立ちには、あの精悍な刹那の面影は残っていた。が、その面影以外は、変わり果てた姿となっていた。

 細身で筋肉質だった長身は、ぶよぶよで贅肉がつまった丸い塊となり、しなやかに長かった手足もまるで円錐形のパイロンを逆に張り付けた如く醜い。頭髪も薄くなり、まるでトマトのヘタのようにへばり付いているだけだ。

 かつて、道を歩くだけでほぼすべての女性がため息交じりに見詰め、酔ったような視線を向けたあの尭 刹那はこの場にはいなかった。

「そうか、生きていたのか。よかった……」

 だが、正宗は万感の想いを込めてそう呟くと、ゆっくりと変わり果てた親友へと歩み寄った。

「まったく、心配掛けやがって」

 刹那のもとへたどり着いた正宗は、すっと右手を差し出す。

「はは、すまん。それにしても、よくあのクセモノの目を盗んで来れたな」

 刹那は、差し出された正宗の手をぐっと握り、握手をしながら言った。

「別に盗んで来たわけじゃないさ。ちゃんと筋を通してここに来たんだ」

「相変わらずだな、正宗」

「お前こそな」

 親友たちは、ははは、と屈託なく笑いあった。


『ちょーっと待ったぁ!!』


 突然、部屋中にエリスの叫びが響いた。部屋の各所に備え付けられているスピーカーから聞こえて来ている。

「ん? エリス?」

「バカマ町長か」

 だが、刹那も正宗も全く動じずに苦笑した。

『先生! 今とんでもない事言ったね!? 誰がバカマ町長よっ! 何よバカマって! まさか、バカとオカマを掛けたんじゃないでしょうね!? もしそうなら死なすわよっ!!』

「ご明察。それがいやならオカマとバカでオカカってのはどうですか? エリス?」

「ははっ、おにぎりの具みたいだね」

 わはははは、と笑いあう二人。スピーカーの向こうで、エリスが怒りのあまり口をパクパクさせている様子が想像出来て、更に二人の笑い声が高くなる。

『………っ!?』

 二人の予想通り、管制監視室で正宗を追っていたエリスは、怒りのあまり棒立ちとなって震えていた。

「ねぇ、エリスちゃんってば怒髪天?」

「ちょいヤバかも?」

「激おこプンプン丸ムカチャッカファイアー? みたいな?」

「何その死語。何十年前の流行りよ」

 赤くなったり青くなったりしながら震えるエリスの廻りの席に座って機器操作をしている管制監視室のオペレーター三人娘が、ひそひそと話をする。

「はっ!」

 その声に我に返ったエリスは、監視画面の中で和気藹々と会話をしている二人に向かって怒鳴り散らした。

『何とでも言いなさい! それより、何余裕で笑い合ってるの!? あなた方は私の手の中

……そう、いわゆる籠の中の鳥なんですけど? ってゆーかぁ、先生! 自分の親友の変わり果てた姿を見て、なんで驚かないワケ?』

「あ? まあ、ちょっと太ったが刹那は刹那だ。別になにも変わっちゃいない」

 エリスの叫びをふん、と鼻で笑った正宗が答える。

『はぁ!? ちょっと太ったぁ!? いえいえいえいえ、変わってるでしょ! あの刹那様が、こんな醜い豚に!』

「薄っぺらいな」

『!?』

 更にキレるエリスに向かい、正宗は吐き捨てた。

『なんですって……?』

 薄っぺらい、という言葉がよほど応えたか、それとも昏い感情を刺激されたか。エリスの誰何する声が闇を帯びる。

「あなたがさっき俺に語った全人類男の娘……もとい、インターセックス化計画ってのは、人の外見に左右される程度のものか。そんなもの、薄っぺら以外の何物でもなかろう」

『っ!?』

「しかも、刹那に至っては太ったというだけの事だ。元の姿に戻るのは可能。それとも、君は痩せていた刹那と今の刹那では別の人間とでも言いたいのか? くだらないな、元首殿」

『くっ……!』

 正宗にやり込められ、絶句するエリス。

「ねぇ、榊先生ってカッコよくない?」

「うんうん、冷静だし、論理的だし、イケメンだし、純男なのがもったいないよね!」

「なんかエリスちゃん、形勢不利? ってゆーか、諸行無常?」

 オペレーター三人娘がヒソヒソと話をし、エリスはぴくぴくと青筋を立てた。

「聞こえてるわよ!」

「ヒエッ!」

「しーましぇーん!」

「七転八倒!」

 くるりと振り返ったエリスに怒鳴りつけられ、震えあがる三人娘。

 エリスは小さくなった三人をしばらく忌々しげに睨んでいたが、くるりとマイクに向き直った。

「そうね、確かに先生の言うとおりだわ。でも、それの何が悪いの? じゃあ聞くけど、先生は私とその刹那技師だったら、どちらを伴侶として選ぶの? 醜くなった刹那技師なんて、最初からアウトオブ眼中でしょ?」

 しかし、その口から吐き出された内容のあまりの酷さに、三人娘は思いっきりズッコケた。

「ちょっと、エリスちゃん混乱してない?」

「混乱てゆうより、錯乱?」

「錯乱ってゆうより、御乱心? ってゆーか、五穀豊穣?」

「それ意味ぜんっぜん違うから。五里霧中って言いたかったんでしょ」

「あは、ご明察!」

 今度はエリスに聞こえないように十分注意しつつ、三人娘がデスクの下で顔を寄せて呟く。

 と、ドン! と言う音と共に三人娘の上のデスクを叩いたエリスが、感情的に叫びだした。

「どうなの!? 先生はボインボインでプリンプリンで出るトコ出てて引っ込むとこは引っ込んでて可愛くて美人で優しくて美人でも一つおまけに美人な私と、その醜い脂肪の塊と化した刹那技師とどっちを選ぶの!?」

 ヒステリックに叫ぶエリスの下で、三人娘は顔を見合わせて

「ダメだこりゃ」

 とハモる。

『質問の意味が解らないな。まあ、敢えて言うなら俺は伴侶など要らないが……そうだな、相棒として選ぶなら迷わず刹那だな。安定感が違い過ぎる。それに何より、ちゃんとした男だ』

『いやあ、なんか照れるなぁ』

 スピーカーから聞こえて来る二人の言葉に、エリスは再び上せあがった。

「あ、そう! だからなに? 私を嫁にしたい子や私の嫁になりたい子なんて星の数ほど居るんだから! 榊正宗のオタンコナス! 甲斐性無し! 生活不適合者!  不能者! インポテンツ! 短小! 包茎! 童貞! 魔法使い!! はぁはぁはぁ……」

 息継ぎもせずに叫び疲れて疲れたか、叫び続けるうちにだんだんと冷静さを取り戻してきたのか。エリスは息を整えつつ、少しの間静かになり、一つ深呼吸をしてから再びし口を開いた。

「まあ、いいでしょう。どっちにしたって、あなた方二人はもう逃げられないの。覚悟を決めて、私に従いなさい。そうすれば、悪いようにはしないわ。私たちに協力するなら、良い目を見させてあげる」

『だが断る』

 そして、間髪入れずにマイクから返って来た正宗の拒絶を余裕の微笑みで受け流した。

「まあ、そうでしょうね。言ってみただけだから。ところで刹那技師、例のものはそろそろ完成かしら?」

 その高飛車な態度は、まさに女帝の貫録。いや、正確には女ではないのだが。

『もう少しかな。後はビッグキャノンの調整と、システムの最終バグ取りくらいだよ』

「そう、御苦労さま。じゃあ、このまま作業を続けてね。完成させるのは、あなたの夢でもあるんだから。榊先生、あなたもしばらくそこに居て、大好きな親友のお仕事を見てなさいな。きっと、考えも変わるでしょう」

 エリスはそういうと、マイクのスイッチを切った。

「さあ、あなたたち。いつまでも机の下にもぐってないで、さっさと仕事を再開して。あれが完成するまでに、少なくとも後43000パターンのシュミレーションをこなす事。良いわね?」

 じろり、と机を睨んだエリスにそう言われ、三人娘が這い出してくる。

「はーい」

「ふんがー」

「ウォーでがんす」

「ふざけてないで、さっさとやる!」

 三人娘に発破をかけ、エリスは正宗と刹那が映るディスプレイに視線をやる。そこには、なにやら真剣な顔でこそこそと話をする二人が居た。エリスが切ったのはこちらからの声を伝えるマイクのみで、向こうの映像と音声は筒抜けのままだ。

 だが、確かに口を動かしているものの、肝心の声が聞こえてこない。

「声が聞こえないわね……超高感度なのに、ほとんど発音してないって言うの?」

 苛ついたエリスは、向こうのマイクの感度とこちらのスピーカーのボリュームを最大に上げた。すると、まるでそれを待っていたかのように。


『どかーん!!』


 次の瞬間、正宗がマイクに向かって大声で叫び、入力・出力とも最大に増幅された叫び声が管制制御室に響き渡った。

「きゃあっ!?」

「ひゃあ!?」

「な、何ですかぁっ!?」

「弱肉強食っ!?」

 エリスと三人娘は、その轟音に悲鳴を上げてひっくり返ってしまう。その際、エリスは椅子にしこたま腰を打ちつけて、

「……っ!? ……ひんっ!」

 と、色っぽい悶え声を上げつつ悶絶してしまった。



死(DEAD)

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