70:中小ギルド
中小ギルドと銘打たれているものに、実際の所あまり明確な定義は存在していない。
感覚的に、大人数ののギルドメンバーが集まっているものを大規模ギルドと呼んでおり、何人以上何人以下などの区分けは特に無いのだ。
そして今回、ヒカリが掲示板で声をかけたギルドも、特にそういった指定は存在していない。
つまるところ――50人程度の準大規模と呼べるようなギルドが名乗り出てくることも、ヒカリは期待していたのだ。
「ようこそ、そちらに参加者名簿を置いてあるから、順番に記入して入ってきて欲しい。書いた人から名詞とケーキ一皿を受け取って欲しい」
次々と『コンチェルト』の中へと入ってくるプレイヤー達。
主に二人組み――ギルドマスターとその補佐役――である彼らは、ヒカリの言葉に従って順々に席に着いていた。
掲示板に参加を表明して見せたギルドは大小合わせて23団体。
大半は10~20人程度の小さなギルドであったが、2団体だけ、50人を超える準大規模ギルドが存在していた。
結果的に、全てのギルドを合計すれば、人数はかなりのものとなっていたのだ。
「中々、盛況なもんだな」
「予想以上だったか、ライ?」
「いや、お前の発案ならこれぐらいは行くだろうと思ってたさ。上手く纏め上げてくれよ」
「にはは、愚問だな」
自信ありげに笑うヒカリに、ライトもまた小さく笑みを零す。
二人共非常にリラックスしており、多くのプレイヤー達からの視線が集中している中でも、全くと言っていいほど緊張していなかった。
しかし対照的に、プリスはがちがちに緊張してしまっている。
先ほどの大規模ギルドのギルドマスター達と相対した時はそれほど緊張していなかったのだが、こうして大人数の前に立つ事はまた事情が異なる様子であった。
しかも、彼女はかなり多くのプレイヤーに顔が知られてしまっている。
対人戦最強の剣士は、今でも街中で決闘を行っている事があり、それなりに有名なのだ。
「プリス……決闘の最中もこんな感じだろうに、何を今更緊張してるんだ」
「だ、だって……戦いの時は、相手に集中してるし……」
「って言うか、普段学校でだって似たような感じだろうが」
「が、学校だと知ってる人たちばっかりだし! 文化祭の時とかぐらいじゃないと、ちょっと慣れてるって言うか!」
「あーはいはい、分かったから。落ち着け、な?」
「う、うん……」
視線に晒されがちがちに固まったプリスに対し、ケージは非常に落ち着いた表情をしている。
集まる視線の量に関してはプリスが圧倒的に多いため道理と言えば道理だが、プリスとケージはセットで認識されている面もある。
その為、ケージにもそれなりに視線は集まってきているのだが、その点彼は中々豪胆な性格をしていた。
ケージは集まる視線を気にしないどころか、公衆の面前でプリスの手を握り、彼女を落ち着かせていたのだ。
仲睦ましげに話すプレイヤーが二組――そんな彼らに向けられるのは、好奇とやっかみの視線である。
「あれが爆撃機コンビ……」
「うわ、剣士さんと罠師さんってマジであんな感じなのか」
「爆発しろ、罠師さん爆発しろ……」
「爆撃機さん、隣に爆破すべき二人がですね……」
「むしろ両方とも爆発しろ」
ウィンドウで掲示板を開いて何やらやっている者、近くのギルド同士で話し合っている者と様々だが――そんな会場に、アマミツキの声が響いた。
「兄さん、姉さん。参加者の確認が完了しました。一部予定の変更から代理人で来たギルドもありましたが、登録ギルドは確認済みです」
「ん、分かった。ライ、店主に紅茶の運搬を始めるように言ってきてくれ。こっちはこっちで始めてる」
「ああ、了解だ。頑張れよ」
「にはは、応ともさ」
一部、アマミツキがライト達の事を兄や姉と呼んだ事に驚いている面々がいたが、そんな反応は気にもせず、ヒカリは改めて集まった者たちへと声を上げる。
「さて、それでは中小ギルド連合の結成会議を始めよう。あたしはヒカリ。ギルド『碧落の光』のギルドマスター。一部では『爆撃機』なんて呼ばれてるから、そっちの方で知ってる人もいるかな?」
不敵な笑みと共に放たれた言葉に、会場にいたメンバーのうちの一部から反応が上がっていた。
視線を素早くめぐらせ、ヒカリはその数を確認する。
『爆撃機』というヒカリたちの異名に反応したものは、およそ十人強と言った所。
それらは全て、好意的な視線をヒカリたちへと向けてきている者たちだった。
そんな彼らの顔を記憶し、ヒカリはわずかに笑みを浮かべる。
察しのいい者がいればヒカリの表情にも気付いたかもしれないが、それよりも若干早く、ケージが続くように声を上げていた。
「こちらはギルド『コンチェルト』。この店を運営している者です。俺はギルドマスター代理のケージ……反応は若干不本意ながら、『罠師』と呼ばれてるプレイヤーです。どちらかと言えば、俺よりもこっちのほうが有名でしょうが」
「は、はいっ! ご、ご紹介に与りました、プリスです! いつも広場の辺りでお騒がせしてます!」
そんな言葉と共にプリスがぴょこんと勢い良く頭を上げれば、中々に大きい胸がぶるりと揺れる。
その様子に感嘆の吐息を吐き出す男達がいたが、周囲の女性プレイヤーやケージの鋭い視線に、軽く咳払いをして誤魔化していた。
彼らの様子にくつくつと笑いを零し、ヒカリは改めて声を上げる。
「さて、後この場にいるのは、あたしの両腕であるライトとアマミツキ。『爆撃機』の片割れはライの方になる。こんなメンバーで話し合いを始めたいと思う」
先ほど大規模ギルドを相手にしたときとは違い、敬語らしき口調もなりを潜めていた。
一種のロールプレイであるとも言える、その姿勢。それは、ヒカリにとっての『指導者らしい人間』のイメージの現れであった。
実際、若干横柄とも言えるその態度は、集まったプレイヤー達の注目を集めるのには十分なものであった。
プリスに向かいがちな視線を何とか集め、ヒカリは小さく笑みを浮かべる。
「さて、あたしはこうして中小ギルドの同盟を提案した訳だが、まずはその目的を話しておこう。この同盟の目的は、大規模ギルドによる狩場の独占を防ぐ事だ」
堂々と言い放ち、ヒカリは僅かに口元を歪める。
実際の所、この言葉は完全に正確であるとは言いがたいものだ。
確かにそれも目的の一つであるが、もう一つは大規模ギルドの足を引っ張るプレイヤーを減らすと言うものでもある。
乱戦となる事が予想される今回のイベントでは、エネミーの横殴りの問題が顕著に現れるという懸念があったのだ。
大規模な戦闘が起こる以上避けようの無い問題ではあるが、ある程度役割分担を決める事で抑制する事は可能だ。
「大規模ギルドとは既に交渉を行い、協定を結んである。『シルバーレギオン』、『ビーストキング』および『A.O.』の連合、そしてあたしたち。これら三団体が、街の四方にある門を一つずつ護る事となる訳だ」
「一つ、いいですか」
「ん、どうぞ。質問があるならどんどん手を上げてくれ」
ヒカリの言葉に頷いたのは、緑の髪を右肩の辺りで束ね、体の前に垂らしている少女であった。
纏っている服装はローブであり、その手に杖は無いものの、メイジである事が伺える。
「さて、ギルド『探索同好会』Jadeだったな。一体どんな質問だ?」
「え、何で私の事を知って……」
「今日来るギルドマスターの顔と名前は全員覚えたさ。こちらはホストなんだから、当たり前だろう」
にやりと笑うヒカリに、Jadeは面食らったように目を見開いていた。
そのヒカリの言葉に嘘は無い。既に一通りのメンバーの名札と姿に目を通し、それら全てを対応させていた。
Jadeがギルドマスターを勤める『探索同好会』は、50人程度の規模を持つ準大規模ギルドと呼ぶべきものだ。
このギルドはバランスよく戦闘職と生産職が配分されているギルドで、初心者同士の互助組織のような様相を呈している。
参加条件が無きに等しいものであるため、どんなプレイヤーでもお試し感覚で参加でき、そして居心地が良いと感じた者がそのまま残留する事となる。
そうした繰り返しによって、いつの間にか規模が大きくなっていたギルドであった。
(ギルドが肥大化してるため、若干制御を離れつつある……今回の参加も下からの突き上げがあっての事、って所か。とはいえ、主体性のあるプレイヤーは少ないようだし、命令があればその通りに動くだろう)
内心でそう判断しながらも、ヒカリはJadeに質問を促す。
彼女はそんなヒカリの内心などいざ知らず、どこか自信なさげな様子で声を上げる。
「あの、その場合、同盟はどこの門を守る事になるのでしょうか?」
「それはまだ決まってないな。相手からの返答待ちではあるが、数日後に決定して契約を交わす事になっている。まあ、この三勢力で三つの門を担当する事が決まれば、大々的に通知するつもりだ。どこにも参加していないプレイヤーが、安易に近付いて邪険にされないようにな」
公式的な取り決めでもなく、あくまでプレイヤー間で決まった了解のようなものであるため、拘束力など何も無い。
実際、発表されれば多くの反対意見が出る事だろう。
しかし、これらの取り決めが無かったとしても、大規模ギルドによって狩場の独占は必ず発生するのだ。
独占された狩場がどこにあるかも分からぬままイベントに突入するよりも、どこか一箇所は開いている場所が告知されているほうが、問題の発生する確率は低い――それが、ヒカリの考えであった。
「まあそういう訳で、この同盟は、門の一つを守護してエネミーたちが街の中に侵入するのを防ぐ形でイベントに参観する事になる。これに関して異論はあるか?」
集まった面々をぐるりと見渡しながら、ヒカリはそう告げる。
その際に手を上げたのは、赤い髪をした大柄な男だった。
「ちょっといいかい、ホストさんよ」
「ふむ。『荒覇吐』の傾櫻か。どんな質問だ?」
「門の一つを護るってのは了解した。だが、そこでどうやって戦うつもりだ? 正直、これだけの数のギルドが乱戦してたら、邪魔なソロプレイヤーの横殴り云々も本末転倒だと思うんだけどよ」
彼は、会議に参加したギルドの内、『探索同好会』に続く二つ目の準大規模ギルド『荒覇吐』のギルドマスターだ。
こちらは体育会系の戦闘系ギルドであり、上位三大ギルドに対抗意識を持っている面が強い。
ギルドマスターの傾櫻もさっぱりとした性格の男であり、メンバーからも慕われているが、若干自信過剰な面があるのは事実であった。
カリスマ性はあるが、副官にあまり恵まれてはおらず、操縦するのにはあまり困らない――それが、彼と彼のギルドに対するヒカリの評価である。
「中々気が早い男だな。ちゃんと説明するさ……アマミツキ!」
「はい、姉さん」
台車に紅茶を載せて持ってきたアマミツキが、再び店の奥に引っ込み、今度はホワイトボードのようなアイテムを押しながら現れる。
そこに書かれていたのは、今回の作戦の全容とも呼べるものであった。
左側には陣形を、そして右側には詳細な内容を記した文章を。
それらを指し棒を使って示しながら、ヒカリは立ち上がって声を上げる。
「まず、諸君には可能な限り、六人一組のパーティを作ってもらう。パーティの内訳は、攻撃役一人、防御役一人、弓兵役一人、魔法役一人、回復役一人、回収役一人だ。パーティを組んだ後、諸君にはそれぞれバラバラに行動してもらう事になる」
「パーティを組んだのに、バラバラに行動する? 意味あんのかそりゃ?」
「勿論。これは、全体に等しく経験値を分配するための処理だ」
言いつつ、ヒカリはホワイトボードに書かれた陣形を指し示す。
ヒカリが最初に示したのは、左右斜めに開いたような陣形――所謂鶴翼の陣と呼ばれるそれの、両翼に当たる部隊であった。
「まず、各役目の面々は、それぞれの役目ごとに一箇所に集まって部隊を作ってもらう。そして、この左翼側には弓兵部隊、右翼側には魔法兵部隊を配置する。ここまでいえば、ここの連中がどんな仕事をするのか分かるだろう」
「遠距離攻撃役を両翼に配置する……って事は、この陣の中央に来たエネミーを集中放火するって事ですよね」
「その通りだ、Jade。ここの部隊は、ただひたすらエネミーに遠距離攻撃を撃ち続ける部隊……分かりやすい仕事だな」
自身で頷きながら、ヒカリは次に中央――両翼の根元に三つ平行に連なっている部隊を示す。
書かれている文字は、防御兵、攻撃兵、回収兵の順だ。
「問題点として、この攻撃位置にエネミーが来なければ仕事がしづらいと言う点がある。その為、まずはこの防御兵が一時的に前に出て、《プロヴォック》などのヘイト管理スキルを利用し、エネミーを引き寄せる必要がある訳だ」
いいながら、ヒカリは陣の中央辺りに部隊を書き足す。
更にその部隊の下に下向きの矢印を追加し、元の位置まで戻る事を示していた。
「エネミーの引き寄せに成功したら、集まったエネミーたちを魔法や矢で集中放火する。この時に気をつけるのは、遠距離部隊はエネミーを狙うのではなく、それぞれ決まった決まった地面を狙う事だ」
「地面? 確かにそれでも絨毯爆撃みたいにはなるだろうけどよ、ダメージ効率は悪くねぇか?」
「そう、それが狙いなんだ、傾櫻。まず、弓はまだしも、魔法の射線が混線した場合、互いに相殺されてしまう可能性がある。更に、ここでエネミーにダメージを与えすぎてしまってはいけないんだ」
「……そうか、ヘイトを分散して防御部隊からターゲットを外させないようにするのと、アイテム回収のためなんですね?」
「その通り。この爆撃地帯は、エネミーの殲滅が目的じゃない。適度にダメージを与え、近距離攻撃部隊に仕事を回す事こそが目的なんだ」
言いつつ、ヒカリは陣の中央に控える近距離攻撃部隊に大きく丸をつけていた。
彼らの仕事こそが、今回重要となってくるのだ。
「ここの面々は、攻撃役、防御役、回収役の三人一組だ。爆撃地帯を抜けてダメージを負ったエネミーたちを仕留め、更にそのアイテムを回収する役目を負っている。ここに関しては、流石に横殴り云々を防ぐのは難しいが、あんまりゆっくり喧嘩していると敵が押し寄せてくるからな。獲物には困らんだろう。ここでダメージを受けたら、元の場所に控えている衛生兵から回復を貰ってくれ」
つまり、と一言置き、ヒカリは小さく笑みを浮かべる。
既に何も言わずとも、集まった面々は作戦の全容を理解しているだろう。
これは即ち――
「全ての参加者が効率よく経験値を取得でき、更にドロップアイテムの回収も可能な陣形。これが、あたしの提唱する作戦だ」
――強い笑みと共に言い放たれた言葉。
その予想以上の内容に、集ったプレイヤー達は一様に沈黙を返していた。
今日の駄妹
「これは中々、スレも盛り上がりそうな雰囲気ですね」




