68:採取ポイントにて
復活しましたが、しばらく忙しいので更新はゆっくりです。
何とか飛行魔法を制御して体勢を整え、ライトはすぐさま飛翔する。
普段背中にいるはずのヒカリは、一度投げ出されながらも、何とかライトの腕の中に納まっていた。
視界の端に映るサンドワームのHPバーは既に削りきられており、ゆっくりとその巨体を地面へと横たえている途中であった。
そして、そんな巨大なエネミーが崩れ落ちていく中――一人の少女の人影が、地面へと向かって落下していた。
その影めがけ、ライトは己の体を加速させる。
「全く……随分、と!」
垂直に落下するようにしながら目標を追いかけ、開いている左手に彼女の襟首を何とか掴み、崩れ落ちるサンドワームから離れるように魔法を制御する。
普段は感じないようなずしりとした重みに顔を顰めながら、ライトは何とか落下の勢いを殺し、視線を下へと向けて声を上げていた。
「……無茶をしてくれるもんだな。助けて貰った俺達が言えた事じゃないとは思うが」
「あはは……お世話おかけします」
サンドワームの頭部を縦に断ち割り、そのまま地面に落下していたプリスは、ライトに襟首を掴まれたまま苦笑を零す。
彼女の強力なステータスがあれば、あれだけの高さから落下しても死ぬ事はなかったかもしれないが、そのままサンドワームの死骸に押し潰されてしまう可能性もあった。
サンドワームの背を駆け上がり敵を仕留めたその技術は驚嘆すべきものであったが、後先考えぬ行動にしか思えず、ライトは軽く嘆息を零していた。
助けられた手前、あまり強く言い聞かせる事も出来ない。
その辺りはケージ達に任せる事にし、ライトは軽く肩を竦めると、そのままパラシュート効果のような速度で地面へと向かって行った。
流石に、二人乗せたままでは自在な飛行魔法を維持し切れなかったのだ。
それも、比較的重武装の前衛プレイヤーが相手では、ライト一人で支えきれるものではなかった。
「やれやれ……まあ、助かった。ありがとうな」
「いえ、どういたしまして」
ゆっくりとプリスを地面に下ろしながら着陸し、同時に腕の中のヒカリを地面へと降ろす。
一瞬空中に投げ出されたためか、しばし目を回していたヒカリも、その頃には正気を取り戻してサンドワームの巨体を見上げていた。
「ほー……しかし人間、頑張ればこんなでかい化け物も倒せるもんなんだなぁ」
「ま、倒せなかったらゲームとしてどうなんだ、って話だしな」
久しぶりに地面に降り立ち、ライトもまたヒカリと並んでサンドワームを見上げる。
ライト達からすれば、かなり格上に当たるエネミーであったが、それを難なく倒す事が出来てしまった。
難なくと言っても、一撃を喰らってしまえばそれだけで倒されてしまう可能性のある綱渡りの戦いであったが。
とはいえ、それもいつもの事であると割り切り、ライトはサンドワームにその手を当てる。
扱いとしてはフィールドボスに当たるサンドワームであるため、一人がアイテムを取得してもその死骸が消える事はない。
思わぬ副産物に笑みを浮かべ、ライトは戦利品を確認していた。
「【サンドワームの外皮】、【サンドワームの肝】、【サンドワームの血液】、【サンドワームの牙】……まあ、こんな所か」
「あたしは外皮多めだな。ま、ゆきねにいい土産になったか、にはは!」
豪快に笑うヒカリであるが、これを目にすればゆきねは盛大に頬を引き攣らせるであろう。
ミスリルゴーレムからドロップしたアイテムよりも更に上位の素材であり、当然加工の難易度も高い。
ゆきねならば加工する事も不可能ではないが、この時点で手に入るようなアイテムではない筈だ。
ともあれ、役に立つのであれば問題は無いだろうと判断し、ライトはアイテムをギルドの共有インベントリへと放り込んでいた。
「よっし、まあこんなもんだな。やっぱり『コンチェルト』は強いな!」
「いや、有利に戦えたのはそっちのおかげだろう。俺の罠はあまり通じなかったし、上手い事避けていたからアンズの出番も無かった」
「それを言ったら私の出番もなかったのですけどねー」
《ハイディング》を切って姿を現したアマミツキは、軽く肩を竦めながらそう声を上げる。
事実、あまり攻撃力の無いアマミツキでは、有効なダメージを与えられる相手ではなかった。
ヘイトを向けられる事もなく、《ハイディング》を使わずともサンドワームから狙われる事は無かっただろう。
「ま、あれに有効なダメージを与えられる手段が少なかったんだ。仕方ないと言えば仕方ないだろう」
「だからこそ、正面切ってダメージ与えられるプリスが活きた感じだなー」
「かと言って、あんなに派手な大立ち回りは、見ていて心臓に悪い。もうちょっと自重してくれ」
「あぅ……ご、ごめんなさい」
しょんぼりと縮こまるプリスの姿に、ライトとケージはちらりと視線を合わせて苦笑する。
行動に無茶苦茶な部分があったのは事実だが、助かったのは事実なのだ。
この場での話はここまでにしようと、ライトは視線を上げる。
「さて、目的地はこの先だったな。思わぬ副産物だったが、まだ目的は果たしてないだろ?」
「ああ。すっかりスレも伸びてるみたいだし、収穫無しとは行かないぞ」
「分かっちゃいたが、後戻りは出来ないみたいだな……」
「え? 皆でわいわいやるの、楽しそうだと思うけど」
「はいはい、プリス、あんたは先頭行きなさい。出発するわよ」
きょとんとした表情で首を傾げるプリスに、アンズは苦笑しつつ背中を押して歩いてゆく。
そんな二人に続き歩き出しながら、ライトはちらりとアマミツキの方へ視線を向けていた。
立ち上げたスレッドをチェックしているアマミツキは、既にいくつかの案を出している事だろう。
(さて。後は、どんな人間が集まって、ヒカリがそれをどう御するかだ)
中小ギルドの連合を謳ってはいるが、当然甘い汁だけを吸おうとしてくるプレイヤーも存在するだろう。
ハングリー精神の強いギルドほど、多を追い落とそうとする意志は強いはずだ。
故にこそ、今回の場合は、いかにして互いが互いを利用し合える関係を築けるかに掛かっている。
或いは――
(本当に、全てのギルドにとって利のある関係を築けるかどうか……どう魅せてくれるんだ、ヒカリ?)
彼女ならば、それすらも不可能ではないと、ライトはそう信じていた。
ただ頼るばかりではない。そんなヒカリを支える事こそが、ライトの――三久頼斗の仕事なのだから。
胸の内にある、沸き立つような思い。それを感じながら、ライトは仲間達と共に目的地へと進んで行った。
* * * * *
「一つ聞いていいか、ヒカリ」
「ん、何だ?」
オアシスの傍にある、小さなジャングルと化した木々の地帯。
現実世界ではありえないような形で果物の生る木が群生している場所で、各々のメンバーは周囲への警戒を怠らぬようにしながらもフルーツの採取に勤しんでいた。
そんな中で、身長が低いために高い位置の採取が出来ず、先にノルマをクリアして周囲への警戒をメインにしていたヒカリに、近寄ってきたケージが声をかけていた。
「今回のイベント、勝算はあると思うのか?」
「ふむ」
話半分程度の表情で周囲に視線を走らせていたヒカリであったが、そんなケージの言葉に、小さく口元を歪めていた。
ケージは『勝算』と言った。本来勝ち負けなど存在しないはずの襲撃イベントに対して。
そんな彼の言葉の意味を、ヒカリは正確に把握していたのだ。
「あたしの考える事、良く分かってるな」
「まあ、ライトほどじゃないがな……端まで読めるとはいわないが、ある程度の傾向ぐらいなら分かる」
「ふぅん……その傾向ってのは?」
「比較的に好戦的。そして、いざ腰を上げるとなれば、最高の結果を求めるタイプだ」
「にはは。まあ、間違ってないかな」
ケージの言葉通り、ヒカリは行動するからには最大のリターンを求める性質がある。
では、今回のイベントとで言うならば、最大のリターンとは一体何になるのか。
それは勿論、成績優秀者に与えられるアイテムであろう。
各クラスごとに部門があり、より活躍したものに上位からいくつかアイテムが与えられるのだ。
大規模なイベントであるため、他ではそう簡単に手に入るようなアイテムではなく、それを手にする事はある種の夢であるとも言えるだろう。
「『シルバーレギオン』や『ビーストキング』、『A.O.』……大手ギルドは、それだけの規模を持っている。彼らが参加するとなれば、狩場のいくつかは独占される事となるだろう」
「無論、それはあたしも分かってるさ。『シルバーレギオン』に至っちゃ500人ほどの超大型ギルド、人海戦術はお手の物だろうしなぁ。それに、対抗するために『ビーストキング』や『A.O.』が手を組んだって話も聞いてる」
「……ますます、勝算があるとは思えないな。規模で言えば、俺達はそれこそ百分の一程度だぞ?」
「一つのギルドで言えばその通りだし、まあこの呼びかけで百個もギルドが集まるとは思ってないさ。ようは、やり方を考えればいいんだ」
ゲームの人口自体が多いために、大規模なギルドは百人単位となっている所も存在している。
普通のネットゲームであれば、サーバを分けて登録しているために、一つのサーバ内でそこまで大量の人数が集まることは少ないのだが、このゲームは所属国家こそ分かれているものの、サーバは全て統一されている。
その為、ゲームが始まって大して時間が経っていないにもかかわらず、それだけの規模のギルドが存在しているのだ。
「大規模ギルドってのは、勝ち馬に乗ろうとしてやってきたプレイヤーってのは結構多い。とりあえず大きい所なら外れはないだろう、ってな」
「個人の練度が低いってことか? だが母数が大きすぎる。有能なプレイヤーもかなりいる筈だぞ?」
「そいつは百も承知だよ。だけど、ゲームが始まってそれほど時間が経っていないこの現状……果たして、末端まで指示系統が行き届いているかな?」
言って、ヒカリは小さく笑う。
大規模ギルドと言っても、所属しているプレイヤーはただの一般人だ。
例え便利な情報交換システムが存在していると言っても、全員の活動を制御するには時間が足りなさ過ぎている。
軍のような統率を取るには、それこそ訓練ともいえるものが必要となるのだ。
「今回のイベントは、発生するのが早過ぎた。だからこそ、あたしたちにも付け入る隙がある。本来なら、もっと後に発生するイベントなんだろうな。例えば……誰かが、《守護の四権》に接触するとか」
「ッ……!」
ヒカリの言葉に、ケージは大きく目を見開いていた。
確かに、イベントが発生する時期が中途半端すぎるのだ。
ゲームが開始されてから一ヶ月の記念と言うのであればまだ分かる。
だが、今回のイベントはあまりにも突拍子の無い時期に発生しているのだ。
「まあ、ともあれそのおかげであたしたちにも勝機がある」
「しかし、それはつまり、大規模ギルドに出来ていない事を俺達がしよう、って事だろう?」
「確かに、現実的ではないな。けど、小規模の集まりだからこそのメリットもあるだろ?」
「分隊のような形になっているという事か?」
「それもあるな。けど、あたしは参加した連中をギルド単位で動かすつもりはないぞ?」
「……なるほど」
事実の側面でしかないが、確かにその通りだと、ケージはヒカリの言外の言葉を読み取りながら胸中で呻く。
急ごしらえの軍勢でしかなく、統一されたギルドでない以上、目的意識はバラバラだ。
個々のギルドがどんな思惑を持ち、どの程度協力的であるかどうかも分からない。
ヒカリの案はデメリットも確かに多く――同時に、それさえクリアできれば有利に立ち回れると言う事実を示していた。
「……だが、まだ問題はある。どの程度のギルドが呼びかけに応えるかだ。人数が集まらなければ、大規模ギルドには到底敵わないぞ?」
「それは確かに問題だな。だけど、だからこそあたしは、お前達と組んだんだぞ?」
「何?」
ヒカリの言葉に、ケージはぴくりと眉を動かす。
そんな彼の訝しげな表情に対し、ヒカリはにやりとした笑みを浮かべていた。
「百人斬り、現行プレイヤー最強の剣士。他の大規模ギルドのギルドマスターすら、一対一で打ち破った小規模ギルドのプレイヤー。大規模ギルドと張り合うのに、これ以上の旗印があるか?」
「……成程、プリスを英雄にでも仕立て上げようって事か?」
「仕立て上げるのではなく、既に英雄なんだよ。彼女は、多くの小規模ギルドに属するプレイヤー達にとって、『大規模ギルドにも劣っていないのだ』というコンプレックスを刺激するような存在だ。そんな彼女の下に集うギルド連合ならば、もしかしたら我が物顔をしてる大規模ギルドに勝てるかもしれない……そう考える人間も、それなりにいるんじゃないか?」
ただ事実を淡々と口にするかのように、ヒカリはそう声を上げる。
そんな彼女の言葉に、ケージは寒気にも似た戦慄を感じていた。
ただ晴れやかに笑い、仲間に道を指し示す少女――それが、ケージがヒカリに対して抱いていた印象である。
だがそれは、彼女の側面の一つでしかなかったのだ。
高い視点からを多くのものを見て、様々な材料から状況を判断し、最も効率的な判断を下す。
そんな彼女の言葉は、達成困難な物事でさえ、『出来てしまうかもしれない』と思わせるものであった。
(あいつらが心酔する理由は、これか。人を良く見ている……委ねれば何とかなると思ってしまう。流石にあの二人は行きすぎだが……)
可能性を提示し、人々を高揚させる。
ただそれだけで、意志の流れなど簡単に制御する事が出来る。
しかし分かっていたとしても、簡単には実現できないのが現実だ。
しかし、ヒカリの場合――
(……見てみたい、か)
――関心を持たせてしまう才能。それこそが、カリスマとも呼ぶべきものなのかもしれない。
一人そう胸中で呟き、ケージはヒカリに対する見方を改めていたのだった。
今日の駄妹
「ほほう、あちらも姉さんの強みが理解できてきたようですね。よきかなよきかな」




