七、
「そうか。『彼』を見つけたか」
ほの暗い、古びたお屋敷。あかりは行燈が二つあるだけだ。
漆黒の装束に袖を通したその青年は、そう呟いた。
「おー。いっちょまえに記憶失ってやがんのよ! おかげさまで、解呪もできなかったしよぅ。ほんとどうしてくれんだ!」
「落ち着け、トト。解呪が難しいならば、呪いをかけた原因を絶ってしまえばいいだけのことだよ」
じだんだを踏んで怒るトトを、青年――ラオがいさめた。
「けどよぉ、ラオ? あいつは風神ですぜ? よしやろうか! って言って簡単に殺れる相手じゃねえよ?」
「それについては心配ないさ。敵を知り己を知れば百戦危うからずとはよく言ったものでね」
「小難しい言葉であたしをゴマかそうってのか? 裂くぞてめー」
「知力の足りない君が悪い。……先日拾った男を見ただろう?」
ラオはふいっと後ろに目を向ける。トトはつられてそちらをうかがった。
「……あいつか? 血だまりに寝てたやつ。アレ拾ったん? いいシュミしてんねえ」
はっ、とトトは鼻で笑う。
ラオの背後には、その血だまりに寝ていた奴とやらが、静かに控えていたのだ。
赤銅色の髪に、丈の大きい法被、首と額、右手首左足首には痛ましげに包帯が巻かれている。
目には生気が宿っていないようにも思える。
「んで、ラオ? そいつがなんだってえの?」
「彼は、八百万の神々の仲間だよ」
簡潔なラオの答えに、トトは一瞬息をのんだ。
「マジかよ。敵じゃん」
「そう、敵側のものだ。だが、彼はこちらにつくと言っている」
「は? てことは何、裏切りでもしてるってわけ?」
トトは赤銅の男の顔を覗き込んだ。
「彼の名は火之迦具土。わけあって父親に斬られた経歴を持っている」
「こらこら。そういうことは自分の口から言いたかったのに。ラオはおしゃべりだねえ」
カグツチという男は、楽しそうに笑っている。目に生気は宿らないまま、ラオやトトの言葉に反応している。
「トトは初めて君に会うからな。シェンは昼に顔を合わせたからね」
「へーあたしは最後かよ」
トトはむくれた。
「んで? そのカグツチ君はあたしらに何してくれんの?」
「八百万の神々の情報を流してあげよう」
さらりとカグツチは答えた。
「マジで裏切りかよ。えげつねーえなー。あんた、仲間に未練とかないわけ?」
「実の父に斬られた私に、未練があるとお思いかねえ?」
「だよなー」
「その情報をあんたらが活用すれば、呪いを解くことだってわけないだろう? いくらでも私を利用すればいい。どうせ捨てられた身なのだからさ」
「そこまで投げやりかよ。裏切り者は一味違うねー」
トトは苦笑してカグツチにそう飛ばす。
さて、とラオが口を挟む。
「そういうわけだ、トト。これからはカグツチを通じて八百万の神々を崩していく。敵を知れば、それだけ対策もできるからね。力任せに戦って勝てる相手じゃないのだから」
「けっ。わーってますよ! ラオ兄様!」
トトは不機嫌そうに吐き捨てた。この兄は、自分が単身で建御雷に挑んだことも御見通しらしい。
一室をずかずかと乱暴に去っていったトトを尻目に、ラオはカグツチに向き直る。
「では、頼むぞ、カグツチ」
「ふふん? おまかせ、あれ」
カグツチは、おどけるように一礼した。