77:上級職パーティ
「私の思った感じではありますが、隠しクラスにもレアリティがあるみたいですね」
久しぶりに元々のギルドメンバーで集合し、全員が提出した新たなクラスの詳細を読み込んだアマミツキは、まず最初にそう切り出していた。
いつもと変わらぬ無表情からの言葉であるが、その中にはどこか驚きを通り越して呆れの色が含まれている。
「ユニーククラスは言うに及ばず、最上級のレアクラスでしょう。けれど、それに対して私が転職した『薬剤師:ポーションマイスター』は、それほどレアリティが高いとは思えませんね」
アマミツキが選択した上級職は、主にポーション類を扱う事に特化したクラスである『ポーションマイスター』だった。
彼女は他にも『司書:ライブラリアン』や『隠形暗殺者:サイレントアサシン』などいくつかの隠しクラスを出現させていたが、最終的に選択したのはそのクラスだったのだ。
生産系クラスの中でも薬品のみに傾注し、回復効果・ダメージ効果の増強、散布による範囲回復、ポーションの投射など、アコライトではないにもかかわらず高い回復能力を持っている。
とはいえ、補助魔法や防御魔法が使えるわけではないので、必ずしも優れているとは言えない訳だが。
「けど、隠しクラスは隠しクラスだろ? 珍しいモンなんじゃないのか?」
「このクラスはむしろ、サブクラスからの派生と言うべきものです。貴方の場合、『拳闘士:グラップラー』が出現したでしょう? あれはファイター/モンクならばほぼ確実に出現するクラスですよ。私の場合、《生産:薬品》の熟練度が一定以上だったから、このクラスが発生したのでしょう」
ダンクルトの問いかけに対し、アマミツキは肩を竦めながらそう答える。
元々の情報として公開されている上級職は、それぞれの基本職四種に対し二つずつ。
この八つの上級職以外が隠しクラスと呼ばれているのだが――あまり難しくない条件のものも多く、掲示板では日々新たなクラスの報告が挙がっているのだ。
アマミツキの選んだ『ポーションマイスター』は、その中でスキル条件系と呼ばれるものとなっている。
そのほかに、サブクラス派生系、イベント報酬系、条件達成系など様々だ。
「ぶっちゃけた話、私のは大して珍しくもありません。が、例えば白餡のとかは結構難しい部類に入るものだと思いますよ」
白餡が選んだのは、以前出現した隠しクラスである『龍召喚師:ドラゴンサモナー』である。
これは、上位下位関係なく、龍種との契約を結んだプレイヤーに出現するクラスとなっている。
尤も、本来これはどのような龍種でも問題はないのだ。基本的には、下位種に入る翼竜や地竜などが契約の対象となるのである。
まかり間違っても、白餡のように古龍と契約を結ばねばならないと言う事はない。
龍種は下位竜、中位竜、上位竜の後に大龍、老龍、古龍と分類されており、白餡が契約したのは文句なしの最上位に値する存在なのだ。
ちなみに下位竜に関しては、それぞれの所属国家の王城――に当たる場所――でイベントをこなす事によって契約を結ぶ事が出来る。
その為、『ドラゴンサモナー』と『龍騎士:ドラゴンライダー』は、イベント報酬系と条件達成系の二つに該当するクラスとなっているのだ。
イベントの難易度はかなり高いため、クリアできた者はあまり多くはないが、白餡だけしか出現させていないクラスという訳ではない。
『ドラゴンサモナー』の能力は、基本的にはサブクラスの『サモナー』に近い。
ただし、直接契約を結んだ龍種の内、一匹に絞って強い契約を結ぶ事により、その龍の力を大きく引き出す事が出来るのだ。
後々から契約龍を変える事も可能だが、最初から最上位龍との契約に成功している白餡が、それを変更する事はないだろう。
「それに、貴方はともかく旬菜さんは同一のプレイスタイルが少ないタイプですし、報告例の少ないクラスだと思いますよ」
「いえい」
ドヤ顔でピースを突き出している旬菜のクラスは、『魔法戦士:メモリーファイター』。
ありがちといえばありがちなクラスであるが、一点特化での育成が強力であるとされているBBOでは、物理と魔法の両面を伸ばしているプレイヤーは殆どいない。
その為報告例が比較的少ない、珍しいクラスであると言えた。
能力的には、よく言えば万能型、悪く言えば器用貧乏と言った所である。
あまり強力な攻撃スキルはないものの、『ブラックメイジ』よりも更に強力な《エンチャント》系列のスキルを覚えられる。
そのため、敵に対応させて属性を変更、或いは物理魔法の切り替えなどを行えるため、どのようなエネミーでも対応可能となるのだ。
「名前の響き的には俺の方が珍しい気がするんだけどな……でも、割と報告例あるし」
「まあ、それだけ使いやすく強いクラスだとも言えるんじゃない?」
「ああ、珍しいからってそれが利点であるとは限らないしな」
「にはは、実感篭ってるな」
ゆきね、ライト、ヒカリの三人からかけられた言葉に、ダンクルトは苦笑を零す。
彼の手に入れたクラスは『加速戦士:アクセルファイター』。
ヒットアンドアウェイの戦闘法を主軸としたクラスであり、移動系スキルの多さがその特色となる。
空中ジャンプや壁面走行といったスキルも存在しており、その戦闘スタイルは最早三次元的な動きへと変化している。
また、他の近接職と比べて火力が若干高く、装甲が薄い事も特色の一つだろう。
一定以上の重量を持つ防具を装備するとペナルティが発生するため、装備品にまで気をつける必要があるクラスであった。
この機動力特化のクラスを得たダンクルトの存在は、『碧落の光』にとっては比較的都合がいいと言える。
新たなクラスを得る事によってより高い機動力、爆撃能力を得たライト達と、無駄なくスイッチする事が出来るからだ。
いざとなればダンクルトが旬菜を抱えて後退すれば良く、高い火力を持つ空中の二人の攻撃を少ない隙で活用する事が可能なのだ。
無論、ある程度の慣れは必要となるが、戦略の幅が大きく広がるのは間違いないだろう。
「けど、見事に隠しクラスばっかりになりましたね。私とアマミツキは出てたから分かってましたけど……」
「一体ドンだけ大量のクラスを用意してたんだかな、運営は」
「運営と言うよりもタカアマハラでしょうけど……まあ、一番の驚きはそこじゃないですよね」
小さな嘆息を吐き出して、アマミツキはそう呟く。
その言葉と共に視線が集中したのは、端の席で己のスキルウィンドウを開いていたゆきねであった。
視線の洗礼を受けながら、少女のような少年は思わず苦笑を浮かべる。
「そりゃまあ、ボクだってびっくりだよ。まさか、ユニーククラスとか」
「ライトさんとヒカリさんがユニーククラスだって言うのは、まあ何となく納得できるんですよ。変わってますし」
「にはは、まあ事実だな」
白餡の言葉にヒカリは笑いながら頷き、隣のライトは嘆息を零す。
色々と言い返したい部分はあるものの、変わったプレイスタイルであるという点は覆しようがなかったのだ。
しかも、そのスタイルに特化するようなクラスが渡され、変人っぷりに拍車が掛かる結果となっている。
しかし、そんなユニーククラスに、ゆきねまでもが選ばれるのは想定外だったのだ。
クラス名は『創造技師』。ライトの『蒼穹術師』やヒカリの『紅焔術師』、そしてプリスの『天秤剣士』に続く第四のユニーククラス。
このクラスの自動取得スキルは《創造の御手》と呼ばれ、エネミーを倒す事で手に入る経験値が8割減少する代わりに、生産によって得られる経験値が2.5倍にまで増加する効果を持っている。
即ち、完全なる生産特化。素材さえあれば延々と生産を行うだけでゲームプレイが可能という、特異なクラスとなっていた。
「まあ、ボクにとっては好都合なクラスだけどさ。ただ作ってるだけでレベルアップするし、これまでの熟練度だって無駄にはならないし……おまけに、難易度の高い生産にも挑戦しやすくなるし」
「確かに、お前が生産をやり易くなるのはパーティ全体にとってもプラス要素だ……予想外なのは変わらんけどな」
『創造技師』の持つ生産スキル《生産:創造》は、その他の生産スキルと同時に発動する事で、熟練度の底上げをする事が可能なスキルである。
発動した場合、このスキルが持つ熟練度が、その他の生産スキルの熟練度に加算される。
その為、非常に多くの生産スキルを持つゆきねであっても、効率よく新たな生産に挑戦する事が可能なのだ。
他にも失敗した際に一定確率で素材が元通りになるスキルや、アイテムに付与効果を与えるスキルなど、生産に関する優秀なスキルが揃っている。
尤も、優秀になるかどうかは、それら全てに手を回せる余裕があるかどうかに掛かっているのだが。
「ま、このクラスになったとはいえ、今度のイベントでは戦闘に参加するつもりだよ。むしろ、あれの製作がやりやすくなったしね」
「経験値効率はよろしくないですから、いっそパーティも気にせずに行くと言うのもありかもしれませんね。こうなっては、生産していた方がよっぽど経験値はいりますし」
「にはは、下手するとゆきねがギルド内でレベルトップになるかもな」
ヒカリが笑いながら言い放った言葉に、隣のライトは苦笑を零す。
ほうっておけばゲームの起動時間中ずっと生産を行っているゆきねだ。
アマミツキも手に入れたアイテムはすぐにギルド共有インベントリに放り込んでいるため、材料となる素材が尽きる事はない。
このまま放って置けば、ゆきねはすさまじい勢いで大量のアイテムを生産し続ける事であろう。
レベリング目的で狩り続けたミスリルゴーレムの素材もあり、ゆきねの持つ生産への意欲は鰻登りとなっている。
「そして、俺とヒカリが『蒼穹術師』と『紅焔術師』……」
「見事なまでに隠しクラスとユニーククラスで構成されたギルドとなりましたね。隠しクラスが多くなるかもな、という予測は立ててましたが……流石にユニーククラス三人は予想外でした」
「そこまできたら誰だって想像できないでしょうね、そりゃ……でも、いいんですか? こんなパーティを大々的に公開しちゃうなんて、大騒ぎになると思うんですけど」
「ま、騒ぎにはなるだろうな」
不安げな白餡の言葉に対し、軽く苦笑を浮かべながらライトは返す。
そしてそれに追随するかのように、ヒカリが白餡の言葉を肯定していた。
「隠しクラスのみを見れば、既に報告例のあるクラスばかりだし、そこまで驚かれる事はないだろう。問題は、あたしたち三人の持つユニーククラスと、白餡の持つソルベだ」
「まあ、ゆきねの場合は見た目から目立つクラスって訳じゃないからな。口で宣伝しない限りは分からないだろう。だが――」
「あたしとライはそうも行かない。空中で魔法を新たに詠唱できるライに、報告例の存在しない攻撃魔法を使えるあたし。これ以上なく目立つだろうな」
新たなクラスなどなくとも目立つ二人なのだ。
このまま行けばヒカリの言うとおり、大騒ぎとなる事は間違いないだろう。
そんなヒカリの言葉に、白餡は思わず表情を曇らせる。元より、人の視線を集める事が得意ではないのだ。
大勢のプレイヤーから注目を受けるのは、白餡にとってはハードルの高い状況だろう。
「けどな、白餡。これから先、ゲームをプレイしていればどうした所でバレる事だ。それだったら、あたしたちと一緒にやった方がまだやりやすいだろう?」
「あ……それは、はい」
「それに、恐らくは俺達のユニーククラスの方が衝撃は大きいだろうからな。ある程度は視線も分散するだろう」
尤も、他のプレイヤーには真似する事の出来ないユニーククラスよりは、隠しクラスである白餡のほうに質問が来る可能性もあったが、それに関してヒカリは遠慮なく情報公開をするつもりであった。
元々、隠すつもりなどないのだ。あのダンジョン侵入方法は問題ないものであったと回答が返ってきている以上、それを公開した所で痛手は皆無である。
尤も、再現できるかと問われれば答えられないだろう。あの広い雪山でクレバスを探すなど、非常に困難であると言わざるを得ない。
「多少やっかみはあるだろうが、味方も多く作るつもりだ。黙らせる事は難しくない。数ってのは、いつだって力になるモンなんだぞ。にはは」
数百名というプレイヤーを味方につけたヒカリは、白餡に対して不敵に笑う。
そんな彼女の言葉に、白餡もこれ以上は言及できず、苦笑じみた表情で頷いていた。
後々になってバレた方が大きな騒ぎになると言われれば、流石に諦めもついたのだ。
「……分かりました、ヒカリさんにお任せします」
「よし。それじゃあ、イベント前にフォーメーション確認といっておこうか。これで準備は最終段階、張り切っていくぞ!」
ヒカリの号令に、『碧落の光』メンバー達は同時に頷く。
――イベントは最早、あと少しの場所まで迫ってきていた。
今日の駄妹
「さて……ユニーククラスの条件って、一体なんなんですかね」




