65:二つのギルドの戦い
エネミー接近の知らせに、戦闘準備に入る一行。
そんな彼らの元へと真っ先に辿り着いたのは、シックルモモンガと呼ばれるエネミーであった。
尻尾に鎌のような刃の付いたモモンガのエネミーであり、おおよそ名前通りの姿をしている。
その攻撃方法は見た目を裏切らず、尻尾に付いた鎌による直接攻撃だ。
それほど攻撃力が高いエネミーという訳ではないのだが、木から木へと飛び移る動きは若干読みづらく、放置しておくと死角から攻撃を受けてしまう。
かと言って大きさもそれほど大きい訳ではないため、迎撃するのもそれなりに難しいと、慣れない内は対処が困難なエネミーであった。
そして当然ながら、この地に訪れた事のないライトとヒカリにとっては、初め相対するエネミーである。
「ライ、上へ飛べ!」
「ああ!」
鎌を振りかざし、皮膜を広げて滑空してくるシックルモモンガ。
それを目視した瞬間、ヒカリは瞬時にそう判断してライトに指示を伝えていた。
シックルモモンガの飛行速度は、鳥系エネミーに比べれば比較的遅い。
翼で加速している訳ではないので当然といえば当然だが、現状ではヒカリを乗せているライトのほうが早いほどだ。
故に、向かってくるに引きのシックルモモンガに対し、ライトは上空へと上昇する事によって危なげなく回避を成功させていた。
自らの足の下を通り抜けていく二匹の姿を目で追いながら、ライトはグレネードを取り出し――その向こう側にケージ達の姿を見つけて舌打ちしていた。
「適当に投げる訳にはいかないか」
「ま、どこにいれば当たらないかなんて、流石に把握してないだろうしなぁ」
ライトの言葉に、ヒカリは苦笑交じりに同意する。
慣れた仲間達だからこそ、遠慮なく爆発物を投げられていたのだが、他のギルドと組んでいる今ではそういう訳にもいかないのだ。
「ま、他のギルドと連合組む上ではいい練習になるか」
「だなー。よし、ライ。いつもの奴行くぞ」
「ああ、了解だ!」
頷き、ライトはグレネードを構えた。
標的が小さい以上、直接グレネードをぶつける事は難しい。
しかし、今まで多数の飛行エネミーを相手にしてきたライトにとっては、それほど組しがたいエネミーという訳ではなかった。
(確かに動きは若干読みづらいが、こいつらの移動方法は木から木へ飛び移るって方法だけだ。って事は、木よりも高い位置まで飛んでしまえばこちらに攻撃は届かない)
木に張り付き、幹を駆け上り、枝から飛び立って攻撃を繰り返す。
特殊なスキルを使う事無く、ただそれだけを繰り返すエネミーなのだ。
その攻撃圏内から逃れてしまえば、シックルモモンガに出来る事はなくなってしまう。
とはいえ――
(まあ、絶対攻撃が届かないとなれば、他のプレイヤーの方に向かって行っちまうだろうしな……流石に、そういう訳にも行かないか)
飛行エネミーおよび飛び道具持ちのエネミーが《フライト》を使うライト達を狙うのは、そういったエネミーたちしか攻撃を届かせる事ができないためだ。
絶対的な安全圏があるべきではないからこそ、エネミーたちはライト達へと攻撃を集中させている。
とはいえ、攻撃が届かなければどうしようもないのだ。シックルモモンガも、ライト達が届かない場所まで逃げてしまえば、諦めて地上のケージ達へと襲い掛かる事だろう。
プリスならば問題なく対処してしまうかもしれないが、引き受けた以上いい加減な仕事をする訳には行かない。
そう胸中で呟きながら小さく口元に笑みを浮かべ、ライトはじっとシックルモモンガの動きを観察していた。
「ライ、見切れるよな?」
「ああ、言われるまでもない」
下向きの放物線を描きながら飛来してくるシックルモモンガを、軽く横に移動しながら回避する。
鎌の部分の攻撃範囲はそれなりに広く、更に角度的には身体に隠れてしまっているため、正面からでは若干見づらい。
その為、ライトは紙一重で回避するのではなく、ある程度のマージンを取って回避する事を意識していた。
敵に攻撃をぶつけるのであれば紙一重が望ましいが、使う武器が爆発物であるため、あまり近距離で使う事は出来ない。
二人が狙っているのは、それとはまた別の方法であった。
(右前方、左後方やや斜め上……軌道は――よし、大体読めるようになった)
ライトが《フライト》を有効活用できる理由のひとつに、優れた空間把握能力がある。
目で見えていない領域に関しても、ある程度イメージの中でその動きを読み取る事が出来るのだ。
無数に飛び回る敵の中でもほぼ完全に動きを把握しているのだから、二体のシックルモモンガの動きを把握するなどそれほど難しい事でもない。
(木に着地してから駆け上り、再び飛び出すまでおよそ7秒……周りの木々のの位置から換算して、位置は――)
頭の中の身でリズムを刻み、数秒後の状況を予測する。
己の位置を替え、敵の動きを誘導し、最良のタイミングで敵が望む場所に来るように調整を行う。
エネミーを一箇所に固めて敵を叩く――ある意味では基本であり、ある意味では非常に難しい技能であった。
「ヒカリ、詠唱開始」
「あいよー。『爆ぜよ、炎熱。集いたる炎はその枷を外し――』」
ヒカリが開始するのは炎の範囲魔法の詠唱だ。
放射熱を感じる背中に苦笑を浮かべ、ライトは自由な右手に三本のグレネードを握る。
そしてライトはそれを、己が頭上へと向けて投げ上げていた。
投げ出されたグレネードは、ゆっくりと回転しながら空へと上り、そして重力に囚われて落下し始める。
それと共に、シックルモモンガは木から飛び立ってライトの元へと殺到し――瞬間、ライトは瞬時に加速し、その場から飛び離れていた。
位置を調整され同時に飛び立った二匹のシックルモモンガは、一瞬前までライトがいた場所へ突進していく――その頭上に落ちてくるグレネードに気付かずに。
そして――
「――《ブレイズバースト》!」
シックルモモンガとグレネード、その全てを巻き込んでヒカリの魔法が炸裂した。
* * * * *
「プリス、どちらを先に仕留める?」
「蛇の方。ケージ君、アンズちゃん、ダンゴムシの方はお願いね」
「ま、私の出番はないと思うけどね」
林の中から近づいてくる、巨大な蛇とダンゴムシ。
ジャイアントスネークとローリングクロウラーと呼ばれるエネミーを前に、プリスはゆっくりとその刀に手を掛けていた。
『碧落の光』のゆきねの手によって製作された【霊刀・桔梗】は、それなりに使い古してはいるものの、未だに店売りの物とは比べ物にならないほどの性能を誇っている。
今は更に新たなものも渡されていたが、それは奥の手とも呼べる代物だ。
修理方法はあるとはいえ、武器はあくまでも消耗品。あまり高級なものを常に使い続けるのは勿体無いのだ。
「ケージ君、相手のレベルはどう?」
「ああ、ちょっと待ってくれ……どうやら、蛇の方はプリスよりも若干高いみたいだな。まあ、効果を実感できるほどじゃないと思うが」
「うん、でもパラメータの変化で動きに若干差が出ちゃうからね。その辺はちゃんと把握して、修正しないと」
普通に考えれば常識外れ極まりない発言であったが、そこは二人も慣れたもの。
ケージとアンズは軽く苦笑しつつも、頷いてプリスの背中を押していた。
そして二人の後押しを受けたプリスは、口元に軽く笑みを浮かべ――その刹那、向かってくる大蛇へと肉薄していた。
『――!?』
「ふっ!」
ジャイアントスネークからすれば、獲物が唐突に眼前に現れたようにも感じられただろう。
それほどに、プリスは予備動作もなく、凄まじく唐突な動きで相手に肉薄していたのだ。
そして、振るわれる刃は肉薄するのと完全に“同時”。正確に言うならば、同時に見えるというべきだろう。
無拍子と呼ばれる、古流武術に良く見られる技法だ。
それは予備動作まで含めて一連の動きとするために、予備動作から攻撃を予測する事が出来ず、結果避ける事も出来なくなるという奥義にも近いものだ。
未だその修行は完全とはいえないプリスであったが、ゲームという『実戦の場』を得る事により、その完成度は著しく高まっていた。
「でも、硬いしHPは高い、か……流石は蛇って所だな」
「ケージ、無駄口叩いてないで――」
「ああ、分かってる。向こうに行かせはしないさ」
凄まじい速さで接近し、蛇の首へと刃を奔らせたプリスだったが、流石にその一撃で落ちるほどレベルの低いエネミーではない。
HPの高めな蛇のエネミーである事もあり、例えプリスといえども、敵を落とすのには若干の時間がかかることが予想される。
そしてその間に、ローリングクロウラーはプリスの方へと向かって行ってしまう事だろう。
プリスがそれに対応できないとはいえないが、邪魔になる事は明らかだ。
「だから、そこまで行かせはしないぞ……《トラップ設置》――『ピットフォール』」
今エネミーがいる場所から、プリスがいる場所までの延長線上――その途中にフォーカスし、ケージはスキルを宣言する。
発動させるのは、ケージの十八番とも言える《トラップ設置》のスキルであった。
そしてそれとほぼ同時、ローリングクロウラーは身体を丸め、その場で回転を開始する。
この巨大なダンゴムシの攻撃方法は非常に単純で、回転しながら突進してくるのみとなっている。
ただし、その外殻は防御力が高く、軽い武器の場合ではあまりダメージを与えられないという特性があった。
例え基礎攻撃力の高いプリスといえど、片手間に戦って瞬殺出来る相手ではない。
だが――突進を始めたローリングクロウラーに対し、ケージは嘲笑の混じった笑みを浮かべていた。
「残念、予想通りのルートだ」
その言葉が聞こえたかどうかは分からない。
しかし、ローリングクロウラーはプリスへと向けて一直線に突進し――その中間地点で、足元に開いた穴へと落下していた。
『ピットフォール』という名前でショートカットされたそのトラップは、所謂『落とし穴』であった。
『ギィッ!?』
「ありがちと言えばありがちだが、よく引っかかってくれるもんだな」
「『光よ、猛き力をここに――《ウェポンブレス》』、っと。まあ、虫にまで簡単に見抜かれるようじゃ、トラップとして駄目だって事なんじゃない?」
プリスの武器に補助魔法をかけ、アンズは軽く肩を竦める。
単純といえば単純ではあり、設置されたトラップは、注意深く見れば簡単に見抜ける程度の見た目になっている。
知能の高いエネミーに対して使用するには、若干難しい状態であった。
『ピットフォール』によるエネミーの拘束時間はおよそ10秒。
落下ダメージを与えた上、エネミーは全く身動きをとる事が出来なくなるが、穴の底に攻撃する方法が無ければあまり意味はない。
無論、トラップ使いであるケージがその点を把握していないはずがなかったが。
「それなりに必要なのは事実だし、安く仕入れられるのはありがたいが……製作者の前で使うのは微妙な気分だな」
「いいから、さっさとやっちゃいなさいな」
「あいよ、了解」
緊張感なく駄弁りながら、ケージはインベントリより取り出したグレネードを落とし穴の中へと放り投げる。
これらは『碧落の光』より仕入れた品であり、トラップの一つ『グレネードマイン』に使用する素材であった。
あまり使いすぎるとトラップに使用する分がなくなってしまうため、適度にダメージを負わせる程度に、ケージは穴の底のエネミーを爆破していた。
効果時間の10秒が過ぎれば、落とし穴は盛り上がってエネミーを外に吐き出してしまう。
いつまでも拘束できる訳ではない、が――
「よ、っと」
――それだけの拘束時間があれば、プリスにとっては十分すぎる。
最初に首を薙いだプリスは振るった刃を上段へと流し、人であれば袈裟斬りにジャイアントスネークの頭を斬りつける。
そして振るった際の勢いを利用して体勢を変え、重心を落とし、一切止まる事無く地を蹴っていた。
「――無拍・縮地」
僅かに呟かれた言葉は、スキルの発動のためのものではない。
それは、プリスの扱う古流剣術の歩方の一つ。刀を振るった直後に、その体重の移動を利用して地を蹴る姿勢を作るためのものだ。
そうして移動を開始したプリスは蛇の同を縦から割るように、その長い身体へと刃を走らせる。
「――一拍・散葉」
体重の乗らない一撃であるが故に、それほど大きなダメージはない。
元より、相手の防御の薄い場所を狙って移動と共に攻撃をする為の技であるため、威力など望んではいないのだ。
しかし、それでもHPは少しずつ削れていく。絶え間ない剣戟の嵐の中、ジャイアントスネークのHPは見る見るうちに減少していった。
迎撃する為に振るわれた尾を目視すらせずに身を屈めて躱し、お返しとばかりに刃を振り上げて尾を薙ぐ。
更に振り上げた刃を返して、先ほどの一撃を与えた場所に振り下ろせば、その見事な一閃はジャイアントスネークの尾を断ち斬っていたのだ。
切断されて尚、蛇の尾は蠢き続ける。しかし、痛痒を感じない訳もなく、ジャイアントスネークは痛みにのたうつように身体をくねらせていた。
「トドメですッ!」
そして、その動き回る頭部へと、兜割の一閃。
その一撃によって、ジャイアントスネークのHPは完全に削り切られていた。
同時、トラップの効果が切れた地面から、ローリングクロウラーが飛び出してくる。
けれど――
「さて、終わらせちゃいましょう」
――もはや、戦闘らしい戦闘が起こる余地など、一欠けらとて存在もしていなかった。
今日の駄妹
「兄さんと姉さんはいつも通りですが……こっちはこっちで変わってますね」




