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二二、

「ねえ、真実を知りたくはない?」

 もやもやとした気持ちを抱えて、社に戻った諏訪にそう問いかけたのは、八坂だった。

 食事と風呂を済ませて、未だに眠ったままの鳥舟の様子を看ていたときのできごとだった。

 すでに夜は更けており、人間も神々もほとんどの者が寝静まっている。この時間帯で起きているのは月読と諏訪――そして八坂くらいのものだろう。


 寝ておけ、という鹿島や経津主の言葉も聞かず、諏訪は深く眠っている鳥舟に付き添い続けていた。

 その諏訪の背後から、八坂が問いかけた。


 真実を知りたくはない?


 諏訪は、ゆっくりとそちらの方を振り向いた。

 夏物のセーラー服に、緑の黒髪を揺らし、無垢な少女の微笑を浮かべたその女神が、なんだか諏訪には八坂ではない誰かの気がしてならない。


「真実、っていうのは?」

「諏訪、貴方は気にならなかった? わたしはもともと、出雲の御社からこちらへ遣わされた身なの。それなのに、出雲とこちらは一向に連絡を取っていない。どうしてだと思う?」

「い、いきなり、何を言い出すの? 連絡は取らないんじゃなくて、取れないってことじゃ……」

「いいえ、取ろうと思えばいつでもとれる。だって、この辺一帯の穢れは浄化されているのよ。電波を飛ばせば、出雲と通じることはできるの」

「天照殿は、あえて出雲に連絡を取らないってこと?」

 そう、と八坂はうなずいた。


「でもね、それはちょっとはずれかしら。連絡を取ろうにも、肝心の出雲は壊滅状態で、天照殿のことを考えてる暇なんてないんだから」


 穏やかに告げた言葉は、明らかに一大事なものだった。

 出雲といえば、諏訪の父である大国主の地である。

 大国主は、中つ国のトップである。高天原でもその存在は畏れ敬われている。

 力も、ある。異形を屠る程度には、強い。記憶を失っている諏訪は、天照や鹿島からそう聞かされていた。


 その大国主がいるはずの出雲が、すでに壊滅だという八坂の言葉を、諏訪は信じがたく感じた。

 だが一方で、もしかしたらありえるかもしれない、と信じてしまう自分もいる。


 どっちだ。どちらが真実なのだ?


「嘘だと思う?」


 諏訪の葛藤を見抜いたかのように、八坂は問いかける。心を見透かされているようだ。


 八坂は、そっと手を差し伸べた。


「ねえ諏訪、貴方の記憶、取り戻したくはない?」


「何、を言って……」


「気にならなかった? ここの神々は、貴方の記憶が戻ることに、あまりいい顔をしなかった。特に建御雷殿は嫌がってる節さえあった」

「それは、そうだけど」

「ねえ、こうは考えられない?」

 八坂は、微笑んだ。



「この地の穢れを生み出したのは、高天原側……つまり天つ神の仕業である」



 どう? と、問いかける八坂の表情は、終始笑顔だった。


「そんなはずない」

「そう? どうしてそう言い切れるの?」


 それは、と言葉を出したものの、その先が言えなかった。


 何も、八坂を納得させるに足るような根拠がないのだ。

 今まで不思議に思っていたことがある。

 八坂の言っていた通り、鹿島は諏訪の記憶が戻ることに対してあまり乗り気ではなかった。焦ることはない、とか、ゆっくりでいい、とか、とにかくすぐに記憶が戻る必要はない、と案に告げていた。


 それの意味が何なのか、八坂は答えた。

「国つ神である貴方の記憶が戻られては、天つ神はとても困るということなのよ」


 つまりね、と八坂は続ける。


「わたし達国つ神は、天つ神たちに滅ぼされたというわけね。穢れという手段でもって」


 諏訪は、どう反論していいかわからなかった。


 八坂の言葉は推測にすぎない。だが、つじつまが合いすぎているのだ。

 対する自分は、反論の言葉を持たない。あったとしても、すべては感情論任せのもので、八坂を納得させるには程遠いだろう。


 だけど、諏訪は少なくとも、鹿島を疑うことができないでいた。

 鹿島との関係がどういうものであったか、いまだに思い出せない。

 

 それでも、鹿島と過ごした時間は心地よかった。鹿島がかけてくれた言葉や、撫でてくれた手には、確かにやさしさがあった。

 それらがすべて、自分を騙すための演技だとは思いたくない。


 記憶は抜け落ちている。

 だけど、心が、どこかで覚えているのだ。

 鹿島は、諏訪を裏切らない。それを知っている。

 鹿島を、信じていたい。


 その気持ち一つが、八坂に反論できる唯一の根拠だった。


「ごめんね、八坂。僕は、天つ神が僕らを滅ぼそうとしてるとは、どうしても思えない」

「……そう」

「だけど、八坂の言ってることが正しく聞こえてしまうのも確かなんだ。だから、どちらが真実なのか、僕は知りたい」

 なら、と八坂は答えた。


「一緒に、信濃へ行きましょう」


 

「信濃に、答えがあるの。一緒に行きましょう?」

「……出雲じゃ、ないの?」

「出雲に行っても答えはないわ。それに、現在の穢れ濃度が最大危険数値になっている出雲に行っては、まずわたしたちは食われてしまう。信濃はある程度浄化がなされているから、短時間ならとどまることもできるわ」

「だけど、この社以外に生物が居住できる場所はもうないよね?信濃にとどまるわけにもいかないし、ここを出てのこのこ戻ってくるってこともできないし」

「大丈夫。信濃にはね、秘密基地があるの。……行くなら、今のうちよ? 皆寝静まってる。月読殿も、今は仮眠中だから」

「……」


 迷いがないわけではない。

 自分によくしてくれた鹿島や鳥舟、天照たちを疑って、黙って社を飛び出す行為に罪悪感が芽生えないわけではない。

 八坂の言っていることが本当なのか違うのか、半信半疑で、何が真実なのかもわからない。

 天つ神は自分にとっての敵なのか? それとも味方なのか?

 失った記憶は何を語るのか? 答えは何も分からない。


 諏訪が求めるのは、真実だ。

 どうして中つ国が穢れに覆いつくされたのか。

 どうして出雲と連絡がとれないのか。

 天つ神が黒幕なのか、否か。


 今は、それを知りたい。


 悪いことだとは分かっている。

 黙って社を出て行って、天つ神を疑うことが、悪いことだと痛いほどに認識している。


 だけれど、その罪悪感を背負いこんでも、諏訪は真実を求めた。


 その欲求が、自然と、

 諏訪に、八坂の手を取らせた。

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