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十九、

「ラオ!!」


 ずかずかと大股で、暗がりの一室に、突入してきたのトトが、入室と同時に大鎌を投げ捨てた。

 隠すこともせず、実の兄にここまで怒りをぶつける妹もいないだろう。

 そんな妹に睨まれても、気にせず優雅に茶を飲んでいた。向かいには、裏切り者のカグツチがいる。

「やあトト。そんなに慌ててどうした。あんまり怒ると腹が減るよ」

「知るかっつーの!! そうじゃねえだろ! おい、シェンから聞いたぞ。石楠になんてことを……!!」

「あぁ、そのことかい?」

 ラオは湯呑を置いた。


 先日、ラオは石楠――鳥舟と呼ばれる神を見せしめとして虐げた。

 必要以上に嬲り、辱め、傷つけ、八百万の神々の本部である社の鳥居に磔た。

 この作戦は、トトには知らされていなかった。

 トトは、おしゃべりで口の軽いシェンから先ほど聞き出したばかりなのだ。

 

「なんであたしには黙ってた?」

 低く、唸るようにトトが聞いた。

「この作戦を教えたら、君は確実に反対すると思ったからさ」

「そうかよ。だったら、あたしが反対するってわかっているような作戦、なんで最初から立てた!?」


 トトは、ラオやシェンの中では一番良識があり、常識と良心を持っている。

 荒くれで頭は空だが、誰よりも正義感がある。

 ラオたちの中では、唯一の歯止め役を担っている部分がある。


「こんなやり方、あたしたちの美学に反するだろう! あたしたちはいつから賊になった? あたしたちは誇り高い神族のはずだ!!」

「落ち着け、トト。まずは茶を一杯」

「飲むか! 頭湧いてんのかクソ兄貴!?」

「まずは一杯」

「ラオ、ふざけてんのか!!」


「のみな、まずは一杯」


 ラオは、静かにそれだけを告げる。

 トトは出る言葉をぐっと飲み込み、怒りを抑えてどすんと腰を下ろした。

 そして、カグツチにそっとだされた茶を、一気に喉へ流し込む。ぬるくなっていて助かった。もし淹れたてだったら、やけどしていたかもしれない。


「はあっ。で、あたしは納得してねーんだけど? ちゃんと説明しろ。今まで、あたしに黙って行動することなんてなかっただろうが」

「へー、君らって戦うときは隠し事ナシでやってたんだね」

 カグツチが口をはさむ。そんな彼を、トトはぎりっとにらみつけた。

「おやおや、そんな見つめられちゃ、爺さん困っちゃうよ」

 トトの本気の睨みも、カグツチは笑って返す。頭湧いてんな、とトトは毒づいた。


「君をのけ者にしたのは悪かったよ。だが、そうせざるを得なかったんだ」

「聞かせてもらおうか。その場しのぎの言い訳だったら鎌で首ちょん切るからな」

 トトは前もって脅迫した。その脅しさえラオはなんとも思っていないようだった。


 茶を一口すすり、ラオは答えた。


「マザーからのお達しだ」


 トトは、その答えに返すべき言葉を失った。


「……冗談だろ? マザーがそうしろって言ったのか?」

「そうだよ。だから俺はやったのさ」

「嘘だ!! ま、マザーがそんな外道なことしろなんて、い、言うわけない……!!」

「だが俺はそれを聞いた。シェンも聞いているよ」

「あたしはその場にいなかった!ちょっとマザーに聞いてくる!!」

 今にもマザーの部屋に行こうとするトトを、ラオが止めた。

「やめときな。マザーのお体に障るよ」

「……チッ」

 トトはずっと眉間に皺をよせていた。

 

「ねえ、気になるんだけどさ」

 カグツチが、間抜けた声で話の腰を折った。

「なんだい、カグツチ」

「君らにとっての、マザーってなに」

 ああ、とラオは納得した。そういえば、この裏切り者には詳しく話していなかった。

「俺らにとっては、絶対の存在だよ。母であり、我らの心の支えだ」

「うーん……私らにとっての天照お嬢かねえ」

「……いや、それ以上の存在だね。何しろ絶対なのだから」

 カグツチは首をかしげた。

「絶対……? たとえば、マザーのお言葉に間違いはないとかそんな感じかね?」

「まさしくその通りだよ。俺はマザーのお言葉に従ったまでだ。……正義感の強いトトには信じがたいことだろうけれどね」

 ラオはちらっとトトを見やる。納得がいかないといいたげに、トトは苦い顔をしていた。

 トトやラオ、シェンの糧となっているのは、マザーという存在だ。カグツチはその存在を実際に見ていない。

 また、ラオに鳥舟を見せしめにせよという命令をしたということを、トトは聞いていない。それを聞いたのはラオとシェンのみだ。

 二人が口裏を合わせて、好き勝手にやっているという可能性もある。

 だが、トトは不服そうな表情をしながらも、その可能性を口に出さない。ラオの言葉に嘘がないということを、知っているのだ。


「トト嬢、マザーとやらはふだんからそういうドン引きものの作戦を君らに命じるのかい?」

「そんなわけあるか! マザーはいつだって優しいよ。敵にも情けをかける、尊敬モンの御方だ!」

 トトは食って掛かった。だけど、と声を弱くして続ける。

「最近、なんかおかしいのは確かだ……。今、病がちでお部屋からお出にならないのはいいとしてもさ。シェンに聞いたら、ここ数日はお部屋にも入れてくださらないんだって。今までは、感染する病でもない限りは直接お会いできたのに。あたしが最後に会ったのだって、数日前だ。もうしばらく、あたしはマザーのお顔を見ていない」

「ラオは?」

「見たよ。お体が弱っておいでだったから、お言葉を聞いてすぐに部屋を出た」

「その言葉に嘘はねえな? 嘘ついたらその舌切り取るぞ」

「本当だよ。まあ、証拠を出せと言われたら、信じてくれ、としか言えないがね」

 ラオはのんきに構えている。トト、と言葉をつづけた。

「マザーには、マザーのお考えがあるんだよ。この地の神々は、一筋縄ではいかない。正攻法だけで勝てるような簡単な相手ではないんだ」

「だからって……! こんな方法じゃなくたって……」

 トトの反論が弱くなっていく。

「トトの気持ちは痛い程わかる。俺だってこんな非道い手段に走りたくはなかったよ。……だが、マザーからのお言葉だった。だから痛む心を押し隠して実行したのさ」

 そうは言っているものの、ラオの口調からは反省の色がまるでない。少なくとも、カグツチやトトにはそう聞こえる。


「……マザーのお言葉なら、仕方ねえよな」

 トトはそう言う。静かに立ち上がる。去り際、「でも、ラオの行為を認めたわけじゃねえぞ」と吐き捨てた。


 妹が部屋を出るのを見送って、ラオはため息をつく。

「兄ってのは大変だねえ」

 カグツチが苦笑した。

「汚れ役は俺で充分だ。トトは正義感が強い。もちろんそれは大切だ。だけど、それですべてがうまくいくわけではないからな。かといってあの子に非道になれというのは酷だ。シェンは幼い。マザーのお言葉を聞いても、その意味を理解しなかっただろう。とすれば適役は俺なのさ」

「おつとめごくろーさん。いつか報われるといいね」

「いい、ではない。報われるよう動くだけだ。報われなければならない。俺たちは、……」

 何かを言いかけて、ラオは飲み込んだ。

「もう遅い。俺も休む。石楠は強かった。少し、力を使いすぎたよ」

「はいよ。ゆっくりおやすみ」

 ラオは帽子を大切そうに抱え、若干ふらふらした足取りで、その場を去った。


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