91:終結
ヒカリの号令が響き渡り――まず動いたのは、最も近くにいたプリスであった。
顔面を押さえて動きの止まっているヒル・ジャイアントへと、彼女は容赦なくその剣閃を繰り出す。
気に入っていたミスリルの刀を手放してまでの攻撃なのだ。
それに見合うだけの戦果を得るために、ヒル・ジャイアントの肩口に着地したプリスは、持ち上がっている左腕に狙いを定めて跳躍した。
「《闘氣の霊刃》……ッ!」
プリスの身体より溢れる黄金のオーラが、彼女の持つ刀の刀身へと集束する。
瞬間、刀身から延びた輝きが刃を形成し、一振りの長大な刀を創り上げていた。
プリスは《ブレイドアーツ:刀》の派生スキルを使用しないために、瞬間的な火力は決して高いとは言えない。
現状、最も攻撃力の倍率が高まるスキルこそ、この《闘氣の霊刃》なのだ。
プリスはヒル・ジャイアントの肩を足場に跳躍し、更に頭部を蹴ってヒル・ジャイアントの左腕へと狙いを定める。
跳躍時に身体へ捻りを加え、身体を緩く回転させながら、まるで装填するかのように刃を振り上げる。
空中であるが故に足場がなく、力の入れづらいこの状況。
しかし、プリスの右足が僅かにヒル・ジャイアントの足に触れた瞬間、彼女の身体は急激に加速し、その一閃を振り下ろしていた。
「一拍・朧霞」
プリスの操る流派で用いられる業の一つ。
それは剣術の型というよりも、体術の一部として彼女が学んだ技である。
素早い戦闘の最中、急に脱力する事で一気に減速し、相手に位置を錯覚させるのだ。
その上で、全体重を踏み出した足によって跳ね上げ、再加速する事によって相手の認識の外から斬撃を放つ。
今回の場合、プリスはその体重移動を活用する事により、一瞬の踏み込みのみで十分な威力を持つ一閃を放っていたのだ。
そして、その刃が命中する刹那――
「回帰――《情報:肯定創出・蛇断十束》」
――僅かに、刀身へノイズが走る。
ただそれだけで、大きなエフェクトも変化も何もない。
けれど。
「さっきは果たせなかった目的……今ここに完遂します!」
プリスの振るった刃は、ヒル・ジャイアントの骨甲を何の抵抗もなく、豆腐に刃を入れるかのように容易く斬り裂き、装備としての機能を完全に破壊していた。
巨人の腕から外れて地面へ落ちていく骨甲を視界の端に映しながら、プリスは軽く身体を回転させ、刃をヒル・ジャイアントの身体に突き立てていた。
そのまま縦に巨人の身体を斬り裂きながら地面へと降下し、落下の勢いを殺す。
手甲を破壊しただけではあまり与えられていなかったダメージも、身体を大きく裂かれた事により蓄積する。
新たな刀の耐久度も大きく減じる事となってしまったが、事ここに至って、プリスは物に頓着する事がなくなっていた。
ダンクルトを倒された事が、それだけ腹に据えかねていたのだ。
「――これなら、思う存分叩き込める」
そして、誰もいなくなったヒル・ジャイアントの頭部付近。
そこに接近する十個の小さな影があった。
蒼い風の魔法に包まれて放たれたのは、ライトの《エアクラフト:ストライカー97》である。
手甲によって迎撃されれば完全に打ち消されてしまうこの魔法も、最早防がれる事はない。
ライトの使用できる《エアクラフト》の中では最も高い威力を持つとは言え、蒼穹魔法そのものはそれほど威力を有する魔法ではない。
だが、《蒼穹の化身》の効果を上乗せした高高度からの爆撃と、十発全てを頭部、即ち弱点へと叩き込む事によるダメージ量は、決して無視できる物ではなかった。
連なる十個の爆撃は、ヒル・ジャイアントの頭頂部や後頭部に突き刺さり、次々と爆発の花を咲かせる。
その攻撃によって体を揺らがせたヒル・ジャイアントは、ようやくその顔面から手を外していた。
右目には相変わらずプリスの刀が深々と突き刺さり、継続的にダメージを与え続けている。
そして、残る左目には――眼前に迫るゴーレムの姿が映っていた。
「ディオン、叩っ斬れ!」
『――――――!』
巨体に見合わぬ勢いで駆けるゴーレムは、高く跳躍すると共に、両手で構えた【グレートソード】をヒル・ジャイアントへと向けて振り下ろす。
その姿を視認していれば対応できただろうが、生憎とヒル・ジャイアントがディオンの姿を捉えたのは、その剣が振り下ろされる直前だったのだ。
袈裟懸けに振り下ろされた大剣は、ヒル・ジャイアントの肩口から脇腹までを深く斬り裂き、赤いダメージエフェクトを吹き上げさせる。
更に、衝撃に仰け反るヒル・ジャイアントの胸へと向け、ディオンは剣の切っ先を叩き込んでいた。
「ゴッ、ガアアア……ッ!」
痛みと苦悶の混じる怒りの唸り声を上げながら、ヒル・ジャイアントはディオンに掴みかかろうと手を伸ばす。
だが、白銀のゴーレムはすぐさま大剣から手を離し、相手の手が届かぬ位置まで後退していた。
ゆきねがプリスの戦法を見て実行した作戦であったが、【グレートソード】の耐久度もそれなりに減少していたため、大きなマイナスというほどではない。
それに、細く小さい刀と違って、大剣である【グレートソード】は引き抜きやすい武器だ。
ヒル・ジャイアントは胸に突き刺さる大剣を強引に引き抜くと、怒りのままに眼前のゴーレムへと向けて打ちかかる。
――瞬間、その足元に赤い魔法陣が発生していた。
「《ブラッディランス》。学習能力が有ろうと無かろうと、目の前の相手しか見えてないんじゃ、罠にかけるのは簡単だな」
踏み出されたヒル・ジャイアントの足を、九つの槍が貫き、縫いとめる。
ダメージ量からすれば大した事は無い。他の面々が与えたダメージに比べれば、ケージが与えたそれは微々たる物だ。
しかし、ヒル・ジャイアントの動きを僅かにでも封じるには、十分すぎるダメージであった。
足を貫かれたヒル・ジャイアントは、大きくバランスを崩す事こそ無かったものの、動きを止められその場でたたらを踏む。
――そんな巨人の背後へ接近する影が、二つ。
その二人、ダンクルトとバリスは、ある程度接近した所で同時に大きく跳躍していた。
そして、バリスは手甲が装備された腕を×字に組み、ダンクルトは空中で身体を捻ると共に、その手甲の部分に足をつける。
その体勢を見れば、二人が何をしようとしているのかは明白であった。
「ダンクルト、行けぃ!」
「了解っ! 《アクセルストライク》ッ!!」
瞬間、ダンクルトはバリスの腕を足場として、己のスキルを発動させていた。
投げ主体のビルドをしているバリスは、現状ヒル・ジャイアントに有効な攻撃をする事ができず、攻撃をした所で大差はない。
それ故、彼はダンクルトのスキル発動に協力する事に決めたのだ。
無論、普通にスキルを発動するのと何ら変わりは無いため、特に意味は無いが。
ダンクルトは得意とする《アクセルストライク》を発動すると同時、矢のように飛び出してヒル・ジャイアントの背へと向けて突撃する。
十分に加速の乗った彼の一撃は、ヒル・ジャイアントの延髄の辺りに突き刺さり、前のめりに体勢を崩させていた。
体勢を崩す事を目的とした二発の攻撃――しかし、ヒル・ジャイアントの巨体が相手では、それでも大きな隙とはなりえない。
大きく踏み込んでバランスを取るか、その場に跪くかのどちらかだ。
だが、たったそれだけの時間であったとしても、一発の攻撃を避けさせないのには十分だった。
「貫いて、縫い止めてやる! 《サンライトスピア》ッ!」
刹那、眩い輝きと共に太陽の槍が放たれる。
極大の攻撃力を持つヒカリの魔法は、体勢を崩していたヒル・ジャイアントの四肢に突き刺さり――そして、四本が命中した事によって最後の一撃が放たれる。
四つの槍より放たれた光は上空に集束し、五本目の巨大な槍となってヒル・ジャイアントへと打ち下ろされる。
巨人の背中を容赦なく貫いた光の槍は、一時的とは言えその動きを止めてしまう。
しかし、ヒカリの攻撃が直撃しても尚、ヒル・ジャイアントのHPを削りきるには至らなかった。
あまり長くない効果時間では、ヒル・ジャイアントを長い間拘束する事も出来ない。
大きなダメージを与えたとは言え、このままでは再び暴れだしてしまうだろう。
――そう、このままでは。
「――《オーバード・エンチャント》」
その声が響いたのは、一体何処からだっただろうか。
言葉が耳に届いたとその場の面々が認識した瞬間、ヒル・ジャイアントの首元に巨大な大剣が突き刺さっていたのだ。
槍に拘束されたままでは仰け反る事も出来ず、喉を貫かれて声を上げる事も出来なかったヒル・ジャイアントは、己に突き刺さる剣を確認して目を見開く。
その攻撃に驚いた為ではない――大剣の上に、一人の少女がしがみついていたからだ。
両の腕から激しく明滅する蒼白い雷を発し、彼女――旬菜は、立ち上がってヒル・ジャイアントの顔面を睨みつけていた。
「ダンを、苛めた分……しっかりと、受け取れ……! 《インフィニットレイヴ》ッ!」
旬菜が好んで扱う付与魔法、その中で派生したのが、長い詠唱時間、および短い効果時間と引き換えに強力なブーストを掛ける《オーバード・エンチャント》である。
そして、それと共に旬菜が放ったのは、《ウェポンアーツ:鋼拳》のスキルの一つである《インフィニットレイヴ》だった。
一言で言えば『乱舞技』とでも呼ぶべきスキルであり、数多くの攻撃を相手に叩き込むスキルなのだ。
だが、スキルが発動してしまえば終わるまでキャンセルは出来ず、雑魚敵に使うには威力が高く拘束時間も長いため、普段は使いどころの少ないスキルであると言える。
ヒル・ジャイアントに使う場合にも、あまり怯まない相手にはタイミングを見なければならないだろう。
故に――チャンスは、今この瞬間しかなかった。
「はあああっ!」
裂帛の気合と共に、旬菜の拳がヒル・ジャイアントの鼻っ面へと向けて叩き込まれる。
同時、蒼い雷を纏う拳は、閃光と共に衝撃と快音を周囲へと放っていた。
連続して流れるように叩き込まれる右肘、左のアッパー、左の蹴りに回転しながらの右回し蹴り。
次々と叩き込まれる攻撃は、その都度に光と音を撒き散らしながら、スキルの残光と共に加速してゆく。
一発一発の攻撃はそれほど重くなかったとしても、魔法ダメージと化した上にダメージブーストまで施されている旬菜の攻撃は、ヒル・ジャイアントにも十分すぎるダメージを叩き込んでいた。
「ゴッ、ガ……!」
「倒れろぉッ!」
地に足をつけた拳の乱打、そして放たれる上段回し蹴り。
徐々に《サンライトスピア》が消え、ヒル・ジャイアントが解き放たれようとしているまさにその時。
最早自分の服装など気にしてもいない怒りの連続攻撃は、ついにその最終段へと到達していた。
蹴りによって打ち上げられた相手へと向け、発勁による衝撃波を放つその一撃は、連撃の中で最も高い威力を誇る技であった。
構えた腕に力を込め、相手へと両掌を叩き付ける最後の一撃――その刹那、旬菜は一つのスキルを発動させていた。
「――《リリース》!」
エンチャントした魔法を解放し、一撃を大幅にブーストする《リリース》。
それは当然、強力なエンチャントであればあるほど大きなダメージを叩き出すスキルであった。
現在、旬菜が発動させているのは短時間のみに効果時間を絞った高倍率のエンチャント魔法。
それが解放される事により放たれる一撃は、巨大な雷の球体となって顕現した。
蒼白い閃光を放つ雷の塊は、《サンライトスピア》が消え去ると同時にヒル・ジャイアントの顔面へと叩き付けられる。
激しく明滅する電撃に見えるそれは、しかし物理的な衝撃波を伴ってヒル・ジャイアントを後方へと仰け反らせ、その全身を雷の輝きに染め上げる。
反動で後方へと吹き飛ばされた旬菜は、空中でくるりと回転して体勢を整え、身軽に地面へと着地する。
そして、ヒル・ジャイアントは――
「ガ、ァ――――」
悲鳴の声を途切れさせ、仰け反った体勢のまま、じっと硬直し続ける。
だが、それも長くは続かず、巨人の身から赤い紋様が薄れて消えると共に、後方へと向けてゆっくりと倒れていた。
大量に有していたHPの全てを、今の一撃によって失っていたのだ。
ヒル・ジャイアントが完全に倒れたことを確認し、旬菜は満足したとばかりに息を吐き出して――
「びくとりー!」
――そんな勝ち鬨の声と共に、天へと向けてピースサインを突き出していたのだった。
今日の駄妹
「ちなみに、非攻撃職は応援しながら見ています」




