76:新たなクラス
白銀に燃える焔が包み込み、周囲は瞬く間に埋め尽くされる。
そして気がついた時には、二人は元いた場所に、元いた体勢のまま飛行していた。
エネミーを倒し、レベルアップした直後。攻撃を放った勢いが未だ続いていたが、状況を把握したライトは地面に激突する前に何とか制動をかける。
そしてゆっくりと地面に降り、開いたままであったステータスウィンドウを確認すれば、そこには確かにレベル30となったステータスが表示されていた。
けれど、そんな感慨に浸ることもなく、二人は呆然と呟く。
「今のは……」
「ライも見た……っぽい感じか。あれが、《魔王》と《女神》……」
時間が停まったかのように世界が切り離され、異なる場所へと一瞬の内に誘われていた。
一体何が起こったのかを把握する事もできず、二人は呆然と視線を見合わせる。
ライト達が目にしたものは、確かに同一のもの。
荒々しき力を纏った、不遜なる白銀の《魔王》。
穏やかな力を纏った、慈母たる黄金の《女神》。
彼らの言葉は理解しがたいものであり――同時に、言葉にさせられた内容は確かに本心であった。
そしてそれを耳にした彼らが告げた内容は――
「ライ、もしかして……」
「……ああ、クラスは――」
二人は頷き、ある種の確信を持ってステータスウィンドウを操作する。
そこに表示されていたクラス名は、今までのメイジとは違う、新たなものであった。
「まさか、クラス選択の間もなく勝手に決められるとはな。俺のクラスは、どうやら『蒼穹術師』と言うらしいぞ」
「ま、出てきたらこれを選んでいたであろう、って事は分かるけど……ちょっと釈然としないな。あたしの方は『紅焔術師』だ」
――それこそが、ライトとヒカリに与えられたこの世でただ一つのクラス。
クラス選択の画面すらなく、勝手に決められてしまった上級職であったが、二人は苦笑と共にそれを受け入れていた。
何故なら、そのクラスは、二人がこれまで行ってきたプレイスタイルを更に特化させたものであったからだ。
他の能力を削ぎ落とし、ただ純粋に空を飛ぶ事と、魔法砲台となる事に特化した能力。
その他のプレイスタイルを選べなくなる事と引き換えに、より高い力を発揮できるようになるクラス。
それこそが、二人の手に入れた新たな力であった。
「こっちの自動取得スキルは《蒼穹の化身》……飛行高度に応じて魔法攻撃力が上がるスキルだそうだ。って事はつまり、空中で魔法を使えるって事なのか?」
「ほら、これだぞライ。《メモリーアーツ:蒼穹》……この属性の魔法だけは、空中で使えるみたいだ。その代わり、高度ゼロのときの威力倍率は悲惨な事になってるみたいだけどな」
「飛べなきゃただの雑魚、か……まあ、それはそれで好都合だがな」
『蒼穹術師』専用の魔法である《メモリーアーツ:蒼穹》は、飛行魔法を使用中でも詠唱・発動可能な特殊魔法だ。
クラスの自動取得スキルである《蒼穹の化身》の影響もあり、高高度で発動した場合の威力はそれなりのものになる。
だが逆に、地上で攻撃魔法を発動させた場合、その威力はおよそ0.3倍にまで下がってしまうのだ。
元々の威力がそう高い訳ではないために、格上相手にはほぼダメージが通らない魔法となってしまうだろう。
しかし、それだけのデメリットに見合うだけのメリットがあると、ライトは満足した笑みを浮かべていた。
「スキルの一部はウィザード……メイジの純上級職のスキルと同一か?」
「んー、ライの場合は魔法陣とか陣地作成系のスキルが減って、『蒼穹術師』のスキルが入ってきた感じなのかもな。あたしの場合はちょっと違うみたいだが」
ライトの背中の上で頷きながら、ヒカリもまた己のウィンドウを操作する。
そこに表示された紅焔術師の名――それもまた、長所と短所を同時に伸ばすようなクラスであった。
「自動取得スキルは《太陽の化身》。日中は魔法威力が上昇し、逆に夜は威力が下がるみたいだな。ま、流石にライの《蒼穹の化身》ほど上がり幅下がり幅は大きくないみたいだが」
「まあ、流石に夜限定のイベントとかもあるだろうし、そこまで威力を下げる訳にも行かないんだろう。後は……ヘイト上昇率の大幅アップか。ある意味、好都合と言えば好都合か?」
太陽の名を冠するだけあり、ヒカリの得たスキルはひたすら目立つ事になる能力であるらしい。
しかし、普通の魔法職ならば致命的なデメリットになりかねないそれも、ライトと共に戦う彼女にとってはメリットとなる。
ライトの背に乗り移動砲台と化しているヒカリにとって、より多くのヘイトが集まる事は、むしろ好都合なのだ。
とはいえ、以前のように後衛のみで構成されたパーティという訳ではないため、ある程度は考えて戦う必要があるだろう。
「後、目立ったスキルは《メモリーアーツ:紅焔》か……詠唱が長めで威力高め、だって。にはは、面白いな!」
「あれ以上威力が上がるのか……」
若干頬を引き攣らせながら、ライトはヒカリのスキル欄に目を走らせる。
傾向としてはライトのものと同じ――だが、ヒカリの未修得スキルに増えているのは『紅焔術師』のスキルがそれなりに多かった。
非常に広い範囲での陣地作成スキル、一部の味方強化スキル、アンデッド特攻のスキルなどなど。
そして後の残りを、ウィザードの基本威力増強スキルが埋めているという状態だった。
『蒼穹術師』と比べて専用スキルが多いが、それもライトの戦闘スタイルの特殊性を考えれば仕方のない事であろう。
一応ながら蒼穹術師も、次に使う一部の魔法に追尾性能を付与する《ホーミングマジック》や、複数の敵を同時に注目する《マルチロック》などのスキルがあったが、やはり『紅焔術師』に比べると数が少ない。
「スタイルで穿ってるタイプか、スキルで穿ってるタイプか……ま、あまり気にしすぎても仕方ないか」
「にはは、あたし達がやりたい事が出来るんだ。別に何の問題もないだろう?」
「まあ、確かにな。何だかんだで、俺達にとっては都合のいいクラスか」
小さく頷き、ライトは一度ウィンドウを閉じる。
多少のスキルポイントを余らせていたとはいえ、全てのスキルを取得できるほどの余裕がある訳ではないのだ。
また、上級職からは何点かのSPを同時に消費しなければ取得できないスキルも出現する。
その為、何も考えずにスキルを取得しようとすれば、あっという間にSPが切れてしまうのだ。
「さて、とりあえず報告に戻ろうか。向こうも、ちょっとこっちの事を不審げに見てるし」
「だな。それに……プリスには、ちょっと聞きたい事もあるしな」
ライトに対してそう告げながら、ヒカリはわずかに視線を細める。
脳裏に浮かぶのは先ほどの光景――白銀と黄金の残影を感じながら、ヒカリはその存在に想いを馳せていた。
彼らが一体何者なのか、何故自分達がああして選ばれたのか。
それに関して、ケージやプリスは、何か知っているのか――疑問が尽きる事はない。
しかし、一つ確信として得られたのは、このオンラインゲームがただのゲームではないという認識だ。
少なくとも、あの《魔王》と《女神》が只者であるとは考えられない。
「何であんな恥ずかしい事を喋ったのか……いや、喋らせられたのか。色々知ってそうな事といい、やっぱり気になる」
「そうだな、だが……何処まで知ってる事やら」
仲間達の所へと戻りながら、ライトは小さく肩を竦める。
ただでさえ得体の知れない相手なのだ。多少知り合いであるとはいえ、ケージ達が詳しく知っているとは限らない。
あまり期待はせぬようにと自分に言い聞かせながら、ライトは軽やかに着陸していた。
そんな二人の傍へと真っ先に駆け寄ってきたのは、言うまでもなくアマミツキであった。
「どうでしたか、兄さん、姉さん?」
「ああ、予想以上の成果を得たって所かな」
「にはははは! まあ、あたし達にとっちゃ都合が良かったかもだぞ」
自分達が想像した以上のクラスを手に入れたことは事実であり、それに関しては隠す事もなく、二人は堂々と笑みを浮かべていた。
少なくとも、今この場にいるメンバーに対して、このクラスの事を隠す必要はない。
それに、イベントになれば堂々と披露するつもりでいるのだ。今ここで隠すことに意味はない。
「二人共ユニーククラス。それに、どうやら俺達の戦闘スタイルを更に特化させたものになるみたいだな」
「……ほう、それはまた」
「む、思ったより驚いてないな、予想してたのか?」
「予想と言うより、勘ですが。それにまあ、驚くと言うよりは……どこか、作為を感じますよ」
その言葉に、ライトとヒカリは思わず苦笑を浮かべていた。
このゲームの中で無数に存在するパーティの内の一つ。そんな中に、実に三人ものユニーククラスが存在するのだから。
ただの偶然などではありえない。何らかの思惑が存在する事を疑うのも当然だ。
しかし生憎と、その答えを持っている可能性のある人物は、視線を向けられると嘆息交じりに首を横に振っていた。
「流石に、それに関して問われても分からんさ。どんな条件なのかなんて、想像は出来ても確証を得る手段はない」
「当人達に聞かない限り、か?」
「ああ。それに、質問した所で答えてくれるとは限らないしな」
皮肉った言葉で肩を竦めるケージの姿に、ライトとヒカリは視線を交わして僅かに頷く。
とりあえず、聞きたい事はいくつかあるのだ。
「その反応、勘違いだったら悪いが……プリスも、《魔王》と《女神》には会ったのか?」
「あ、はい……という事は、ライトさんたちもそうだったんですね?」
「ああ。ヒカリ、どうやら確定らしいな」
「二例だけ見て言うのもどうかとは思うが、可能性は高いと思うぞ。ユニーククラスは、タカアマハラのリーダー直々に渡されるもののようだな」
『天秤剣士』、『蒼穹術師』、『紅焔術師』――今確認されている全てのユニーククラスの持ち主が、タカアマハラの頂点と面会している。
ただでさえ例が少ないのだ、ただの偶然であるとは言えないだろう。
そこにいかなる思惑が働いているのかなど分かりはしないが、決して無視できる話ではない。
「通常の上級職や隠しクラスへの転職も、あんな存在と会ったなんていう報告は上がっていない……となると、やっぱりユニーククラスだけか?」
「可能性は高いでしょうね。正直、何を考えているのかさっぱり分からないので、今は気にしていても仕方ないとは思いますが」
現状、ユニーククラスを得た者たちの共通点は、自分のやりたい事だけを考えたビルドをしていると言う点だけだ。
そして、そういったプレイヤーは複数存在するため、ただそれだけの条件でユニーククラスが得られるとは考えにくい。
もっと他に何か、隠された条件があると考えたほうが自然だろう。
「それで、一応聞いておきたいんだが……あの二人に会う事は、可能なのか?」
「クラスチェンジ以外で、か? 少なくとも、リアルで会おうとするのは無理だと思うぞ」
クラスチェンジの時には、聞きたい事を問えなかった。
しかし、《霊王》の言葉がある以上、ライト達は《魔王》と《女神》を無視する事は出来なかったのだ。
例え確証のない言葉であったとしても、掛かっている情報が自分達の出自である以上、ただ手を拱いている事は出来なかった。
けれど、ケージはライトの言葉に首を横に振っていた。
「最近は常世さんすら滅多に来ないんだ。元々殆ど顔を出さなかったあの二人が、顔を出すような事があるとは思えない」
「まあ、来るとすれば私の家だろうけど……直接の繋がりがあるって訳じゃないし、まず来る事はありえないと思うわよ」
ケージに続くアンズの言葉に、ライトは小さくそうか、と呟いて口を噤む。
千載一遇のチャンスであったはずなのに、何故食い下がって問いかけようとせず、自らの願望を口に出していたのか。
あの時、荒れ狂う感情を制御しきれず、二人は自らの渇望とも呼べる言葉を発していた。
出自を問う事も願いであったはずなのに、それを優先させてしまったのだ。
慈愛の表情を浮かべていながら、どこか遥か遠い世界の住人のように感じられる《女神》の姿を思い浮かべ、ヒカリは思わず眉根を寄せていた。
「……まあ、今は方法が無い以上、気にしていても仕方ないか。他のタカアマハラのメンバーみたく、ゲーム内で会える場所があるのかもしれないし」
「だな。とりあえず、今はイベントに集中しておいた方がいいか」
軽く嘆息し、二人は頷く。
接触する手段が現状では無い以上、気にしたところで仕方がない。
何かしらの情報を持っている可能性が高いタカアマハラのメンバーに会うにしても、まだまだレベルが足りないだろう。
「……けど、いずれ」
小さく、ヒカリが呟いた言葉。
ライトの耳にしか入らなかったであろうそれは、返答の言葉も無く空中に溶けていた。
今日の駄妹
「ちょっぴりきな臭いですが、まあメリットもありますし善しとしましょう。兄さんのスキルが上がれば三人で空の旅も楽しめるかもですし」




