三三、
諏訪はすう、と深呼吸する。呼吸することで精神を落ち着けていた。
よみがえってきた記憶と、向き合っている。
自分の行いが、中つ国を崩壊まで導いていることを、ようやくきちんと受け止めた。
その一方で、自分が中つ国のために尽くせたことを思い出したことも受け止めた。
神風を起こし、一時的に中つ国を救った。
その真実は、諏訪の救いだった。
諏訪は記憶を取り戻してすぐは、自分が中つ国にいてはいけない存在であると感じていた。恨まれても憎まれても仕方がないほどに、自分は重い罪を犯したのだ。
鹿島や守矢を拒んで、ひとりよがりなやさしさを突き通してしまった自分は、いなくなった方がよい。そう思っていた。
その精神を、八坂に利用されたのだ。
そして、鹿島の雷を甘んじて受けた。かつて、鹿島によって無慈悲に焼かれた赤子のように、自分もまた、焼かれればいいと、投げやりだった。
しかし、世界と世界を繋ぐ境界に偶然居合わせた不思議な青年に、諭された。大切なものを忘れていると。
神風を起こしたことが、その大切なことだったのだ。
「諏訪……ごめん」
「どうして、謝るんだ?」
傍らの鹿島は、悲しげにうなだれていた。膝の上でぎゅっと握られた拳は震えている。
諏訪は首をかしげる。鹿島は何も悪くない。少なくとも、鹿島は自分に謝るようなことはしていない。
「俺のせいで、雷を受けた。本来なら八坂に当てるつもりだったのに……。いや、八坂に当てることすら考えるのがおかしかったんだ。あれは俺を煽ってたんだろうな」
「あれ、って……。ああ、口づけ」
諏訪はひとり納得する。
「仕方がないことだ。だって、鹿島は僕が好きなんだろう?」
「そうだよ。その気持ちを利用され……え?」
「この事件のことだけじゃない。僕はおまえとの関係もすべて思い出した。僕らは……お互いを信頼して、友達、いや友達以上の関係として、思い合っていた」
鹿島は、じわじわと顔を赤く染めていく。ぱくぱくと口を動かすが、言葉がでてきていない。
諏訪と鹿島は、好敵手、敵、友人として以上に、お互いを深く思っていた。
その関係は、気が遠くなるほど長い年数を経て築き上げてきた。それゆえ、互いを思う心は強固であった。
「お、思い出したの、か……」
「うん。全部」
「うわあぁぁ……今の俺、ものすごく阿呆面してるわ」
鹿島は両手で顔を覆う。
「はは、鹿島は……とても照れ屋だからなあ」
「冷静に分析すんな! ……まあでも、無事でよかったよ。あんたが目を覚まさない間はホントにどうかしちまうとこだった」
「心配かけてすまなかった。これからは、本当にちゃんと、戦うと誓うよ」
「ありがとな、諏訪」
そうして、鹿島は諏訪の頭を撫でた。諏訪は嬉しそうに、其れを受け入れた。
「鹿島、諏訪殿」
赤いどてらを羽織った少年――思兼が、離れにやってきた。
「思兼」
「よう。あ、諏訪殿も目が覚めたか。よかったよかった」
「お騒がせしました。もう大丈夫です」
「うむ。そりゃ何より。で、目が覚めたばっかのとこ悪いんだけど、お嬢のとこまできてくんないかな。色々、話があるんだ」
「は、はい。あの、僕がいても、いいんでしょうか」
「あ、記憶戻ったんだっけ? 別にそんなの気にせんでいいよ。っつーか俺たちの方があんたに頭下げたいくらいなんだ。……いやいや諸々の話はお嬢のとこで。鹿島も来ておくれ」
「了解」
ほら、と鹿島に手を差し伸べられる。
諏訪はそれを掴み、床から出た。
鹿島と諏訪が後にした離れに残っているのは、薬剤を調合しているミズハノメと、いまだに深く眠っている鳥船だけだった。




