80:大空の支配者
作戦開始から数分。作戦は、今のところ順調に進行していた。
順々に放たれる《プロヴォック》のおかげで、エネミーの群れは真っ直ぐと前衛達の方へ群がってきて、そこを魔法と矢の波状攻撃によって絨毯爆撃されている。
詠唱なしの魔法に切り替える事で威力は抑えられ、遠距離攻撃地帯で倒れるエネミーはかなり減少した。
そしてその分、接近戦まで持ち込んだ際のエネミーたちは2,3発程度の攻撃で倒れるまで体力を減らされているのだ。
たまに、遠距離攻撃のみで倒れてしまうエネミーも存在していたが、その程度の敵からでは大したアイテムは拾えないと言う事で、完全に放置されるようになっていた。
「ふむ……結構慣れてきたみたいだな」
「うむうむ、いい感じだぞ。この程度の数じゃ、どうって事もないみたいだな」
「所々問題は出てるが、まあ対処可能なレベルだったしな」
MPの回復やリキャストが間に合わなかった場合などもあったものの、それは一部で小規模に起こった問題であり、他のプレイヤーがいる限り大きな影響は出ない程度の話であった。
他はそれほど問題が起こる事もなく、順調に敵の殲滅が続いている。
余力を残した状態での戦いとなっており、陣の乱れも一切ない――ほぼ理想的な戦況であると言えた。
「これなら、エネミーの強さが一段階上になっても問題は無さそうだな」
「ふむ……そーだな、あたしもそうだと思う。亜人種エネミーはあんまり特殊な能力持って出てくる奴は少ないからな、このまま上位種にシフトしても対処できるだろう」
亜人種エネミーは、基本的に能力が大幅に変わるような事はない。
上位種になると、所有している武器やスキルが変わるだけで、現状の戦術に当てはまらなくなるような例は少ないのだ。
例え何かしらのイレギュラーが起こったとしても、個別に対処して潰せる程度の問題であり、戦況をひっくり返されるほどの話ではない。
――とどのつまりが、戦場は安定しつつあるという事であった。
「よし、これなら……ライ、一旦アマミツキの所へ。作戦を第二段階へ移行するぞ」
「了解。アマミツキ、監視地点の変更を」
『そろそろだと思って、もう完了させています。兄さん達は予定の地点へと移動して下さい』
「いい仕事だ」
小さく笑みを浮かべて頷き、ライトは一度後方へと戻っていた。
上空からの支援がなくなる事は各部隊へと通達されており、各部隊の護衛として配置された接近戦職業のプレイヤー達が戦闘準備を開始する。
そんな間にライト達が向かったのは、布陣している陣の右斜め後ろにある外壁の上――接近戦と遠距離攻撃の部隊の隙間から、戦場が見えるような位置となっていた。
そこに一度着陸したライトは、ヒカリをその場へと降ろし、飛行魔法を維持したまま隣に控える。
そして降り立ったヒカリの方は、インベントリから二つのアイテムを取り出していた。
彼女の手の中に現れたのは、メガホンと双眼鏡のような形状をしたアイテムだ。これはそのまま、拡声器とスコープの役割をするアイテムであり、この場から戦況を確かめ、指示を飛ばすには必要なものとなる。
ちなみに、これらもゆきねの開発したアイテムであった。
『――総員に通達! これより、第二次作戦に移行する! 作戦決行の後、数分後にエネミーの増量が予測される。決して準備を怠るな! 以上!』
この作戦については、あらかじめ連合全体に情報が通達されている。
その為、各員はその宣言に動揺する事無く、敵の軍勢へと備える事が出来ていた。
ヒカリの立てた作戦は単純だ。高い機動力を持つプレイヤーを使い、遠方の敵をトレインする事によってより多くの標的を呼び寄せ、通常戦闘よりも多くの戦果を上げようというものである。
ただし、当然ながらトレインする役のプレイヤーには大きな危険が伴う事になる。
多くのエネミーを相手に機動力を維持し、それらを味方の陣へと誘導できるだけの力を持つ者――それは、ごく限られた存在だけだった。
即ち――
『ライ、ダンクルト。任せたぞ!』
「ああ、分かっているさ」
『応よ! 任せとけって!』
――更なる飛行魔法を手に入れたライトと、魔動バイクという新たな移動手段を手に入れたダンクルトであった。
ゆきねが『創造技師』のクラスを手に入れた事によって、ある程度レベルの高いマジックアイテムの生産も可能になったのだ。
その内の一つが、現在ダンクルトが所有している魔動バイク【アンヴァル】であった。
正面から見えるのは光沢のあるガンメタルのボディと硬化水晶のフロントガラス、そして煌々と輝くマジックライト。
流線型のそれは風を切り、尚且つ搭乗者を護るように、前面を覆っていた。
また、前面のボディはタイヤを覆って保護した上で鋭く尖り、衝角としての役割も備えていた。
長身のダンクルトが乗ってもなお巨大に見える車体は、さながら一つの魔物のようですらある。
ちなみに、本来の形状はもっとシンプルであり、現在のこの姿はゆきねがカスタマイズを加えた結果であった。
そんなアイテムを呼び出し、若干騒ぎを起こしているダンクルトへと、ライトは小さく苦笑しながらチャットを飛ばしていた。
「当初の予定通り、そっちは西側を頼む。俺は東側をメインで行く」
『了解だ、気をつけろよ』
「こっちは慣れてるさ。それよりも、そっちの方こそ気をつけろよ」
『はっはっは、最悪でも【アンヴァル】だけは壊されないようにやるさ』
元々憧れていた部分もあるためか、ダンクルトの【アンヴァル】に対する執着は並みのものではない。
破損させぬ為ならば必死でやるだろうと判断し、ライトはくつくつと笑いながら宙へと浮かび上がっていた。
「では、行ってくる」
「おう。戦いの行く末はお前達にかかってるぞ、ライ。頑張って来い」
「期待に応えて見せるとしよう」
不敵に笑み、ライトは勢い良く空中へと駆け上がる。
マップを開きながら位置を確認、本陣との位置関係を確認しつつ、ライトは門から離れ飛び出していった。
同時、一つの魔法の詠唱を開始する。
「『来たれ、蒼穹の翼。天を駆け、全てを見通す第三の目となり、我らの敵を映し出せ――《エアクラフト:ゴーストリコン》』」
その宣言と共にライトの周囲には、蒼く輝く風が逆巻き、薄っすらと光る四つの三角形を創り上げていた。
《メモリーアーツ:蒼穹》の魔法は、あえて表現するならば『制空魔法』とでも呼ぶべきものである。
高度を保ち、相手の攻撃を回避しながら次々と爆撃を叩き込む。
そして、それを行うための補助魔法も、この魔法の中にはいくつか存在していた。
その一つが、索敵魔法《ゴーストリコン》である。
簡単に言えば無人カメラのような魔法であり、遠く離れた位置のエネミーを発見する事が出来るのだ。
尤も、これ自体に攻撃能力は無いため、攻撃するには別の魔法が必要となるのだが。
「続いて……『来たれ、蒼穹の翼。天を駆け、大空を制し、降り注ぐ焔にて打ち砕け――《エアクラフト:ボマー99》』」
続く詠唱にて、ライトは四つのグレネードを取り出し、それを投げ上げると共に新たな魔法を発動させていた。
先ほどオーガを相手に使用した《ストライカー97》と同様に、風がグレネードを包み込む形で発動したが、その攻撃方法は若干異なる。
あちらが地を這うように敵へと向かって突進し、直撃と共に爆破をするのに対し、《ボマー99》は爆弾を降り注がせるのだ。
簡単に言えば、前者が単体魔法で、後者が範囲魔法であると言った所だろう。
現在の所、同時に展開できる《エアクラフト》の数は十個が限界である。
習得した当初の熟練度では6つが限界であったため、今後も《メモリーアーツ:蒼穹》の熟練度が増えていけば、同時に操れる量も増加する事が予測されるだろう。
ともあれ、現在では十個が限界であるため、ライトはその内の八つを攻撃と索敵、そして残りのリソース二つを自らの護衛として運用するようにしていた。
攻撃と索敵を一対として、ライトは四つの方向へと向けて魔法を飛翔させる。
「さて、と――では、盛大に引っ張ってくるとするか」
《エアクラフト》系統の魔法が持つ大きな特性として、持続時間が非常に長いという点が上げられる。
《ゴーストリコン》の持続時間も数分間と長時間であり、また攻撃魔法系に至っては攻撃を行うまで消滅しない。
その分、敵をロックしなければ複数の《エアクラフト》を精密に制御する事は非常に難しいのだが。
ともあれ、その利点のおかげで、ライトは非常に広い範囲のエネミーを把握する事が可能であった。
「……ふむ」
飛行しながらマップウィンドウを開き、索敵したエネミーの動きを観察する。
発見できるエネミーの内の多くはイベントで特殊ポップした、門へと向かって進んでいくエネミーだ。
その種類は先ほどから何ら変化していないものの、徐々に上位種のエネミーが増えてきているように感じられる。
その事については一応ヒカリの方へと報告しながら、ライトは更に範囲を広げてエネミーの捜索を行っていた。
「ああ、やっぱりそうか。イベント時の特殊ポップとは別に、通常時のポップも存在してる。それに――」
マップに表示される赤い点の動きを見ながら、ライトは声を潜める。
別にこの場で誰かが聞いている筈もないのだが、あまり聞かれたくはない内容であったため、無意識にそうしていたのだ。
(エネミーはある一つの地点で突然ポップしている訳じゃない。それぞれ別々の地点でポップしてからある程度の塊になるまで集まり、その後移動を開始している。そして一つの大きな流れの中に混じって、門に向かってきている訳だ。となれば――)
小さく笑みを浮かべ、ライトは《エアクラフト》を操作する。
狙うのはより東側――大規模ギルド同盟の担当とされている地区のエネミーであった。
これこそがヒカリの狙いであり、クライストと暗黙の了解として協定を結んでいた作戦である。
担当地域外のエネミーを倒す事は禁止されているが、攻撃する事自体は禁止されていないのだ。
そもそもエネミーが勝手に自陣へと向かってくるこのイベントにおいて、トレインをする必要性はあまりない。
故にこそ、レオポルドと瑪瑙は気づかなかったのだ。
(ライバルの獲物を減らし、自らの獲物を増やす――リスクは大きいが、俺ならば気付かれずにやれる)
高い機動力を持ち、さらに完全なるアウトレンジ攻撃を持つライトだからこそ可能な芸当。
尤も、この上級職を得るまでは、接近しなければならないリスクが存在していたために、現状よりも難易度は高いはずだったのだ。
しかし、今ではより容易く、より効率的に作戦を遂行する事が出来る。
全ては、ヒカリに勝利を捧げる為――ライトに躊躇いなど、欠片として存在していなかった。
「低空より爆撃。こちらに注意を向かせる」
エネミーを倒してしまっては協定違反になる。
必要なのは、僅かにでもダメージを与える事でヘイトを稼ぎ、自分へとターゲットをとらせる事だ。
現状では弓を持ったエネミーも増え始めてきており、あまり多くのヘイトを稼ぐ事はリスクが大きかったが、それでも対処できる自身がライトにはあった。
《エアクラフト》の半数を東側へ、もう半数を自陣内の通常エネミーへと向かわせ、爆撃を行う。
大きなダメージではないが、攻撃を受けて反応したエネミーたちは、一斉にライトの方へと向けて移動を開始していた。
それを《ゴーストリコン》で確認しながら、ライトはマップ全体を確認する。
(あまり引き込みすぎても異変に気付かれる……あまり、バレるのは好ましくないしな。小出しに引き寄せる程度でいいだろう。後は通常エネミーを引きずり込むだけだ)
一度《ゴーストリコン》を解除し、再び先ほどと同じ組み合わせで魔法を詠唱しながら、ライトは周囲へと意識を研ぎ澄ませる。
この役目の性質上、どうした所で集まってきたエネミーたちから攻撃を受ける事となる。
もしも攻撃が命中してしまえば、以前と同じように飛行魔法は解除され、あっという間に死に戻りする事になるだろう。
地上まで降りてしまえば、《蒼穹の化身》の性質上、ライトは大幅に弱体化してしまうのだ。
ダンクルトのように元から高いステータスを持っていたならばまだしも、ライトでは成す術はないだろう。
(ま、向こうは他の地域のエネミーをどうにかするような仕事はない訳だがな)
ダンクルトの仕事は、あくまでも自陣内のエネミーを引き寄せる事だ。
『アクセルファイター』の加速・突進系スキルは魔動バイクによる攻撃にも適応されるため、広いフィールドは彼にとってホームグラウンドであると言っても過言ではないだろう。
そうしてエネミーを適当に轢き飛ばしながら注意を引くだけなので、ライトよりは危険度は低いだろう。
楽しんで戦闘を行っているであろう姿を思い浮かべ、ライトは苦笑しつつ待ち構える。
――エネミーの群れは、着実にライトの方へと向かってきていた。
今日の駄妹
「最早完全に別ゲーやってますね、兄さん」




