85:巨人との激突
前衛部隊が矢のように敵陣を斬り開き、その後ろを遠距離攻撃部隊が守られながら進む。
その様子を上空から見つめながら、ヒカリはぽつりと呟いていた。
「殆どエネミーはいないな……白餡の攻撃でほぼ消し飛んだか?」
「どうやら、その後の追加ポップも無いようですね。まあ、あれだけ強力なボスを配置したのですから、雑魚の横槍が入らないようにするのも当然ではありませんかね」
「どうだかな……油断するべきではないと思うが」
軽く苦笑しながら呟くライトの脳裏には、初めて戦ったボスであるレッサードラゴンの姿が浮かんでいた。
ただでさえ強力なボスであったにもかかわらず、雑魚MOBの召喚能力まで持っていたのだ。
それを考えれば、決して油断するべきではないと、ライトはそう考えていた。
無論、その可能性についてはヒカリも考慮に入れていたのだが。
「無論、使いそうなスキルは一通り頭の中に入れてるし、油断するつもりもない。何とかして見せるさ」
「ああ、頼りにしてる。だが、具体的にはどうするんだ?」
「とりあえずはさっきの予定通りだよ。アマミツキ、地上に向かって通達するぞ」
「あ、はい。遠慮なくどうぞ」
その言葉に、アマミツキは首肯しながら耳を押さえる。
拡声器すら使わずに地上まで声を届けてしまうヒカリは、かなりの声量を有している。
その音波に近場から晒されるのは、アマミツキとしても遠慮願いたい所だったのだ。
むしろ、それだけの声を耳元で聞きながら平然としているライトの方がおかしいと言えるだろう。
無論、その点に関し、ヒカリとライトは全くと言っていいほど気にしていなかったが。
「総員、前進しながら聞け!」
流石に行軍している状態では肉声が届く事はないと判断し、ヒカリは拡声器を使って声を上げる。
一部のプレイヤー達が上空を見上げて何やら話をしていたが、その様子には頓着せず、ヒカリはそのまま全ての仲間達へと声を伝える。
話す内容は勿論、この先に控えているボスとの戦闘についてだ。
「この先に、ヒル・ジャイアントが二体控えている。言うまでも無いが、非常に強力なエネミーだ」
巨人族の種族特性として数えられるのは、何よりもそのタフネスである。
防御力が特別高いという訳ではないが、HPは異常なほどに高い数値を叩き出している。
その上、HPの自動回復能力まで有しているのだ。
幸いヒル・ジャイアントの自動回復量はそれほど高い訳ではないが、ある程度のダメージを叩き出せるプレイヤーでなければジリ貧になる事など目に見えているだろう。
「ヒル・ジャイアントは単純なエネミーだ。攻撃力が高く、体力が高い。その分、ヘイト管理が重要となる」
エネミーのヘイトは、受けたダメージの量に比して大きくなる。
ヒル・ジャイアントを倒すためには多くのダメージを集中させる必要があるが、そうすればあっという間に攻撃部隊へとターゲットが向いてしまうだろう。
体力の高い前衛だとしても、防御を固めてなければ一撃で倒されてしまうほどの攻撃力を有するのだ。
もし一瞬でも油断してしまえば、攻撃部隊は容易く崩壊してしまうだろう。
「ヘイトを常に稼ぐ方法は、諸君らは既に把握しているだろう。今回は、補助魔法を持つヒーラーがタンクとペアで組み、常に防御ブーストと回復を行いながらヘイト管理に当たれ。ただし、攻撃部隊が全力攻撃を行えば、数で劣るタンク達ではヘイトを管理しきれなくなるだろう。ましてや、敵は二体いるのだ。一度戦線が崩れれば、全滅も見えてきてしまう」
レベルも、火力も、圧倒的なまでに高い相手。
今回、ヒカリは戦闘においてリズムを重要視していた。
戦闘をルーチンワーク化する事によって安定性を図り、大規模ギルドと並ぶほどの戦果を叩き出したのだ。
しかし、ボス戦となればそう単純には行かない。初見では行動を読む事は難しく、体力が減れば更なる行動パターンが現れる事がある。
これで二体を同時に相手するとなれば、安定した戦闘を繰り広げる事など不可能に近い。
かと言って、戦力を二分すれば更に火力が安定しなくなってしまうだろう。
故にこそ、ヒカリは一つの作戦を全体に告げる。
「故に、今回は『碧落の光』と『コンチェルト』がヒル・ジャイアントの内の一体を引き付ける」
メンバーの数は、合計で12人。
白餡が脱落している上に、レスカーナが非戦闘員である事を考えれば、たった10人のみの極小パーティ。
この同盟――否、今回のイベントに参加しているプレイヤー達の中では間違いなくトップクラスのレベルを持つギルドであったが、それでも人数が少なすぎる。
しかし、そんな状況であるにもかかわらず、ヒカリの言葉の中には有無を言わさぬ力強さが存在していた。
まるで、勝利を確信しているかのような、そんな迷いの無い色が。
「ヒル・ジャイアント一体が相手ならば、戦場をかき乱される事も無く、安定した戦いを繰り広げられるだろう。だが、同時にあたしは諸君らを直接指揮する事は出来なくなる。その間の号令は『探索同好会』のJadeに一任する事とする」
戦闘に傾倒する事も無く、指揮に集中する事が出来る人物。
そんな相手として、ヒカリはJadeを指名していた。本人からすれば寝耳に水の話であっただろうが、他に適任である相手もいないのだ。
彼女もここまでの戦いで、安定した戦い方をしっかりと学んできている。
それ故に、彼女にならば任せても問題ないと、ヒカリは判断していたのだ。
「無論、一体だからと言って容易い相手ではない。バランスが崩れれば、あっという間に戦線が崩壊するだろう。油断する事無く、戦線の維持に当たってくれ。以上だ」
実際の所、今回ついてきたプレイヤーたちの多くは、ヒル・ジャイアントに有効なダメージは与えられないだろうとヒカリは睨んでいた。
少なくとも、上級職に入っていないプレイヤーでは、まともなダメージは与えられないだろう。
ヘイト管理に失敗すれば、ただの足手まといにもなりかねない。
だがそれでも、彼らはここまで共に戦ってきた戦友なのだ。勝負にならないという理由で戦場から外されては、彼らも納得が出来ないだろう。
ヒカリの作戦には、自分達のイメージアップが含まれている。それ故に、自分達が反感を買う行為は、出来るだけ避けるようにしていたのだ。
――そしてその上で、ヒカリたちは誰にも邪魔されず、ヒル・ジャイアントと戦う権利を手に入れた。
「彼らは足手まといを抱えたまま、優秀な指揮官無しでボスとの戦闘。私達は、可能な限りの少数精鋭でボスとの戦闘。果たして、どちらが先に倒せますかね?」
「少なくとも、この人数差でありながら勝負になると思える程度には勝機があるって事だな?」
「さて、どちらになるかは実際に戦ってみない限り分かりませんが……それも、すぐに分かるでしょう」
ライトの声にそう返し、アマミツキは視線を前方へと向ける。
その先に、二体の巨大な影が存在していた。
「……あれが、ヒル・ジャイアントだな。あたしの背が低い事への当て付けか」
半ば冗談の混じった調子で、ヒカリはそう呟く。
緊張した様子こそ無かったものの、彼女の視線は鋭く細められていた。
比較対象が無いために測りづらいが、おおよそ10メートル弱程度の身長。
数字で言うとあまり大きく感じないかもしれないが、おおよそ3階建ての建物ほどの大きさがあるという事になる。
プレイヤー達の身長では相手の足首程度の高さまでしか届かず、その圧倒的な大きさの差が理解できるだろう。
けれど、そんなエネミーを前にして、ヒカリは一切躊躇する事はなかった。
「ライ、あたしたちの目標は右側の一体だ。一当てして、更に奥へと向かって誘導するぞ」
「了解……『来たれ、蒼穹の翼。天を駆け、地を撫でる風となり、敵を打ち砕く力をここに――《エアクラフト:ストライカー97》』」
詠唱と共に投げ放たれるグレネードは10個。
現在のライトが制御できる限界の攻撃魔法が、ヒカリの指定した巨人へと向けて放たれていた。
複雑な軌道を描き、包囲するように空を駆け抜けるライトの魔法。
対し、緑色の肌を持つ巨人は、獣の骨のような甲を装備した右腕を振るい、《エアクラフト》の内の3つを打ち落としていた。
ヒル・ジャイアントの豪腕が触れた瞬間、内蔵していたグレネードごと、あっさりと消し飛ばされてしまったのだ。
「……爆発が起きなかった?」
小さな、アマミツキの呟きが宙に溶ける。
しかしその続きが口に出される前に、残る《エアクラフト》がヒル・ジャイアントへと直撃していた。
高い位置からの攻撃に加え、最も高い威力を誇る《ストライカー97》による多段攻撃。
中型エネミーを屠り、大型エネミーすら瀕死に追い込むその攻撃を受け、しかし巨人は小揺るぎもしていなかった。
煙の中から現れるヒル・ジャイアントに、攻撃に怯んだような様子は全く無い。
その横に表示される三段重ねのHPバーも、目に見えるほどには減少していなかった。
「おいおい、マジか……こいつは、しんどい戦いになりそうだな」
殆どダメージを受けた様子の無い巨人の姿に、ライトは思わず頬を引き攣らせる。
ライトの魔法はあくまで飛行がメインであり、あまり高い攻撃力を有している訳ではなかったが、それでもここまでダメージが通らない事は予想外だったのだ。
しかし、確かに成果はあった。右側に立つ巨人の視線は、確かな敵愾心と共にライトの方へと向けられていたのだ。
ダメージは与えられなかったものの、とりあえずの目的は果たした。それを確認したライトは、高度を下げてアマミツキを地面に下ろしてから、再び空中へと飛び上がる。
「アマミツキ、ケージ達と合流しろ! 俺たちは、しばらくあいつを引き付ける!」
「了解しました、お気をつけて!」
「分かってるさ!」
頷き、笑みと共に宙を駆ける。
巨人は既に向かってきているのだ。一箇所に留まっていれば己が倒されるどころか、他のプレイヤー達にまで被害が及ぶ。
ライトは可能な限りの速度で飛行し、ヒル・ジャイアントを迂回するようにしながら誘導して行った。
ちらりと地上へ視線を向ければ、己の仲間達が指示通り向かってきている光景が目に入る。
それを確認しながら、ヒカリはライトへと向けて声をかけていた。
「ライ、気付いたか?」
「ああ、さっきアマミツキが呟かなかったら気付かなかったかもしれないが……あの拳か、装備かは分からないが、何か妙な能力があるみたいだな」
《ストライカー97》は、内部にグレネードを搭載した魔法だ。
当然、撃ち落とされれば中身が割れて爆発を起こす。魔法自体の威力はなくなってしまうものの、その効果が失われる事は無いはずなのだ。
しかしながら、先ほどヒル・ジャイアントに打ち落とされた攻撃は、爆発する様子も無く消滅してしまっていた。
それが果たして何を指しているのか、今のところ定かではなかったが――
「さて、どうする?」
「どうもこうも、決まってる」
くつくつと、ヒカリは笑う。強敵を目の前にして、爛々とその瞳を輝かせながら。
これまで溜まっていたフラストレーションを解放するかのように、ヒカリはただただ不敵に笑う。
「ようやく、あたしが力を発揮できる戦場だ。存分に、やってやろうじゃないか」
「ははは、それは確かにな」
日は昇っている。ヒカリのクラスである『紅焔術師』が力を発揮するには、絶好の時間帯であると言えるだろう。
しかしこれまでは、その力を存分に発揮する機会は存在しなかった。
ヒカリの有する火力は強力なものであるが故に、エネミーの体力を削るだけの攻撃には向かなかったのだ。
しかし今ならば、そんな遠慮をする必要も無い。
「さあ行くぞ、ライ」
「勿論だ、ヒカリ」
言葉は短く、二人は宙を翻る。
そして――このイベント最後の戦いの火蓋が、切って落とされたのだった。
今日の駄妹
「ああ、やっぱりレイド前提とまでは言いませんが、かなり強化ボスになってますねぇ……まあ、その分だけ兄さんの雄姿を見れると思っておきましょう」




