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11:

「エリス、あなたは男の娘なんかじゃない。先天的半陰陽(インターセックス)だね」

「!? どうしてそれを……」

 突然発せられた正宗の言葉を聞き、エリスの顔が驚愕に歪む。これまでエリスと交わること無く、それを見抜いたものは一人としていなかったのだ。

「……」

「隠すことは無い。俺には解る……医者だから、ね」

「……そんなの、理由にならないわよ。今まで会ったお医者様で、見抜いた人なんていなかったのに」

 エリスの瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。それは、どんな感情から流れ出たものなのか。エリス自身にも解らなかった。


 先天的半陰陽(インターセックス)――


 生まれつき、男性と女性の性的特徴を兼ね備えた存在。もっとも、エリスのような例は極めて珍しいと言える。これほどまでに女性としての肉体的特徴を強く備えながら、男性として不自然ではない形状と大きさの陰茎を持つなど普通は有り得ないはずではある。だが。

「人間の、生き物の可能性と多様性は無限だ。あなたは全然、不自然な存在なんかじゃあない」

 正宗はごく普通の口調でそう言い、エリスをはっとさせた。

「ありがとう。でも、先生みたいな人は圧倒的少数派……いえ、先生だけよ」

 俯き、哀しげにつぶやくエリス。これまで、どんな経験をして来たのか。どれほどの辱めを受け、それを跳ね除けて来たのか……正宗からは見えないエリスの表情が、それを物語っていた。

 五分ほど、だろうか。二人は黙って立ち尽くした。エリスは俯き、正宗はエリスを見詰めて。

「先生、改めてお仕事を依頼します」

 顔を上げ、真剣な眼差しで正宗を見据えたエリスが言う。

「どんな仕事を?」

「この島の住人となって、これから始まる世界との闘いをサポートしてほしいの」

 それは、確固たる意志を持った人間からの、途轍もない依頼であった。

「世界と闘う? どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。あなたも薄々感づいていると思うけれど、私はこの島を男の娘のための楽園の地にするだけを目的としていない。そんなのは初めの一歩でしかないわ……そう、ここは争いの無い、全ての人が幸福に暮らせる新しい世界を構築するための礎の地になるのよ」

「……」

「今の世界を見れば、人類は中世から何も進歩していないのが解るでしょ? 一部の富裕層・特権階級・政治家が富を独占し、快楽を享受するもとで、殆どの人々がその日生き延びる為に必死にもがいている。このままじゃ、人類が滅びるまでその愚かな螺旋が繰り返されていくだけ」

 エリスの瞳には、冷たい炎が揺れている。

「人々が争う原因は色々有るわ。でも、大本となっているのは何だと思う?」

 エリスの問いに、正宗は少し考えてから回答する。

「そうだな、誤解を恐れずに言えば性別、か。男は女を奪い合い、女は男を奪い合う。だが、それは人間に限らない。野生動物だって、子孫を残す為にオスがメスを奪い合うし、その逆だってある。これは本能に基づく原理行動だからね」

 もちろん、人間が争う原因は他にいくらでもあるし、大本を特定することなど難しい。だが、広義で見れば、男女と言う性別による争いは確かに人が闘争する根本原因の一つであろう。

「さすがね。もっとも、私に対する模範解答を探れば必然的にそうなるだろうけど」

 正宗の回答に満足したか、エリスがふっと表情を和らげる。だが、直ぐにそれを引き締め、言葉を続けた。

「野生動物は、あなたの言うとおり本能のみに基づいて行動するのだから、とても純粋な行動だわ。でも、人間は違う。男も女も、ほとんどの場合快楽を貪る事を第一にしている。でも、それ自体を否定するつもりはないわ。だって、実際キモチいいし、素敵な相手と抱かれたり抱いたりするのはとっても幸せな行為だし! 大好きな子の可愛らしいアソコであんなことしたりされたり、こんなことしたりされたり……やん、なんだかおっきくなってきちゃう♪」

「もしもし? そっちは違いますよ?」

 途中から内容が変化し、先ほどまでの厳しい様子が消えてだらしないニヤケ面をさらし、桃色脳みそになり掛けているエリスに正宗が突っ込む。

「はっ!? やだもー、先生ったら! だいじょーぶ、わたしはしょうきにもどった!」

「戻ってなさそうなんだが」

 先ほどまでの緊張感はどこへやら、すっかりグダグダになって来た空気にうんざりした正宗だが、まだ話は途中である。

「で、結局何が言いたいんだ?」

 正宗の強引な軌道修正を受け、エリスもこほん、と一つ可愛らしい咳払いをしてから、話を戻した。

「だからね、私は世界人類全てを男の娘に変えて、永遠の平和と繁栄を築き上げるのが最終目的なのよ!」

「いかん、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」

 あまりにも飛躍した意味不明なエリスの妄言に、正宗が叫んだ。

「いしゃはどこだ!」

「あなたが医者でしょ!」

 もはや空気は戻らない。緊張感などここには存在しない。

「ボケは良いから! 私の役目だから! ツッコミが先生! 私突っ込むのも好きだけど!」

「誰が上手い事言えと、ってそうじゃない! なんでそうなるんだ!」

「え、だって入れられるのは当然キモチイイけど、入れるのもキモチイイし。でも、キモチよさ度では入れられる方が圧倒的に上かな」

「その発言自体は男女間の快感差について身を持って知っている者の証言として、純粋に医学的見地から非常に興味深い案件だが今はどうでもいい」

「じゃあ後で、ベッドの上で実地検証する?」

「やかましい。で、だ。なぜ世界人類を全て男の娘に変えることが永遠の平和と繁栄に繋がるんだ。意味不明にもほどが……」

 そこまで言い掛けて、正宗は気付いた。この、一見突拍子もない計画の持つ意味に。

「やっと解ってくれたみたいね。そう、人類が全て男の娘――いえ、私と同じ 先天的半陰陽(インターセックス)になれば……性別による争いは無くなる。それは、人類から争いを無くす大いなる一歩となるの!」

 エリスが巨大な胸をぐい、と逸らして勝ち誇ったように叫ぶ。

「だ、だが……確かに男女の争いは無くなるかもしれない。だが、そうなったとしても、恋人を争ったり、横恋慕によるパートナーの奪い合いが無くなるとは思えない。つまり、大勢に影響はない、と予測することも出来る」

「確かに、それは有るでしょう。でも、少なくとも男女の争いは無くなる。そこから踏み出すのと、男女間格差を永遠に解消できないまま、結局何も変えられないまま踏みとどまるのでは全く違うわ。さっきも言ったでしょ? これは、大いなる第一歩だ、って」

 正宗の反論に、エリスは少しも慌てることなく応える。正宗はそれ以上反論できず、黙るしかなかった。

「先生、お願い。私たちに協力して。あなたの親友、尭 刹那技師も協力してくれているわ。これから始まる、世界との闘いの為に」

「……」

 正宗の胸には、これまで行ってきた貧困地域や戦場での医療行為が甦っていた。

 確かに、戦場で最も過酷な目に遭わされるのは女性、そして子供である。それは、正宗自身が嫌と言うほど見せつけられてきている。もちろん男も被害者になり得るが、より酷い状況に置かれるのは明らかに女性なのだ。

 エリスは、これから世界と闘うという。争いを無くすために闘うのは主客転倒である、などと言うつもりはない。新たな時代を造るには、古い時代を……いや、己の欲望と権益を守るため、自分以外の人々の生き死になど全く頓着しない者たちを破壊する必要が有るのだ。

 そして、エリスはそれを理解し、自分自身を礎として、人類に恒久平和をもたらすための一歩を踏み出そうとしている……手段はとりあえず置いておくとして、その意識と行動自体は間違ってはいないし、一種崇高ともいえるだろう。

「先生……お願い。私、なんでもするから」

 エリスが、豊かな胸の前で両手を組み、神に祈る聖女のような趣で哀願する。

「とにかく、刹那に会わせてくれ。あなたはアイツが協力している、と言ったが、それをアイツに直接確かめてみたい」

 正宗はひた、とエリスの瞳を見詰めてそう頼む。エリスは正宗の視線を正面から受け止めてしばらく黙っていたが、

「……いいでしょう。でも、ショックを受ける事になるわよ。精神的には変わっていないけれど、彼の肉体的変化に、ね」

「まさか……」

 正宗の脳裏に、男の娘化した刹那の姿が浮かぶ。と言っても、単に女装した想像図でしかない。だが、元々超美形の刹那だけに、全く違和感がない。

「ふむう……」

 非常にビミョーな気分になってしまい、唸る正宗にエリスが言う。

「多分、先生の想像とはぜんっぜん違う方向に変化しているわ」

 エリスの表情は、なぜかとても残念な様子を滲み出させていた。

「それでも、良いのね?」

「もちろんだ」

 即答する正宗に微笑んだエリスは、下着姿のままカツン、とヒールの音を響かせて踵を返した。




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