71:同盟の概要
『コンチェルト』の店内に、唖然としたような沈黙が流れる。
ヒカリが提唱した作戦。それは、順当といえば順当ではあるものの、通常のMMORPGでは耳にした事の無いような共同作戦だったのだ。
尤も、VRMMOはこのBBOが初めてであるため、通常の軍略に沿ったような作戦など立つはずもないのだが。
ヒカリは軽く肩を竦め、集まったメンバーをぐるりと見渡す。
あの大規模ギルドのギルドマスターたちに比べれば、覇気が足りないとしかコメント出来ない者たち。
けれど、それも当然と言えば当然だろう。このゲームは所詮遊びであり、あそこまで本気で組織の運営をするような人間の方が奇特なのだ。
そんな奇特な人間であるが、実力は疑うべくも無い。一種の才能と組織力を持つ彼らに、少数派の人間が太刀打ちできるはずが無いのだ。
――しかし、そこに一つの希望が投入された。
「……は、ははっ、大胆だなぁ、アンタ。けど、まだ問題はあるぜ? 《プロヴォック》の射程はそれなりだが、そう極端に長い訳じゃない。全てのエネミーのヘイトを向けることは不可能だろう。その取りこぼしは、必ず遠距離攻撃部隊の方に向かうぜ?」
「そいつは勿論理解してる。だからこそ、遠距離攻撃部隊および防御部隊は、三列入れ替え式で動いて貰うつもりだ」
「と言うと……交代しながらスキルを使って、リキャストの隙を消すって言う事ですか?」
「所謂、鉄砲隊方式って奴だな。交代しながらスキルを使えば、射程が足りず届かなかったエネミーも接近してきているだろうし、そいつらに改めて《プロヴォック》を張り直せばいい話だ」
ヒカリの説明に、成程と呟きながら傾櫻は頷く。
弓や魔法に関しても同じ事だ。弓はあまりスキルを使う必要は無いだろうが、魔法には詠唱の時間が存在している。
波状攻撃を行うためには、この詠唱時間がどうしてもネックになってしまうのだ。
その為、部隊を三つに分けて順番に詠唱し、絶えず魔法が放てる状態を維持する。
古くから用いられてきた方法ではあるが、確かに実用性の高い作戦であると言えた。
「まあ一応、それでも取りこぼしはあるかもしれないからな。そういう時のために、パーティを作れなかったメンバーを遠距離攻撃部隊の護衛隊として配置する。まあ、あんまりイベント報酬を望んでないようなメンバーであることが好ましいな」
「ふむ……確かに、どうしてもあぶれる奴はいるだろうからなぁ」
パーティを組みながらも部隊と言う形で戦っているのは、均等に経験値を取得するためだ。
BBOの場合、止めを刺せば多くの経験値が入るが、攻撃を当ててさえいれば多少は経験値が取得できるのだ。
パーティメンバーが敵を倒した場合は等しく最大値の経験値が入ってくるが、止めだけを別のパーティが刺した場合、自分たちのパーティにも多少の経験値が配布される。
そのため、多くのエネミーに手付けをする事が効率の良い稼ぎに繋がるのだ。
遠距離攻撃部隊の絨毯爆撃は、これを狙っている部分もある。
「……あの、もう一つ聞いてもいいですか?」
「おう、何だ?」
「この作戦、敵が正面から向かってこなくちゃだめな筈です。相手が門を狙っている以上、真っ直ぐ向かってくる可能性は高いとは思いますが……それでも、横から攻撃してくるエネミーは存在するはずです。それはどうするつもりですか?」
「ああ、それも護衛部隊の仕事になる訳だが……まあ、あまりそういったエネミーは出ないと思うぞ」
「え? そんな、どうして……?」
「無論、あたしとライが、敵を誘導するからだ」
不敵な笑みを浮かべ、ヒカリはそう言い放つ。
絶対に達成できると、疑う事もなく信じきった強い口調。
それは、相手にも信じさせるだけの強さを持つものであった。
「向かってくる相手に、あたし達が一当て空爆する。倒す必要が無いなら、適当に攻撃をばら撒くだけでも十分だからな。そうしてヘイトを適当に集めた後、敵が正面から向かってこれるように調整すればいい訳だ」
「おいおい、無茶苦茶だな……ホントにやれるのかよ?」
「ついこの間まで、あたしたちのパーティには前衛がいなかった。なのに、どうしてトッププレイヤーと比肩できるほどのレベルがあると思う? 答えは単純、あたしとライが回避盾になっていたからだ」
ライトとヒカリがエネミーの注意を集中させる事になったのは思わぬ副産物でもあったのだが、そのような事情はおくびにも出さない。
実際の所、イベントで発生するような大量のエネミーの攻撃を躱し続ける事は、ライトをしても若干難しい行為だ。
ヒカリの言葉を聞き、ライトが頬を引き攣らせていたのも否めない。
しかしながら、やってやれないと断ずるほど、無茶な行為という訳でもなかった。
敵を倒す必要は無く、やるべき事はただ満遍なく空爆を行う事のみ。
高度を下げて集中攻撃する必要も無いならば、エネミーたちの攻撃に当たるリスクも少ない。
(出来なくは無い、か……実際の所、本番になってみないと分からない事だろうが――)
ヒカリに期待されている以上、その言葉に従わない道理は無い。
ライトは軽く息を吐き出し、ヒカリと同じように強い笑みを浮かべて見せていた。
そんな自信満々な二人の様子に、周囲からは再び『爆撃機』に対する驚きの声が上がり始める。
『出来るかもしれない』――ただ、そう思わせるだけで十分なのだ。
「ま、細かな問題はいくつかあるだろう。情報伝達やら、不測の事態やら、本番になって見なけりゃ分からない事だってある。けれど、あたしはこの作戦で、大規模ギルドに十分対抗できると考えている。数は十分、作戦もある。旨みだって、十分にあるだろう」
「回収役、か……一応、取り決めも作っておくつもりなんだろう?」
「ああ、勿論。回収役がアイテムを回収していいのは、自分のパーティの攻撃役および防御役が倒したエネミーからのみだ。だからこそ、攻撃部隊と防御部隊には遠距離攻撃系を配置させないようにしたんだからな」
爆撃地帯を潜り抜けてきたエネミーは、既にかなりのHPを削られている事だろう。
その程度の相手であれば、攻撃役と防御役が一、二発ダメージを与えてしまえば倒れるはずだ。
それならば横殴りの心配もあまりないし、そもそも敵が飽和している状況が想定されるため、あまり気にしている余裕も無いと思われる。
無論、ゼロであるとは言い切れないが――
「ま、参加にはしっかりと契約書を交わして貰う。罰則はきちんと用意しておくつもりだし……それに、このゲームにはプレイヤーがいつでも見れる掲示板があるんだ。この状況で故意にそんな事をすればどうなるか、言うまでもないだろう?」
ゲームが始まってそれほど立っているわけではないが、既に晒しスレの類はいくつも作られている。
一応、ライト達が紹介されているネタビルドのスレも、それに近いような存在なのだ。
とはいえ、そちらには晒し上げようというような悪意は存在せず、全体的に平和な雰囲気の中で話し合っている訳だが。
しかし、こういった大量のプレイヤーやギルドが参加する中で、規律に反した行動を取った場合――そのようなプレイヤーは、敵意と悪意を持って名前を晒される事となるだろう。
そんなプレイヤーが今後ゲーム内においてどのような扱いをされるかなど、想像に難くはない。
「ともあれ……今回この同盟に参加した場合には、こういった作戦に協力してもらう事となる。これに参加してくれるなら、十二分に戦果を上げられるようになる事を約束しよう」
言って、ヒカリは小さく笑う。
好条件であるだろう。特に、準大規模ギルドを運営する二人のギルドマスターにとっては。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「ん、何だ、傾櫻?」
「これだけの作戦を立てたんだ、あんたが指揮を取るんだろうが……勝てるのか、大規模ギルドに?」
それを問う傾櫻の視線は鋭く細められ、常に浮かべられていた不敵な笑みは消え去っていた。
そんな彼の表情に、ヒカリは内心で笑みを浮かべる。
傾櫻――および『荒覇吐』は、大規模ギルドへの発展を望んでいるのだ。
積極的にメンバーを集め、多くのクエストをこなし、現在50人クラスまで規模を拡大させた。
しかし、未だ『シルバーレギオン』や『ビーストキング』には届かない。
『シルバーレギオン』の総合力は非常に高く、また戦闘系ギルドとしての『ビーストキング』は非常に強大だ。
中規模からは一回り大きい領域まで達している『荒覇吐』だが、大規模ギルドには二歩も三歩も及ばないのが現状なのだ。
これ以上の無茶な勧誘は、ギルドの質の低下を招く。それ故、ここから先はより質の高いプレイヤーを集める事と、ギルドメンバーの強化が重要となる。
――そうであるからこそ、乗りこなしやすいのだ。
「そうだな、あたしの見解からすれば――『シルバーレギオン』には、恐らく及ばないだろう」
断言するヒカリの言葉に、ざわめきの声が周囲へと広がる。
初めから敗北を宣言してしまった事への動揺と、ヒカリが発した『には』という言葉に対する驚きだ。
「ギルドマスターのクライスト。正直な所、あの男はあたしが想像した以上の人間だった。格下相手に見下したような態度を見せていたが、あれはポーズだな……こっちの事を、随分と警戒していた様子だった」
そう仕向けた部分もあるがな、と胸中で呟きつつ、ヒカリは傾櫻の目を見つめる。
例え『シルバーレギオン』と同等の人数を揃える事に成功したとしても、非常に優れた組織力を有する彼らには敵わないだろう。
その末端までを制御できているかどうか、それを見極めるための会談でもあったのだが、クライストはヒカリが想像した以上の人間だったのだ。
組織運営の練習のためにゲームでもしているのではないか、と勘ぐってしまう程度には油断ならない相手であると、ヒカリはそう判断していた。
――そんな相手にコネクションを結べた事は、一つの収穫であっただろう。
「小細工を弄しようと、クライストは簡単に見破ってくるだろう。むしろ、下手な小細工であれば逆に利用されるだけだ。故に、団体として勝利する事は難しいと言わざるを得ない。だが――『ビーストキング』と『A.O.』の連合。彼らには勝てる」
「ッ……理由を聞いても、いいか?」
「彼らは、組織を運営するだけのカリスマ性を持っている。だが、悪く言ってしまえばそこまでだ。あの二人に、あたしに対する警戒は無かった。あたしを子供と侮っていた訳だ」
ヒカリの見た目はかなり幼く、子供である事も決して間違いではない。
だが、クライストはそんなヒカリに対して警戒心を向けていた。
決して見た目通りの相手ではないと、それを数度の会話のみで察していたのだ。
しかし、レオポルドや瑪瑙にはその様子は無かった。
無論、ヒカリが見逃してしまうほど内心を隠すのが得意と言う可能性もあるが、レオポルドはその可能性は非常に低く、瑪瑙は例えそうであったとしても、数で上回る事も不可能ではない。
「ま、恐らく門の位置決めの時点でほぼ全て分かるだろう。どこまでやれるか……それは分からないが、お前さんが『シルバーレギオン』にまで対抗したいと考えるなら、分の悪い賭けになるぞ?」
「……だが、勝負にならないわけじゃない。喰らい付いて行ける可能性もある、って事だな?」
「ああ、それはあたしが約束しよう。大規模ギルドと対等に渡り合える事も、参加プレイヤー全員に大きく利のあるイベントとする事も……あたしは、約束してみせよう」
イベントで名を上げ、成長するギルドとして質の良いプレイヤーを多く取り込むことを望んでいる『荒覇吐』。
様々なプレイヤーが参加しており、イベントで利益を上げる事を望むプレイヤーも多い『探索同好会』。
その二つのギルドが欲するものを提示し、ヒカリは不敵に笑みを浮かべる。
この言葉を無視する事など、二人のギルドマスターには不可能であった。
「……分かった。『荒覇吐』は、中小ギルド連合に参加しよう。その代わり、いい戦いを頼むぜ?」
「『探索同好会』も、ギルド連合への参加を表明します。正直、ちょっと自信なくなっちゃうかも……色々と考えなきゃいけないんですね、ギルドマスターって」
「ああ、準大規模ギルドのお二方、あたしはお前達を歓迎しよう!」
第一の関門である大規模ギルドのギルドマスターとの顔合わせ、第二の関門である準大規模ギルドの引き込み――ここまでを成功させ、ヒカリは机の下で強く拳を握っていた。
――そしてこの日、会議に参加したギルドの大半の勧誘に成功し、戦闘職のみで250名を超えるギルド連合が結成されたのだった。
今日の駄妹
「扱いやすくて助かりますねー」




