86:太陽の槍
「総員、コイツのターゲットはあたしが取る。それまでは攻撃を控えてくれ!」
『了解、プリスは抑えておく。火力特化のユニーククラスの力、存分に見せてくれ』
周囲の面々へとチャットを飛ばし、ヒカリは小さく頷く。
ボスであるヒル・ジャイアント、その内の一体を引き付け、もう一体から離れた場所まで誘導したライトとヒカリは、十分に戦場が離れたと判断して戦闘を開始していた。
二体が混戦となってしまえば、勝ちの目は非常に薄くなる。
もしも以前のミスリルゴーレムのような一塊で行動するエネミーであれば危険だったかもしれないが、単体で強力なエネミーに対してそのような設定はしないだろうとヒカリたちは判断していたのだ。
「さて……ライ、回避に専念しといてくれ。人型とは言え、対空攻撃もあるだろうからな」
「分かってるよ。未知だからこそ、油断はしない。それよりも、そっちは全力で叩き込む事を意識してくれ」
「にはは! そりゃ分かってるさ、これこそあたし好みの戦いだ!」
ヒカリの持つユニーククラス《紅焔術師》は、言うならばハイリスク・ハイリターンの大火力魔法使いだ。
有する魔法の威力は高火力かつ広範囲。詠唱した上で魔法を放てば、同レベル帯のエネミーすらほぼ壊滅させられるだけの威力を有している。
だが、ユニーククラスは基本的に、長所を伸ばす代わりに短所も大きくしているクラスである。
紅焔術師もまた、同時にデメリットも存在しているのだ。
彼女が背負う事になったリスクは二つ。詠唱時間が他の魔法職に比べて長い点と、ヘイト発生の倍率が非常に高い点だ。
ヒカリが完全な威力の魔法を発動させるためには他の魔法職よりも多くの隙を晒す必要があり、尚且つヘイト収集力が高いために多くのエネミーに狙われる事となる。
この二点は、普通の魔法使いにとっては致命的な欠点と言っても過言ではない。
装甲の薄い魔法使いにとって、エネミーに殺到される事は悪夢以外の何物でもないのだ。
――だがその二点は、ヒカリにとっては一概に欠点と言い切れるものではなかった。
「『来たれ、南天の光。地平を照らす悠久の輝き。集い、満たし、遍く万象を抱く天壌の王よ――』」
ライトの扱う《メモリーアーツ:蒼穹》の魔法は、全ての詠唱が同じ文言から始まっている。
そしてそれは、ヒカリの使う魔法も同様であった。今彼女が発した文言、この普通の詠唱にも届きそうな長さのそれが、全ての詠唱の頭に付く言葉であったのだ。
これが頭に付くだけで、詠唱が無駄に長くなる――というのがヒカリの弁である。
とは言え、そのようなリスクであっても、ヒカリには楽しんでいる節があったのだが。
「『我が欲するは鮮烈なる輝きの切っ先。雲間を貫く閃光の刃。何者にも遮られぬ光輝の槍。顕現せよ、万象を貫く天光の一閃!』」
ヒカリの宣言と共に、標的であるヒル・ジャイアントの周囲に五つの光球が発生する。
現在、ヒカリが扱える《メモリーアーツ:紅焔》の魔法は三種のみ。
使いどころが難しい魔法であるが故に熟練度の上昇が難しく、まだライトほど魔法を習熟していないのだ。
ヒカリが現在使えるのは単体攻撃が二つ、そして範囲攻撃が一つである。
尤も、単体攻撃と銘打ってはいるものの、攻撃の規模が大きいために複数のエネミーを巻き込む事も難しくはないのだが。
発動準備を整えたヒカリの魔法を目にし、ライトは軽く苦笑する。
ヒル・ジャイアントに対して発動したが故にそれほど規模が大きくないように見えるが、これを普通のエネミーと比較すれば、浮かんでいる光球の大きさはかなりのものとなるだろう。
ヒル・ジャイアントが投げ放ってくる岩や木々を軽やかに躱しながら、ライトは《ストライカー97》を相手に見えやすいように動かしていた。
ヒル・ジャイアントの拳か、或いは装備している手甲には、何らかの効果があると考えられる。
その詳細まではまだ分からないが、少なくとも迎撃をさせないに越した事はないのだ。
故に、ライトはヒカリを援護するような形で、ヒル・ジャイアントの気を引くように行動していたのだ。
幸い、ヒル・ジャイアントの知能はそれほど高くない。緑の巨人は、その拳を振るい《ストライカー97》を迎撃するように動いていた。
――刹那、ヒカリが口元を笑みに歪める。
「――《サンライトスピア》!」
ライトが作り出した隙を逃がす事無く、ヒカリはその魔法を発動させていた。
ヒル・ジャイアントの周囲に浮かぶ光球の内の四つは、その瞬間強烈な閃光を放ち、長大な槍へとその姿を変える。
ただ光を棒状に固めただけではない、流麗な装飾の施された光の槍。
それは、ヒカリが手を振り下ろすと共に、次々と二つの光に分かたれながらヒル・ジャイアントへと突き刺さっていった。
その威力は、単体でもヒカリがこれまで扱ってきた魔法より高く、それが突き刺さるごとにヒル・ジャイアントの体力が目に見えて減少する。
しかし、ヒカリの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「ダメ押しだ、貫けッ!」
槍が射出される際に分かたれた光は、直線的な光の尾を描きながら上――ヒル・ジャイアントの頭上に配置されていた五つ目の光球へと集束する。
そして、瞬間的に肥大化した光球は、次の瞬間更に巨大な光の槍へとその姿を変じていた。
これは、全ての光槍が一体のエネミーに命中した際に発生する追加攻撃であり、現在ヒカリが使用できる中で最高の威力を持つ魔法だった。
「ォォォオオオ……!」
痛みに喘ぐように、ヒル・ジャイアントが唸り声を上げる。
光の槍に貫かれながら、それでも尚その身体を動かして、頭上から振り下ろされる一撃を防ごうと腕を掲げる。
何らかの効果を持つと思われるその拳。その上からヒル・ジャイアントの身体を貫こうとするかのごとく、ヒカリの魔法は放たれていた。
一直線に、鮮烈な輝きを放ちながら、槍は一気に加速する。他の槍に縫い止められたヒル・ジャイアントには回避できるはずもなく――
「――――っ!?」
刹那、ヒカリは思わず目を見開いていた。
ヒル・ジャイアントを貫くために放たれた槍、その一撃と巨人の拳が衝突し、その動きを一瞬だけ止めていたのだ。
次の瞬間には拳を貫き、光の槍は巨人の身体へと突き刺さっていたが、一瞬とは言え魔法を止められた光景はその場にいる全員の目に焼きついていた。
放たれた魔法の絶大な威力が効果を発揮するのを確認しながらも、ヒカリは急いで仲間達へと向けてチャットを飛ばす。
「アマミツキ、ゆきね! これまでの状況と加えて、何か分かったか!?」
『詳しい所までは、まだ分かりません。とりあえず、魔法の発動そのものを打ち消すタイプのスキルではない事は確かでしょう。後、スキルを発動した仕草は確認できなかった事から、アクティブスキルでもありません。体の一部分のみに働くパッシブスキルは確認されていませんし、手甲の効果である可能性が高いでしょうね』
『ボクの見立ても、あの手甲によるものだよ。多分だけど、効果は攻撃を当てたものの耐久度を減少させるって感じだと思う』
ゆきねの言葉を聞き、ヒカリはぴくりと顔を上げる。
その言葉が事実であれば、耐久型のタンクにとっては悪夢のような能力であるからだ。
とは言え、疑問が全て解消された訳ではなく、ヒカリは再度問いかけていた。
「耐久度? 打ち消されたりしたのは魔法だぞ?」
『魔法にも耐久度はある。じゃないと、相殺判定が出来ないからね。まあ、基本的に魔法の耐久度はかなり低いんだけど……ヒカリの魔法はそうでもないみたいだね』
『なるほど、兄さんの魔法を打ち消したときに爆発が起こらなかったのはそういう理由ですか。ビン系のアイテムは耐久度がかなり低いですしね』
BBOのあらゆるアイテムには耐久度が設定されており、それが0に達すればアイテムは消滅してしまう。
ポーションなども地面に落として割れてしまえば、耐久度が0になったと判別されて消滅する事となるのだ。
このヒル・ジャイアントが装備している骨甲は、その耐久度を大きく減少させる効果を持っていると考えられる。
そのため、耐久度の低いライトの魔法および内蔵されていたグレネードが効果を発揮せずに消滅していたのだ。
いかなグレネードとて、効果を発揮する前に耐久度を0にされてしまえば、爆発する事はできないのである。
「しかし、そうなるとゆきねは戦いづらいな」
『全くだよ。とりあえず、ボクは遠距離メインで戦っておくから、その間にあの手甲を何とかして欲しい。そうすれば、ボクも全力が出せる』
『まあ、いざとなったら何とかならない内でも本気出して貰いますけどね。とりあえず、あの手甲の処理は……『コンチェルト』の方々、お任せしてもいいですか?』
『……まあ、確かにプリスが適任だろうな。了解した』
「こちらからも面子は出すさ。聞こえてたな、ダンクルト、旬菜! まずは腕破壊だ!」
『応よ!』
『あいあいさ~』
飛ばされてきたチャットに軽く嘆息しながらも、ケージが了解の意を返す。
耐久度減らしによる攻撃は、後々非常に面倒な自体になりかねない点もあるが、この場で二番目に接近戦が強いゆきねが満足に戦えないのが問題なのだ。
この場でヒル・ジャイアントを正面から受け止められる者がいるとすれば、それはゆきねだけなのだから。
「さて、作戦会議はこの辺にして――」
「そろそろ、本格的に行くとするか」
ヒカリの言葉を繋ぎ、ライトは小さく笑む。
そしてそれとほぼ同時、ヒル・ジャイアントを貫いていた光の槍が完全に消滅していた。
それと共に、ヒル・ジャイアントが行動を再開する。
怒りの視線を、宙に浮かぶライトたちの方へと向けたまま。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「ッ……! 止まるなよ、ライ!」
「分かってるさ!」
物理的な衝撃すら伴って放たれた咆哮に、ライトは《エアクラフト》をばら撒きながら後退する。
これまでのエネミーを遥かに超える巨大さは、ただそれだけで非常に大きな威圧感を放っている。
ともすれば飲まれそうになるその雰囲気を、かつて《霊王》に相対した時を思い返して振り払いながら、ライトは全方位に散らせた《ストライカー97》を包囲するように動かしてヒル・ジャイアントの右腕を狙っていた。
「グォアアッ!」
ヒル・ジャイアントは腕を振るい、まるで羽虫を払うかのように《ストライカー97》を迎撃する。
だが、全方位から襲い掛かる魔法を、ただの一撃で破壊しつくせるはずがない。
迎撃を逃れた《ストライカー97》は、次々と巨人の右腕に突撃し、爆発していった。
あまり大きなダメージは与えられないものの、決して0ではない。
そして相手が迎撃行動に出るという事は、それだけ隙を晒させる事が可能という事だ。
その光景を見て、ヒカリはライトに対してある作戦を提案していた。
「――ライ、攻撃を当てないまま周りを旋回させる事、出来るか?」
「可能だが、上手くはまってくれるか?」
「知能は低いし、試してみる価値は十分にある。こっちは詠唱に集中するから、無理のない範囲でやってくれ」
「……了解、任せてくれ」
満足気にヒカリが頷いたのを確認し、ライトは瞬時にその場から飛び離れていた。
次の瞬間、二人がいた場所を、無数の飛礫が貫いてゆく。それは、ヒル・ジャイアントが地面から拾い上げた小石の群れであった。
ただの小石とは言え、絶大なる膂力から放たれるその威力は決して甘く見る事の出来ないものだ。
おまけに多くの小石を同時に放っているため、範囲も非常に広い。ライトでも、投げられるのを見てから回避するのは難しい攻撃であった。
この状況下で、《エアクラフト》の操作に意識を傾ける事は非常に難しい。
それを分かっていながらも、ヒカリは先ほどの提案を口に出していたのだ。
(つまり、それだけ急がなけりゃならん相手って事か)
視界の隅に映るもう一体のヒル・ジャイアントの事を思い返しながら、ライトは小さく笑みを浮かべる。
困難な仕事ではあるが、ヒカリから直接渡された任務なのだ。
その信頼を違えるつもりなど、ライトには毛頭無かった。
「ガアアアアアッ!」
とは言え、怒り心頭のヒル・ジャイアントには、そのような都合など関係ない。
周囲を旋回するライトへと向けて、時に飛礫を、時に倒木を、時には自らの拳で殴りかかりながら攻撃を繰り返している。
《オートガード》こそあるものの、ダメージを貰ってしまえばライトたちなど一溜まりもないだろう。
しかしそれでも、ライトはヒル・ジャイアントから離れようとはしなかった。
その視界の端の地面が、僅かに輝いていたのを見ていたからだ。
『――セット完了だ。済まんが、誘導頼む』
「了解、久しぶりに見せて貰うぞ」
届いた声に小さく答え、ライトは旋回の半径を一回り大きくする。
それを追うように、ヒル・ジャイアントは空中の二人を握り潰そうと手を伸ばし――その足を、一歩踏み出していた。
そして、次の瞬間。
「《デビルズフォール》。本当なら、それなりに威力のある落とし穴なんだがな」
ヒル・ジャイアントが踏み出した足は地面を踏み抜き、右足だけが開いた穴の底へと誘われていた。
突如として片足を取られたために、巨人は当然バランスを崩し、轟音と共に地面を揺らしながらその場に転倒していた。
左膝を突き、前のめりに倒れて両手を地面に突く。その瞬間、巨人の両手の下で、再び二つの魔法陣が輝いていた。
「続いて、《チェインバインド》」
地面に敷かれた魔法陣より発生したのは、幾条もの鎖。
螺旋を描くそれはヒル・ジャイアントの両手を絡め取り、その場に拘束していた。
出来上がったのは、足を取られ、両腕を拘束された巨人の姿。
最優先で破壊しなければならない手甲を地上に晒した巨人の前に立つのは、大小二人の姿。
ダンクルトと旬菜――二人は共に、そのベルトとペンダントに触れ、力強く声を発していた。
『――変身!』
今日の駄妹
「ぶっちゃけ、ただでさえ火力高いのに、これ以上火力上げたら威力高すぎて使いづらいですね」




