69:会合の準備
「まあ実際の所、助かってるんだよねぇ」
ライト達が素材の収集を行ってから数日。
味や甘みを調整したクリームをかき混ぜながら、喫茶『コンチェルト』の店主、レスカーナはそう呟いていた。
その手際は非常に良く、既に手馴れた作業である事が伺えるだろう。
事実、彼女の料理スキルの熟練度はかなり上昇してきており、それに応じて作れる料理の難度も向上してきている。
しかしながら、彼女がそのスキルを活用するのは、基本的にケーキか軽食のみであった。
「あんまりゲームにかまけている時間もないかと思ってたんだけど、まさかここまでリアルに店の運営が出来るとはね。模擬店のレベルじゃないよ」
「ま、それに関しては本当にその通りだよね。実際、この店は上手く行ってるんじゃないのかな?」
「あはは。それはまだ競争相手が少ないからだね。このゲームにおいて、食事は副次的なものでしかない。空腹のバッドステータスはあるものの、そんなのは適当に解消すればいいだけだしね」
レスカーナの言葉に言葉を返しているのは、『コンチェルト』の注文で食器や調理器具などを作成してきたゆきねであった。
ダンクルトたちの変身アイテムについてはある程度の目処が立ったため、現状の素材で作成可能な食器類の作成を行っていたのだ。
そうして通された店の奥で、店主たるレスカーナはゆきねに対して雑談を持ちかけていた。
「でも、娯楽品としての食べ物は違う」
「そう、その通りだね。ワタシは自分の料理や経営の修行のつもりでもあったけど、需要にはマッチしていたみたいだ」
「いくら食べても太らないケーキなんて、女の子にとっては夢のような話だろうしね。それに、ステータスもアップするし」
「君に言われると、何だかちょっと不思議な気分だけどねぇ」
くすくすと笑いながら、レスカーナはそう口にする。
彼女は既に、ゆきねが女性ではない事に気付いていた。
とはいえ、フレンド登録を交わした時点で性別の表示を見抜いただけであり、骨格から男女を見分けたりした訳ではないのだが。
しかし、ゆきねの見た目は本人の意図も相まって、どこからどう見ても女性にしか見えないものとなっている。
そんな彼が男性側の意見を口にするのを聞くと、何とも不思議な気分に襲われるのだ。
レスカーナは軽く肩を竦めてその気分を追いやり、口元に笑みを浮かべたままに声を上げる。
「まあ、現実でも喫茶店を営業しようと考えてるからね。いい練習になるよ」
「へぇ……そういった感じにゲームを利用できるのも面白いよね」
「実際の所、色々な活用法があるのは事実だよ。内部から外への画像持ち出しは可能だから、ゲーム内で勉強をするとかねぇ」
「あー、こっちだと時間が二倍あるからね。時間が足りない受験生にとっては嬉しい話か」
「まあ、まだ受験に切羽詰るような時期でもないけど、テスト勉強で活用してるって話は聞いた事があるよ」
とりとめも無い話をしながらも、レスカーナの手は淀みなく動く。
角が立ってきたクリームの中に、仲間達が収集してきたマンゴーをペースト状に磨り潰したものを投入する。
そうして再びクリームをかき混ぜれば、鮮やかな黄色のクリームへと変化していく。
料理も他の生産と同じく、マニュアル生産をした方が良い性能のアイテムが出来上がる。
他の生産と若干違っている点は、規定のレシピに従わなくてもアイテムが出来上がる点だ。
自らの手で料理を作り上げた場合、それは料理の熟練度や行程などに応じて料理の完成度が決まる。
例え熟練度が低くとも、元々の料理の腕が高ければ、良い料理品が完成するのだ。
(まあ、自画自賛するほどの腕じゃないけど――)
レスカーナのケーキのレシピは、自分で考えた訳ではない。
現実世界で働いている喫茶店、その店主が作り上げたレシピなのだ。
レスカーナがこのゲーム内でケーキを作っているのは、あくまでもその店で作る練習のため。
マニュアルで作る場合、現実世界と変わらぬ感覚で料理を作ることが出来るのだ。
生産性や効率を考えれば、別段不味い料理が出来上がる訳ではないスキルによる生産の方が良いのだが、レスカーナは修行目的にマニュアルにこだわっていた。
「このゲームの活用法は、ただ遊ぶだけじゃない。近々、仕事目的にゲームをする人向けに、島が開放されるとかなんだとか」
「……それホント?」
「多分本当だと思うよ。時間引き伸ばしてまで働きたいだなんて、どれだけ社畜なんだか……まあ南の島らしいから、リフレッシュにも最適だろうけど」
時間が二倍に引き延ばされ、更に息抜きに海水浴も可能。
ついでに言えば、現実世界の身体は寝転がっているため、疲労回復にもそれなりの効果はある。
労働基準法との兼ね合いは協議されている事だろうが。
「まあとにかく、このゲームには色々な活用法があるって事だよ。君たちのリーダーが得意としているようにね」
「ヒカリが? まあ枠にはあんまり囚われない人だけど、そこまで言うほどかな?」
「さあ、ワタシの見立てってだけだからね。確実な事は言えないよ。でも、ワタシとしてはちょっと楽しみかな」
イベントへの参加は巻き込まれた形であるが、レスカーナは不平を言うどころか、楽しげに笑いながらそう答える。
瞳の奥に、好奇心に爛々と輝く光を隠しながら。
「何かやらかしてくれそうじゃないか。引っ張っていくのが得意なんじゃないかな、彼女は」
「ふーむ……まあ確かに、それはそうかも。いつも突拍子もないことをやりだすの、ヒカリだしね」
アマミツキである事もあるが、最終的に背中を押すのはいつもヒカリだ。
そんな彼女が、全力でイベントに取り組もうとしているのだ。
果たしてどのような事をしでかすのか、それは同じギルドのメンバーであるゆきねにも想像できない事であった。
「さて、そろそろお客さんが来る頃だ。準備を急がないとね」
「そうだねぇ。ヒカリも気合入ってたし、果たして何をやらかすつもりなのか……」
「それを楽しめるようになれた人が、ライト君やアマミツキちゃんのようになってしまうんだろうねぇ」
「あー……ちょっと笑えないかも」
ヒカリに心酔している二人の場合、彼女の宣言に関してはなにも疑わずに従ってしまう。
ライトに関しては若干考えている部分もあるようだが、ヒカリの希望を叶える方向に動いている以上大差はない。
流石にあそこまで極端になるつもりはないと、ゆきねは小さく嘆息を零していた。
と――ふと、耳に入ってきた音にゆきねは顔を上げる。
いつの間にか、静かだった店内に多くの人の声が響いていたのだ。
「おっと、皆さんご到着のようだね。それじゃあ、仕上げて準備と行こうか」
レスカーナは楽しそうに笑い、視線を机の上へと巡らせる。
そこには、作り上げられたいくつものケーキが、ホールのまま並んでいたのだった。
* * * * *
この日、『コンチェルト』の店内は貸切となり、ヒカリの呼びかけに集まった面々との協議が予定されている。
しかしその集合時間よりも若干早く、店の中には何人かの人の姿が存在していた。
いつものメンバーであるライト、ヒカリ、アマミツキ。『コンチェルト』を代表してケージとプリス。
そして、そんな彼ら以外に、三人のプレイヤーが存在していた。
「さてさて。それじゃああんまり時間もない事だし、座って座って。大手ギルドのギルドマスターの方々?」
席を立ちながら三人のプレイヤーを出迎えたヒカリは、口元に不敵な笑みを浮かべながらそう声を上げる。
対するは二人の男性プレイヤーと、一人の女性プレイヤー――『シルバーレギオン』、『ビーストキング』、『A.O.』のギルドマスターだ。
リオグラスにおける大手三大ギルドのギルドマスターは、そんなヒカリの出迎えを受けながらも、脇の方に立つプリスへと注意を向けていた。
彼らの内の二人、『シルバーレギオン』のギルドマスターであるクライスト、『ビーストキング』のギルドマスターであるレオポルドは、かつて彼女に敗れているのだ。
大手ギルドを纏め上げているだけでなく、プレイヤーとしての腕も十二分に高い面々ではあるが、プリスの戦歴に土を付ける事は叶わなかった。
「あたしはギルド『碧落の光』のギルドマスター、ヒカリ。で、こっちがギルド『コンチェルト』の――」
「ギルドマスター代理、ケージだ。まずは、呼びかけに応えてくれた事に感謝します」
「くはは! よく言うな、罠師の。そこの剣士の名前で呼んでくれたんだ、黙ってる訳にはいかねぇだろ」
この三名のギルドマスターは、プリス名義で送られたメールによって呼び出されていた。
かつて決闘に敗れた事のある二人ならば、応じねば怖気付いたように見えてしまうのだ。
故にこそ、その呼びかけを無視する訳には行かなかった――そんな若干の意趣返しも込めて、恨み言じみた事をレオポルドが口にする。
クライストも同じような様子ではあったが、彼の視線は冷ややかな色を交えながらヒカリのほうへと向けられていた。
「まあ、呼びかけの方法云々に付いては今は言わない事にするが……それで、零細ギルドのギルドマスターが、我々に一体何の用だと?」
「にはは、分かりきった事を聞いてくるなぁ、クライストさん。あたし達が今何をしているかぐらい、貴方なら把握していると思いますけど」
「……ふん」
ヒカリの言葉に対し、クライストは面白く無さそうに鼻を鳴らす。
しかし、彼の瞳は、どこか値踏みするように油断の無い視線でヒカリの事を観察していた。
そんなクライストの様子に、ヒカリは内心で小さく笑みを浮かべる。
灰色の髪に、銀色の騎士鎧――全体的に白っぽい印象を受ける騎士風のプレイヤー。
しかしその鋭い視線は、守護役の騎士と言うよりも、もっと攻撃的な印象を受けるようなプレイヤーであった。
ギルド『シルバーレギオン』。リオグラスで――下手をすればゲーム内全体で最大の規模を持つギルドだ。
その規模もさることながら、彼らのギルドを支えているのはその情報力だ。
掲示板に提示されている攻略情報の内の半分以上は『シルバーレギオン』が提供したものであり、他のプレイヤーからの信頼も厚い。
若干ながら『効率厨』などと揶揄される側面はあるものの、真っ当に動いているギルドであろう。
そして、そんな巨大なギルドを纏め上げる腕を持つクライストを、ヒカリは最も警戒すべき人物として睨んでいた。
「改めて説明しておくと、あたしたちは今、中小規模のギルドを集めて、今度のイベントに際しての同盟を組もうと画策しています。規模はまだ分からないが、合計で数百人規模にはなると思う」
「随分集まったものだなぁ、お嬢ちゃん。掲示板の呼びかけだけでそこまで集まったのか?」
「レオポルド、貴方も副官任せにしないで情報には目を通しておいた方がいいんじゃないかしら? そこのプリスさん、それにヒカリさんと……そこの彼かしら。この三人が広告塔になっているのよ」
「ほう、お前も強いのか、坊主? 手合わせするか!」
「止めなさいっての」
レオポルドをたしなめるのは、『A.O.』のギルドマスターである瑪瑙だ。
暗い青色の髪を長く伸ばし、深緑のローブを纏ったその姿は、体のラインが出ている部分があるために大人びた印象を受ける。
集まった三つのギルドの中では、『A.O.』は最も規模は小さいものの、それでも百人以上の規模を持つギルドである。
男性と距離を置きたがる女性プレイヤーが集まりやすい傾向にあり、ギルド内で女性のみのパーティが組まれている事も多い。
とはいえ男性のメンバーも少なからず存在しており、ギルドメンバーの間に隔意が生まれる事も少なくは無い。
瑪瑙は、そういったギルドメンバー同士の溝を埋める事に尽力しているが故、多くの支持を受けているのだ。
またレオポルドは、『ビーストキング』と言う名のギルドを統治するギルドマスターだ。
軽装の革鎧姿であるが、何よりも目立つのはオレンジ色のボサボサの髪と、無造作に伸ばした髭である。
猫の獣人であるため、顔全体が毛で覆われたその姿は、さながらライオンのようでもあった。
『ビーストキング』は分かり易い戦闘系ギルドである。
とにかく様々なフィールドやダンジョンに足を運び、エネミーとの戦闘を楽しむ事こそを主目的としている。
また、ギルドマスターであるレオポルド自身の戦闘能力は非常に高く、プリスに挑んだプレイヤーの中では、最も長い時間戦闘を続けていたプレイヤーであった。
実力あるプレイヤーであるが、情報と言う力の基盤の面において『シルバーレギオン』に劣るため、二番手に甘んじている状態である。
「ヒカリさん、そしてそこの彼……貴方達が、噂の『爆撃機』なのよね? 身近にいるとは聞いていたけど、こんな可愛らしい子だとは思わなかったわ」
「にはは、お褒めに預かり光栄です。お察しの通り、あたしとライ……ライトは、一部では『爆撃機』なんて呼ばれてるプレイヤーだ」
二つ名と言うよりはスレでの愛称なのだが、それで共通認識を得られるのならば問題ないと、ヒカリは軽く肩を竦める。
ヒカリたちもまた、この場の三人とは違った意味で有名なプレイヤーなのだ。
「まあ、あたしたちは戦闘が強いって訳でもないんで。多少プレイスタイルが変わってるだけって感じなんで、あんまりライの事を苛めないで欲しいですね」
「ほぉう……うむ、まあいいだろう。それで爆撃機の、俺達は皆忙しい身だ。一体どんな用事なのか、そろそろ教えてくれねぇか」
「なら単刀直入に……あたしが貴方達を呼んだのは、今度のイベントで担当する場所を決めるためです」
その言葉に、瑪瑙は改めてヒカリの顔を見返し、クライストは僅かにその眉を跳ねさせていた。
しかしそんな二人が何かを言う前に、ヒカリは軽く手を振ってアマミツキに合図を飛ばす。
それを受け、アマミツキは資料を取り出しながら三人へと向けて声を上げた。
「あの告知の後、公式に提示された情報ですが……襲撃イベントにて、エネミーの群れは街に侵入する事を狙ってあらゆる方角から攻めて来ると記載されていました。即ち、エネミーたちの狙いは、街の門となるはずです」
「フェルゲイトに入るための門は東西南北に一つずつ。小さい連絡通路みたいなのもあるが、これはあまり考えなくてもいいとあたしは思う」
「だからこそ、防衛線を張るべきはそれぞれの門の前になる、と……」
「だがよぅ、そんなもん、適当に防衛しときゃいいじゃねぇか」
「この子が言ってるのは、貴方が言うような行動を皆が行って、戦果狙いのプレイヤー達が混戦を起こしてしまうのを防ごうって話よ」
ヒカリの意図を正確に汲み取った瑪瑙が、レオポルドに対してそう口にする。
例え力あるギルドと言えど、戦場で足を引っ張り合ってしまえば、思うように戦果が伸びなくなるのは当然だ。
それを防ぐための約定を結ぶ――それが、今回のヒカリの狙いであった。
「まあ、貴方がたは大規模なギルドだし、メンバーの意見を聞かずに決めるのは無理だろう。だから、三日後に再度集まり、そこで決定する事にしようと思います。その際に、しっかりと契約書を交わして、お互いの協定を決めておく事としましょう」
「ず、随分本格的なのね……」
「ふむ……契約の文章は、君が作るつもりか?」
「ええ、その通り。けれど、反対意見があるようであれば、内容は変えるつもりですよ。全体が同意しなければ意味のない協定ですから」
薄く笑うヒカリと、そんな彼女を睨むクライスト。
視線は数秒ほど交錯し――先に相好を崩したのは、クライストのほうであった。
「いいだろう。こちらも、条件を詰めてくるとしよう。まあ、お前達の同盟の結成が上手くいけばの話だがな」
「ま、そこは期待して置いて下さいな、と。それじゃあ、忙しい中ご足労頂きありがとうございました。お土産に、ここの限定ケーキをホールで持って行ってくださいな」
「……ヒカリ、注文数が多いと思ったらこれが目的だったか」
「にはは、同盟の有無は関係なく、仲良くしておいて損はない相手だろう?」
不敵に笑うヒカリに、ケージは小さく嘆息する。
雰囲気に飲まれて、修羅場に慣れたケージでも口を挟み辛かったのだ。
ようやく弛緩した空気に安堵し、ケージは椅子の背もたれに身体を預ける。
(しかし……どこまでやる気なんだかな、この女は)
見た目とは別の意味で自分と同い年には思えない少女に対し、ケージは内心でそんな事を呟いていたのだった。
今日の駄妹
「私、優秀な秘書です。何かひしょって言うとエロゲ的淫猥な響きがあると思いませんかね、いろんな意味で」




