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三四、

「連れて来たよ、お嬢」

 思兼が、諏訪と鹿島を天照のもとへ連れてきた。

 手入れの行き届いていない部屋ではなく、舞殿に、彼らはいた。

 諏訪は身をこわばらせながら、舞殿に足を踏み入れる。鹿島もそれに続いた。


 そこには、天照が静かに控えていた。その傍らには手力が、天照を守る様にして正座している。

「ありがとう、思兼」

 天照が立ち上がって、一歩前に出る。

 真っ直ぐに諏訪へと歩みより、諏訪の手を力強く握り締めた。

「大変だった、みたいね」

「天照殿……」

「お帰りなさい、諏訪殿。貴方も鹿島も、無事でよかったわ」

「ご心配、おかけしました」

「いいのよ。……それでね、今までのことと、今後のことをわたしたちで話し合おうと思うの。貴方にも参加してほしくて」

「……いいのでしょうか。僕などが」

「貴方だからこそ、共に知恵を共有してほしいの。だめ?」

「いえ、そうではなくて……。僕は、中つ国をここまで穢してしまったから……」

 諏訪にとって、それを気にせずにはいられない。

 見かねた鹿島が、半ば強引に諏訪の背中を押した。「うわわ」と前につんのめりそうになった諏訪は、慌てて踏ん張る。

「今更そんなこと気にしてんじゃねえの。まだ終わりじゃねえんだ。今から中つ国を元通りにするために、知恵を絞ればいい」

「かしま」

「いいから。誰もあんたを責めやしねえよ。ほれ」

「そうよ。お話しておきたいことがたくさんあるの。それを聞いて頂戴」

 天照と鹿島の説得に負け、諏訪はためらいながらも舞殿の席についた。


 さて、と天照が切り出す。

「言うまでもなく、中つ国の穢れは一気に強くなっている。ここでわたし達ががんばらなきゃ、中つ国は穢れに呑まれるわ。そして、ほどなくして高天原も食い尽くされるでしょう」


 円を囲むようにして、神々はそれぞれの座についている。天照の両隣に手力とウズメ。思兼、月読、スサノオ、そして経津主。

 経津主はあの後、トラに運ばれ、無事に社へ着いていた。ミズハノメに一晩看てもらい、すぐに体調は回復したようだった。

(あとで、経津殿にお礼を言おう)

 諏訪はひそかにそう思った。


「でも、わたしたちが力を合わせれば、この困難もきっと乗り越えられる。そのために、まずは現状をしっかりとらえておく必要がある。まずは月読、貴方の得た情報を教えてくれる?」


 天照は首をかしげるように、月読の方を向く。月読は真っ青な顔を揺らしながら、頷いて息を吸う。

「信濃の地の情報を話す。これは言うまでもないが、穢れの原因は信濃にある」

 月読の言葉を聞いて、諏訪は無意識に拳をぐっと握り締めた。


「と言っても、信濃の地そのものが原因ではない。ただ、浄化の力が少しだけ弱っている点を除けば、何も変わらないことがわかった」

「信濃自体は黒幕じゃないってことね?」

 ウズメの確認に、月読が首肯する。

「原因は、信濃に設置された”何か”であると考えられる。で、その”何か”は、諏訪殿のお社の奥深くにある」

「具体的には?」

 行儀悪くあぐらをかいている鹿島が聞いた。

「原因は、『マザー』と呼ばれる者だろう」

「マザー?」

「私が得た情報によると、信濃に居付いた穢れの原因は、遠い遠い地からここへ流れ着いた神々の乱暴狼藉のようだ。もともとはもっと多くの神々がいたようだが、中つ国にたどり着くまでに生き残ったのは、マザーのほかには三柱。ラオ、トト、シェンという三兄妹のみだ」

「そのマザーという一味は、わたしたちと同じ神なのね?」

「そう。もともと別の地に暮らしていたが、何らかの原因があって、その地を追われたようだね。……で、三兄妹はマザーの命令には絶対に従う。マザーがやれといったらやる。そういう関係だ」

「『mother』って、異国では母っていう意味なのよね。マザーとやらはあんまり母みたいには思えないわね」

 ウズメが口をはさむ。

「それは俺も同感。どうやら、彼奴らと俺らの国では『母』って意味が微妙に食い違ってるっぽいねえ」

 思兼が苦笑する。

「……話を戻すよ。三兄妹自体はマザーの命令で乱暴をしているだけだ。彼ら自体に穢れはない」

「……ん? 待て、月読」

 遮ったのは、鹿島だった。一同が、鹿島に注目する。

「彼奴らは穢れと全く関係ないのか?」

「そう。彼らの身体構造は私達八百万の神とほとんど同じだ。基本的に穢れとは相いれない。穢れを受け付けないし、穢れに当てられたら自然治癒力が働いて穢れを浄化しようとする」

「いや、でも俺は、トトが穢れを従えているのを見たぞ?」

「僕もです。その時、鹿島と一緒にいたので覚えています」

 諏訪が鹿島に加勢するように言う。

 鹿島の反論めいた意見に、誰もが怪訝そうだった。月読の情報というのは、それだけ正確であるという裏返しでもある。

「……私も」

 経津主が、静かに加わった。

「私も、シェンと戦闘になった際、奴が穢れに囲まれているのを見た。穢れの量はシェンの体みっつぶんくらいはあった。あれだけの穢れが近くにありながら、私と互角に戦えるなんてありえない」

「そうだったのか……。考えられるとしたら、穢れを従える力は誰かから入れ知恵された可能性がある。誰か、というのはマザーであるのが濃厚だね」

 月読は腕組みをする。

「あ、待て。……戦ってたとき、トトが不意に倒れた。穢れを従えてたはずなのに、穢れに当たったみてえに……」

「てことは、少なくともトトって姉ちゃんの穢れを従える力は誰かからの贈り物だったってことか。本当に穢れと仲良しなら当てられるなんてこともないしねえ」

 思兼は干し柿をかじり出す。

「なんてこった……。あの鎌女、無茶してたってことかよ」

 鹿島は前髪をかきあげる。


「穢れの根本はマザーにある。その手足として働いているのが三兄妹。しかし、その三兄妹には穢れが毒なんだ。おそらく、三兄妹は多かれ少なかれ消耗していると考えられる。……私が得た情報は以上だ」

 月読は礼をする。ありがとう、と天照は返した。

「では、次に、ええっと……」

 誰からの話を聞こうか迷っている天照をよそに、来客だった。


「あ、お嬢。こんなとこにいたんだ」


 舞殿に現れたのは、カグツチだった。

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