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四五、

「雷よ、もう少しだけ、俺に力を貸してくれ、な」

 鹿島は優しく言葉を投げかける。それに応えるように、雷がばちっと光った。力は充分。確認した鹿島は、いつもの不敵な笑いで、愉快気に雷を異形へと落とす。轟音が響き、閃光が放たれる。一瞬だけ、鹿島以外のその場にいたものたちの視界が遮られる。

 次に焦げた臭いが立ち込め、その臭いに慣れたころには、大型の異形およそ十体が地に伏していた。

 

 経津主はそれを一瞥して、前方をしつこく阻む昆虫型の異形にナイフを投げた。虫であるゆえに図体は小さいが、それが無数となると別である。目に毒々しい、鮮やかな緑色を散らした異形が、耳障りな羽音を立ててこちらの集中をそいでくる。


 一体一体が小さく、ゆえに核も小さい虫だ。核を狙うのは経津主であっても困難を極める。

 それでも経津主は、じっと虫の群れを観察して、どれが『核』であるか見極めんとする。無数の虫はほとんどが目くらましだ。核を持った本体は、その中の一匹だけ。

 

 経津主の投げたナイフは、ハズレの虫に当たった。核を持つ虫型の異形ではなく、目くらましの虫に刺さる。

 だが、数秒して刺された虫は黒い霧となり、ナイフをぼとんと落とした。一旦霧状に変化した虫は、霧を集めて再び虫の形に戻る。

 核を破壊しなければ、同じことが繰り返される。経津主は舌打ちして、再びナイフを構え直した。


 その虫自体、おとりであると気づいたときには遅かったのかもしれない。

 前方の虫に気を取られていたため、経津主はらしくもなく背後に迫った本命の気配を察知するのが遅れた。


「経津!!」


 鹿島の怒号に、経津主ははっとする。背後を振り向くより早く、異形が経津主の首を狙っていた。

 蟷螂の脚のような大鎌を(しかし蟷螂なのは脚と頭だけで、ほかは人間の形をしたあやふやなつくりをしている)異形が振り下ろす。


「経津殿!?」

 思わず諏訪も経津主の方を振り向いて叫ぶ。

 

 ――まずい。

 経津主はフツミタマである。フツミタマはあらゆる毒を浄化し、負った傷をたちどころに癒す力を持っている。

 だから本来であれば、首が飛ばされても心臓を射抜かれても、たとえ手足を吹っ飛ばされても、少しの時間が経てば経津主は元に戻る。……そう、本来であれば。


 経津主がいる場所は、信濃である。穢れの王ゲネが目前に立っているような、穢れの極めて強い地にいる。そして、フツミタマの力は諏訪にほとんどを預けている状態だ。

 そんな状態でわずかでもケガをしたら、元に戻るための時間を大きく取られることとなる。

 ここで戦力を失うのは、避けたい。


 だが間に合わない。反撃どころか、相手を視認することすら許されない。


「狩っておしまい」


 ゲネの、冷徹な声がした。


 経津主は身を固くする。らしくもなく、ナイフを握る手が震えた。

 ぎゅっと唇を引き結んで、瞼を閉じないよう強がる。


 

 待っても待っても、蟷螂型の大鎌は襲ってこなかった。

 恐る恐る、経津主は後ろを確認する。


 蟷螂型の異形は、腹部分からぶすぶすと黒い瘴気を放っていた。ぴくぴくと鎌が痙攣している。

 

「……え」


 経津主と蟷螂の間に割り込むように、諏訪よりも小さな少年が、立っていた。


「大丈夫かい、おにいさん」


 ナイフをくるくると手中で弄ぶシェンが、頼もしい笑顔でこちらにたずねてきた。



「……シェン」

「えへへ、マザーから出雲へ行けって言われたけど、信濃のほうにおにいさんの気配がしたから、飛んできちゃった」


 シェンは大量の虫を見上げる。

「危なかったからとっさに切っちゃったけど、余計なお世話だった?」

「いや、助かった。今回ばかりは礼を言う。ありがとう」

「へっへー、おにいさんに褒められると気持ちがいいね!」


 シェンの朗らかな微笑に、経津主の肩の力が抜けた。鹿島と諏訪も、経津主の無事を確認できて、ほっと胸をなでおろしている。

「ったく、心配した」

「すまなかった。私はもう大丈夫だ。……もう一度、道を作るぞ」

「了解」

 鹿島は経津主の言葉に応えて見せた。


「……ちっ、極西の末っ子も、反抗期だったってわけね」

 ゲネが、忌々しそうに吐き捨てる。シェンは朗らかに言う。

「だって、大好きなおにいさんがピンチなんだよ? かっこいいとこ見せたいじゃないか」

「男って単純ねぇ。……いいわ、あなたも一緒に喰ってやる」

「できるかな? ぼくだって、まがりなりにも神様だもん。……おにいさん、今は一緒に戦わせてくれるかい?」

「頼もしい。ぜひとも」

 ふっと、経津主が顔をほころばせた。



「目障りねぇ!! 穢れよ穢れ、全部食べておしまい!」


 ゲネの甲高い声が響く。


 当然、神々はそれを簡単に許すはずもない。

 一番の目的は、諏訪をゲネのもとまで届けること。諏訪が、ゲネを倒し、八坂を救うのだ。


 そのためならば、いくらでも戦い続けることができる。鹿島は、そう感じる。

 体が熱くなる。心が躍っている。穢れ濃度が危険度最大の地で、味方は経津主と諏訪、そして乱入してきたシェンのみ。残りは、それなりに強い異形にあふれかえっている。一歩間違えれば自分が食われる絶望的な状態におかれて戦うという今に、鹿島は笑いをこらえきれない。


 いつもの飄々とした笑みが、自然とこぼれてくる。

 雷を落とし、時には足蹴にしながら、無限に湧いてくる異形を屠る。


 経津主も、いつもの状態を取り戻してからは、冷静に正確に、異形を討った。

 ぼこぼこと地面から生まれ出る異形にも、不意打ち狙いで背後を狙う異形にも、的確にナイフを突き刺し、破壊していった。

 その表情は冷たく、きゅっと引締めらえれている。彼がナイフを放つたび、白藤の髪がさらりと風にさらわれる。


 経津主と鹿島の撃ち漏らした分は、シェンが切り裂いた。毒を塗ったナイフは、異形にしてみれば餌である。が、塗ってあるのが聖水であったり神酒である場合、それは異形にとっての毒となる。


 ゲネは形成が逆転されかけていることに苛立ちを隠せない。

 ぎっと歯ぎしりして、華奢な拳を握りしめる。腹いせに、地面に咲いていた花を踏み潰した。


 ゲネを守っていた異形の防壁が完全に崩れた。


 鹿島が雷を放ち、ついでにと言わんばかりに下駄で異形の核を蹴り飛ばした。

 続いて経津主が、生み出されそうになる異形を事前に防いだ。ナイフを指に挟み、軽やかな動作でそれらを投擲する。核が生まれる前の穢れは、経津主のナイフをまともに食らって消えていく。


 焦りが生じ始めたゲネと、諏訪と目が合う。

 諏訪は、道が開けたと確信した。手に力を込める。風に心で呼びかける。

 ――八坂を救いたいと。そのための力を、もう一度貸してほしいと。


 風は、諏訪の願いに応えた。風が諏訪の両手に集まり、一振りの剣の形をなしていく。


「行け!!」


 鹿島の怒号と共に、諏訪が、開かれた道を駆ける。

 諏訪が駆けたあとに、風がふわりと広がった。


 八坂の姿をしたゲネと、一瞬で距離をゼロにした。

 とっさに後ずさったゲネには、驚愕の表情が生まれる。

 

 八坂を殺すの? と諏訪の心を揺さぶる余裕もない。


 諏訪に迷いはない。

 自分には、経津主の力が流れている。その力は、あらゆる穢れや迷いを断ち切る。つまり、清らかなものは切らない。

 自分に桃を託してくれたのは、ゲネではなかった。八坂だったのだ。

 八坂は間に合う。助けることができる。


 その自信に、根拠や迷いなどなかった。

 ただ、彼女を救いたいと言う一途な心を頼りに、風の剣を構えた。


 剣を横に薙ぐ。


 風の剣が、ゲネの胴を斬った。

 


 不思議な手ごたえがあった。

 確かにゲネを斬ったはずなのに、生々しい感触がない。藁を斬るような感覚が手に残り、しかし後には鮮やかな斬りごたえが伝わってきた。


「ばか、な」


 ゲネのうめきが、後ろで聞こえた。


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