78:イベントの始まり
――イベントの開催日、当日。
契約内容の更新を終え、それぞれのギルドとの最終調整を完了させたヒカリは、ライトと共に南側の門へと向かっていた。
ライト達中小ギルド連合が自陣としたのは、以前の会合のまま南側。
そして『シルバーレギオン』が北側を担当し、『ビーストキング』と『A.O.』が東側を担当する。
契約の内容更新としては、自分達のグループに対して意図的に害意を持ち、他の陣地で攻撃を行った者に対する処罰についてだった。
「良く認めさせたな、罰則を受けるのがグループ全体じゃなく、その攻撃を行った奴のみにするなんて」
「ま、それに関しちゃ、向こうだってやられたら困る事だしな。それだったら罰則なんて作るなって話かもしれないが、それはそれで、お互いに騙まし討ちがやり易くなりすぎてしまう」
「個人を相手にしない以上、誠意に訴えかけるのは無意味、か」
「ギルマス連中が悪人じゃないのは確かだが、そのメンバーまでは分からない。顔も知らん奴は信用できないしな、にはは」
ある意味では現状に対する最大の皮肉を口にしつつ、ヒカリはライトを連れ立って歩く。
様々な問題はあるだろうが、調印が済んだ以上、ある程度の対策は取れていると判断できるだろう。
そうでなければ、クライストが穴を見落とす筈がない。
「いやはや……久しぶりに歯ごたえのある相手だ。格上相手に挑むのは楽しいな、ライ」
「ははは、ひなたに挑んでいた頃の事か?」
「あいつは天才だからな! 流石はあたしの妹だ!」
どれほど高い壁であろうと、努力を積み重ねることで乗り越える人間。
六木光の人となりを理解しているライトだからこそ、ヒカリの言葉を全て理解して首肯していた。
彼女にとって、実力の近しい人間はあまり歯ごたえのある相手であるとは言えないのだ。
相手が同格であるならば、実力で乗り越える。相手が努力しているならば、それ以上の努力で乗り越える。
しかしそれでも慢心する事はなく、遥か格上の存在がいる事を理解しながら挑んできたのだ。
そして今回、ヒカリの前に立ちふさがったのは、圧倒的に格上の存在とも呼べる人物。
「万全の態勢で挑んでも、勝てるかどうかはわからない相手……いいな、それでこそだ。久しぶりに楽しい気分だぞ」
「ご機嫌なようで何より。ま、分かっていた事だが、緊張はしてないみたいだな」
「勿論! 楽しみで仕方ないって所だな」
ヒカリの思惑は非常に多い。
純粋にイベントを楽しみたいという考えもあれば、大型のギルドとコネクションを結びたいという思惑もある。
また、特殊クラスの多いパーティメンバーを受け入れられやすくするという狙いもあれば、格上の存在に挑んでみたいという願望もある。
それら全てを内包して、まるで嵐のように周囲を巻き込み、大きな流れを作り出す。
それだけの大役を背負いながら、ヒカリには一切気負う様子などなかった。
「さて……アマミツキ、状況は」
『はい、整列完了しています。総勢524名、点呼時と同じだけのメンバーですね』
「契約時に提出した名簿と、面子は完全に同じだな?」
『はい、それも確認しました。問題はないでしょう』
「よし、では部隊配備を始めろ。イベント開始まで残り三十分、あまり余裕は無いぞ」
『了解しました』
アマミツキの頷く気配に満足し、ヒカリはパーティチャットを終了させる。
現在、彼女は集まった人員の指揮を取る立場にいるが、彼女の本来の仕事はオペレータである。
門の前に配置される各部隊にはそれぞれ小隊長と大隊長が存在し、問題が起こった際にはアマミツキの元へと情報が集まる事となる。
本来ならば複数名で構成されるべきオペレータ部隊であるが、彼女は分割可能な思考を用い、一人でその仕事を受け持っていた。
負担が大きいと言われれば否定は出来ないが、ある程度までの指揮を彼女が統一して行える事を考えれば、好都合な面も大きいのだ。
「うん、状況良し。多少足りない所は、『コンチェルト』の方に穴埋めしてもらおうか」
「ケージと、あの店主は指揮官適正もありそうだしな。ま、借りばっかり作ってる気がするが」
「何、いずれ大口で返す機会が来るから、問題はないな」
くつくつと笑いながらのたまうヒカリに、ライトも小さく苦笑する。
その『大口で返す機会』が、随分と大きな戦いになる事を予感しながら。
「さて、そろそろ飛ぶぞー、ライ。布陣した連中を激励しなきゃならんからな!」
「やれやれ……ま、流石に降りてやるんだろ?」
「にはは、背中に乗ったままじゃ威厳も何もないからな!」
あっけらかんとしながら笑うヒカリは、ライトの背中によじ登りながらそう答える。
そして彼女は、そのままライトの肩に装備されている防具に備え付けられた取っ手を掴み、身体を固定していた。
現在の所、ライトたちの装備はゆきねの作成したミスリルシリーズで固められている。
魔法使いであるライト達は当然ローブ装備だが、ライトはそれに加えてショルダーガードのような装備を追加していたのだ。
元々回避がメインであり、防御力上昇にはあまり興味のなかったライトであるが、ヒカリが掴まりやすくなるという利点を考慮し、新たに装備する事を決めていた。
飛行魔法を操る上で余計な防具は障害になりやすいのだが、比較的軽い素材であるミスリルと、『蒼穹術師』として得た新たな飛行魔法がデメリットを相殺していた。
「『蒼天よ、今ここに、汝との境界を破壊する。我が身を蒼穹の化身とし、大空へと溶ける一滴と成せ――《フォールスカイ》』」
《メモリーアーツ:蒼穹》によって出現した基本魔法。
《フライト》の性能に加え、風の抵抗を大幅に弱める力を有した新たな飛行魔法は、ライトの身体を蒼い燐光で包み込みながら空へと押し出していた。
《フライト》はどちらかといえばラジコンを操作しているような感覚に近く、ゲームで戦闘機を動かしているようなイメージを受ける魔法である。
これに関し、ライトは己が熟練の域に達しており、己の手足のように扱えているという自負があったが、それでも『自分自身が飛んでいる』という実感は若干薄いものであった。
しかしこの《フォールスカイ》は、術者自身の意志がほぼタイムラグなく魔法の操作へと伝達される。
その感覚は、最早自分の身体を動かす感覚とほぼ違いが存在しないほどであり、ライトはより高度な飛行制御を可能としていた。
「ああ、いいな。やっぱりこの魔法はいい」
「体の回りはほぼ無風にできるし、結構話しやすいのもいいな! それに……ライとしては、この魔法の方が願いに近いだろうし」
「ははは、全くだ。勝手に決められた時は若干の不満もあったが、今は満足してるよ」
ライトは空を飛びたいのではない。『空になりたい』のだ。
輝く太陽を包み込む事が出来るのは、果てしない空だけなのだから。
そして《フォールスカイ》は、飛行に際する風の抵抗なども少なく、まるで空に溶けたかのように大空を泳ぐ事のできる魔法である。
実用的にも感覚的にも、ライトにとっては理想の飛行魔法であると言えた。
そうして空へと落ちていきながら、外壁の向こう側から見えてきた光景に、ライトは小さく笑みを浮かべる。
「ほら、もう既に集まってるみたいだぞ」
「よし、それじゃあ全員から見える位置に降りるとしようか」
目標となる位置は、攻撃の際に遠距離攻撃の着弾地点となる場所だ。
並んでいる全員の視界に入る位置であり、これから起こる戦いを意識させる位置だ。
故にヒカリはそこに立つ。その場に立つ全員に、己の存在を知らしめるために。
ならば、とライトは笑う。登場は派手にしすぎる必要はない。ただ、視線を集めればいいだけだ。
故にライトは――周囲へとわざと風を撒き散らしながら、降下地点へと墜落するように向かった。
予め察していたのだろう。アマミツキは既に、ライト達が降りようとしている場所に立っている。
その事にも笑みを零しながら、ライトは周囲の大気を派手にかき乱し、地面との激突の寸前に減速して大地へと降り立っていた。
そしてヒカリは、そんな彼の肩を登り、踏み越えながら跳躍して、プレイヤー達の前に姿を現す。
既に呆気に取られたような表情を浮かべている人々を前にし、ヒカリは大きく息を吸っていた。
――そして。
「――――総員、傾注ッ!」
――衝撃が肌を刺したのだと錯覚するほどの大声が、周囲へと響き渡っていた。
拡声器も使っていない上に、声が反響する場もない屋外だ。とてもではないが、声が周囲へと響き渡るはずもない。
にもかかわらず、彼女の声は不思議と、その場にいる全員へと届いていた。
「あたしはヒカリ! ギルド『碧落の光』のギルドマスターにして、今回の中小ギルド連合の発足者だ! そして今回の作戦において、総司令官を務める!」
ヒカリの事を見知っているプレイヤーは、この間の会議に参加したものが大半だろう。
他のギルドメンバーなどは彼女の事を知らず、それ故に驚愕を受ける事となった。
見た目は小さな少女が発する、覇気とも呼べるような圧迫感のある気配に。
有無を言わさぬ、押し潰されそうなほどの存在感に。
「まずはここに、この同盟に参加してくれた事に対する礼を述べよう。この手を取ってくれた事、本当に感謝する!」
自分達だけでは、戦いに勝利する事はできなかった。
故にこそ助けを求めたともいえるが、ヒカリは決してそのような形で礼をするような事はなかった。
手を差し伸べたのがヒカリであり、その手を取ったのが参加者達。
あくまでも己を上に立たせるような言い方で、周囲の全てを圧倒する。
「そして、同時に約束しよう! 諸君らに、最高の祭りと、最高の勝利を齎す事を!」
『シルバーレギオン』に勝てるかどうかは分からない。
だが、それでも敗北の気配を匂わせるような事はしない。
意志で負ければ、初めから勝負になどなりはしないのだから。
「――では、諸君らに問おう! 我らの敵とは、一体何だ!」
その言葉に、周囲が僅かにざわめく。
そんな参加者達を見渡して、ヒカリは僅かに笑みを浮かべていた。
滾る戦意を抑えようともしない、獰猛なまでの笑みを。
「この門へと群がってくる無数のエネミー共か! 掲示板で我らを烏合の衆と称した一匹狼気取り共か!」
「……違う」
僅かに響いた声は、正面に立つ防御、および近接攻撃部隊から。
その大隊長たる『荒覇吐』の傾櫻は、ヒカリの目を真っ直ぐと見つめながら首を振る。
「ならば、巨大な規模を持つが故に我らを侮った『ビーストキング』と『A.O.』か!」
「――違う、違う! ああ、違うとも!」
――戦意が、狂気が伝播する。
戸惑うばかりだったプレイヤー達が、ヒカリの声に耳を傾け。
最初から聞いていた者たちは、その言葉に心の芯を揺らされて。
初めから戦いを強く意識していた者たちは、ヒカリの言葉によって更なる闘志を燃やし始める。
「そう、否! 断じて否だ! 我らは確かに、小数が集まり形を成したに過ぎない。だが、このあたしが! この手を取った諸君らを、弱兵などにはさせるものか! そしてそんな諸君らが、我らを侮る者共に敗れるものか!」
叫ぶその声は、更なる熱を込めて燃え上がる。
そしてそれを聞くプレイヤー達も、徐々にその熱に冒され始めていた。
拳を握り、腕を振るい、その小さな身体で激励をするヒカリ。しかしその姿を見て、子供などと侮る人間は最早この場にいない。
「『シルバーレギオン』! 我らの敵はただ一つ、諸君らの敵になり得るものはただ一つ! これより我らは、この国の頂に立つ者たちへと挑む戦士となる!」
――勝てる訳が無いと、普段ならば思う者もいただろう。
しかし、今この場を支配しているのはヒカリの言葉だ。
その言葉の中にある熱だけが、彼らの意志を突き動かしている。
「さあ、諸君! 武器を執れ! 盾を構えよ! 弓を引き、魔力を滾らせ、我らの陣を隙間なく破壊で埋め尽くせ! 攻め込む敵は、全て諸君らが軍靴で踏みしめ、頂点へと駆け上がらんとするが為の道に過ぎない!」
街の中から、鐘の音が鳴り響く。
そしてそれと同時に、連合の後ろにある門が音を立てて閉まり始める。
けれど、そちらへと振り返ろうとする者など、一人として存在しなかった。
そしてヒカリの声も、それらの音にかき消される事なく、プレイヤー達に叩き付けられる。
「さあ、祭りの始まりだ! 餌を喰らい、道を踏みしめ、我らを侮る者達になど目もくれずに駆け上がれ!」
遠景に見え始めるのは、門へと向けて殺到してくる大量のエネミーたち。
いちいち識別するのも馬鹿馬鹿しく思えるほどの大群を前に、しかしヒカリは不敵に笑う。
――最早、『餌』に圧倒される者など誰一人として存在しない。
「往くぞ、諸君――――開戦だッ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッ!!』
そして、ヒカリの号令と共に、巨大な咆哮が大地を震わせていた。
今日の駄妹
「流石に『諸君、私は~~』とかは言わなかったですね。兄さんアレンジでやってみても良かったかもです」




