06:森の奥へ
もしもプレイヤーに提示していたら驚かれたであろうアイテムを売り払い、金を均等に分けたライトたちは、各々の装備を整え始めた。
とはいえ、序盤ではそれほど装備のバリエーションがある訳ではない。
装備は基本的に両手、胴体、上着、頭、足、装飾品に分かれている。
両手は異なる武器を装備しても、片方の攻撃力しか適応されないようにはなっているようだ。
ちなみに、胴体にはアンダーの服、上着にはローブや鎧などが該当する。
「初期がただの『ローブ』でワングレード上が『見習い魔術師のローブ』か……なんかあんまりレベルアップした気がしないな」
カラーを選択できる店売りのローブで、青色のそれを選んだライトは、その他に新調した『見習い魔術師のワンド』を手に、集合場所へと向かってゆく。
STRが低いためそれほど重量のある防具は装備できず、空いている左手に楯を装備する事は出来ない。
そこでせめてもの防御力上昇という事で、ライトは頭部に『マジックハット』を装備していた。
これは現状装備できる中ではギリギリのレベルの物であり、軽い割に性能もそれなりに高い。
「さすがに特殊効果付きの装備は買えないしな……っと」
集合場所にしていた始まりの広場に足を踏み入れると、そこには既にケージとプリスの姿があった。
二人は噴水の縁に腰掛け、手前に表示したウィンドウを一緒に覗き込んで談笑している。
そのカップルな感じの雰囲気に入ってゆくのは少々気後れしてしまったものの、一度嘆息して、ライトは二人に声をかけた。
「そっちは早かったな」
「あ、お帰り。こっちはプリスの装備を主に強化したからな。今の俺には装備なんて大して必要ないし」
「まあ、そりゃそうだけどな」
「うぅ、負債がどんどん溜まっていく……」
豪華になった自分の装備を見下ろし、プリスは嘆息する。
彼女の服装は、まるで学園祭の時に纏っていた和装のようになっていた。
分かりやすく言えば剣道の道着。動きやすそうな服装に刀を差して、羽織を纏ったその姿は、侍然とした格好へと変わっている。
「それ、防御力上がってるのか? 布装備っぽいが」
「あ、はい。これが割と頑丈なんです」
「まあ、プリスはAGIも特化させてるしな。重量のある装備よりは、こっちの方がいいだろう」
装備重量は移動速度にも影響する。あの素早い動きで敵を屠ってゆく彼女には、確かに甲冑よりもこちらの方が合っているだろう。
ライトはそう納得して、ちらりと視線を刀の方へと向ける。
【虎徹】――今利用できるNPCショップに売っている刀では、最も高い性能を持つ物だ。
この街は広く、多くのアイテムを購入する事ができるが、現状のキャラクターレベルでは利用できない店舗も多い。
尤も、プレイヤーメイドの店が現れ始めればあまり関係は無くなるであろうが――
「……流石はステータス特化型構成、現状ではプレイヤー中トップの火力なんじゃないのか?」
「そ、そんな事ないですよ!」
「いや、あながち間違いでもないだろう、それは」
いきなりランクの高いエリアに突入して荒稼ぎする事ができたのは、偏に彼女の異様なほどに高いプレイヤースキルのおかげだ。
エンカウント率が高く敵の数も多いあのエリアに初期状態で入るなど、本来ならば自殺行為である。
アーケード版のトッププレイヤーがパーティを組んで入り込んだとして、果たして消耗無しにあそこまで進めるだろうか。
(地力が違う、か)
恐縮するプリスの様子を見つめ、ライトは胸中で呟く。
このゲームは、確かにゲームだ。しかし、あまりにもリアルすぎる。
向かってくる敵の圧迫感、向けられる武器の恐怖、どれもこれも現実世界と遜色無い。
それでも安心して立ち向かう事ができるのは、自分たちが痛みらしい痛みを感じないおかげだろう。
痛みも、死も、そんな恐怖は存在しない。だからこそ、安心して敵に立ち向かう事ができるのだ。
けれどプリスは、そういった恐怖とはそもそも無縁な存在であった。
彼女は本当に敵を斬るつもりで刀を振るっている。
痛みの有無も、現実非現実も関係なしに――前に立って、仲間を護るために。
プリスはおそらく、現実世界であっても、同じように動いて戦う事ができるのだろう。
そう考えて、ライトは思わず苦笑を零した。
「ライト?」
「いや、何でもない。ほら、あいつらも来たぞ」
視線を横へと向け、ライトは声を上げる。
そちらには、ライトたちの姿を発見して駆け寄ってくるバリスとアンズの姿があった。
そんな二人の格好に、ライトは思わず首をかしげる。
それに気づいたケージは、きょとんと眼を見開いて声を上げた。
「バリスはともかく……アンズ、どうして装備が変わってないんだ?」
「……まだ、買えなかったのよ」
「アンズちゃん、普段から着てるんだからわざわざここでまで買わなくても」
「い、いいでしょ、別に!」
その言葉に、ライトは何となく事情を察する。
おそらく、アンズが買いたいと思っていたのは、巫女関連の装備なのだろう。
公開されているサブクラスの中には、《サムライ》や《ミコ》といった和風テイストな物も存在している。
この内プリスは前者を、そしてアンズは後者を狙っているのだろう。
そう判断して、ライトは肩を竦める。
「まあ、もう少し頑張ればサブクラスも開放できるんだし、その頃には金も溜まってるだろ」
「ええ……そうですね、納得しておく事にします」
「おーい、ライト。ところで俺の装備について何か言及は?」
「え? いや、予想の範疇出ないなーと」
彼の纏っている道着はプリスのそれと似ており、上着がない代わりに両手に籠手を嵌めていた。
プリスの装備はケージが金を出している部分もあるため、一人分では上着まで購入する事が出来なかったのだ。
道着に籠手――実際の所、ライトが思っていたのとほぼ同じ姿であった。
しかし、バリスはそんなセリフが気に入らなかったようだ。
「くっ……アンズ、新しい装備を買いに――」
「やめなさいバカ」
対抗して来た道を戻ろうとするバリスに、アンズは嘆息交じりにローキックを叩き込む。
痛みは感じないし、街の中では決闘モードでなければHPは減少しないが、その一撃によってとりあえずバリスは止まる。
そんな光景にも、ケージやプリスは特に反応する事はなかった。いつも通り過ぎて慣れているのだろう。
「さて、それじゃあ準備完了だな」
「正直、万全な準備ができてるのはプリスだけのような気がするんだが……まあ、いいか」
「矢面に立つ奴の装備が充実すればそれだけ安定するさ」
尤も、プリスの回避能力ならば、攻撃が当たる事などほとんど無いのであろうが。
それでも万が一の時の為、彼女の防御力を増やしておくのは有用だろう。
範囲攻撃をしてくる敵が現れないとも限らないのだから。
「ま、いいか。さて、それじゃあそろそろ行こうぜ。今度は、あの森の奥を探索だ」
どこか楽しそうに笑うケージは、ゆっくりとその場に立ちあがる。
彼の視線は、街の西側へと向けられていた。
* * * * *
指示が発され、魔法が飛び、光が溢れ、投げ飛ばす。
そんなメンバーたちの行動の中、一人の影が森の中を駆け巡っていた。
レベルは更に上昇し、8となっている。ステータス上昇を取得しているが故に人の1.5倍ほどの速さで成長しているプリスの動きは、最早ライトには捉えられぬ領域に入ってきていた。
いや、正確に言えば、見えてはいるのだ。けれど、行動の切れ目が無い彼女の動きは、見えても反応しきれない。
無拍剣――そう呼ばれる剣術なのだと、ケージはそう口にしていた。
「――ふぅっ!」
「お疲れ。相変わらずノーダメージね」
「あはは、まだまだだよ」
森の奥に入り込み、エネミーの強さはもう一段階上昇した。
出てくる敵は相変わらずリザードマン系列であったが、魔法を使うものや槍を装備したものなど、バリエーションが若干増えている。
しかしそんな中でも、未だに一撃も受けないままに攻撃を繰り返しているプリスの台詞に、ライトは思わず引き攣った笑みを浮かべていた。
飛んできた矢を彼女が刀で打ち払ったのを見た時には、何の冗談なのかというのが彼の正直な感想であったが。
「いい仕事だ。流石だな、プリス」
「ううん、当然だよ。私が皆を護るんだもの。ケージ君たちも怪我は無い?」
「俺はタンクだから若干ダメージはあるが、それもアンズのおかげで全快だぜ」
「俺たち後衛組にはそもそも攻撃が飛んでこないしな……」
一応ライトの魔法で敵後衛の魔法や弓を潰しているのだが、それにしても飛んでくる攻撃が少ない。
何しろ、殆どのヘイトを前衛二人が稼いでしまっているのだ。
あまり長くも無い魔法の詠唱の間に、プリスは敵三体の急所を斬り裂いている。
そしてその内の一体は倒し切ってしまうのだ。ヘイト値などあっという間に増えていくのは自明である。
「ライト、次の魔法は出ないのか?」
「熟練度は46だ。もうそろそろ《フライト》が出ると思う」
「はは、嬉しそうじゃねーか。次の攻撃魔法は100か?」
「まあ、そうだな。悪い、火力は期待できそうに無い」
「仕方ないさ、風属性はそういうものだからな」
発生速度、範囲、飛翔速度どれも優秀だが、威力が低いのが風属性の難点だ。
とは言え、元々の目的である飛行魔法に届きそうなのは、ライトとしても嬉しい事だった。
少しだけ、たった少しだけでも望んだ空へ近づける――その事実に、ライトの心は浮き足立つ。
そんな彼の様子に苦笑しつつ、ケージは皆へと声をかけた。
「しかし、予想以上に深いな、この森も。プリス、武器の耐久度は大丈夫か?」
「うん、前半は【打刀】で節約してきたし、【虎徹】の耐久度は十分余ってるよ」
既に熟練度100を超えようかというほどに刀を使い込んでいるプリスは、嬉しそうに【虎徹】を構えながらそう口にする。
最早感心も呆れも通り越し、何も感じなくなってきたこと自体に苦笑しながら、ライトは声を上げた。
「しかし、トカゲばかりも飽きてきたな」
「ウォーリア、シールダー、アーチャー、メイジ、ランサー、スカウト……見事にリザードマンしかいないしな、ここ。しっかし、ここまで深いとなると、奥のほうにボスでもいたりしてな!」
『…………』
何気なく呟かれたバリスの言葉に、全員が沈黙する。
それは、あながち冗談にもなっていない言葉であった。
この場所は、普通のフィールドエリアというよりは既にダンジョンの領域である。
BBOにおいて、ダンジョン内には必ずボスが存在している。
もしもこの場がダンジョンであるとするならば――
「……どうする?」
ケージは、その場の面々に対してそう口にする。
手に入れてきたアイテムの数は以前ほどではないが、以前よりもグレードの高いものが手に入っている。
適正レベルが二周りも上な場所に入り込んでいるのだから、当然と言えば当然だが。
仮にいると仮定すれば、現状ではボスに勝つ事はできないだろう。
負けてアイテムを一部失うのは、少々痛いといえば痛い。だが――
「いいんじゃないか、顔ぐらいは拝んでおきたい。死に戻りしてもそこまで困りはしないさ」
「私も賛成よ。今のうちに、この子に味方が倒れるのに慣れておいて貰わないと」
「アンズちゃん、気にし過ぎだってば……取り返しがつかなくなるような世界じゃないんだから大丈夫だって、いつも言われてるんだよ?」
「あの師匠にあれだけ言われてようやく納得したくせに、文句言わない」
アンズとプリスのやり取りに、ライトは思わず首を傾げる。
そんな彼の様子に気付いたのか、アンズは肩を竦めて声を上げた。
「この子、親しい人が傷つくのが凄く苦手なんです。ゲームなんだし、これから先誰も落ちないなんて無理なんだから、今の内に少しぐらい慣れておきなさいって事です」
「またけったいな性格だな……となると、死に戻りするまでは戦うつもりなのか?」
「そうね、それぐらいでちょうどいいでしょ」
「うー……」
必要以上に後ろへの攻撃を通さなかった理由を察し、ライトは思わず肩を竦める。
気にしていないとは、流石に口が裂けても言えないだろう。
どことなく不満げな表情を浮かべるプリスに、ライトは小さく苦笑を浮かべていた。
「アンズが言う事も尤もだろう。俺も賛成だ。ギリギリまで戦って、相手の特性をつかんでおきたいという部分もある。無論勝てるに越した事は無いが――ここまでの道筋をいちいち戻るのも面倒だしな」
割と大雑把な言葉を口にするケージに同調するように、バリスもまた続ける。
しかし彼の視線は普段のおちゃらけたものと違い、真剣にプリスを案ずるものであった。
「俺も賛成だが……プリス、無茶はしないんだな?」
「うん、分かってる。そりゃあ私だって皆が傷つくのは嫌だけど……これから先、必要になってくる事なんだから。先輩の為にも頑張らないと」
対するプリスの表情もまた真剣そのもの。
先輩というのが誰であるのか、ライトには見当も付かなかったが、常世の領域で同じようなことを口にしていたのを覚えていた。
彼女たちは何らかの目的を持ってこのゲームをプレイしている――興味はあったが、ライトはそれに深く関わろうとは思っていなかった。
軽い気持ちで付き合うのは不誠実であると、そう考えていたから。
「じゃあ、満場一致で挑んでみるという事で。まあ、まだ確定した訳じゃないけどな」
おどけたように言いながら、ケージは全員に出発の指示を出す。
本来ならばしっかりと陣形を考えるところであろうが、ここにはプリスがいる。
彼女の気配察知能力は、最早スキルの領域なのではないかとライトが疑うほどのものだ。
本当に同じ人間なのかと思いつつも、先頭を歩くプリスの背中を追って歩いてゆく。
と――
「ん……?」
「お、どうかしたか、ケージ?」
「この先、森が途切れてるみたいだな」
目を細め、ケージはそう声を上げる。
《視力強化》を持つケージの目は、現状かなり良くなっている。
森の中でその性能が発揮される事はあまり無かったが、それでも十二分に役立っていた。
マップウィンドウを開いて周囲を確認しながら、ケージは呟く。
「ひょっとしたら、当たりかもしれないな。皆、気を引き締めて行こう」
無言で頷き、一向はケージの口にした領域へと向かってゆく。
日陰で若干薄暗かった森の先、それが途切れた場所にある広場――明るい日差しが差し込むその場所は、一つの泉がある広場となっていた。
そして、その畔には――
「――最初のボスがこれかよ、おい」
――赤い鱗を全身に纏う、体長五メートルほどのドラゴンが存在していたのだった。
今日の駄妹
「役立つ情報が沢山……これは軽く罠ですね。こんな辺鄙な場所にある図書館とか誰も気付きませんし……はっ! この場所なら兄さんを押し倒しても誰にも気付かれず……!」