92:イベントの終わり
「では、イベントの完全勝利を祝って――乾杯!」
『乾杯!』
王都の一角にある大きなホール。
料金を払う事で貸切にする事が出来るその施設は、現在イベントに勝利した中小ギルド連合によって使用されていた。
ライト達以外の面々は、ライト達がヒル・ジャイアントたちを倒すよりも若干早く討伐に成功しており、旬菜がトドメを刺した時点でイベントは終了となったのだ。
数の暴力で素早く討伐できるかもしれないとライトは考えていたが、どうやらそう簡単な相手ではなかったらしい。
二段階の発狂によってターゲットを絞らせる事が難しくなり、その上追いついてきたソロプレイヤーや別のギルドが戦場をかき回したがために、盛大な消耗戦となってしまったらしい。
しかし、結局トドメの一撃は傾櫻が持っていったため、同盟の勝利であると言っても過言ではないだろう。
イベント後、『碧落の光』が秘匿していた多くの情報は、アマミツキの手によって掲示板にアップされた。
無論、何もかもを公開した訳ではない。『コンチェルト』に関する情報は相変わらず隠したままであるし、《霊王》の事に関しても今の所は公開していない。
だが、ライト達が手に入れたクラスやスキル、そしてアイテムなどについては、怪しまれない範囲で情報を提供していたのだ。
これはどちらかといえば自分達の所へ直接追及してくる者を躱す為の方法であり、とりあえず質問してきた者に対しては『掲示板を見ろ』とだけ返すようにしていた。
当然ではあるが――掲示板は、盛大な騒ぎになっている。
その画面を視界の脇に展開したヒカリは、交わされている議論に対して小さく笑みを浮かべていた。
と――ふと近付いてきた気配を感じ、その視線を正面へと戻す。
「よう、大将! やってくれたじゃねぇか」
「傾櫻か。当然、あたしはやる事何でも派手だからな」
「はっはっは、違いねぇ」
愉快そうに笑い、傾櫻は手に持っていた飲み物を呷る。
大規模ギルドをライバル視していた傾櫻、そして『荒覇吐』は、今回の戦果に大満足といった様子であった。
大量に手に入った素材アイテムや、レアといっても過言ではないヒル・ジャイアントのドロップアイテム。
そして何より、ヒル・ジャイアントにトドメを刺した事による報酬だ。
彼は、今回のイベントで最も実入りのよかったプレイヤーの内の一人だろう。
無論、トップで実入りのよいプレイヤーは旬菜で間違いないだろうが。
「作戦会議の時にも話には聞いてたが、まさか本当にユニーククラスとはな。しかも、一つの小規模ギルドに三人とか」
「ま、それに関しちゃ偶然としか言いようがないんだけどな」
「ヒカリと、俺と、ゆきね。正直な所、共通点が全く分からないのも事実だ。変わったビルドであるのは否定しないけどな」
傾櫻の言葉に、ヒカリの後ろに控えていたライトが声を上げる。
プリスの事は話に乗せなかったものの、例え彼女を加えても条件が分からない事に変わりはなかった。
『コンチェルト』の面々は何かを掴んでいる様子ではあったが、恐らく問いかけても答えは返ってこないだろう。
彼らはそれだけ、タカアマハラに近いのだから。
「ピーキーなビルドをしているプレイヤーの長所を伸ばし、短所も大きくする。大まかな傾向はこんな所か。俺たちの場合、スキル自体は普通の上級職と共通してるものも多いな」
「短所ね……ヘイト増加率が増すなんて、魔法職にとっちゃ死活問題のはずなんだがな」
「にはは、それはあたし達の腕の見せ所って感じだからな」
上機嫌な様子で、ヒカリは笑う。
彼女は既に、紅焔術師のメリットとデメリットを両方含めて楽しんでいるのだ。
それでこそ使いこなし甲斐がある、というのが彼女の弁である。
「ま、何はともあれ、大満足な結果だったぜ。俺たちのギルドの宣伝が弱まっちまったのは残念だがな」
「ユニーククラスの情報をアレだけ派手に公開したからな……それに関しては、済まんとしか言いようがない」
「いやいや、別に気にしてる訳じゃないさ。アンタらの情報は、俺としても楽しませて貰ったしな。一応、作戦会議の時点で多少は噂として流れてたみたいだから、衝撃もそこまで大きすぎたって訳でもないし」
ライト達が特殊なクラスや能力を有している事は、イベント作戦会議の時点で通達していた事だ。
一応、その場にいた面々には緘口令を敷いていたのだが、人の口に戸は立てられないものである。
無論、その場では証拠も何もないため、あまり大きな噂にはなっていなかったようであるが。
とはいえ、反響が小さいとは言えない事もまた事実である。
イベントボスであるヒル・ジャイアントをごく少数のメンバーで討伐してしまったシーンは、その場にいた大勢のプレイヤーによって目撃されている。
同盟に参加していた事でライトたちのスキルやプレイスタイルを目撃していた者達はまだしも、その場には他のソロプレイヤーや中小ギルドの面々が存在していたのだ。
ネットゲームのプレイヤーは、嫉妬深い面を持っている場合が多い。面と向かってそれを口に出す者こそ多くはないだろうが、他人が自分より優れていれば面白くないと感じる人間が多い事もまた事実だ。
例え、その他のネットゲームとは一線を画するBBOであろうとも、それは同じ事である。
「ま、アレだけ派手な事をしたんだ。色々と気をつけた方がいいぜ? 特に、お前さんとあのサモナーの子はな」
「それは理解してるさ。あたしと白餡は、特に派手な事をしたからな。その辺は心得てるよ」
「邪な事を考えている奴は近寄らせないさ。その辺の事を考えて、アマミツキも白餡の傍にいるんだろうしな」
普段は《ハイディング》を使ってまでライトにべったりなアマミツキは、今回に限っては白餡の傍を離れようとはしなかった。
基本的にライトとヒカリに対して異常な執着を見せるアマミツキであるが、白餡の事は純粋に友人として認識しているのだ。
からかいもするし弄り倒しもするが、それは単純にじゃれ付いているだけの事であり、もしも白餡が本気で拒否すればアマミツキはあっさりと手を引くだろう。
それだけ、アマミツキは白餡の事を大事に思っているのだ。
だからこそ、アマミツキは影ながらに白餡の護衛を果たしていた。
――尤も、やっている事は白餡の背に幽霊のように張り付き、話しかけてくる者に対して威嚇をしているだけなのではあるが。
「《サンライトスピア》も《オーバード・ドラゴンブレス》も、今この段階では過ぎた威力のスキルだ。それは分かってるし、乱用するものではない事も理解している。それでも、あたしはこれを使ったんだ」
「……何故だ?」
「偶然手に入れた産物だから、さ」
小さく笑い、ヒカリはそう告げる。
ユニーククラスも、氷古龍の卵も、意図して手に入れた物ではない。
偶然か、はたまた誰かしらの意図なのか、ヒカリたちは期せずして希少な存在となってしまった。
しかも、再現性が低い事も大きな問題であり、ヒカリに関しては他の誰も同じ力を手に入れる事は出来ないのだ。
しかし、だからといって何故それを公開することに繋がるのかが理解できず、傾櫻は首を傾げて訝しげに声を上げる。
「あー……つまり、どういう事だ?」
「具体的に話せばいくつかある。一つは、あたし達に落ち度はないという事。偶然手に入れてしまった産物に、こんな楽しい遊び場を縛られるのは本意じゃない。だから、お前達のような味方を沢山作れる環境を用意して、これを公開したって事だ」
「恩を盾にするような言い方じゃ聞こえは悪いんだが、アンタたちは俺たちに協力してくれるだろう?」
ライトの発した言葉に傾櫻はきょとんと目を見開き、その後苦笑じみた笑みを浮かべる。
同盟に参加した面々は、ヒカリ達に対して一定以上の感謝の念を抱いている事が紛れもない事実だったためだ。
もしもこの呼びかけがなければ、自分達がイベントの覇者になる事はなかっただろうと、しっかり理解しているのある。
その最大目標であった『シルバーレギオン』に対する勝利の鍵となったのは、紛れも無く白餡の一撃であっただろう。
白餡の力に対してけちをつけるような事があれば、それは即ち自分達の勝利を否定する事にも繋がってしまうのだ。
必然、この場において白餡を否定するような言葉が上がる事はほぼなかった。
「あたしたちのギルドとしての目的は、何よりも『味方を得る事』。ただの弱小ギルドを続けるだけでは手に入らないものを、効率よく手に入れる事だったって訳だ」
「……まぁた、随分と考えてるもんだな」
「にはは! お前さんもギルマスなんだ、色々と考えてみた方がいいぞ。これから、参加希望者も増えるかもだしな」
からから笑うヒカリに、傾櫻は小さく笑みながら首肯する。
少なくとも、自分には無い物を見せ付けられた思いに、若干複雑な感情を抱きながら。
これからギルドが成長していくのであれば、構成員の事は当然考えなければならない事柄だ。
ただギルドを大きくするだけでは意味が無い――大型ギルドにあって自分達に無いものが何なのか、今まで考えもしなかった事を考えて、傾櫻は僅かに苦い表情を浮かべていた。
「敵わんな、色々と。それで、他にも何かあるのか?」
「うむ、まあもう一つだけどな。こっちは、あたし達のためという訳じゃない。もっと、不特定多数の人間に対するメッセージだ」
「不特定多数? そりゃまあ、派手なメッセージにはなったと思うが……一体、誰に対してだ?」
疑問符と共に、傾櫻はヒカリの言葉にそう返す。
対し、ヒカリは不敵な笑みを浮かべ、力強く言い放っていた。
「――いずれ、あたしたちと同じようにユニーククラスを得る者に対して。『お前達は一人じゃないぞ』、と告げる為に」
その言葉に、傾櫻は思わず絶句する。
何よりも、予想よりも遥かに大きいスケールの言葉が返ってきたが故に。
「上級職に達するプレイヤーはこれから増えるだろうし、ユニーククラスを手に入れるプレイヤーだって出てくるだろう。だが、そんな連中がプレイしやすい環境であるかは、まだ分からない」
「そういう奴らが俺達を頼ってこれるような環境づくり、って所だな。まあ、うちのギルドに入れるかどうかはまた別の話だが。今回の件で、信頼できるギルドはいくつも把握できたしな」
二人でにこやかに告げるライトとヒカリに対し、傾櫻は最早返す言葉もないとばかりに笑みを零す。
ギルドメンバーを大事にしている自覚はあるが――それでも、あまり本気で考えた事はなかったのだ。
所詮遊び、それは事実だろう。だが、だからと言って人間関係を疎かにしていい理由にはならない。
ギルドとして、ギルドマスターとして何が足りていなかったのか。それを理解し、傾櫻は声を上げた。
「ありがとな、色々と世話になった。為になる話も聞けたし、俺はこの辺りで退散しておくぜ。お前らのお仲間も来たみたいだしな」
言いつつ傾櫻が動かした視線の先からは、『碧落の光』に所属する五人のギルドメンバー達が固まって歩いてきていた。
相変わらずアマミツキは白餡の背に張り付いたままであるものの、今は剣呑な雰囲気は放っていない。
「んじゃ、またな。何か困った事があったら、遠慮なく声を掛けてくれ」
ひらひらと手を振り、傾櫻は踵を返して去ってゆく。
それと入れ替わるように、『碧落の光』のメンバーは会場の一角に勢ぞろいしていた。
音頭を終えて戻ってきたヒカリを出迎えるように、メンバー達は明るい表情で声を掛ける。
「お疲れ様です、ヒカリさん。あの、アマミツキを何とかして下さい」
「にはは、それでも心配してるみたいなんで、やりたいようにやらせてやってくれ」
「ふふふ、白餡の貞操は私のものですので」
「いかがわしい事言わないでくれません!? ただでさえ注目されてるんですから!?」
至っていつも通りの様子である二人に、ヒカリは嬉しそうに笑みを零す。
何よりも、アマミツキに大切な友達が出来た事が嬉しかったから。
とは言え、それを言葉に出すような事はせず、ヒカリはダンクルトに対して声を掛けていた。
「所で、さっきの話はどうなったんだ? あたしとしては、全く異存は無いんだが」
「ん、ああ……悪いんだが、ちょっと時間の調整に手間取りそうなんだ。だから――」
ダンクルトは、ちらりと視線を旬菜へと向ける。
基本的に表情に乏しい筈の彼女は――
「――オフ会の話は、もうちょっとしてからで頼むよ」
――どこか申し訳無さそうに、視線を伏せていたのだった。
* * * * *
――光が、差し込む。
雲ひとつ無い蒼穹より降り注ぐ、南天の太陽の輝き。
その光は、硝子に包まれた半球の空間へを、惜しみなく照らし続けていた。
透き通る空間には、ただ輝きのみが在る――その筈だった。
「始まったな」
「始まったね」
それは、その光すらも灼き尽くすほどに鮮烈で。
けれど、全てを包み込むがごとき穏やかな輝き。
黒き衣と白銀の装甲を持つ、銀髪銀眼の男。
白き衣と黄金の薄布を纏う、金髪金眼の女。
硝子の床に置かれた白いテーブルと椅子に並ぶように腰掛けながら、二人はただ静かに微笑む。
「楽しみだね」
「楽しみだな」
二人の足元に広がる硝子の床――その下に、地面と呼べるものは存在していなかった。
けれど、頭上にある天空が続いている訳ではない。
そこにあるのは、無数の星々の輝く遠い遠い宇宙であった。
遠く離れれば離れるほど、どこまでも広く大きく、無限に全てを内包しながら広がってゆく無謬の宙。
それを包むのは、螺旋を描く黄金と白銀の輝き。
――無限螺旋――
「わたしは待ってるよ。ずっと、ずっと」
「俺は見守り続けよう。ずっと、ずっと」
輝く二重螺旋の根本は、そう口にして。ただ静かにテーブルの中心と視線を向ける。
置かれているのは硝子の地球儀。
これまで動く事なかったそれは――僅かに色づいて、独りでに回り始めていた。
その中で揺らめく輝きは、赤と青の二色。
炎の如く輝く紅と、空の如く包み込む蒼。
――黄金と、白銀は――
――ただ、笑みを浮かべて――
「お前達が、お前達を抱き」
「貴方達が、貴方達を願う」
――それは、どこか祈るように。
――それは、どこか慈しむように。
二つの至高の輝きは、たった一つを、願う。
「その日に、辿り着いたならば――」
「その心へ、手を伸ばすならば――」
そう呟いて、二つの輝きは目を閉じる。
どこか、耳を澄ますように。どこか、光を感じるように。
どこか、祈りを捧げるように――
『我らの楽園よ、永遠なれ』
今日の駄妹
「兄さんと姉さんは殿堂入りとして、その次は施設の先生と白餡です。ありがたいでしょう」




