79:前哨戦
「良し、まずは上空支援だ。ライ、いつも通り頼むぞ。アマミツキ、お前はしばらく戦場を観察してくれ。あたしの配置が変わった時、確実な指示を出せるのはお前だけだ」
「了解。とりあえずは前哨戦って所か」
「まあ、兄さんは結構忙しいとは思いますが。とりあえず、作戦通りに行きましょう……姉さんの激励が効き過ぎて、少々浮き足立っているようですしね」
今にも飛び出していきそうな陣中の様子を見渡し、アマミツキは軽く肩を竦める。
そんな言葉にライトは苦笑を零しつつ、ヒカリを背負い、アマミツキを抱え上げて、そのまま陣の後方へと飛翔していた。
その姿を見てざわつく周囲を尻目に、ライトは背後にある外壁の上へとアマミツキを運ぶ。
指揮の仕事をする以上、全体を把握できる位置にいる事が望ましい。
それに最も適しているのは、全体を俯瞰する事が可能なライトであったが、生憎と指揮能力に関してはあまり自信があるとは言えなかった。
故に、最初はライトの背に乗るヒカリが、そして予定している作戦行動に出た後はアマミツキが、それを担当するのだ。
「さて……防御部隊、前へ! 第一陣、《プロヴォック》の発動準備! そして《プロヴォック》の効果発動を確認後、遠距離攻撃部隊の攻撃を開始する! 総員、戦闘準備!」
「よーし、聞こえたなお前ら! まずはタンク共からだ! 第一陣に割り振られた連中は前に出ろ!」
「遠距離攻撃部隊の皆さん、攻撃準備を整えて下さい。魔法発動には《ディレイスペル》の使用を推奨します……また、ない場合はこちらの指示があり次第詠唱を開始して下さい」
ヒカリの指令に従い、傾櫻とJadeがそれぞれの部隊を指揮し始める。
ヒカリと言えど、全ての部隊を同時に管理する事は難しい。
その為、各部隊の制御は、準大規模ギルドのギルドマスターたちに任せていたのだ。
Jadeは少々頼りなさげな様子ではあったものの、仮にも彼女は大人数のギルドを纏め上げている人物だ。
これだけの人数を前にしても、落ち着いた様子で周囲へと指示を飛ばしていた。
「よし……ライ、上がるぞ」
「おう。じゃ、まずは様子見がてら行ってくるとするか!」
頷き、ライトは地を蹴った。
《フォールスカイ》の発動と共に、自らの操る大気に包まれたライトは、凄まじい速さで上昇を開始する。
これまで使用していた《フライト》よりも更に素早く上空まで駆け上がったライトは、そのまま遠景に見えるエネミーの群れを観察し始める。
流石に距離があるため、エネミーデータの詳細までは確認できなかったが――
「こりゃまた、結構な数だな」
「ううむ、主に人型……亜人種エネミーか。ま、戦術に当てはめ易くて逆に助かるかな」
人間らしい動きをしてくれる相手ならば、それなりに行動は読みやすい。
特別進行速度が速いという訳でもないエネミーたちは、それだけ戦術に当てはめやすい相手であった。
とは言え、数はかなりのものである。まとめて相手にしなければ、それなりに苦戦する事となったであろう。
だが――
「いい餌だな。アマミツキ、聞こえるか」
『はい、聞こえてますよ兄さん。そちらの状況はどうですか?』
「敵の姿を確認した。そろそろ、地上でもある程度は確認できると思うが……おそらくゴブリン、オーク、トロウル、オーガの混成軍だ。後二分ほどで、敵の最前線が攻撃圏内に入る」
『了解しました。各隊に連絡します』
チャットを切り、ライトはじっと敵の軍勢を見据える。
エネミーたちはどうやら門以外を狙うつもりはないらしく、真っ直ぐと門へ向けて進んできている。
しかしその陣容は完全にバラバラで、軍としての体を成していない状態であった。
精々、ゴブリンが斥候扱いで前に出てきている程度であり、特に部隊編成などはないまま接近してきている。
「……今のところ、飛行エネミーの存在は無し、か」
「ずっと無いって言い切れる訳じゃないけど、この防衛線において相手が制空権を持ってるのは非常に危険だしな。あまり積極的には出してこないんじゃないのか?」
「まあ、基本的に侵入を邪魔するプレイヤーを優先的に攻撃するようにはされてるんだろうが……少し、拍子抜けではあるな。色々と試してみたかったんだが」
「にはは、それはそれで機会があるさ。さて……それじゃあそろそろ、行くとするか」
雑談をやめ、エネミーたちへと意識を集中させる。
単純に群れているだけの彼らは、陣を組んでいるプレイヤー達を確認しても、全く気にした様子もないまま向かってきている。
門への道を塞いでいるプレイヤーを優先的に狙っているのだろうと当たりをつけ、その好都合な状況に笑みを零しながら、ヒカリは眼下の仲間へと向かって大きく声を上げていた。
「防御部隊、《プロヴォック》、第一陣構え! ――発動!」
『――――《プロヴォック》!!』
瞬間、ヒカリの号令と同時に、二十人以上のプレイヤー達が《プロヴォック》を発動させていた。
タンクにとっての基本となるヘイト管理スキルは、複数のエネミーに対してもしっかりと効果を発揮する。
そうして発動したスキルは、第一陣とも呼べるエネミーたちの群れの大半を包み込んでいた。
その様子をエネミーたちの動きで確認しながら、ライトは小さく呟く。
「……やはり、一発で全てのエネミーを範囲に収めるのは無理か」
「ま、それは予定通りだけどな。アマミツキ、遠距離攻撃部隊、攻撃開始」
『はい、了解しました』
アマミツキは、全ての味方に対する通信の中継を担っている。
複数のチャットが同時に来ても聞き分けられるのは、分割思考能力を持つ彼女だけなのだ。
チャットはフレンドリストを開いていれば個人に対してもすぐに繋げるため、タイムラグも非常に短い。
そのため、間接的にヒカリの指示を受けたJadeは、すぐさま両翼の中隊長に指示を回し、遠距離攻撃を開始させていた。
煌く複数属性の魔法と、雨のように降り注ぐ矢が、一斉にエネミーの群れへと襲い掛かる。
そして――余す事無く広がった攻撃の波が、エネミーたちを飲み込んでいた。
「――ぬ」
しかしその光景を見て、ヒカリは僅かに苦々しい表情を浮かべる。
魔法や弓による総攻撃は、ヒカリが予想していた以上に、効果を発揮しすぎてしまったのだ。
本来の予定では、エネミーたちのライフを適度に削った後に前衛たちの戦闘によってエネミーを仕留め、アイテムを回収する手はずなのだ。
しかしこれでは、前衛が手出しするだけの余裕がなくなってしまう。
一応ながら、体力が高めな一部のオーガなどは残っているものの、ゴブリンやオークはほぼ全滅してしまっている状況であった。
このまま連戦になれば、アイテムの回収は望めないだろう。
「まあ、現状のエネミーじゃ大したアイテムは落ちないが……アマミツキ、遠距離攻撃部隊のメイジに通達」
『はい、詠唱省略で、威力が低い状態のまま魔法を使うように、という事ですね』
「ああ、それの方が同期が取りやすいしな。あと、一部のプレイヤーはオーガをロックして攻撃させるようにしろ。人選は任せる。そして、近接攻撃部隊には動かないように伝えろ。近寄ってきた敵だけ相手をするんだ」
『了解しました、通達します』
「そしてライ、遠距離攻撃部隊に向かうエネミーを落とせ」
「ああ、分かってるさ」
矢継ぎ早に飛ばされる指示を聞き、ライトは嬉しそうに首肯する。
制空権を完全に確保したこの位置からならば、エネミーの動きなど簡単に見切る事が出来る。
そしてそんなエネミーを狙い撃つなど、今のライトにとっては容易い事であった。
「――《マルチロック》、《ホーミングマジック》」
腕を広げ、ライトは宣言する。
瞬間、彼の正面に、青く輝く画面が発生していた。
何かを映すでもなく、その先にある地面を透かして見ている画面――その中で動く、遠距離攻撃部隊へと向かっていく何体かのオーガ。
それらの姿を核にしたライトは、迷う事無くその姿を指で叩いていた。
瞬間、青い画面の中で動くオーガの身体に、赤く輝くマークが浮かび上がる。
効果は単純、複数のエネミーをフォーカスするためのスキルだ。そして、それは単純故に強力な効果であると言えた。
そしてそれを確認したライトは、インベントリからグレネードを取り出しながら、新たな魔法の詠唱を開始していた。
「ロック完了……『来たれ、蒼穹の翼。天を駆け、地を撫でる風となり、敵を打ち砕く力をここに!』」
詠唱を完成させると同時、ライトは手の中にあったグレネードたちを空中へと放り投げる。
ゆったりと宙を舞ったグレネードたちは、しかし重力に引かれて落下していく事はなかった。
「――《エアクラフト:ストライカー97》」
空中で静止したグレネードを、蒼く輝く風が包み込む。
そして蒼く輝く砲弾と化したグレネードたちは、ライトが腕を振り下ろすと共に、一斉にエネミーの群れへと向かって行った。
一度地面に向かって墜落するかのような機動を見せたグレネードたちは、地面との激突の寸前に方向を変えて、地面すれすれを舐めるように飛行していく。
蒼い砲弾の向かう先は、先ほどライトが《マルチロック》したオーガたちだ。
魔法や矢の乱打で打ちのめされ、倒れはしないものの大きく体力を減らされてよろめいていたオーガ達に、それを躱せる筈もなく――
「ゴ、ガアアアアアアッ!?」
逆巻く風が身体を抉り、突き込まれたグレネードが炸裂する。
その威力は、ただ単純にグレネードを投げつけていた以前よりも更に高く、ライフが減っているオーガではひとたまりもなかった。
遠距離攻撃部隊の方へと向かうエネミー達は全滅し、残っていた前衛部隊へと向かうエネミーたちも、彼らの手によって討ち取られている。
ここまでの戦績は、とりあえずヒカリの作戦勝ちであったと言えるだろう。
少々予想外の出来事もあったものの、対応できないような異常事態までは発生せず、すぐさま作戦も修正する事が出来た。
「とは言え、まだまだ気は抜けないけどな――第二陣、《プロヴォック》を発動」
『了解。第二陣、前に出します』
エネミーたちは断続的に向かってきている。現状では、小休止を挟むような余裕は見られない。
その為、《プロヴォック》の掛け直しは次々に行わなければならないのだ。
防御部隊は三陣構成となっており、それぞれ二十名強ほどのプレイヤー達で一つの陣が構成されている。
一つの陣のメンバーが横一列に並び、三つの列を構成するのだ。
そして、列と列の間には、近接攻撃を担当するプレイヤーたちが入り込み、接近してくる敵の迎撃に努める。
一度ある程度の迎撃を終えたところで、頃合を見て司令塔が後退を宣言、陣を入れ替えて同じ戦法を続けるのだ。
三列あれば《プロヴォック》のリキャストにも十分間に合うため、このような戦法が取られているのである。
「不確定要素もあるし、まだ皆も状況に慣れきってはいない……けど、しばらくすれば安定するな」
「そうしたら、今度は俺の仕事って事か」
「その通り。流石に、今度の作戦はライ一人の方がいいだろうし、あたしは総司令官だからな。下手にこの場を離れられない。ちょっと羨ましいな」
「何、気にするなよ。その内、ここの面々に『爆撃機』を見せてやるだけのタイミングが来るさ。既に、さっきの魔法で注目されてるみたいだしな」
ユニーククラスのスキルである《メモリーアーツ:蒼穹》は、当然ながら他に使い手の存在しない魔法である。
そんな見た事もない魔法を、飛行中のライトが使用したのだ。気になるのも当然だろう。
ヒカリの鼓舞によってプレイヤー達が戦場に集中していなければ、大きな疑問の声が上がっていた可能性も高い。
ある意味鮮烈なデビューとなったライトに、ヒカリは変わらずいつも通りの笑みを浮かべていた。
「にはは、後で質問攻めは覚悟しないとな!」
「全くだ。お前も見せておいたらどうだ、ヒカリ?」
「その内な、にはは!」
上機嫌な様子のヒカリに頷き、ライトは視線を前へと向ける。
地面が見えないほどとは言わないが、溢れるエネミーたちは変わらず門へと向かってきている。
途切れる気配の見えない戦いを肌で感じながら、ライトはただじっと、戦況を見つめ続けていた。
今日の駄妹
「あれって、爆撃機って言うよりもっと別のナニカですよね」




