08:敗北を経て
「はい、大反省会を開催しまーす」
パーティが全滅し、全員がニアクロウの噴水前へと戻ってきた所で、据わった目のまま腰に手を当てて仁王立ちしたアンズがそう宣言した。
その言葉にびくりと肩を震わせたプリスは、沈んだ表情のままにその場へと正座する。
「……さて、今日の戦犯、プリスちゃん」
「いや、あの、戦犯って……」
「何か文句でも?」
「あ、ありません……」
淡々としたアンズの声音に気圧されたプリスは、反論の言葉を失って沈黙する。
その様子に苦笑し、ライトは復活した場所である噴水の縁へと腰掛けた。
精神的な疲れもあったのか、溜息を吐きながらケージもそれに続く。相変わらず元気なのは、アンズとバリス程度だ。
ちなみにプリスは、そんなケージに助けを求めるかのような視線を向けてきていたが、生憎と彼は肩を竦めるだけであった。
「ねえプリス。これはゲームなんだから、仲間が倒れても大丈夫って言ったわよね? そこまで過剰反応しないって、あんたも言ったわよね?」
「……返す言葉もございません」
「まああんたも大概アレだし、簡単に治ると思ってた訳じゃないけどさ……アレだし」
「アレ!? アレって何!?」
「うっさい黙れ」
「はい……」
プリスの抗議を切り捨てるアンズに、周囲の空気が重苦しく変化して行く。
次第に周囲も何事かと視線を向けるようになっていたが、生憎と彼女がそれを気にするような事はなかった。
ライトとケージは若干距離を開けつつ、他人の振りをしながら観察を続行する。
「まあそれがあんたの性質な訳だし、今更それをどうこうとは言わないわよ。それで助かってるのも事実なんだし。けどね、あんたは前衛なのよ、分かってる?」
「う、うん。私は前に出ないと戦えないし……」
「俺だってそうだぞ!」
「あんたは端っこの方であたりめでも食ってなさい」
何故あたりめなのだろうかと疑問符を浮かべつつも、ライトは観察を続ける。
バリスはアンズの剣幕に恐れをなしたのか、プリスのちょっと斜め後ろあたりに同じように正座をした。
大柄な男が並んだおかげか、周囲に向けられる奇異の目線は余計に増える。
が、生憎とアンズがそれを気にする様子は全く無かった。彼女は嘆息を零しつつ、言葉を続ける。
「あのね、プリス。あんたがソロプレイやってるんだったら、別に一人で特攻しようが何だろうが別に責めはしないわよ。私が言ってるのはね、前衛ってのは後衛が安心して戦うための砦だって事よ」
「あ……」
アンズの言葉に、プリスは目を見開いて硬直する。
彼女は直情型の性格ではあるが、決して頭は悪くない。アンズの一言で、彼女が何を言いたいのかを察したのだ。
けれどアンズは言葉を止めるような事は無く、嘆息交じりに声を上げる。
「確かに、あんたが怒る気持ちだって分かるわよ。けどね、それで特攻してやられてたら、私たちじゃもうどうしようもないのよ?」
「あ、ぅ……ごめん、ごめんなさい、皆」
「あんたが生き残る事だって、私達を護る事なの。忘れないでよ、プリス」
「うん……ありがとう、アンズちゃん」
それを意識のすり替えと呼ぶべきか、真っ当な説得と呼ぶべきかは、ライトには分からなかった。
しかし、付き合いの長くは無いライトにも、プリスの持つ特殊な信念らしきものは若干ながら理解できていた。
護りたいと、彼女は純粋にそう思っているが故に、護れない事が許せなかったのだ。
何故彼女が必死にそれを貫こうとするのか、ライトもそこまで踏み込む気は無かったが。
「……さて、話はいいか?」
「ええ。ついでに、ここを離れましょうか」
無駄に目立っているのは確かであるため、そろそろ視線も鬱陶しくなってきたのだろう。
そんなアンズの言葉に、ケージは苦笑しながらも首肯する。
ただでさえ目立っているのだ。こんな場所で、未確認のボスの話をするべきではないだろう。
「じゃあ、ちょっと離れて話をするとしようか」
「そうね。今後の事も含めて……ほらあんた達、立ちなさい。さっさと行くわよ」
「うーい、了解」
ともあれ、視線から逃れるようにその場から立ち去り、五人は適当に通りを進んでゆく。
相変わらず人の数は多く、プレイ開始からあまり時間は経っていないが、それでも十分な人数がこのゲームに参加している事が伺えた。
様々な見せに駆け寄る者も、プレイヤー同士で話をする者も、皆一様にこの新たなゲームを楽しんでいる。
そんな中で、ケージは軽く周囲へと注意を配りながら声を上げた。
「ある程度の戦闘パターンを見た結論としては、あのトカゲは距離を置けば置くほど不利になると思う」
「確かに、距離が開いてる時に使ってきたコンボの方が凶悪だったしな」
ダイビングプレスからの尻尾攻撃、或いは二種類のブレス。
どちらも、そういう動きをすると分かっていなければ躱す事は難しく、フルで喰らってしまえば前衛であっても即死しかねない火力を持っている。
「逆に、距離が近い時にはブレスも使ってこないし、主な攻撃は引っかきと噛み付き、後はショートタックルぐらいだ。まあ、噛み付きはまともに喰らうと危険だが……」
あのドラゴンの放つ噛み付き攻撃は、大きくダメージを食らった上に強制的に距離を離されてしまう。
しかし逆に言えば、気をつけるべきはその攻撃だけであると言う事。
ショートタックルも多少は距離を離されてしまうが、予備動作が大きいため躱す事は難しくない。
「つまり戦術としては、前衛がヘイトを稼ぎつつ後衛がダメージを稼ぐ感じ?」
「まあ、基本と言えば基本だが、それが一番効果的だろうな」
「成程なぁ」
アンズの言葉に、ケージは同意する。基本的である分効率的なのは事実だろう。
前衛の二人に関しては、耐久楯と言うよりは回避楯の印象が強い。
だが、圧倒的にレベルが上の相手に対しては、その方が効率的であるのは確かだ。
「が、今の俺たちではあいつに勝つのは無理だ」
「そうか? 今の方法なら意外と行けそうじゃねぇの?」
ケージの言葉に対し、バリスは首をかしげながらそう口にする。
確かに、不可能ではないだろう。攻撃を躱し、後衛から攻撃を続ける。
その戦術が崩れない限りは、戦い続ける事が可能な筈だ。
が、ケージは首を横に振る。
「こちらの火力が足りなすぎる。こちらのメインの火力はプリスとライトだ。二人の攻撃であれだけしかダメージを与えられないのであれば、倒しきる前にこっちがバテてしまう」
「まあ、そうだな……」
「格上の相手だし、武器の消耗も激しいしね」
ケージの言葉に、ライトとプリスは同意する。
現状、攻撃した時の手応えはあまりにも少なすぎた。
あの程度の火力では、倒しきる前に集中力を切らせてしまうだろう。
そうなれば、先ほどの二の舞だ。
相手は名前の識別すら不可能なレベルで格上の存在。このタイミングで挑む事自体が間違いであると言える。
故に――
「つまり俺たちのすべき事は――レベル上げだ」
ケージは、楽しそうな笑みでそう口にしていた。
* * * * *
「ぃよっし! これで届いた!」
「あはは、嬉しそうだね、ケージ君」
西の森の奥地、多くのリザードマン系列のエネミーが出現する地帯にて、一向はレベル上げを行っていた。
今日のログイン可能時間の許す限り、この場所でレベルを上げ、翌日改めてボスに挑む事で意見が一致している。
そうして集中して敵と戦う中で、一向はついに、サブクラス開放条件であるレベル10へと到達していた。
それを誰よりも喜んだのは、ここまで戦闘に参加する事ができなかったケージだ。
「とりあえず、敵の探索は一旦中止。皆、サブクラスを選択してくれ」
「はいはーい」
とは言え、全員悩むまでも無く決まっているようなものだ。
全員、よどみのない手つきでウィンドウを操作して行く。
ライトが選ぶのはアルケミスト。フライトで飛行しながらの戦闘を可能にするため、生産職の前提とも呼べるこのクラスを取得する。
彼は迷う事無く、レベル10到達時のボーナススキルポイント3点を用い、アクティブスキル《生産:グレネード》と、パッシブスキル《グレネード強化》、そして一般のアクティブスキル《投擲》を取得した。
プリスが選ぶのはサムライ。刀を使って戦う、戦士系のクラス。攻撃力はトップクラスだが、防御力はそれ程高くは無い。
彼女が取得したスキルは、まずは《剛の剣士》。これはステータスに補正をかけるパッシブスキルであり、STRにプラス効果、VITにマイナス効果が付く。レベルが上がるほどその割合も大きくなるため、ある程度のところで抑えるべきものだろう。
次に《闘氣解放》。これは一定時間自分のステータスにブーストをかけるアクティブスキルだ。これも熟練度が上がるほど、上昇率や効果時間が延びてゆく。
そして最後の一つが《疾風の刃》。これはプリスにしては珍しい技系のアクティブスキルであり、振るった剣からカマイタチを飛ばす技だった。あまり飛距離は無く、距離が開くほどダメージが下がるが、珍しい遠距離用の剣技である。
アンズが選ぶのはミコ。その名の通りの巫女さんである。補助系特化のサブクラスであり、そして少々特殊なスキルを使用するクラスであった。
彼女が取得したスキルはまず《禊》。これは《サンクチュアリ》と対応するスキルであり、同時に使用すると効果が増大する。
次に《神楽舞》。これは《メモリーアーツ:回復》と《メモリーアーツ:補助》に対応するスキルだ。こちらも同時に使用すると、効果の強化および全体化を行う事ができる。
そしてもう一つが《神域の衣》。バッドステータスの発生を抑えるパッシブスキルであり、中々便利なスキルであった。ただし、それぞれ個別に耐性を作るスキルには及ばなかったが。
ミコのクラスのスキルはどれも強力であるが、一つ欠点として、詠唱や動作が非常に長いと言う点が上げられる。いかにして使い手を護るのかが重要となるだろう。
バリスが選んだのはモンク。格闘家のクラスであり、武器を用いずに戦う超接近戦職だ。
彼が取得したスキルはまず《マッスルボディ》。何とも言いがたい名称だが、STRがコンスタントに上昇するパッシブスキルだ。割合で上昇するため、ステータスが伸びるほど効果も高まる。防御力はVITとSTRに依存しているため、防御もしっかり上昇するのだ。
次に《コンバットスロー》。相手を掴んで投げるという、見た目によっては豪快なアクティブスキルである。これは《パリィ》との連携が可能であり、受け流してからの投げと言う鮮やかな動きを見ることが出来る。
そしてもう一つが、《ソウルバースト》。一時的にステータスを上昇させる代わりに、上半身と鎧の装備が自動的に解除されると言うネタスキルであった。使うと上半身裸になると言えば分かりやすいだろう。
そして、ケージが選んだのは――
「……メイジなのに、レンジャー?」
弓使いのクラスである、レンジャーだった。
このクラスは本来ならばスカウトと組み合わせるのが一般的であり、間違ってもメイジと組み合わせるようなクラスではない。
一体どのような意図を以ってそんなクラスを選んだのか、ライトは思わず疑問符を浮かべていた。
そんな彼の表情に、ケージはにやりとした笑みを浮かべる。
「言っただろう。俺は隠しクラス目当てなんだ」
「この組み合わせが隠しクラスになるのか? まあ、スキルを見れば何がやりたいのかは何となく分かるけど」
ケージの取得したスキルは、《トラップ設置》、《トラップ強化》、《リサイクル》、《隠蔽》、《スイッチング》だった。
見れば分かるとおり、トラップを設置して戦う事を意識した構成となっている。
《リサイクル》は矢玉やトラップ類の材料に使用したアイテムを回収するスキルである。
そして《スイッチング》は、仕掛けたトラップに発動条件を追加できるスキルであり、その徹底振りが伺えるだろう。
ちなみにこれまで溜めていたポイントはほぼ全て《トラップ強化》に注ぎ込んでおり、すぐにでもレベルをMAXに出来そうな勢いであった。
「……けど、これがやりたいならなんで今までメイジなんかを? 普通にスカウトでいいんじゃないのか?」
「ふむ、じゃあちょっと実演して見せるか。とりあえずショートカット設定するからちょっと待っててくれ」
言って、ケージはウィンドウを操作し始める。
程なくしてそれは終了し、ケージはバリスの足元へと視線を向けながら声を上げた。
「《トラップ設置》――『マジックロープ』!」
その声と共に、バリスの目の前の足元が一瞬光を放つ。
グリーンに輝いたそれは、ケージが取得しているスキルの一つである《マジックサークル》であった。
その光はすぐに消え去り、変わらない地面が現れる。
「よし。バリス、ちょっと踏んで見ろ」
「おいおい、大丈夫なんだろうな?」
「ダメージ系のトラップじゃない、安心しろ」
「お、おう。それじゃあ……どりゃ、ぁうおおっ!?」
ケージに促されたバリスが魔法陣の消えた地面を踏んだ瞬間――その地面より、いくつかのロープが蛇のようにうねりながら姿を現した。
それは瞬く間にバリスを取り囲むと、抵抗の暇すら与えずにその身体を簀巻きにする。
片端は地面に生えたままであり、バリスはその場から身動きが取れなくなってしまっていた。
「お、おお……こりゃすげぇ。まるでダンジョンにあるトラップみてぇじゃんか」
「《マジックサークル》で魔方陣を設置、そこに《スイッチング》を噛ませて《トラップ設置》を行う。そしてそこに《隠蔽》をかけて出来あがりって訳だ。面白い構成だろ?」
「目論見通りって訳ね。楽しそうじゃない、ケージ」
「ははは、まあな。で、再利用可能なアイテムを使用してるなら――《リサイクル》」
上機嫌なケージが再びスキルを使用すれば、バリスを縛っていたロープは消え、それを構成していたアイテムはケージのインベントリに収納される。
一見無駄にしか思えなかった構成であったが、《観察眼》や《視力強化》も《トラップ設置》のためのフォーカスに使用している。
つまり彼の行ったキャラクター構成は、非常に無駄の無いものだったのだ。
少なくとも初見ではまず発見できないであろうスキル構成と、結局の所あまり実用的ではないと思われるそれに、ライトは思わず苦笑する。
要するに、ロマンと言う事だろう。彼もまた、人の事は言えない。
「で、これを続けていると隠しクラスが出ると」
「ま、そういう事だ。まあ、多数のスキルを組み合わせて使用してるから、MP消費が激しいのが難点だけどな」
ケージはINTとDEXをメインに育てているためMPのステータスの伸びはいいが、これだけのスキルを同時に使えばそれだけMPも消耗してしまう。
その分全てのスキルの熟練度が上がるのは事実なのだが。
自分のステータスを確認したケージは、満足げに息を吐いてから、改めてライトの方へと向き直った。
「とりあえず、これで第一目標はクリアか……ライト、どうする?」
「……一応、約束はここまでだったか」
「ああ。俺たちは明日ボスに挑むつもりで、今日は時間の許す限りレベル上げをするつもりだ。抜けたいと言うなら、別に構わない。約束だったしな」
「おいおい……」
ケージの言葉に、ライトは小さく苦笑を零す。
確かに、そう約束していたのは事実だ。しかし――
「まあ、いつまでも世話になるつもりが無いのも確かだけど、乗りかかった船だろ。せめて、あのトカゲを倒すまでは協力させてくれ」
「……ああ、感謝する」
「おっけー、じゃあ今日は限界までレベル上げとしゃれ込みますか」
「うっし、稼ぐぜー、稼ぐぜー」
「うん、頑張りましょう!」
一時的なパーティであるのは確かだが、この空気も嫌いではない――そう胸中でつぶやいて、ライトは小さく笑みを浮かべる。
そうして、《Blade Blaze Online》サービス開始の一日は過ぎていくのだった。
今日の駄妹
「……はっ、兄さんを探すんでした! ……でももうちょっとで全部読み終わるから読んで行きましょう。お役立ち知識満載です」