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10:

 エリスの鋭い瞳は至近距離にあり、正宗のそれを射抜いている。

 正宗は咄嗟にごまかしの言葉を探し、いくつか思いついた。だが、エリスの瞳を見据え、無駄な行動を取る事を諦めた。

「どうして、そう思う?」

 だが、気軽にペラペラと本当の目的――親友である尭 刹那の捜索と、便宜を図る代償として日本政府から依頼されたこの島の調査――をしゃべるわけにはいかない。

 そう考えた正宗は、敢えて質問に質問を返す事を選んだ。

「さあ? なぜかしらね。先に私の質問に答えてくれたら、教えてあげない事もないけど」

 しかし、これまでのエリスとは全く違う、鋭く厳しい口調で跳ね返され、それ以上の抵抗が無意味だと知らされた。

 正宗を睨めつけるエリスの瞳は静かに燃え盛っていて、先ほどまでとはまさに別人だ。

 正宗も相当に修羅場を潜って来ているので、そんじょこらのチンピラや武道経験者程度なら片手であしらえるほどの実力を持っている。

 だが、エリスは正宗よりも少しばかり上の実力を持っているようだ。完全に正対した状態からのやり合いであれば、体格・体力的に優れた正宗にも利が有るかもしれない。だが、現在エリスは正宗の首に手を廻してがっちりと固めている上、正宗はベッドに寝たエリスの背中と足に両腕を抑えられた状態である。咄嗟に引き抜こうとしてもエリスの腕に首を極められるのがオチだろう。

「……親友を、捜しに来たんだ」

 観念した正宗は、ため息とともに本当の目的のみを言う。

「親友?」

「ああ。俺にとって、たった一人の親友さ」

「ふーん……」

 エリスはそれ以上尋ねる事なく、だが、正宗の首に廻した手を解くこともなく、黙り込んだ。

 正宗は少しの間、エリスの拘束が解けるのを待ってみたが、一向に解放してもらえる気配は無い。

「……目的は話したんだから、手を放してくれないか? それと、どうして俺がここに来た目的が報酬目的じゃない、と思ったか教えてほしいんだが」

「だーめ。まだ放してあげないし、教えてあげないもん」

「なぜ? 嘘はついてないよ」

「そうね、嘘はついてないね。でも、全部話したワケじゃないでしょ?」

 エリスの黒い瞳に囚われ、正宗はぐ、と黙る。

「まあでも、下手な嘘を吐かなかったご褒美にいいものあげる」

 エリスはそう言うと、素早くしなやかな動きで上体をするりと起こし、正宗の唇に自分のそれを重ねた。

「!?」

 咄嗟に体を起こし、エリスから逃れようとした正宗だったが、エリスの細い腕は正宗の首に廻されたまま離れない。

 濡れた唇の感触と、息と共に吸い込んだエリスの甘やかな体臭に惑わされ、正宗の思考と肉体は麻痺状態に陥ってしまう。

「むぐ!?」

 その隙を狙い、エリスのぬめぬめとした感触の官能的な舌が、正宗の唇を貫いて侵入して来た。

「ん……」

 小さく喘いだエリスは、口の中を逃げ回る正宗の舌をあっという間に絡め取り、それ自体が別個の生き物の如くうねうねと蠢動して正宗に官能を与え続ける。

(くっ、離れなければ……!)

 正宗はエリスの体を手で押しのけようとするが、今までに味わったことの無い快感に正宗の口内と肉体は精神の命令を緩やかに拒み、腕に入った力は指令の十分の一も無かった。

「んふ」

 そんな正宗の様子を見て取り、エリスの笑みが深くなる。そして、豊かなバストを正宗に押し付け、しなやかな足を絡め、全身を使って籠絡を試み始めた。だが……

「くっ!」

「きゃ!?」

 ばす、という鈍い音と共にエリスの体がベッドに押し付けられる。

 正宗はエリスの肉体を引き剥がして拘束を逃れ、たたらを踏みながら壁際まで逃げる事に成功していた。

「そんな……」

 己のテクニックによほどの自信が有ったものか、エリスはベッドに身を沈めたまま信じられないという顔で正宗を見詰めている。

「あの状態で私から逃れるなんて……」

 ふら、と上体を起こして呆然と呟くエリス。正宗は息を整え、唇についたエリスのルージュを手で拭いながら厳しい視線を向けた。

「いや、今のはかなり危なかったよ」

「どうして……今まで、私の腕から逃れたひとなんていなかったのに!」

 大きな瞳に口惜しさを滲ませてエリスが叫ぶ。

「じゃあ俺が第一号か。そりゃ光栄だね」

 正宗はそう言ってから、

「アイツはどうだった?」

 と尋ねた。

「アイツ……?」

「とぼけるなよ。さっき言った、俺の親友さ。アイツは今、どこにいるんだ?」

「……知りたい?」

「ああ、知りたい」

 大分余裕を取り戻したエリスが、ふふん、と不敵に微笑う。

「教えてあげる。彼は……尭 刹那技師は、私の誘惑に乗る以前に自分から協力してくれたわ。いえ、くれている、と言った方が良いわね。心配いらないわ、私は……私たちは彼には何もしていない。あなたの知る彼とは、ずいぶんと変わっちゃってると思うけど」

「なんだと?」

「親友のあなたなら、彼のロボット工学者・技術者としてのポテンシャルが世間に過小評価されていたのは解っていたでしょう?」

「ああ」

 正宗は間を置かずに首肯した。刹那の能力は凄まじい。常人には考え付かないほどの突飛ともいえる発想と、それを実現する技術力は現代の技術水準から大きく乖離していると言えるほど規格外だ。もし、刹那が政治・権力的野心を持ってそれを使い起業でもすれば、世界の経済を牛耳る事も不可能では無いだろう。もっとも、刹那にはそんなものは欠片もなく、ただひたすらロボット創りを楽しんでいるだけなのだが。

 だが、刹那を恐れ、己の地位と既得権益を守るため過剰に叩く者たちは多数存在する。刹那が博士号を持たないのも、決まった企業の専属にならないのもそのためだ。彼らは刹那を便利に使い、己の為に生かさず殺さず利用していたのだ。

「別に、刹那技師が世間への復讐に燃えちゃってるなんてワケじゃないよ。ただ、彼は自分の頭脳と技術を資金や環境の枷から外してもらえた事に喜んで、子供みたいに夢中になってるだけ。私が誘惑する必要すらなかったわよ」

 エリスは少し残念そうな様子で、いったん言葉を切った。

「だから安心して。彼は少なくとも精神的には元気よ。なんなら、今すぐ会わせてあげても良いんだけど」

 そして、蠱惑的なウインクとともにそう続けた。

「そうか、ぜひお願いしたいね」

 正宗は正直に、思った通りの事を口にする。会えるものなら、直ぐにでも会いたいのは間違いないのだ。

「でもね、ただ、ってわけにはいかないのよね」

 エリスは唇に右手の人差し指を当て、にんまりと艶っぽく笑う。正宗は自分の背筋にぞくり、と走った情欲に驚きながらも辛うじて平静を保った。

「代金はいかほどかな?」

「そうねぇ……私を満足させてくれたら、会わせたげる」

 ベッドから立ち上がり、ピンク色の上着をふぁさ、と脱ぎ捨てたエリスが小悪魔的な上目づかいで正宗を見詰めている。

「マッサージでもしようか?」

「そんなんじゃ、満足出来ないよ」

 そして、ゆっくりと正宗に向かって歩きながらパチ、と音を立ててホックを外し、スカートも脱ぎ捨てた。

 真っ赤なブラとショーツ、漆黒のガーターベルトと真紅のストッキングを纏うのみとなったエリスの肢体は、艶めかしく淫靡なインキュバスそのものだ。

「うふふ……」

 立ち尽くす正宗の元へとたどり着いたエリスは、再び正宗の唇に己のそれを重ねようとした。


「やめてくれ、俺にその趣味は無いって言ったはずだ」


 だが、エリスの唇が重なる直前、手を間に挟んで阻止した正宗が冷たく言い放った。

「え……?」

 エリスは、正宗の言葉の意味を図りかね、呆けた声を出す。

「だから、言っただろ? 俺はホモじゃない、って」

 不敵に笑った正宗が重ねた言葉に、エリスの紅潮した顔色がサーッと蒼く染まった。


「なん……ですって……?」


 怒りのあまりか、声だけではなく体まで震わせたエリスが暗黒の眼差しで正宗を見詰めている。

「エリス、あなたはお世辞抜きに魅力的な肉体を持っているよ。だが、それは俺にとって、ではない。俺が好むのは飽くまでも普通の女性だ。残念ながら、あなたは普通とは言い難い」

 エリスの怒りの波動は凄まじく、正宗も強烈なプレッシャーを感じている。だが、ここで逃げたら男が廃る。

「その、股間に屹立するモノ……それを見たら、他がどんなに魅力的で有っても興ざめなのさ。悪いけれど、ね」

「っ!!」

 エリスの答えは言葉ではなく、正宗の頬を襲った平手打ちだった。パァン! と良い音を立てて炸裂した一撃に、正宗の顔が弾け飛ぶ。

「気が済んだかい?」

 だが、正宗は避けも防ぎもせず、甘んじてそれを受けた。来ることが解って受けたので、顔は弾けたが体は微動だにしていない。

「……なぜ、避けないの?」

「ずいぶんと失礼な事を言ったからな。これくらいは当然さ」

 正宗の唇の端から、一筋の血が流れ出す。それを拭きもせずに、正宗はエリスを正面から見据えた。


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