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二一、

 大小様々で、地を這う型や空を飛ぶ型など、異形は多岐にわたる。牙をむく獣、大群で空を黒く覆う鳥や蟲、地を這いずり諏訪や鹿島の足元を狙う蛇……。

 鹿島は一度に何体もの異形を一気に倒していく。諏訪はせいぜい二体か三体が限度だ。

 異形自体はそれほど強くはない。当たれば痛いし致命傷を負うこともあるが、行動をよく見て次の動きを読み取れば回避はさほど難しくはない。


 ただ気になるのは、異形がやはり諏訪を優先して狙ってくることだ。

 穢れから自然発生した異形ならば、本能のままに目の前の獲物を食う。つまり、食えれば味や大きさは何も気にしないのだ。

 だが、今回の異形は鹿島に邪魔されてもめげずに諏訪を狙う。たいていは、諏訪に届く前に鹿島が屠る。

 はっきりした。トトをはじめとした敵勢力は、異形を生み出すことができる。諏訪を狙った異形がいるという話は前に聞いたが、鹿島はその時は半信半疑だったのだ。

 だが、自分の目で見て確信した。

 

 トトらは、異形を操る。だから異形は諏訪を狙うのだ。異形を式神のように操る。式神として扱われる異形は、主の命令に服従する。

 その命令は、おおかた「諏訪を狙え」というものだろう。

 式神や使い魔を用いる相手の場合、操り主を倒せば、式神は指示を失い意味をなさなくなる。

 だからトトを狙えばいい。鹿島は右手を鋭い氷に変え、迫ってきた獣型の異形を横に薙ぐ。裂かれた異形はいったん霧散した。核を破壊できていない。また、穢れが形を成してもとに戻ろうとしている。

 足元でうごめいている黒い液体を、鹿島は下駄で踏み潰した。

 トトの状態を確認する。瘴気に固く守られていて、近づくのが難しそうだった。

 鹿島は舌打ちする。

 心を集中して雷をトトに落とせばそれで足りる。だが、雑魚の異形が次々と邪魔をして鹿島の集中を乱すのだ。

 異形だけではない。諏訪を守らなければ、という義務感から、どうしてもトトより諏訪を気にする。

 ゆえに、トトに一撃を決められない。らしくもなく、鹿島の表情が真剣だった。

「……くそ」

 鹿島は、そう吐き捨てる。



 鹿島からは、「とにかく自分の身を守れ」という指示を下された。

 諏訪は律儀にそれを守った。……というのも、一体の異形を倒したら即座に次の異形がこちらへかかってくる。これでは、異形を操るトトに集中できなかったからに過ぎない。

 戦場に身を投じて、ずいぶんと慣れたせいか、諏訪の息はまだ上がらない。ただ、現状維持がやっとな今に、多少のじれったさを覚えているのも確かだった。


「……あれ?」

 横で、諏訪が間抜けた声をだした。背後に守る小さな風神は、不思議そうに、トトを見つめていた。

 つられて鹿島もトトの方へ視線を集中する。目の前に迫っていた虫型の異形は、右手で握りつぶした。


 トトが、がくりと膝をついた。大鎌を杖代わりにして体を支えている。

 鹿島はそれを見て、まずい、と判断した。

 

 式神や使い魔は、自分を操る主人の力がなくなると、とたんに自由になる。主人の呪縛から解放されるからだ。

 そうなった彼らは、暴走ともとれるほどの強さを取り戻す。

 万一、トトが死ぬということになったら、トトだけでなく鹿島や諏訪も非常に困るのだ。


 鹿島はすうっと息を吸い込み、腹に力を入れる。足を踏ん張り、即座に雷に頼んだ。

「鎌女の周りの異形を、すべて焼いてくれ」

 異形の多さに、意識がやや乱れていたからか、雷も鹿島の精神に影響された。

 トトにあたるという失態は免れたが、トトを囲む異形の核を正確に撃つことができなかった。

「鹿島、指示を」

 諏訪が鹿島の背後で、そう問う。鹿島に迷いはなかった。

「風に、あの女を守るよう頼んでもらえるか」

「もちろん」

 諏訪は穏やかに答えて、即座に実行した。

 諏訪の呼びかけに、風は従う。

 柔らかな風が、ふわりと、トトの体を包む。

 

 よし、と鹿島は息を吐く。

「諏訪、少しでけえ雷落とすぞ」

「は、はい」

 諏訪が身を固くする。


 宣言通り、鹿島は大きな雷を落とした。


 一瞬、目を開けていられないほどの光が当たりを包み、その直後、耳をつんざくような轟音と共に、雷がトトの周囲に落ちた。

 諏訪による風の加護のおかげで、トトだけは雷の攻撃から免れることができた。


 異形は、鹿島の雷に身を焦がされ消滅した。トトを守っていた異形は、あとかたもない。

 鹿島は諏訪の安否を気にしながらも、ずかずかと、トトに歩み寄る。

 乱暴に、彼女の腕を掴んで引き上げる。トトは、自分の身体を支えられないでいた。

 鹿島の右腕に、ずしんとトトの体重がのしかかる。

「おい、大丈夫か」

「っ、さ、触るな」


 本当に具合が悪い。トトの顔は真っ青で、息も絶え絶えだった。強がりで鹿島の手を振り払うと、たちまち地面に倒れこんでしまった。

 声に覇気がない。強気で好戦的な少女が、ここまで気力を失っているのだ。


 鹿島は、ふと疑問を抱いた。

 

 穢れを操る者が、どうしてここまで衰弱する?


 トトは間違いなく、穢れから生まれた異形の操り主なのだ。

 ということは、穢れ耐性は天つ神のはるか上をゆくだろうし、ひょっとしたら穢れで命を回復することだってできるかもしれない。

 そのトトが、なぜ異形の瘴気にあてられる?


「おい、気分悪くして倒れられても俺には関係ないけどな、使い魔や式神を使ってる間に倒れられたらこっちが困るんだよ」

「うっさい……あたしだって、好きで倒れたわけじゃ、ねえっつの」


 トトは鹿島を睨み上げた。

 そんな形相も、衰弱している状態では何の恐怖も与えない。鹿島はため息をつく。それを見守っていた諏訪は、心配そうに駆け寄った。


「あの、大丈夫、か」

「うっさい。あんたは、ほんとお人よしだな。相変わらず」

「あいかわらず……? 君は僕を知ってるのか?」

 かすかに、鹿島が舌打ちした。は、とトトが鼻で笑う。

「ほんとに何も覚えてないんだな。すっとぼけて、あたしらを騙すことも考え付かないんだろうな」

「何のことだ? 君は、僕の記憶が消えた原因に関係しているということか?」

「だろうなあ。っていっても、だいたいはあんたのお人よしが根本的原因だと思うけどな」

 トトはちら、と鹿島を一瞥する。そしてそれ以上のヒントを諏訪に出すのをやめた。

「これ以上は言わない方がよさそうだ。そこにいる雷神に、また雷を落とされそうだ」

 諏訪は鹿島を見やった。トトに、少し黙っていろ、と言いたげに表情を険しくしている雷神が、そこにいる。どうしてここまで鹿島が怖い顔をするのか、諏訪にはいまいちわかっていない。


「助けてくれてありがとよ。それだけは礼を言う」

 大鎌を杖代わりに、トトは自力で立ち上がる。

 鹿島の手を振り払い、よろよろと後ずさる。

 異形を討伐したこの地は、ほとんど浄化されたといってもいい。


「おまえさ」

 鹿島がおもむろに口を開く。

「いま抱えてるもんぜーんぶすてて、俺たちのとこにこないか?」

「本気で言ってんのか?」

「質問に質問で返すのは感心しないね」

「茶化すな。……雷神、あんたならわかってるだろうけど、あたしには、あたしたちにとって、絶対なものがある。それを裏切ることは、あたしにはできない」


「それが『マザー』ってか」


 トトは一瞬押し黙る。そして、「ああそうだよ」と短く答えた。

「じゃあな、雷神。風神も。いっとくけど、あたしは、あんたらの敵だ。ぜったい、相容れることはねえ。肝に銘じとけ」

「言われなくても」

 鹿島は、肩をすくめて答えて見せた。


 トトは大鎌を横に一振りして、ひゅるりと風を生み出した。その風に包まれたと思ったら、こつ然と姿を消していた。


 穢れを浄化しきった大地に、鹿島と諏訪だけが残された。


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