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十五、

「そういや、鳥舟たちと一緒にいったときの異形討伐、なんか変だったんだって?」

 穢れに満ち、異形がぼこりぼこりと湧き上がるひとつの地で、鹿島がそう聞いた。

 鹿島と諏訪と、背中をひたりとくっつけて、跋扈する異形を狩っていく。

 

 鹿島は落雷で、諏訪は突風で。とはいえ、諏訪はもっぱら鹿島の援護が主だった。攻撃はできても、異形の核に、なかなか当てるのが難しかった。せいぜい、時間稼ぎがいいところだった。


 それでも、守られてばかりだった前に比べれば、ずっと成長している。記憶を取りもどす兆しはなくとも、立派に戦うことができている。


 鹿島の足を引っ張らない程度には強くなれている。その成長が、諏訪にとってはうれしいことだった。


「はい。全部討伐したと思ったら、また穢れが生まれたんです。しかも、なぜか僕だけを狙っていました」

「特定の誰かを狙う異形、ね。考えられるのは」

 

 鹿島は一旦言葉を斬り、こちらへと急降下してきた鳥型の異形に、雷を落とす。ぶすぶすと、焼け焦げ、はらはらと地に落ちる。途端に、霧散した。


「異形を操ることのできる『誰か』の仕業だ」

「そんなこと、可能なんですか」


 地面から湧き上がってきた虫型の異形が、鹿島の足に食らいつこうとする。鹿島は、目もくれず下駄で踏みつぶした。


「実際に見たことはないけど、聞いたことはある。遠い異国に、異形に似た物の怪を操る一族がいるってな」

「しかし、異形は穢れから自然発生するものですよね? それを操るなんて、できるんでしょうか。異国の物の怪とは、また勝手が違うでしょうし」

「だな。これはあくまで考えられる可能性だ。本当はもっと別の原因があるかもしれん」

「……でも、貴方の推測が当たっているなら、僕は、今回の黒幕に狙われているということですよね。では、その黒幕がどういう人物なのか、ある程度は予想がつきませんか? 貴方は、記憶を失う以前の僕をよく御存じなのでしょう?」

 諏訪は、ふい、と鹿島を見上げる。鹿島は、押し黙ったまま、ずっと前方を向いている。こちらを振り向く気配はない。


「……今の考え、お嬢に話してみよう。しかるべき判断をしてくれるよ」

「はい」


 諏訪は、風を刃に見立てて、目の前の異形に放つ。狐の形をした異形の、鼻先に突き刺した。

 そこが核だったらしい。キツネ型の異形は、霧散した。


 その地の異形をすべて討伐した。

 だが、鹿島も諏訪も油断はしない。前のように、突如異形が現れて、あろうことか諏訪を付け狙う異形が出ないとも限らない。同じ手を食うつもりは、なかった。


 結局、異形は新たに現れなかった。ここの地の浄化は、難なく終わったようだった。

 ふうっと鹿島が息を吐く。

「……ストーカー気質の異形は、来なかったか」

「すとーかー?」

「しつこく付きまとう奴、ってこと」

「……なるほど」

「さあ、長居は無用だ。帰ろう、諏訪」

 鹿島はようやく振り向き、諏訪に手を差し伸べる。

 諏訪は、その手を、そっと取ろうとした。


 

 刹那。ばちん、と何かが脳裏に迸った。


 甲殻の異形の体液をまともに浴びた時と同じ感覚。


 今度は、鹿島の手を取ろうとして、迸った。


 今度の映像もまた、一瞬だった。

 だが、現実にいる鹿島の手に重なった映像でも、その手は鹿島であった。


 ――また。


 だが、自分と重なる映像の自分は、その手を振り払った。


 ――どういうこと?



 同じように手を差し伸べられて、『その』時はこの神を拒絶した?

 『その時』って、いつ?

 いつ、僕は、彼を拒んだ……?


「すわ? すわ!」

「……ぁ」

「どした? 瘴気に当てられたか?」


 はっと我に返る。鹿島が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「すみません。少し、ぼんやりしてました」

「気分は、大丈夫か」

「はい。もう大丈夫です。ご心配かけました」

「いや、いい。さ、帰ろう」

 鹿島は空を掴む諏訪の手を、ぐっと掴んで離さなかった。



 その晩、諏訪はその現象に、少しばかり戸惑っていた。

 映像が、自分と鹿島と、ぴったり重なっていた。


 だからこそ、現在との違いがよくわかった。


 『その時』、諏訪は、差し伸べられた手を拒んだ。それだけの違いが、なぜか脳裏に焼き付いて離れない。


 その時、拒まれた鹿島は、どんな顔をしていたのだろう。フラッシュバックに意識が集中していて、鹿島の顔を見上げることができなかった。


 もしも、鹿島の顔を見上げることができていたら、自分は何をみたのだろうか。

 社のちかくの川で禊をして、少ない飯を食らって、道場でごろんと寝転ぶ。

 ぼろ布を布団代わりに、諏訪は横になる。


 二度も経験したあれは、間違いなく、自分の記憶だろう。だとしたら、あれは、なんだと言うのだろう。


 もしかしたら、記憶を失う遠因となった映像だったのかもしれない。


「……んん」

 諏訪は、寝返りを打つ。月が、少しだけ明るい。

 ゆっくりと、瞼を閉じる。もぞもぞと、ぼろ布にくるまる。


 丸くなって眠りこむ諏訪の頭を、優しい手が、穏やかに撫でた。気が、した。


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