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二三、


「……諏訪?」

 鹿島は、ふっと目を覚ました。

 道場でごろんと寝転がっていたが、妙な予感がして思わず起きた。

 諏訪は、いまだ目ざめぬ鳥舟に付き添っているはずである。


 そっと道場を抜け出し、鳥舟が眠る離れへと歩いていく。

 誰ひとりとして起こさない様、音を立てずに、それでいて素早く進んでいく。

 

 その動作に無駄などかけらもなかった。静かに、沈むようにして、鹿島は足を動いていく。


 だが、彼の内心は動揺でいっぱいだった。


 胸騒ぎがした。嫌な予感がした。

 自分が覚える違和感や予感は、嫌なものにかぎってやたらと当たる。

 いい予感は一度として当たらなかったのに。


 離れへ着いた。

 月光だけが頼りである。だが、今夜の月は嫌に明るい。周囲を青白く照らし、鹿島の視界を明るくさせる。


 そこには、鳥舟が、深く眠っていた。

 その傍らに、いるはずの諏訪がいなかった。


 諏訪が行きそうな場所を、鹿島は手あたり次第当たっていく。

 厨房、天照の一室、奥庭、裏庭、境内……。

 諏訪なら避けて通りそうな場所も、探ってみた。

 社全体を、回った気がする。


 そのどこにも、諏訪はいなかった。

 社から、諏訪が消えていた。


 その事実ひとつが、鹿島を焦らせる。


 胸の鼓動が早い。落ち着こうと息を深く吸う。

 若干、指先が震えていた。

 さっきまでさっさと動いていた足が、棒のようになって動かない。


 目の前が、真っ暗になった。月が雲に隠れたわけではない。まだ、月が明るい。


 道場と厨房をつなぐ廊下で、鹿島は動けずにいる。


 ――どこに行った?


 心当たりは、あるといえば二か所ある。


 一つは、出雲。

 諏訪の父や兄弟がいる地へ、手助けに行った可能性。


 もう一つは、信濃。

 諏訪の地。故郷。

 故郷を助けたくて、駆けた可能性。


「……くそ」


 前髪を掻き上げる。

 こんなに動揺するなどらしくもない、と心中で己を嘲笑う。


 ――どうする? このまま、急いで出雲と信濃へ探しに行くか?


 そんな考えが、頭をよぎった。だが、思いとどまった。

 そのどちらの可能性も外れているということもありえる。

 何より、考えなしに突っ込んだところで諏訪を救出し帰還することなど無謀だと知っているからだ。


「……建御雷?」


 背後から、ころんとした声がした。


 振り向くと、羽織をかけた、寝間着姿の天照が立っていた。

「どうしたの、らしくもなく、血相変えて」

「……お嬢、どうしよう。諏訪が消えた」

 我ながら、情けない訴えだった。



 緊急で、天照の控室に、主要の天つ神たちが集められた。

 集まったのは、手力、思兼、ウズメ、経津主、月読、鹿島だ。スサノオには、鳥居の前で寝ずの番を頼んでおいた。

「集まってもらったのはね、諏訪殿がこのお社から消えた、という報告を鹿島から受けたからなの」

「消えたって……厠とかじゃなくてか?」

 手力が問う。

「行ったけどいなかった。社は全部くまなく探したよ。それに、諏訪はずっと離れで鳥舟に付き添ってた。飯どきでもないのに、鳥舟の傍を離れるなんてありえない」

「……つまり、誰かに誘拐されたと?」

 経津主が、可能性を言葉にする。

「それはないね」

 思兼があっさりと否定した。その手には、干し芋を詰めた紙袋が抱えられている。

「見たところさあ、争った形跡はないし、誰も諏訪殿の声を聞いてないっしょ? ぎゃーとか助けてーとかそんな感じのな。口塞がれてる可能性もあったんだろうけど、それだったら手足ばたつかせるなり風吹かすなりなんなりして音出して周りに気付かせるもんじゃね? なのに誰も気づかなかったってことは、諏訪殿の意志によってここを出たって考える方が自然なんですよ」

 そういうと思兼は干し芋にかじりついた。


「そうだとして、どうして彼はここを出たの? 外が穢れに満ちていて、その穢れを極端に怖がっているような諏訪くんが、誰も伴わずに鳥居の外を出るかしら」

 ウズメが、疑問を呈した。それに対して、思兼はあっさりと答えた。

「簡単だ。誰かに連れられて、外へ出た。その理由は……まあ、出雲か信濃にあるんじゃね?」

「でも、記憶がない状態の諏訪殿が、出雲や信濃へ行くとは思えない」

 経津が言う。


「答えは簡単。たぶらかされたのさ」

 思兼は、干し芋をかじった。


「諏訪殿は記憶を取り戻そうとしてる。その答えが故郷にあるんだって言われたら……ま、よそ様の心なんてわからんがね」

「そう。ということは、たぶらかしたのは、内通者ということで間違いはない?」

 天照の問いに、思兼は干し芋を咀嚼しながらうなずいた。


「急いだ方がよくね? 国つ神って、天つ神より穢れ耐性弱いんだろ? 長時間外にいたら、穢れに侵食されちまうよ」

「いや、まだ大丈夫だ」

 間抜けた思兼の懸念を、経津主が打ち消した。なんでよ、と思兼は経津主に視線を投げる。

「……諏訪殿は、少なくとも穢れに呑まれることはない」

「いや、だからなして」

 経津主は、それ以上答えなかった。これ以上追及しても無駄だと判断した思兼は、天照に丸投げした。

「どうするよ、お嬢。経津の言うこと、信用する?」

「経津主が言うなら、信じましょう。ぽんぽんと嘘をつくような性格ではないから」


「しかし、ひとつ気になることがある」

 さっきまで黙っていた月読が、口を開いた。視線が、一気に月読に注がれた。

「八坂嬢がこちらに来てから、私は出雲の状態が改善されたと思って何度かあちらに連絡を入れている。なのに、一向につながらないんだ」

「一度も?」

「一度もね。大国主殿に念を投げかけているんだが、毎度弾かれてしまうのだよ」

「……まさか、大国殿たちに何かあったのか」

「充分ありえるね。だが、最悪の事態は避けているだろう。大国殿は、中つ国の頂点だし」

 それに、と月読は加えた。

「信濃の地を調べた結果、やっぱり黒幕は信濃にいるようだった。信濃に、穢れの根本が隠れている。さすがに場所まではわからなかったけど」

「いや、お手柄じゃん」

 思兼が食う? と一枚干し芋を月読に差し出した。



 さて、と天照は切り出す。

「諏訪殿を、探しに行きましょう。行先は、出雲と信濃。見つけ次第、保護して社へ連れ戻すこと」

 鈴を転がしたような愛らしい声が、淡々と指示を出す。

「出雲と信濃、一つずつ行くの?」

「いいえ、二手に分かれていくわ。出雲へはわたしがいく。手力、ついてきてくれる?」

「お嬢の頼みとあらば」

「ありがとう。信濃には、建御雷と経津主が行って」

「あいよ」

「それから、わたしが出雲に行っている間の留守は月読に任せます。だいじょうぶよね?」

「……平気だよ。スサノオもいるし、ここの番はきっちり果たす」

 病的に青白い肌の青年が、姉の期待に応えてみせた。

「それはいいとして、鳥舟はどうする? ハノメに丸投げしちゃうの?」

「心配ないよ、ウズメ。どうせ暇になるし、俺が看てる」

 思兼が、名乗り出た。


「これで当面の目的は決まったわね。夜が明けてから発ちましょう。それまでは、各自しっかり休んで頂戴」

 では、解散、と天照が告げた。

 集められた神々は、各々の持ち場へと静かに戻って行った。


 鹿島は、本当ならば今すぐにでも出たかった。だが、思いとどまったのは、天照にくぎを刺されたからだ。


 今は深夜である。日が沈んでいる状態の日本は、月読の加護が注がれる。それにより、ある程度は穢れや魔物といった脅威から身を守ることができる。

 太陽が出ている間は、天照の加護に切り替わる。

 だが、この二柱の加護が減ってしまう時間帯が、一日に二度ある。日の出と日の入りだ。

 昼と夜の境界線上にある日の出と日の入りは、月読と天照の加護が半々になる。

 そのため、穢れに狙われやすくなってしまう。

 加護は複数注がれると、その分それぞれの加護の力が薄くなる。ゆえに、昼と夜が入れ替わる時間は、誰もが用心する。


 天照は、それを見越して夜明けに決行することを宣言したのだ。おそらく、諏訪のことになると頭に血が上る自分へ、五寸程度の釘をさす意図もあったのだろう。

 今は夜更けだ。だが、あと少しで、陽が昇るだろう。昼と夜が入れ替わるのだ。

 その瞬間を、敵が狙うという可能性を考え、社でじっとして、休息をとらせようとした。


 鹿島は、道場へ戻る。ぼろきれでしかない布団を適当にかけて、横になる。

 やけに目が冴えているのは、明るすぎる月の光だけのせいじゃない。

 諏訪が心配なのだ。

 経津主は言っていた。諏訪には万一の危険はないと。

 その根拠を経津主は教えなかった。だが、経津主は嘘をつかない。諏訪のことを友人として好いている経津主が、諏訪絡みの件で鹿島をぬか喜びさせるようなことをするとは到底思えなかった。

 

 今は、経津主の言葉を糧に、休まなければ。

 鹿島は、瞼をきつく閉じた。

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