73:準備開始
「……それで、しばらく個別に動いている間に、こんな大事になってたって事ですか」
「にはははは、やるからには全力でやらないとだしな!」
「やりすぎですよ、どう考えてもやりすぎですよ!」
同盟の結成が成功した翌日。
いつも通りのメンバーで『コンチェルト』の一角に集合した『碧落の光』は、開いた掲示板のウィンドウを揃って見ながら会議を行っていた。
いつも通り楽しげに笑うヒカリは、掲示板に刻まれた文字に、満足げに頷く。
「……同盟、まだ人数増え続けてるんだね。これ、規模だけなら例の大規模ギルドにも届くんじゃないの?」
「そうだなぁ。実際の所、数だけなら確かに近付いてきてるんだよな」
大規模ギルド『シルバーレギオン』を示しながら声を上げるゆきねに、ヒカリは軽く肩を竦めてそう答えていた。
『シルバーレギオン』の構成員の数は総数500名以上。全員が戦闘職ではないとはいえ、その規模は間違いなくリオグラスにおいて最大である。
それに届くほどの数となれば、実際の所、かなりの規模であると言っても差し支えないだろう。
それだけ、中小ギルド連合には期待が掛かっているのだ。
「具体的な数で言えば、『シルバーレギオン』の構成員数は548名です。対して、中小ギルド連合の参加総数は479名です。ペース的には、イベント開始までに互角以上にはなっていてもおかしくないでしょう」
「とはいえ、こちらのメンバーは玉石混合だ。向こうは組織化した攻略によって精鋭が揃ってると考えるべきだし……数の上で互角でも、そうそう勝てる相手じゃないだろうな」
「いや、別に勝負してる訳じゃ――」
「勝負だよ、白餡。少なくとも、向こうはそう認識している……あたしがそう仕向けたからな」
笑うヒカリの表情に、白餡は思わず息を飲む。
いつも朗らかに笑っている彼女の表情は、変わらないように見えながらも、普段とは異なる凄みを感じさせるものだったのだ。
「明確に言葉にした訳じゃないが、あたしはあの男に取引を持ちかけたようなものだ。『あたしが有利になる条件だが、あんたにとっても有利な条件だ』ってな」
「そ、それなら協力関係じゃ……?」
「もしも気付かなければ、そのまま押し切っていた条件だぞ? そんな罠を仕掛けてきた相手を信用すると思うか? それにそもそも、協力し合う意味が無いしな」
中小ギルド連合だけでなく、同盟を結んだ『ビーストキング』や『A.O.』も――その目的は、突き詰めてしまえば一つなのだ。
即ち――
「『シルバーレギオン』は、言ってしまえばボスみたいな相手だ。あいつらに対抗するために、他の大規模ギルドは手を組んだのだし、中小規模のギルドもあたしたちの下へと身を寄せた……分かるか、白餡。残念ながら、『シルバーレギオン』が一勢力で他の全てと拮抗しうる以上、あいつらは敵にしかなりえないんだ」
「そうだな、このイベントにおいて、『敵』と呼べるのは襲い掛かってくるエネミーじゃない。成績を競う合う相手だ。となれば、その最有力候補が最大の敵になるのは当然の事だな」
「はぁ……何かもう、いつもいつも凄い事考えてますね、ヒカリさん」
辟易した様子で嘆息する白餡に、ヒカリはただくつくつと笑う。
しかし、その表情は、次の瞬間には苦笑へと変化していた。
「とはいえ、こんな事ができるのは今回限りだと思うけどな」
「ん、そうなのか? こんなに集まりがいいんだったら、また出来ると思うんだが」
きょとんとした表情を見せるのは、以前とは装いの変わったダンクルトだ。
どこか光沢のある革のジャケットを身に纏うようになった彼は、隣で机に突っ伏している旬菜をぐりぐりといじくり回しながら疑問符を浮かべる。
対するヒカリは、軽く肩を竦めて声を上げた。
「今回の仕込が効くのは一度きりだろうし、何より大規模ギルドの体制も次の時には整ってるだろう。同じ策は一度しか通用しないもんだ。それにそもそも、こんな事を二度もやるつもりはないしなー」
「ちょっと意外ですね、ヒカリさんならもっとバージョンアップして同じ事やりそうな気がしてたんですけど……」
「にはは、だって今回は、お前達をいいイメージでデビューさせることが目的だったんだしな。同じ事やっても仕方ないさ」
何気なくヒカリが言い放った言葉に――一同は、咄嗟に言葉を返せず沈黙していた。
ある程度ヒカリの事を理解しているライトやアマミツキは、さもありなんと苦笑する程度であったが、他の四人は呆然とヒカリの顔を見つめる。
対するヒカリは、ただ得意げな笑みを浮かべていた。
「うちは特殊なクラスになりそうな奴も多いし、知られれば厄介なものもいくつかある。けど、これから先隠しながらプレイするのは不可能だからな。それなら、あたしたちというギルドを認めさせた上で情報を開示した方がいいからな」
「……ヒカリ、まさか本当に、そこまで考えてたの?」
「このイベントに参加した方がいいって感じたのは直感だったが、どうせならって考えたのも事実だぞ。これはゲームなんだからな、窮屈に遊ぶんじゃそれは間違いだ」
どんなにリアルにできていてもゲームはゲーム。楽しまなければ損なのだと、ヒカリは笑顔でそう告げる。
特殊なものを抱え込んでいるのは、誰もがやりたいようにゲームをプレイしているから。
元々、決まりごとに縛られるのを嫌うような面々ばかりが集っているのだ。
それならば、これ以上周囲を気にして束縛されてしまっては意味が無い。
「だからこそ、今回は派手にやってやろう。まずやるべき事は、全員がレベル30に到達する事だ。白餡みたく隠しクラスが発現するかどうかは分からないが、イベントに向けてあたしたちも強くならんとな」
「一応、私も隠しクラス出てはいるんですけどね。まあ、なる気はありませんが」
「お前の場合は特殊すぎるだろう……まあとにかく、俺としても上級職を出しておく事には賛成だ。既に一個人の能力でどうなるって言う領域を超えてはいるが、やって損は無いからな」
「まあ、それはいいんだがな――」
と、そこで横合いから声が掛かる。
その言葉に全員が振り向けば、視線の先に立っていたケージが小さく嘆息を零していた。
彼は軽く周囲を見渡し、呆れの混じった表情で声を上げる。
「こんな所で堂々と話をするお前らの神経が、俺には良く分からないんだがな」
「ご、ごめんなさい」
「にはは、客寄せパンダにはなってるだろ?」
「ま、実際その通りではあるけどな……別にこれ以上の利益を求めてる訳じゃないんだ、あまり気にしないでもいい」
軽く苦笑し、ケージは周囲の視線を散らすように手を振る。
そしてヒカリとライトの間に入り込むようにしながら、周囲には聞こえぬように声を上げた。
「それより、あれらの情報を公開するのは――」
「勿論、イベント後は詳細を掲示板に乗せるさ。《タカアマハラ》に繋がるようなものは避けて、な」
「……古龍の話、気付いてたか」
「にはは、そりゃあの時は《霊王》が誰か知らなかったが……今になってみりゃ納得だ」
視線を僅かに細め、ヒカリはそう声を上げる。
氷古龍の話を聞いていたとき、ヒカリたちはそれがこのゲームの世界における神話の類であると考えていた。
しかし、いざ《霊王》と対面してしまえば、その話がただのストーリーだけのものではないと言う事が分かってしまったのだ。
《霊王》の発していた強大な圧迫感は、遥かに巨大な体躯を持つ氷古龍すら圧倒するほどのもの。
それがいかなる要因から生まれたものなのかは定かではなかったが、少なくともただの背景設定だと軽んじられるものではなかった。
「あの扉の紋章があった位置には、実際に《霊王》が存在していた。それに、《守護の四権》とか言うのを当てはめてみれば数も合う……ここまで来れば、《斬神》とやらが本当に存在していてもおかしくは無いと思うさ」
「《タカアマハラ》のメンバーである可能性は高いと思うんだが、ケージは何か知ってるか?」
「ん、ああ……まあ、多少は、な」
ケージにしては珍しく、若干しどろもどろになりながら視線を泳がせる。
そんな彼の態度に、ヒカリは僅かに視線を細めていた。
ケージは、腹芸の類も得意としている人間だ。最初から隠すと決めている事に関しては、表情一つ変える事無く嘘を吐けるだろう。
しかし、ケージはこうして動揺を見せている。
それは即ち、そこまでならば気付かれても構わないという事だ。
(ならば後は、何処まで話していいか迷ってる、って所かな)
ケージ達は《タカアマハラ》にあまり良い感情を抱いていないと思われる反面、どこか遠慮している部分も感じられる。
どのような関係であるかまで想像する事は出来ないが、それなりに近しい場所にいるとヒカリは確信していた。
ある程度思考を読まれている事にも気付いているケージは、軽く嘆息しつつ声を上げる。
「ああ……恐らく、《斬神》も実在の人物だ。《霊王》や《賢者》の上司みたいなものであるのも間違いない」
「……なあ、ケージ。あたしの勘違いじゃなければ――この世界の神の役割である《斬神》は、《タカアマハラ》のリーダーじゃないって事なのか?」
その言葉に――ケージは、鋭い視線をヒカリへと向けていた。
否定するつもりはないのだろう。そこまで読まれる事も想定内といった風情である。
ただし、それ以上を聞くつもりならば覚悟しろと、ケージの視線は言外にそう告げていた。
故に、ヒカリもまた真っ直ぐとその視線を見返す。
ヒカリもまた、《タカアマハラ》を追う覚悟を決めていたのだ。
(《霊王》の言った言葉……あたしたちの出生にまで、関わっている可能性があるという事……とても事実とは思えないが、無視できる言葉でもない)
現実的に考えて、《タカアマハラ》がそんな事を知っている訳が無いのだ。
しかし、それと同時に、何故《霊王》がライト達の特殊な出生の事を知っていたのか、と言う疑問もある。
三人とも親が不明の孤児であり、今も尚その肉親は判明していない――その事実は、このゲームをプレイする際に登録するような個人情報ではないため、運営側である《タカアマハラ》と言えども知っている筈がないのだ。
無論、《霊王》もそれを知っている筈が無い。にもかかわらず、彼女はそう言葉を口にしていたのだ。
(《タカアマハラ》は何かを知っている可能性がある。それを問うためには、やはりあのレイドイベントしかない)
《タカアマハラ》に所属する四人、《守護の四権》と名乗る者達と戦うイベント。
ケージ達が目的であるとしているそれは、ライトやヒカリにとっても挑む理由のあるイベントとなっていたのだ。
そして――今回この襲撃イベントにて中小ギルド連合を組み上げたもう一つの理由、それこそがそのレイドイベントだった。
大規模ギルドや、準大規模ギルドとのコネクション作り。そして、それによって高難易度のレイドイベントに参加する人員を増やす事。
それこそが、ヒカリのもつもう一つの目的であった。
――全ては《タカアマハラ》と接触するため。
そして、そのリーダーに関する情報であるならば、ヒカリとしても喉から手が出るほどに欲しい情報であった。
とはいえ、その姿勢を大っぴらにすれば、相手に余計な事を勘ぐられかねないと、表面上は冷静な姿勢を保ちながら、ヒカリはケージの言葉を待っていた。
対するケージは、やれやれと小さく嘆息を零し、声を上げる。
「……ああ、《斬神》は《タカアマハラ》のリーダーじゃない。その人物達は、《魔王》……そして《女神》と呼ばれている」
「達? リーダーが二人いるって事か」
目を見開いて問いかけたライトの言葉に、ケージは目を閉じたまま僅かに首肯する。
難しい表情のまま、彼は軽く肩を竦めてから続けた。
「尤も、あの地図を見てもどこにいるのかなんてさっぱり分からなかったがな。実質、その二人が《タカアマハラ》のリーダー扱いであるらしいことは確かだ」
「《魔王》、《女神》ね……また、随分な呼び名だな」
「それに関しちゃ、否定はしないがな。まあ……お前達なら、もしかしたら会えるかもしれないな」
それだけ告げ、ケージは踵を返してカウンターの方へと戻っていった。
その背中を見送った後、振り返ったヒカリは、再び視線を仲間たちへと向けながら声を上げる。
「まあとにかく、上級職になった後のことはしっかり考えてある。あたし達はあたし達なりに、楽しむ事としよう」
ここに集うメンバーは、己のやりたい事を突き詰めた結果こうなった、というプレイヤーばかりである。
そんなヒカリの言葉に対し、反対意見など出るはずもなかった。
今日の駄妹
「ちなみに、私はあくまでサポート特化狙いです。実に普通ですね」




