74:レベリング
『碧落の光』メンバーのレベリングは、二手に分かれて開始された。
というのも、メンバーの総数が七人であるために、全員が一つのパーティで活動する事が出来ないためである。
経験値が均等に分配されるのはパーティの最大人数である六人までであり、また経験値を多く入手できるのはエネミーにトドメを刺したプレイヤーのいるパーティである。
つまり、三人と四人に別れてパーティを組んで活動する事も不可能ではないが、経験値効率が大きく落ちてしまうのだ。
そこでアマミツキが提案したのが、前回と同じように『コンチェルト』との共同作戦であった。
この間砂漠に向かったメンバーと、それ以外のメンバー。ちょうど六名ずつになるこの組み合わせで、レベリングを行おうという案である。
「まあ、ボクとしても渡りに船な話だったけどさ……そちらはいいの、店長さん? 一応、お店忙しいんじゃないの?」
「あはは、別に問題はないさ。義務で経営するようでは本末転倒だし、その為の店番NPCシステムだ」
そして、その前回砂漠に向かわなかったプレイヤーで構成されたパーティは、現在とあるエリアへと足を踏み入れていた。
パーティメンバーは、『碧落の光』より白餡、ゆきね、ダンクルト、旬菜。そして『コンチェルト』よりバリスとレスカーナであった。
レスカーナは料理の際に必要となる器用度(DEX)を上げるため、基本職はスカウトを選択している。
その為、回復役こそいないものの、アイテムを潤沢に所持しているこのパーティは、それなりに良いバランスを有していた。
「しかし何て言うか……ちょっと、物足りない気がする」
「ふむ、それはどうしてかな?」
「いや、うん。ボクらのギルドだとさ、基本的に話の中心にいるのがあの三人なんだよね」
ギルドマスターであるヒカリと、その従者の如く付き従うライトとアマミツキ。
その三人がいないだけで、ゆきねには随分と大人しいパーティへと変わったように感じられたのだ。
それだけ、三人が騒動の原因となっている事を示しているのであるが。
「毎度毎度やらかしてくれるから、何かそれが無いと物足りないような感じがしてしまって」
「……いや、毒されすぎですから。アマミツキを喜ばせるだけなので、あの子の前で言わないでくださいよ?」
「きみもいちいち彼女の事を警戒しすぎじゃない、白餡?」
「今回は本気で大きな事をやらかそうとしているんですから、あれ以上テンションを上げさせないでください……まあ、表情変わらないですけど」
真顔で『テンション上がってきた』と言いながら上下に揺れだすアマミツキである。
これ以上上機嫌になられては、イベントの時に何を仕出かすかも分からないと、白餡は深々と嘆息を零していた。
そんな二人の言葉に、レスカーナはくすくすと苦笑を零す。
「相変わらず、あの後輩ちゃんは面白いねぇ」
「ま、退屈しないで済むから、ボクとしては楽しいよ。ほら白餡、前衛が魔法欲しがってるよ?」
「私の魔法なくても、物量で圧倒できてるじゃないですか……」
ぼやきながら、白餡は正面――前衛のメンバーたちが戦っている場所へと視線を向ける。
そこでは、前衛プレイヤー三人に加え、二体のゴーレムが集まって戦闘を繰り広げていた。
敵の正面に立つのは銀髪のドラゴニアン、バリス。モンクでありながらタンクの役割も持っている彼は、エネミーの攻撃を受け流して体勢を崩させている。
そうして転倒したエネミーに対して蹴りを叩きつけているのは、黒地の滑らかなライダースーツの上に青い装甲を貼り付け、顔をバイザーの付いたマスクで覆う長身痩躯の男――ダンクルトだ。
腰に装着した大仰なベルトこそ、ゆきねの完成させた『変身アイテム』。指定の装備へ一瞬で変更する事が出来るそれを利用し、彼は嬉々として戦闘を繰り広げていた。
傍目から見るとストンピングにしか見えないために、とてもではないが正義の味方には見えないだろう。
また、二人からは若干離れた場所で戦線を支えているのは、さらに異彩を放つ装いの少女だ。
ひらひらとした布がはためくその服装は、一昔前の可愛らしさが優先されたデザインというよりも、動きやすさの方が優先されている。
どこか制服のブレザーじみたデザインの上着に、あまり長いとはいえないスカート。
しかしその下からはスパッツが覗いており、中身が見える心配は皆無である。
足を覆うのはロングブーツとニーハイで、露出は少ないながらも纏まったデザインをしている服装となっていた。
そんな服に身を包んだ旬菜は、拳に雷光を纏わせながら、猛然と敵へと向けて打ちかかっている。
レベリング目的であるため、一人で挑むには若干辛い敵ではあったが、彼女の隙を埋める為に二体のゴーレムがフォローするように動いていた。
「ふっふふー」
しかしあまり危険になるような場面もなく、旬菜は有利に戦闘を進めていく。
元々小回りの利きやすい戦闘方法を好んでいるが故に、範囲攻撃以外では滅多に攻撃を喰らわないのだ。
たまにある隙は大体がスキルを使用した後の硬直であり、ゴーレムはその瞬間を優先的に護るよう命令されていた。
BBOにおけるAIは非常に優秀であるが、ゴーレムへの命令はそれほど複雑なコマンドを入力できる訳ではない。
しかしそれでも、プレイヤーの動きを阻害しない程度に補助を行う事は可能であり、結果として旬菜は一撃も攻撃を受ける事無く戦闘を終了させていた。
「お疲れ、前衛さんたち」
「やっぱり私の出番なかったですね……」
「まあまあ、いいじゃないか。変身組の装備慣らしにもなってるんだし、その上きみが消耗せずに済む訳だ」
「確かにそうなんですけどね」
小さな龍を胸に抱きながら、白餡は軽く肩を竦める。
現状、この中で最もレベルが高いのは彼女であり、《召喚魔法》による手数を含めれば、一人で戦う事も難しくはない。
しかし、そこには大量のMP消費という問題がある。
召喚コストを抑えるスキルを取得しているとはいえ、彼女が全力で戦闘を行えば、あっという間にMPが尽きてしまうだろう。
無論、抑えながら戦えば問題ない訳ではあるが、無理に戦闘に参加する必要もないというのが現状であった。
「さて、皆レベルはどんな具合かな?」
「おう、俺はもうすぐ30行くぜ!」
「あ……はい、私ももうすぐだと思います」
レスカーナの呼びかけに対し、己のステータスを確認しながらバリスと白餡はそう答える。
元々レベルの高かったこの二人は、既にどの上級職になるか決めてしまっているため、迷いというものが存在しない。
バリスはモンク系の前衛戦闘職である『グラップラー』、白餡は先日出現した隠しクラス『ドラゴンサモナー』。
故に二人は転職先を見据え、取得したSPを使用せずに保持している状態であり、レベルアップ後もその処理を行わずにいた。
「ふむ、それなら二人が30に行ったらもうちょっと奥まで入ってみようか。スキルが強化されれば、このメンバーでもボスに挑んで大丈夫だろうしね」
「そうそう、それに――」
レスカーナの言葉に同意しながら、ゆきねは倒れたエネミーからドロップ品を回収する。
そのドロップ品欄の中には、【機甲核】の名が確かに存在していた。
ゆきねはインベントリを確認しながら、消えていく『スチールゴーレム』の姿を見送り、小さく笑みを浮かべる。
「ゴーレム作成用のストックも増えて、おまけにミスリル素材まで手に入るかもしれない。いい事尽くめだね」
「ゆきねさん、アイテム作りが絡むと楽しそうですよね……」
「そりゃまあ、きみだって動物が絡むとテンション上がるじゃないか」
「ははは! 俺の場合はプリスが絡むとテンション上がるしな!」
「はいはい、バリス君は大人しく索敵しておこうねー……さて、それじゃあ続けていくとしようか」
前衛にいるダンクルトと旬菜に合図を送り、レスカーナは苦笑しながら歩き出す。
比較的常識的なメンバーが集まったパーティは、安定感を保ったまま、多数のゴーレムが出現するダンジョンの奥地へと進んで行った。
* * * * *
一方、残る六人のメンバーは、以前と同じように砂漠へと足を踏み入れていた。
少々難易度の高いエリアではあるが、この間の時点で経戦可能である事は判明しているのだ。
ならばレベル上げにはむしろ好都合と、彼らは躊躇う事無くこのエリアへと足を踏み入れていた。
ちなみに、普段はストッパーとなることの多いアンズも、今回ばかりは賛成している。
曰く――
『多少難しいエリアでもなければ、補助魔法をかける必要もなくなっちゃうのよ。熟練度上げたいのにね』
たった一人でエネミーの群れを殲滅できるプリスに軽く肩を竦め、アンズはそう呟いていた。
既に上級職に転職しているプリスも、今回のレベリングには参加している。
レベルはいくつあっても困るものではないし、そもそもこのエリアでは、プリスの力がなければ安定して戦えないのだ。
「……まあ、半分以上寄生しているみたいで、あんまり気分はよくないんだがな」
「言うなよ、それを言ったら俺やアンズだって似たようなものだ。殆どプリス頼りだしな」
あっという間に『サンドリザード』を斬り捨てるプリスの姿に、男二人は苦笑しながらそう呟く。
既に彼女のレベルはこのエリアの適正帯に届いており、彼女の持つ『天秤剣士』の特性は効果がない状態である。
それどころか、これ以上レベルが上がればステータスにマイナス補正が入るようになるだろう。
しかしそれでも、プリスはいつも通り何のスキルを使用する事も無いまま、サンドリザード二匹を一人で相手取って圧倒していた。
そんな彼女が倒した敵から手早くアイテム回収しつつ、サポーターと斥候の役割を負ったアマミツキが声を上げる。
「あまり気にする必要はないんじゃないですかね。あの人一人で対応し切れない数が来た時にはしっかり仕事してますし」
「お前は本当に図太いな、アマミツキ」
「多分姉さんのほうが図太いですよ。それに、索敵や一部エネミーのヘイト管理は兄さん達の仕事なんですから、問題はありません。ところで兄さん、レベルはどうですか」
「ん、そうだったな、と……おお、本当にもう少しで30だな。ヒカリ、そっちはどうだ?」
「にはは、あたしももうちょっとだぞ。ライと同じぐらいだ」
自信満々に薄い胸を張りながら言い放たれた言葉に、ライトは若干苦笑する。
元々、ライトとヒカリの間には僅かながらレベルの差が存在していたのだ。
しかし今現在、そのレベル差は完全に埋まっている。
これは偏に、ライトがログインしていない時間に彼女がレベリングをしていた結果であった。
別段、劣等感からという理由ではない。そもそも、ヒカリには他人に対して劣等感を感じるといった事はまずありえない。
彼女は単純に、己に力が足りていないと判断したからこそ、ライトに追いつけるまでレベルを上げていたのだ。
純粋なる後衛のヒカリは、一人きりでレベリングをする事は難しい。
しかし今現在、『碧落の光』には前衛のプレイヤーや前衛の働きをするゴーレムなどが存在している。
時間さえ合えば、ライトがいない間にレベリングをする事も不可能ではなかった。
尤も、完全にライトと同じ時間帯でしか活動しないアマミツキは、流石に彼らのレベルに追いついていなかったが。
「ん、どれどれ……本当だな。下手すりゃこの戦闘の内に――」
「――敵追加! ちょっと手伝って!」
「……確定、だな」
「よし、ならやってやるとするか」
横からウィンドウを覗き込んでいたケージは、前衛から掛かった声に軽く肩を竦める。
敵が増えた以上、この戦闘でライト達のレベルが30になる事は確定した。
ならば最後ぐらいは自分で倒しておくのも悪くはないと、ライトとヒカリは小さく笑みを浮かべ、いつも通り《フライト》で飛び出していた。
プリスの邪魔にならぬ程度に牽制を放ちつつサンドリザードの注意を引きながら接近し、二人はプリスの傍から敵を引き剥がす。
「ライ! プリスが次のを倒す前に!」
「ああ、やっちまうとするか!」
十分に相手を引き付け、二人は反転しながら攻撃を放つ。
敵が一体のみならば、ライト達の集中攻撃は非常に高い威力を有する。
グレネードと炎の弾丸による多重攻撃は、昼間の砂漠をさらに明るく染め上げながら、大地の砂ごとサンドリザードを熱く焼き尽くしていく。
その圧倒的な火力は、瞬く間にサンドリザードのHPを削り取り――
――――世界に、罅が、入って――――
「なっ!?」
「これ、は……!?」
――エネミーを倒したその瞬間、二人の視界は、砕けるガラスのように粉々になって飛び散っていた。
その間から吹き上がるものは銀の炎。熱は感じず、けれどあまりにも荒々しいそれは、砕けた世界を一瞬の内に包み込み――
『――ようこそ』
『――待ってたよ』
――――不思議と反響する声が、木霊した。
今日の駄妹
「白餡の上級職をいの一番に見てみたかった気もしますが、兄さんと姉さんの方が重要ですしね。仕方ないです」




