67:遭遇戦
「とりあえず、喰らえ!」
「《ファイアーボール》!」
上空へと舞い上がり、その後垂直に落下しながら投げ放たれる爆弾と火球。
次々と爆発を引き起こすライトとヒカリの攻撃は、サンドワームの長大な身体を舐めるように爆炎で包んでいた。
その体の横を通り抜けながら、二人は砂埃を巻き上げつつ離脱する。
上半分が炎と煙で包まれたサンドワームの巨体――だが、その脇に表示されているHPバーが未だほぼ健在である事が確認できた。
殆どダメージが通っていなかった事を理解し、ライトは小さくした打ちする。
「ちっ、防御力が高いか……」
「魔法防御はそれなりっぽいが、火属性に耐性持ってるみたいだな。あたしの攻撃も、あんまり通ってないぞ」
ライトの攻撃どころか、魔法攻撃力の高いヒカリの攻撃ですら、殆どダメージが入らなかったのだ。
現状、有効なダメージを与える事ができているのは、地上で刃を振り続けているプリスだけだった。
その為、本来では高火力に加えて高度による補正が掛かるためヘイトを稼ぎやすかった二人も、サンドワームの注意を引けずにいたのだ。
現在の所、サンドワームの攻撃は地上のプリスへと集中してしまっている。
「高レベルのプレイヤーと組んだ時の弊害、か。一応、回避盾の仕事はするつもりだったんだがな」
「お前が気にしても仕方ないぞ、ライ。その辺は、あっちが気をつけるべき事だ」
「まあ、な。それに実際の所、そこまで極端なレベル差がある訳でもないんだが……」
プリスのレベルは30を超えているとはいえ、ライト達とそう極端にレベルが開いている訳ではない。
しかし、アンズの補助魔法による攻撃力強化と、天秤剣士のスキルによる能力値の上昇が、プリスの攻撃力を大きく高めているのだ。
プリス自身の技量も相まって、その時間辺りのダメージ量はすさまじい。
流石に、瞬間的な火力ではヒカリに劣るだろうが、絶えず攻撃を続けられるメリットは非常に大きいものであった。
「個人の技量はともかく、って所か。その当たりはケージにフォローして貰うとして……どうする、ヒカリ?」
「とりあえずはちまちま削るさ。幸い、ヘイトが集まってるのは前衛だ。脆い後衛に攻撃が向かう訳じゃない」
「だな……とりあえず、弱点を探りつつ行ってみるか」
ヒカリの言葉に頷き、ライトは再び宙を駆けた。
弱点を考えた場合、まず思いつくのは頭であろう。しかしサンドワームの場合、頭部には巨大な口がついているのみであり、目があるのかどうかすらもはっきりしない。
巨大な歯の蠢くおぞましい口は目立つものの、目や脳のありそうな場所などはさっぱり分からなかった。
「とりあえず、口の周りだ」
「了解!」
ヒカリに言葉を告げ、ライトは再度上昇し、急降下による爆撃を仕掛ける。
水平爆撃よりも着弾地点の狙いが付けやすく、精密な爆撃を行うにはこちらの方が都合が良かったのだ。
風圧と重力による圧迫感はあるものの、背中に乗る少女もその程度で音を上げるような根性無しではない。
二人はそのまま、落下するよりも速くサンドワームへと突進し、その頭部へと向けて再び爆撃を放っていた。
降り注ぐ爆弾と炎が、サンドワームの口の上部分に着弾し、次々と爆炎を吹き上げる。
しかし、それだけの攻撃が一点に集中しても、サンドワームのライフが目に見えて削れるような事はなかった。
「弱点ではない、か」
「ってか、あそこは頭で合ってるのか?」
「さあな、っと」
あまり削れなかった体力に眉根を寄せ、ライトはサンドワームを睨む。
対するサンドワームは、その巨大な頭を振って炎を振り払うと、ぐるりと頭を巡らせてライトたちの方へとその頭を向けた。
そして唐突に、サンドワームの胴体部分が大きく膨らむ。
その姿に――ライトは、直感的に嫌な予感を覚えていた。
「まさか……」
「ライ、上へ!」
鋭く、ヒカリが警告の声を上げる。
ライトは反射的にそれに従い、勢い良くその場から上空へと飛び出していた。
刹那――サンドワームの口より放たれた砂交じりの暴風が、ライト達が一瞬前までいた場所を蹂躙していた。
「ブレス!? 虫の癖にか!?」
「おー、こりゃ喰らったら……って、追いかけてきてるぞ、ライ! 逃げろ!」
「くっ、追尾つきか!」
ライト達を追うように放たれる砂嵐のブレスに、舌打ちしながらも加速して飛び回る。
幸い、飛行速度よりも速いという事はなく、飛ぶ方向さえ間違えなければ回避する事は不可能ではなかった。
が、サンドワームはその柔軟な身体を活かし、どのような場所へ逃げようとも綺麗に追尾し、ライト達の事を追っていたのだ。
相手がドラゴンだったならば、裏側まで回ってしまえば命中しなかっただろう。
しかしサンドワームは、例え裏側であろうともその体をぐるりと曲げて、正確に追尾してしまうのだ。
(だが、地上に攻撃が向かないようにするだけでも御の字だ。いくらプリスが優秀でも地上じゃこの攻撃は逃げ切れないし、他の三人も同じだ)
強大な攻撃の的になった事に対してそう結論を出し、ライトはちらりとサンドワームの身体へ視線を向ける。
空気を吸って大きく膨らんでいた身体は、徐々に元通り――否、先ほどよりも体が細くなり始めていた。
ブレスの中に含まれている砂や空気が吐き出され、体自体が縮んできているのだ。
後もう少しで攻撃も終わると判断し、ライトはサンドワームの頭上を通り抜けるような軌道を目指し、飛翔する。
そしてそれとほぼ同時、砂嵐の勢いは途切れ――
「ここだッ!」
頭上に到達した瞬間、二人はその口目掛けて急降下していた。
目は見当たらないものの、相手が向かってきている事はきちんと察知し、サンドワームはその大口を開けてライト達を迎え撃つ。
しかし、二人は臆する事無くそこへと向けて突進し――向かってくる口に対して急制動をかけつつ、爆弾と炎を投下していた。
結果、二人の攻撃はサンドワームの口の中へと吸い込まれ、その体内へと消えていった。
そして、次の瞬間――くぐもった爆発音がまるで地鳴りのように響き渡り、一瞬だけサンドワームの巨体が膨らむ。
「いいぞ、ライ。効いてる!」
「やっぱり、中身のほうは防御力も高くなかったか!」
そんなサンドワームの姿を視界の端に捉えながら、HPバーが目に見えて減少しているのも確認しつつ、二人は笑みを浮かべて退避していた。
弱点と呼べるのかどうかは分からないが、少なくともダメージを通す方法は確立できたのだ。
とはいえ、狙うリスクもそれなりに高い物ではあったが。
「下手すりゃ丸呑みだな、にはは!」
「笑い事じゃないぞ、ヒカリ……」
あんな気色の悪い生物の体内などに入りたくはないと、顔を顰めながらライトはそう返す。
助かるにしろ死に戻るにしろ、そんな攻撃を受けるつもりは毛頭なかった。
それにもとより、あの攻撃を狙えるチャンスはそうそう無い。
特に今は、サンドワームはのた打ち回って苦しんでいるため、口の中を狙えるようなタイミングは存在しなかった。
そして、敵がまともに行動できずにいる為に、弱点など狙わずともダメージを与えられるプリスは思う存分に攻撃を加えていた。
幾つもの剣閃を流れるように繋げながら、サンドワームのHPを削り続けている。
対するサンドワームは、少々の時間をかけてダメージから復帰すると、身体を大きく震わせてプリスの方へと頭を振り下ろす。
しかしプリスはすぐさま反応し、その場から跳躍して飛び離れていた。
だが――
「何っ!?」
「また、砂に潜った……?」
プリスへと向けて突進したサンドワームは、そのまま頭を砂の中へと埋め、地面の下へと潜っていったのだ。
慌ててプリスが追撃を行うが、その程度で体力を削り切れる筈も無い。
どうやって砂の中を泳いでいるのかは分からなかったが、ものの数秒でサンドワームは地面の下へと姿を消していた。
その動きに、ケージは舌打ちと共に声を上げる。
「ちっ……これも攻撃パターンの一種か。恐らく、砂の補給だ! さっきのブレスは、同時に砂を吐き出す攻撃だった。だから、吐き出した後はその補給が必要になるんだ!」
「要するに、再装填って訳ですね。それで、どうするんですか?」
攻撃手段も持たず、手持ち無沙汰に敵を観察していたアマミツキが、ケージに対してそう問いかける。
遮蔽物も無く有効な攻撃手段も少ない状態のアマミツキは、現状では特に出来る事がないのだ。
とはいえそれを咎めるような事は無く、ケージは視線を細めながら声を上げる。
「一応、方法が無い訳じゃない。だが、位置が分からない事には……」
「なるほど。それなら兄さん、何とかなりますか?」
「ああ。一応、位置なら分かるぞ」
地上からでは砂の大地に殆ど変化は見られないが、ライト達のいる上空からは、砂の下のサンドワームの位置もある程度見つけやすかったのだ。
砂が若干盛り上がっている場所、砂が僅かながらにへこんで来ている場所――それらも、全て見通す事が出来る。
正確な位置まで特定できるわけではないが、相手はあの巨体である。ある程度であっても十分だった。
「ケージ、お前の右前方……プリスの正面およそ15メートルほどだ。たぶん、その辺りが頭になるんだろう」
「ん……了解だ、あの辺りだな」
プリスの位置から確認し、ケージはサンドワームのいる場所に狙いをつける。
あのブレスは、ライトたちが標的となっていたからこそ、全員が無傷で済んだのだ。
もしも地上へ向けて放たれていたら、プリスとて無事では済まなかっただろう。
彼女の技術は対人戦に特化しているため、面での攻撃には対処が難しいのだ。
故に、次のブレスが来る前に倒す必要がある――そう判断し、ケージは得意の技を発動させていた。
「よし、行くぞ……《トラップ設置》――『プレスリフト』」
ライトの宣言と同時に、目標とした地点に魔法陣が設置される。
目標地点にスキルを設置するスキルであり、ケージのトラップの要ともなっているそれは、しかしすぐさまその姿を消していた。
そして、その直後――半径五メートルほどになる巨大な円の形に、地面が盛り上がっていたのだ。
更にその砂の柱の中に挟まれ、サンドワームの体が持ち上げられている。
本来ならばダンジョンの中などで、天井まで対象を運んで押しつぶしてしまうトラップであり、釣り天井を警戒している所に対して逆に足元から攻めるという厭らしい使われ方もする装置だ。
本来の形とは大きく異なる使われ方となったが、それでもサンドワームを地上まで引きずり出す事に成功し、ケージは小さく笑みを浮かべる。
「プリス!」
「うん!」
ケージの言葉に嬉しそうに頷きながら、プリスは瞬時に駆け出していた。
砂の地面であるにもかかわらず、一歩たりともバランスを崩す事無く、まるで滑る様にサンドワームへと向かっていく。
まるで道路の上を走っているかのように危なげなく駆け抜けたプリスは、サンドワームへと向けて大きく跳躍しながらリキャストを終えたスキルを発動させていた。
「《闘氣解放》!」
刹那、プリスの身体は黄金の輝きに包まれる。
砂の反射光に紛れながら尚も鮮烈に輝くその光は、鋭い刀までもを包み、その輝きを増していく。
そしてその中で、プリスは小さく、もう一つのスキルを発動させていた。
「《――――・蛇断十束》」
囁く程度のその声は、上空にいるライト達はおろか、仲間達の誰にも届かない。
けれど――ライトとヒカリは、プリスの姿に僅かな違和感を覚えていた。
息を飲むような圧迫感、そして体の中心から震えが走るような感覚。
《霊王》を前にした時ほどではないが、それにも似た奇妙な戦慄。
そんな力を纏いながら、プリスはサンドワームの背に乗り、その刃を振り下ろしていた。
「斬り、裂けッ!」
振り下ろす勢いで一閃、そしてその勢いを殺さぬまま、刃をぐるりと回す様にしつつもう一閃。
その二つの攻撃は、サンドワームの背をまるで豆腐か何かのように斬り裂いていた。
真っ赤なダメージエフェクトが輝き、巨大な魔物が悲鳴を上げる。
それと同時に、プリスはサンドワームの背中を走り出していた。
――一瞬だけ、ライトの方へと目配せをして。
「っ……やれってか!」
「にはは! 面白い、行こうライ!」
痛みに身をよじるサンドワームは、その怒りを吐き出すかのように天へと口を開いている。
危険はあるが――少なくとも、ブレスを吐かれるのを待つよりは遥かに安全だろう。
若干毒づきつつも、口元は笑みの形に歪め、ライトは宙を蹴り空を翔る。
手には六つのグレネード、そして背中には炎を溜める相棒の姿が。
時間が無かったため最大の攻撃であるとは言えないが、先ほどの事を考えれば十分すぎる威力となるはずだ。
サンドワームのHPも既に大きく削れている。この攻撃が全て弱点に入れば、かなりのダメージが期待できるだろう。
だが――
『SYAAAAッ!』
「なっ!?」
先ほどの一撃をサンドワームは覚えていたのか、その長い身体を撓め、向かってくるライト達へと向けて大口を開けて喰らい付いて来たのだ。
直線で向かっているライトたちは、かなりのスピードを出している。
今から急制動をかけたところで、回避する事は不可能だろう。
一瞬の逡巡――その刹那、ライトの視界の端に金色の輝きが届いていた。
「そんな事、させません!」
光と声の主は、サンドワームの背を駆け上がったプリスであった。
ある程度の所で跳躍した彼女は、自身の身体を回転させ、鋭い蹴りをサンドワームの頭へと叩き込んでいたのだ。
攻撃スキルが発動している訳ではないが、非常に高いステータスとスキル補正を持つプリスの一撃は、さほどのダメージは与えられないものの、サンドワームの攻撃の勢いを僅かに殺す事に成功していた。
(どんな攻撃力してるんだ!? だが――)
余裕がある訳ではないが、回避は出来る――そう直感し、ライトは爆弾を投げ込みながらも、必死で《フライト》を制御し体の機動を曲げていた。
何とか巨大な口を避ける事に成功したものの、ヒカリが《ファイアーボール》を叩き込む事に成功したかを確かめる余裕すらなく、ライトはサンドワームの巨大な胴に衝突し、《オートガード》が砕けたのを感じていた。
これ以上のダメージ判定を受ければ《フライト》が切れてしまう。
しかし、それでも背中にいるヒカリの身体を掴んで離さぬようにしながら、ライトは敵の姿を見据えていた。
――そんな彼の、視界の中で。
「《闘氣の霊刃》!」
――サンドワームの頭を蹴って跳躍していたプリスが、発動するスキルの輝きを刀の刀身のみに集中し、その伸びた光の刃でサンドワームの頭を真上から唐竹割りにしていたのだった。
今日の駄妹
「いやはや、提案したのが私とは言え、本当に急降下爆撃をやって見せるとは……流石兄さんです」




