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四三、

 そうしてトトは社から半ば無理やり追い出され、飛ばされた所に、ちょうど諏訪たち八百万の神々が到着したというわけだった。

 本来であれば敵であるこの神々の存在に、トトは今だけ感謝の意をこっそりくれてやった。

「……きみたちは、騙されてたのか」

 諏訪はトトの髪をそっと直す。

「そういうこったよ。くそ、ラオは帰ってこないしシェンもいねえし……これじゃますます穢れが増殖しちまうよ」

 穢れというものを意図的に生み出していたはずの彼女は、マザーの存在がなくなった事実を突き付けられてからは、神々側になっていた。とはいえ、自分のしてきた行いをなかったことにするというちゃっかりさは持ち合わせておらず、申し訳なさそうに諏訪にうなだれる。

「……ごめん」

「え?」

「あたし、取り返しのつかないことを……。どうしてもっと早く疑わなかったんだろ。こんなこと、はたから見たっておかしいって気づくはずなのに、あたし……」

 トトから、嗚咽が漏れた。

 いつも犬歯をむき出しにして、自由に暴れまわる女神が、今は背を丸めて小さな少女のように泣いている。

 端整な顔をぐしゃぐしゃにして、留まることのない大粒の涙を手の甲でぐっと拭いながら、自分の行いを悔いている。

「……おまえ」

 鹿島はそれをただ見守るしかできない。泣き虫をあやすことはできたが、それが異性となると別だった。いつもあやしていた泣き虫は、隣にいる同性の風神だった。

 鹿島が手を泳がせている間、諏訪はトトを抱き締めた。

 彼女の華奢な背中をさすり、「もう大丈夫だ」とやさしく言葉をかける。

「や、やさしくすんな……! あたし、あんたを」

「僕は気にしていない。君は……悪いことをしたけど、これ以上責められる必要はない。あとは僕がやる。だから、もう休んで」

「ば、か……」

「うん、馬鹿だね」

 諏訪はトトの背中をぽんぽん叩く。彼女の嗚咽が、諏訪の耳に響いていく。彼女に触れて、悲しさと後悔と、自分の無力さ愚かさに怒る心が伝わってきた。

 これは、記憶を失う直前の自分と同じだと、諏訪は気付いた。この子を助けなければ。泣いている子を、泣き止ませる必要がある。


「……大丈夫だ、穢れは食い止める。君はがんばってくれた。もうがんばらなくていいから、休んで」

「でも」

「ここからは僕が引き継ぐ。……ここをまっすぐ飛んでいくと、古びた社がある。錆びた鳥居が目印だ。そこに、僕らの仲間がいる。そこへ行って、事情を話して休ませてもらうといい」

「あたし、敵だぞ……? それに、まっすぐっていっても道に迷っちまう」

「心配ないよ。風が導いてくれる」

 ほら、と諏訪がトトに指し示す。諏訪の指差す方向には、わずかながら風が吹き抜けていた。

「さあ」

 諏訪はトトを立ち上がらせる。目が赤く腫れ、涙のあとでせっかくの美人を台無しにしたトトは、ようやく泣き止んだ。


「いいの……? あたし、」

「いーから行けって。社にはあんたの兄貴がいるよ。心配なんだろ」

「! ラオもいるのか」

「うちの鳥船と戦ってな。重傷を負ったが今は優秀な医者のおかげで持ち直してるよ。ほら、行った行った」

 鹿島が追い払うように、しっしと手を振る。それが、心配の裏返しであることを、諏訪も経津主も見抜いていた。


「逃がさないわよ」


 その好機をぶち壊す諸悪の根源が、社から悠々と現れた。

 艶やかな黒髪をなびかせて、八坂は不気味に嗤う。


「……よう、八坂ぁ。先日はどーも」

 鹿島は怒りを抑えるために、あえて軽口をたたく。経津主はトトを支えながら、右腿に装着したナイフをいつでも構えられるよう意識した。

 トトをかばうように、諏訪は一歩前へ出る。自分の妻が、これまでの異変を動かしていたという事実が、いまだに信じられない。しぶとくも、小さな風神はこの八坂を信じていた。純粋で穏やかな少女が、何も考えずにこんな暴挙に及ぶとは、どうしても思えなかった。


「八坂……」

 絞り出すように、妻の名を呼ぶ。

「あら、嬉しい。まだわたしを八坂と呼んでくれるの?」

「だって八坂は、僕の妻だから」

「うふふふ、まだ夢を見てるのかしら。貴方も大概におバカさんなのねぇ」

 まだあどけない少女の声は、諏訪を小ばかにして止まらない。これも諏訪ではなく、鹿島を怒らせる目的なのだろう。鹿島はそれを分かっているから必死で感情を抑えている。


「夢? 君は八坂で、僕ら八百万の神々の仲間じゃないのか」

「くく、うっふふふふ」

 八坂が喉を鳴らして、心底おかしそうに大声あげて哂う。


「どこまでおバカさんなのおぉ!? わたしは八坂に見える彼女のにせものよぉ?」

 八坂ではないその少女は、歪んだ笑みで諏訪を見下した。



「八坂じゃない?」

「そう。体は八坂よ。でも精神は八坂じゃないわ。あの子の御霊は、私が殺した」

「何だって……?」

「うふふ、教えてあげる。最初は極西の神々の主であるマザーを殺して私がすり替わった。そして貴方以上にお人よしな八坂に目をつけたの」

「じゃあ、八坂は……」

「そう。御霊が壊れた神の末路なんて……あなたたちならよく分かってることではなくて?」


 『彼女』は、スカートをひらめかせる。


「八坂とそこの風神は、私という爆弾に気づかず極西の神々をかくまった。ちょっと不幸をひけらかしたらあっさり同情してくれて助かったわぁ。乗り込むのならば信濃と決めていたの。鹿島の地はそこのおっかなくて油断がならない雷神様がおわしますものねぇ」

「そりゃどうも」

「そして八坂の御霊を奪い、私は八坂とすり替わった。マザーを人形に仕立てて、強い強い極西の神々を操った。彼らは思い通りに動いてくれたわ。マザーという存在は、本当に偉大ねぇ。子供たちは何も疑わずにただ従うのよ。さすがねえ」

「……僕と鹿島が君を助けて、社へ連れ帰った時には、すでに八坂は、」

「そう。私とすり替わってた。そして社の内部に入り込んで、情報をかすめ取っていたの。でもあまりうまくいかなくてね。赤いどてらを着たチビがそれとなく監視していたから」

 赤いどてらのチビ、というとおそらく思兼のことだろう。


 ふうっと息をついた『彼女』は、諏訪を見つめ直す。

「おしゃべりはオワリにしましょうか。穢れは止まらない。八坂もいない。マザーもいない。神風が地上から消え、日本は穢れに埋め尽くされる」


 『彼女』の足元から、ぼこぼこと異形が生まれ始めた。

 『彼女』を守るように大小それぞれの異形が立つ。そのうち一体の異形が、落ちくぼんだ目のような部分を諏訪に向けて来る。

 そこから読み取れたのは、殺意と食欲だ。

 異形にしてみれば、神々は極上の食い物でしかない。それが三体、異国の女神が一体目の前にいるのである。食欲をそそられようというものだ。


 社を中心として、瘴気の濃度が一気に高くなる。『彼女』が異形を呼び出したからだ。おそらく、『彼女』は異形と共生関係にある存在だ。これほどまでに従順で強い穢れを放つ異形を、一気に呼び出すことができるとすれば、考えられるのはそれくらいだ。少なくとも、諏訪はそれ以外思いつかない。



「我が名はゲネ! 西方より訪れた穢れの王!!」

 彼女――ゲネは両手を大きく広げ、空を仰ぎ、声を張り上げた。

「穢れよ穢れ、日本を食い尽くすがいい!! 私が許そう!」

 八坂の姿をした穢れの王の、その言葉が合図だった。 


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