82:太陽の輝き
空を飛行する影が、背後に多くのエネミーを引き連れてフェルゲイト南の門へと帰還する。
地上のエネミーたちから放たれる攻撃を、見もせずに軽々と回避するその姿に、集まったプレイヤーたちからは僅かなどよめきが上がっていた。
飛行魔法の操作は直感的に行えるものの、意志の伝達までに若干のタイムラグがある事で知られている。
元々、人間は空を飛ぶ生き物ではないのだ。いくら意志に直結して操作できるとは言え、自由自在と呼べるレベルで操るにはそれなりの訓練が必要だ。
しかし、《飛行魔法強化》が無ければ高度・速度共にあまり優秀ではなく、更に数々のデメリットも存在している。
そのため、熟練と呼べるレベルで飛行魔法を操る事の出来るプレイヤーは、ライト以外には存在しなかったのだ。
(まあ、《フォールスカイ》のおかげって部分もある訳だが……それを知る由も無い、ってか)
エネミーたちが《プロヴォック》の射程圏内に入った事を確認すると、ライトはすぐさま飛行魔法を加速させ、エネミーたちを振り切るようにヒカリの許へと向かっていた。
エネミーを運ぶ事には成功した。残る仕事は、そのエネミーたちを効率的に狩る事だけだ。
エネミーの中にはイベントによって発生したもの以外のエネミーも存在している。
そういったイレギュラーな存在を相手にすれば、戦闘のバランスが崩れる事も十分に考えられるのだ。
「と言うわけで、作戦続行だな?」
「にはは! おうとも。それじゃあたしも、派手にデビューといってみようか!」
ヒカリを背負い、ライトは上空へと駆け上がる。
既に前線部隊の《プロヴォック》は発動しているため、ヘイトが向かっている先はライトではない。
その為、安心して彼らの上空へと向かう事が出来た。
戦法は変わらず、遠距離攻撃によって体力を削り、近接部隊がトドメを刺す形だ。
しかし、遠方から連れて来た通常エネミーはやはりHPが多く、あまり体力を削れていない状態であった。
「分かっていたとは言え、ちょっと面倒な弊害だな」
「ま、それを何とかするのがあたしたち主催者の役目だってね。んじゃ、行くとしようか」
片手持ちのワンドを掲げ、ヒカリは不敵に笑みを浮かべる。
そうして発動するのは、『紅焔術師』となって取得した新たなスキルだ。
ただし、攻撃魔法ではない。紅焔術師の持つ攻撃魔法は、全てが高い威力およびヘイト収集能力を持っている。
その為、この場で発動してしまえば、前衛部隊の使用した《プロヴォック》の意味がなくなってしまうのだ。
尤も、それはエネミーがヒカリの攻撃魔法に耐えられればの話ではあるが。
「アイテム収集は参加者への報酬でもあるんだし、それを邪魔する訳にもいかんしな。とゆー事で――」
故に、使用するのは《メモリーアーツ:紅焔》ではない。
広範囲のプレイヤーへと掛ける事の出来るバフスキルだ。
「さあ行くぞ、《サンライト:ヒールマインド》!」
その宣言と同時に、ヒカリの掲げるワンドの先端に眩い光が発生していた。
その光からは細かな燐光が火花のように舞い散り、周囲へと向けて拡散してゆく。
光の拡散する範囲は地上にいるプレイヤー達全体に及び、その効果を即座に発揮していた。
《サンライト》は、非常に広い範囲のプレイヤーに効果を発揮するバフスキルだ。
複数のステータスの中から一つを選択して発動し、拡散する光を浴びている間、そのステータスを強化・或いは回復する事が出来るのだ。
そして今回、ヒカリが選択したのはMP。即ち、現状ではMPの回復スキルとして効果を発揮していた。
「はは、驚いてる驚いてる」
「にはは、そりゃあ驚くさ。MPの回復スキルは本当に貴重だし」
MPは元々、回復手段の少ないステータスである。
スキルでの回復の場合、上級職スキルで存在が確認されたMP吸収スキル《マインドアブソーブ》や、MP分配スキル《マナトランスファー》程度のものだ。
しかし、それらは一人を対象とするスキルであり、複数名を対象とするスキルは存在しなかった。
対し、ヒカリの使用した《サンライト:ヒールマインド》は、単位時間辺りの回復量が少ないリジェネレーションスキルではあるが、非常に広い範囲で効果を発揮するスキルとなっている。
更に、これを発動している間ヒカリは他のスキルを使用できないものの、ヒカリが発動し続けている限り効果を発揮するのだ。
長い時間で効果を見てみた場合、決して馬鹿に出来る回復量ではなくなるだろう。
「んー、もうちょっと熟練度が高ければ効果もでかいんだがなぁ」
「その時には、総MP量が多くなってるって事だろうさ。回復の割合的には大して変わらないんじゃないか?」
「ま、そんなもんか」
現在戦闘中のプレイヤー達にとっては焼け石に水程度の回復量ではあるが、この作戦では順番に休みながら戦う事となる。
当然、休んでいるプレイヤー達は自身の回復に努めており、そういったプレイヤー達にとっては回復量の少ないスキルであろうともありがたいものとなる。
そしてそんな彼らは、ライトやヒカリの操るスキルの異常性について、ついに確信を持ち始めていた。
『兄さん、姉さん。参加者の人たちからスキルについての質問が飛んできてますよ』
「予想通りだな。イベント後に回答するって事でいいんだろう?」
『はい。今すぐ騒動にしても邪魔になるだけですしね。今は作戦に集中するよう、それぞれの隊長に声をかけさせています』
「うむ、いい仕事だ。アマミツキ、苦労をかけるがもうしばらく頼むぞ」
『了解です。それでは引き続き、姉さんは回復を続けて下さい。ライダーさんが戻ってくるまで待機です』
現在の所、ダンクルトが再びエネミーを集めに出かけている。
ただし、これは様子見の面も持っている作戦だ。
時間経過と共に、イベントで発生した亜人種エネミーの質も変化してきている。
徐々に上位種が増え、手強い相手になりつつあるのだ。
遠距離攻撃部隊にも、何割かのメンバーには詠唱魔法を指示しており、以前よりも高い火力で攻撃を行うようになっていた。
「徐々に強化されつつある……ヒカリ、このイベントの終わり方は宣言されてたか?」
「確か、終盤にボスが出現して、そいつを倒したら終了だったと思うぞ」
「ボスか。となると、出現は時間経過か?」
「んー、そうとも限らないと思うぞ。エネミーの上位種が混じり始めたのも、特に時間経過とは関係なかったみたいだし。予想でしかないが、あたしは撃破数が関係してるんじゃないかと思ってる」
「撃破数ね……確かに、それもありそうな話ではあるな」
現状、判断材料が少ないために断言は出来ないが、決してありえない話ではない。
効率よくエネミーを倒せば倒すほど上位のエネミーが出現し、いずれはボスへと到達する。
一番奥にボスという存在がスタックされており、そこに到達するまでエネミーをポップし続けるイベントと考えれば辻褄も合うだろう。
即ち――
「もしも、エネミーのスタックがそれぞれの門ごとに設定されていて、最も効率よくエネミーを倒し続けた所にボスが出現するとしたら?」
「希望的観測ではあるけど、その方が面白くはあるな」
「にはは、だろ?」
確証の無い言葉を信じきって行動する訳には行かないが、考えるだけならば害はない。
元より、どちらにした所でやる事は変わらないのだ。
あえて言うならば、『勝負』の結果が分かりやすくなるという程度だろう。
だが――求めるだけの価値は、あるはずだ。
「アマミツキ、同盟の名簿をチェックしてくれ」
『はい? 姉さん、どういう事ですか?』
「更なる効率化をしようって事だ。使用魔法属性、および補助スキルについては記載して貰っていたな? ちょっとそのデータをこっちに送って欲しい」
『はあ……まあ、分かりました』
要領を得ない様子で、アマミツキにしては珍しく生返事で言葉を返す。
姉が何かをやらかそうとしている事は雰囲気で察していたが、その正確な内容までは流石に把握していない。
若干の期待も込めてアマミツキが送ってきた資料の中には、プレイヤー達のレベルやクラス、基本戦術などが記録されていた。
小隊ごとに分けられているその情報に、ヒカリは小さく笑みを浮かべる。
「良く纏められてる。いい情報だな」
『ありがとうございます。でも、それで何をするつもりですか?』
「更なる効率化を図ろうっていうだけだ。今のままだと、ボスは『シルバーレギオン』に掻っ攫われそうだからな」
現状でもヒカリの予想した以上の戦果を上げられてはいるものの、それはエネミーの強さに関する問題であるため、条件は『シルバーレギオン』と変わらない。
もしも彼らがアイテム供給なども含めた物量作戦に出ていたら勝ち目は無いが、採算が合わない事が容易に想像できるため、あまり現実的な作戦であるとはいえない。
そして物量作戦に出ていないのであれば、ある程度は勝ち目があるとヒカリは考えていた。
その為には――
「良し、アマミツキ。これから特定のプレイヤーを指定して、フォーカス攻撃をしてもらうようにする」
『無差別爆撃ではなく、特定の敵を狙って攻撃すると?』
「ああ。上位種が混ざってる場合、どうしても程よく敵のHPを削れないからな。だったら、ある程度ある奴は狙いを定めて削っておくって事だ」
『ふむ……しかし、そう狙ったように削れますかね?』
「あたしを誰だと思ってる? 魔法攻撃の火力についてなら、どの程度出るかなんて簡単に分かるさ」
『成程、それもそうでしたね』
左手にワンドを持ち、右手でウィンドウを操作しながら名簿資料に手を加えていく。
目的はエネミーの体力を程よく減らすのにちょうどいいメンバーを調べ、そこにチェックを入れているのだ。
現在の配置と、習得しているスキルの種類。そして、彼らがどの程度の火力を発揮する事ができるのか。
基礎火力をひたすらに上げてきたヒカリだからこそ、それを用意に把握する事ができるのだ。
「うむ、こんなもんかな。アマミツキ、この通りに各小隊へ通達してくれ。これで多少は回転率を上げられるはずだ」
『相変わらず、色々と無茶な事をしますね……まあ、了解です』
若干の呆れも交えつつ、アマミツキはそう答える。
この混戦の中で一部の人員にのみ特定の命令を告げる事は難しいが、成功すれば今以上の戦果を挙げる事ができる。
現状で取る事の出来る数少ない作戦に、難しいとは感じながらもアマミツキは乗り気であった。
それぐらいで無ければ面白くない、と。
「ま、ライたちが追加で連れて来たようなエネミーに関しては、流石にイレギュラーすぎて対応しきるのは難しいけどな」
「それに関しては勘弁してくれ。俺達が何とかすべき課題だしな。辿り着くまでに、ある程度減らしておくべきだろう」
「無理をする必要は無いと思うけどな。この陣だけでも十分に戦果は挙げられてるんだし」
最悪、この場からライトが攻撃すれば済む話だ。
ライトの攻撃は手加減が利きづらいものの、高度を変えればある程度威力を制御する事ができる。
その辺りの検証も、偏にアマミツキの趣味で行われていたのだ。
若干HPを残して削る事も、グレネード無しの《エアクラフト》を使えば可能だろう。
「ん……俺が連れて来た分は掃けたみたいだな」
「となると、またしばらくは安定しそうだな。にはは、ゆきねも満足そうだぞ」
双眼鏡で地上の様子を覗き見ていたヒカリは、愉快そうにそう声を上げる。
地上で戦っていた者達も、満足できるだけの戦闘を行う事ができたようであった。
アマミツキから陣の交代を告げられ、後ろへと下がっていく彼らを見送りながら、ライトは小さく呟く。
「そろそろ後半戦、か」
「だな。まずはダンクルトが帰ってくるのを待つとしようか」
対するヒカリの言葉の中にも、僅かに不敵な色が混じる。
未だに行き先の分からない混迷した戦場。しかし、確かに前進していると、二人はそう確信していたのだ。
果たして、あと何度エネミーの引き寄せを行う事ができるか。
『シルバーレギオン』よりも高い成績を叩き出し、ボスを撃破する事ができるのか。
分の悪い勝負であるとは分かっているが――
「楽しいなぁ、ライ」
「ああ、楽しいさ、ヒカリ」
二人は笑う。自分達で作り上げている戦場が、愉快でたまらないと言うかのように。
こうして進んでいく戦場を見下ろす事が、何よりの楽しみであると言うかのように。
――イベントは、佳境を迎えようとしていた。
今日の駄妹
「流石姉さん、やる事が派手ですね。これはイベント後に大炎上しますよ。兄さんも一緒に注目されるでしょうし、もう色々と興奮しますね、色々と」




