81:回転する戦場
銀色に輝く軌跡が、絶え間なく描かれ続ける。
それを振るうのは、数多くのエネミーを一刀の下に斬り捨てているプリスであった。
バリスが《プロヴォック》を行い、引き寄せられてきたエネミーを、彼女は当たるが幸いと言わんばかりに斬り裂いてゆく。
その動きには、一切の跡切れが存在しない。太極拳を高速化したと表現すれば想像しやすくなるだろう、より高度に効率化された彼女の剣戟は、滑らかに繋がり続けるよう先を読みながら振るわれている。
そして、効率化されつつも若干混戦とならざるを得ない前線の中で、彼女は他者に対する気配りが出来る程度に余裕を保っていた。
「大丈夫、旬菜ちゃん?」
「お、おー」
プリスの隣に立っているのは、同じく前線部隊として前に出てきていた旬菜であった。
彼女は一応、バリスと共に前線部隊として戦場に出ていたのだが、作戦の開始と共に彼は前線を離れてしまったのだ。
結果的にエネミーがあまり近寄ってこなくなり、手持ち無沙汰になってしまっていた。
そこに声をかけてきたのが、他でもないプリスだったのである。
「こっちも適度に倒してますから、気にしないでやっちゃって下さいね」
「ぉー……流石のワタシも申し訳ない気分」
プリスは、寄ってきたエネミーの半数を一撃で倒し、後の半数は足を斬るなどして動きを止めた後に旬菜へと明け渡していた。
比較的図太い神経を持っている旬菜ではあったが、こうあからさまな寄生状態は気が引けたのか、申し訳なさそうな微妙な表情のまま、倒れたエネミーにトドメを刺していた。
現在出現しているエネミーは、全て現在のプリスにとってはレベルの低い相手となる。
即ち、『天秤剣士』のクラスを持つ彼女にとっては、ステータスが低下してしまう相手に他ならない。
けれど、それでも尚、プリスはあらゆるエネミーを一撃の下に戦闘不能へと追いやっていた。
元々、遠距離攻撃地帯を抜けて体力が半分以下まで減っているエネミーばかりなのだ。
そしてステータスが落ちたと言っても、装備している武器の性能まで落ちるわけではなく、倒す分にはそれほど苦労しなかったのである。
「あまり気にしないで下さい。こうして効率よく戦えるのも、『碧落の光』の皆さんのおかげですから。少しぐらいお返ししないと」
「……巫女さん、この人いつもこんなん?」
「ええ、言いたい事は分かるわ。大体その通りよ」
支援要員として前線に立っているアンズは、旬菜の問いかけに対して深々と嘆息を零す。
プリスの人が良すぎる性格に対しては、色々と言いたい事があるのだろう。
しかし、そんな彼女の顔に浮かんでいるのは、どこか苦笑にも似た笑みであった。
「ま、その子がそういう行動に出るのは、身内だと判断した相手だけよ。この子、どうやらそっちのギルドの面々の事、随分と気に入ってるみたいね」
「ほー……ま、無差別にやってないならいっか」
「そうそう、こっちも楽に素材回収できてる訳だしね」
「いや、あんたはちょっと遠慮するぐらいがちょうどいいんじゃないですか?」
ただし、嬉々としてアイテムを回収するゆきねの言葉に対しては、アンズも半眼を向けていたが。
現在、ゆきねはサポート要員兼アイテム回収要員として前線に出てきていた。
ゆきねのクラスは完全に生産特化であり、ゴーレムを使わなければ戦闘などほぼ行えない。
しかもエネミーを倒すより生産を行っていた方が経験値が入るため、下手をすればイベントに参加しない方が経験値効率がいいという状態であった。
しかし、ゆきねはあえて前線に出てきている。それも全ては、あるテストをする為であると豪語していたが――
「だって、ボクはアイテム回収ぐらいしかする事がないからね。アレを使ってみるにも、こんな雑魚相手じゃ勿体無いし」
「だから、アレって一体何なんですか? 勿体ぶるだけで使ってないし」
「ふっふっふ、知りたい? それはね――」
「おい、お喋り組、そろそろ後退だ。後ろのが《プロヴォック》を使用次第後退するぞ」
得意げに声を上げようとしたゆきねであったが、バリスからの声に肩を竦め、小さく笑う。
果たして、最初から言うつもりがあったのかどうかは謎であった。
「さて、隊長殿は忙しそうだしね。そろそろ――」
『前衛部隊、交代しつつ《プロヴォック》を発動。引き寄せたエネミーが接近してきている。十分に留意せよ』
「お?」
響き渡ったヒカリの言葉に、旬菜はぴくりと反応して顔を上げる。
若干背伸びをしながら見つめた遠方からは、小さな黒い影が接近しつつあった。
砂煙を上げながら走るそれは、言わずもがなダンクルトである。
魔動バイクで地を駆け抜ける彼は、数多くのエネミーを引き連れながら陣の方へと接近してきていた。
そちらへと向け、旬菜はチャットを開きつつ手を振って声を上げる。
「おー、ダンお帰りー」
『応よ! 見ろこの戦果! 俺凄くね!?』
「あはははは、そうだね、やったじゃないか。でも、出来ればもう少し早く戻ってきて欲しかったね」
後退しながら、ゆきねは半眼で乾いた笑みを浮かべる。
残念ながら、このタイミングで戻ってきたとしても、旬菜たちが戦闘を行う事はできない。
前衛部隊は三つの隊列に分かれており、絶えず《プロヴォック》が使用できるように調整されている。
つまり、《プロヴォック》の掛かった敵が殲滅され次第、次の列に交代しなければならないのだ。
現状、旬菜たちが前に出て戦うタイミングは終了した直後であり、ダンクルトが連れて来たエネミーと戦うのはこの次か、或いはその次の列までとなる。
どうした所で、旬菜たちがそのエネミーたちと戦う事は出来ないのだ。
「……次は、タイミング見るようにしようか。チャット飛ばすから」
『い、いやいや! 大丈夫大丈夫! 俺の後にライトが続くはずだから、お前らはそっち相手に出来るって!』
「ん、そっか。それならいいかな」
手に入れたスキルから考えても、ライトの連れて来るエネミーの数の方が圧倒的に多いと考えられる。
流石に、多すぎて戦線を崩壊させるような真似はしないだろうが、多少歯応えのある戦闘になる可能性は高い。
そしてその分、手に入るアイテムにも期待が出来るのだ。
主にそちらが目的であるゆきねは、イベント期間でレアドロップ率が上がっている現状に小さく笑みを浮かべる。
「しっかしまぁ、つくづく面白いね、ユニーククラスって」
ちらりと後方を――外壁の上に立つヒカリの姿を視界に収めて、ゆきねは小さく笑う。
ライトが帰ってきたならば、きっとヒカリの持つ魔法もお目見えする事になるだろう。それも、盛大に。
そんな瞬間が来る事を心待ちにしながら、ゆきねは旬菜に続いて前線から後退していた。
* * * * *
飛び交う矢や槍、そして追撃するように羽ばたく翼。
地上から放たれる対空攻撃や飛行エネミーの追撃を躱しながら、ライトは王都の門へと向かって飛行を続けていた。
エネミーの数も多く、本来パーティ規模で相手をしなければならないような規模であるため、流石のライトにもそこまでの余裕は無い。
もしも現在使っている飛行魔法が、以前と同じ《フライト》であったならば、既に撃墜されてしまっていた可能性もあるだろう。
しかし、そんな飛行の真っ只中でありながら、ライトは笑みを浮かべつつエネミーに対処していた。
「『来たれ、蒼穹の翼。天を駆け、天空を支配し、敵を斬り裂く蒼き刃となれ――《エアクラフト・ファイター96》』」
ライトの宣言と共に、周囲に蒼い風が集束する。
創り上げられる数は十個――現在ライトが同時運用できる《エアクラフト》系魔法の限界数だ。
蒼い風は集束すると共に、先端の鋭い二等辺三角形状の光へと姿を変える。
まるで鋭い刃のようなそれは、形を成すと共に、ライトの周囲を飛び回り始めていた。
――そこへ、一羽の鳥型エネミーがライトに攻撃を加えようと突進する。
「知能が低いエネミーは楽でいいな」
しかし、その攻撃に対し、ライトは避けるそぶりも見せずにそう呟いていた。
そしてその瞬間――飛び回っていた蒼い刃の内の一つが、エネミーへと向けて突撃していたのだ。
この《ファイター96》は、所謂『対空魔法』とでも呼ぶべきスキルである。
地上のエネミーを攻撃する事は出来ないが、空中戦においては無類の強さを発揮する。
この魔法は他の《エアクラフト》と違って完全なる自動操縦となっており、エネミーをロックする必要がない。
そのため、ライトは飛行に専念しながらエネミーの迎撃をする事が可能だった。
尤も、反応するのはエネミー本体のみであり、飛び道具を迎撃してくれるような機能はなかったが。
(まあそれでも、一部のエネミーを気にしなくて良くなるのはありがたいがな)
現状、ライトが気にするべきなのは地上から飛んでくる飛び道具のみだ。
それらは山なりの軌道を描くだけなので、基本的に上空へと動けば簡単に避けられてしまう。
数が多いため、それでも安心できる訳ではないが、空中での追撃があるよりは遥かにマシだ。
無論、この魔法も万能という訳ではない。
一つの《ファイター96》につき、攻撃できるのは三回までなのだ。
エネミーに対して三回突撃を行った時点で、《ファイター96》は消滅してしまう。
そのため、防御を薄くしない為には改めて詠唱を行い、数を補充しなければならないのだ。
無論、そのリスクを補って余りある便利な魔法であるため、ライトはそれを特に不満には思っていなかったが。
「飛行エネミーは……まあ、仕方ないか」
《ファイター96》によって撃ち落とされ、倒されてゆく飛行エネミーを見送り、ライトは小さく嘆息する。
自動的に迎撃してしまう以上、倒してしまうのは避けられないし、そもそも陣地まで連れて行ってしまっては邪魔になる。
ヒカリは一応飛行エネミーに対応するための作戦も考えてはいたが、現状飛行エネミーが攻撃してきていない以上、余計な要素を引き込む事は避けた方が無難だ。
故に、例え運べる数が減ってしまったとしても、倒し切った方が全体の為になるだろう。
そう判断して《ファイター96》を追加しつつ、ライトは陣にいるヒカリへと向けてチャットを飛ばしていた。
「こちらライト。エネミーの引き寄せに成功した。今から連れて行っても問題はないか?」
『こちらヒカリ。ああ、大丈夫だぞ。ダンクルトが連れて来た分は、お前が到着するまでには殲滅出来てる筈だ』
「了解。それじゃあ、今からそちらに向かう」
飛んできた矢を躱し、ライトは頷きながらチャットを切る。
元々自陣に近付くように飛んできていたため、到着するまでの距離はそれほど遠くはない。
突撃してきた飛行エネミーを《ファイター96》で迎撃しつつ、ライトは飛行速度を若干速めていた。
全速力で向かわないのは、エネミーたちを振り切ってしまうためである。
ある程度の距離までならば追いかけてくるものの、感知範囲を抜けてしまった場合、追跡を諦めてしまうのだ。
現在のライトが全速飛行を行った場合、エネミーたちを振り切ってしまう事も難しくはない。
その為、ある程度速度を抑える事が必要となってしまうのだ。
(足の遅いエネミーだっているしな。やっぱり、ある程度攻撃を避けながらじゃなけりゃ――うん?)
攻撃を回避し、或いは迎撃し、自陣へと向かおうとしたちょうどその時。
ライトはふと、視界の端に映った影に意識を奪われていた。
遥か彼方、薄っすらとしか見えないそれ。方角からすれば、門から真っ直ぐ南に言った場所だろうか。
「何だ? 人影……? だが、あの大きさは――」
比率からすればありえない大きさに、ライトは思わず首を傾げる――が、攻撃が向かってきている事に気付き、すぐさま回避行動を取っていた。
幸い、数は少なかったため難なく回避できたが、先ほどの方角から視線を外してしまう。
そして、もう一度同じ方角へと視線を向けたとき、既にその巨大な人影は消え去っていた。
「……何だったんだ、一体?」
確認する事もできず、ライトはただ眉根を寄せる。
現状、不確定な情報を告げる事も出来ず、ライトはただ釈然としない面持ちのまま自陣へと帰還して行ったのだった。
今日の駄妹
「ゆきねは流石に図太い性格をしていますね、私とは大違いです」




