64:変則パーティ
「しっかし……」
嘆息交じりに、後頭部をぽりぽりと掻く少女が一人。
巫女服を纏い清廉なる雰囲気を醸し出しながら、その態度は普通の女子中学生のものである。
どこか擦れた、ぶっきらぼうな調子の彼女は、ちらりと上空を見上げながら声を上げた。
「聞いてはいましたけど、本当に無茶苦茶なプレイしてますね、先輩」
「ははは、そっちもあんまり人の事は言えないんじゃないのか?」
「まあ、それはそうなんですけどね」
再び嘆息し、巫女服の少女――アンズは、己の仲間であるケージとプリスに視線を向ける。
トラップに特化した隠しクラスを狙い、ただひたすらトラップを扱って敵を妨害するケージと、スキルの硬直を嫌い、ステータスに特化してついにはユニーククラスまで手に入れてしまったプリス。
ライト達を無茶苦茶と言うからには、この二人に関しても同じ言葉を当てはめなければならないだろう。
とはいえ、それを否定できる訳でもないのだが。
「こうして実物を見るまで、誇張を含んでるものだと思ってたんですけど……本当にやってるんですね、爆撃機」
「にはは、これでも、狭いダンジョンとかには行った時はちゃんと地上で戦ってるぞ」
「そこまでして飛んでたらやられるだけでしょうしねぇ……」
上空5mほどの低空飛行を続けるライトの背中から、ヒカリは笑いながらそう返す。
低速飛行であるため、ライトに掛かる重量も体感的に増えているはずなのだが、ヒカリの小柄さ故にそれほど影響を感じている様子はない。
悠々と空を泳ぐライトとヒカリの姿に、アンズは僅かながらに羨望を覚えていた。
自由に飛び回れる事に対する憧れというものもあるが――
「……あたし以外、カップルが二組と変人が一人」
――自由極まりない臨時パーティメンバーたちに対する、やっかみとも言える感情が大部分であった。
アンズとしては、元々のパーティメンバーであるケージとプリスの仲睦まじげな様子に関しては既に慣れている部分もある。
しかし、ある程度の交流があるとはいえ、そこまで仲がいい訳でもないライト達に関しては耐性がなかったのだ。
彼らはケージやプリスのように、あからさまに恋人らしい振る舞いをする訳ではない。
だが、まるで二人でいる事が当然であるかのような態度をとっており、ライトに至ってはまるで懐きやすい大型犬のようにヒカリの事を慕っている。
しかも、ライト達は言葉を交わさずに視線だけで会話をしている事が多いのだ。疎外感は否めないだろう。
現在のパーティメンバーは六名、同じようにカップルからあぶれている者もいる筈なのだが――
「ふむ、珍しい低空飛行。これは記録に残しておかねばなりません。角度が良ければ素晴らしい写真にも……いいですね。引き伸ばしてポスターに加工して私の部屋に……」
「……うわぁ」
気配を感じ、そちらの方へと視線を向ければ、木に登って撮影用アイテムをライト達に向けている黒い影が一人。
言わずもがな、アマミツキである。《ハイディング》をひたすらに高めて素材収集に勤しむ彼女は、今回のミッションには非常に向いている人材であった。
が、その性格――と言うよりも人格――は、変人と呼ぶ他ないほどに奇妙極まりないものだったのだ。
いつだったかケージやバリスが『駄妹』と評していた事を思い返し、アンズはひっそりと顔を顰める。
何故、このパーティに付いて来てしまったのだろうか、と。
「無理矢理にでもあの馬鹿と交代すればよかったか……割と硬くなってるし、逃げ損ねて爆破されても死なないでしょうし」
己のギルドに所属するタンクの姿を脳裏に浮かべ、アンズは思わず皺の寄った眉根をほぐしていた。
ケージとプリスに関しては慣れており、からかう余裕もあるのだが、マイペース極まりないライト達に関してはそれも難しい。
結果としてどちらにも強くは口出しできず、間に挟まれて妙な立ち回りを強いられていたのだ。
とはいえ、きちんとした目的の話になれば、真面目に相談を始めるのだが。
「……で、ケージ? 今回の目標の事、ちゃんと話してくれないかしら?」
「ん、ああ。今回の目標は、エネミードロップが二種類、フィールドドロップが二種類だ。エネミードロップは【トロピカルプラントの蜜】と【シャインバードの卵】。フィールドドロップが……バナナとマンゴーだな」
「あれ、ケージ君、あの果物って正式名称無かったっけ?」
「こう言った方が分かりやすいだろう。形も味もそのままだしな」
正確にはもう少し細かい分類があるのだが、余計な事を言っても分かりにくくなるだけだと、軽く杖を振ってケージは苦笑する。
そのアイテムの並びに、上空のライトは疑問符を浮かべながら声を投げかけていた。
「何だか南国っぽい組み合わせだが……この辺りにそんな物があるのか? 確かに南下してきてるが」
現在ライト達が進んでいるのは、フェルゲイトから更に南西に向かった場所だ。
元々、半島のような形をしているリオグラスにおいて、中央よりやや南よりに位置するフェルゲイトであるが、海まで到達するにはまだまだ距離がある。
ケージの提示した南国風のアイテムを入手するには、更に南に行く必要があるのではないかとライトは考えていたのだ。
それに対し、ケージは軽く笑みを浮かべながら杖を使って周囲を示していた。
「見てみてくれ、周囲の木々が若干疎らになってるだろう?」
「ん……そういえば、そうだな」
「兄さん、高度を上げて進行方向を見てみれば分かると思いますよ。とりあえず、木よりも高い位置まで行ってみてください」
「つくづく、おかしな会話よね、これ……」
アンズがぼやくように半眼で呟くが、生憎とそれに反応するようなメンバーはいない。
アマミツキの言葉を受けたライトは、ヒカリを背中に乗せたまま、周囲の木々よりも高く上昇していく。
と――次の瞬間、二人の眼に驚くべき光景が飛び込んできた。
「これは……」
「砂漠!? 何でこんないきなり!?」
直進した先、林の木々は徐々に疎らになり、それが完全に途絶えた辺りからは砂の大地が広がっていたのだ。
あまりにも突然の砂漠化――不自然な地形に、二人は疑問符を浮かべる。
何故、こんな地形が広がっているのか、と。
それに対する回答は、いつの間にか木の上に登っていたアマミツキが口にしていた。
「以前訪れた事がありますが、どうやらここは砂丘とも少し違うようですね。これは自然とはまた違った作用による砂漠化のようです」
「と言うと、どういう事だ?」
「詳しい設定までは伝承を探ってはいませんが、どうやら特殊なボス……古龍や精霊王に準ずるクラスの何かが存在するらしいですね」
そんなアマミツキの言葉に、ライトは思わず頬を引き攣らせていた。
一応ケージ達には情報を公開しているとはいえ、古龍や精霊王は今の所秘匿しておくべき情報だ。
余りおおっぴらには口に出来ない言葉である。
「まあ、今回はそんなエネミーがいるような奥地までは踏み込みませんが。むしろ、それの力が及びづらいオアシス地帯を目指す訳ですし」
「一応あるのか、オアシス。扱い的には砂丘みたいなもんだろう?」
「そのエネミーの所から吹いた砂嵐の一部が堆積して、更にエネミーの力によって干ばつが起こった結果砂漠のようになった訳ですね。しかし地脈やら精霊やらの影響で、エネミーの力が及びづらい地域も存在するんです」
「へぇ、それでその辺りがオアシスになってるんですね」
「ご名答です、プリスさん。流石は妹キャラ」
「……いや、妹関係ないでしょ、それ」
ごく真っ当なアンズのツッコミであったが、その辺りに関しては既にライトが諦めきった部分でもある。
その為、ライトは内心同意しながらも、口には出さず苦笑する程度に留めていた。
結果としてアンズが更に追い詰められているのだが、それに関してはライトが知る由もない。
「で、そういう地域に俺達の狙う素材がある訳だ。お前達が持ちかけた話なんだから、きちんと働いてくれよ?」
「にはは、それに関しちゃ異存は無いさ。そっちの前衛なら、あたしたちの動きにも普通に合わせられそうだしな」
「あははは……まあ、頑張ります」
出来ないとは言わない辺り、プリスの持つ技量の凄まじさが伺える。
本来であれば、基本的にライト達のほうが他のプレイヤーに合わせなければならないのだ。
とはいえ、普通にプレイしている以上、対空攻撃を持つエネミーや飛行エネミーの攻撃を引き付け続けるので、仕事の分配は自動的に行われてしまうのだが。
その為、純粋な意味で前衛との協力プレイを行った事はないのだ。
(まあ、炎とグレネードが降ってくるような前線で継戦できるようなプレイヤーなんて普通はいないだろうしな)
胸中で呟き、ライトは苦笑を零す。
と――それとほぼ同時、先頭の辺りを歩いていたプリスが唐突に立ち止まった。
彼女はそのまましばし目を瞑り、沈黙して立ち尽くす。
何事かと、他のメンバー達が首を傾げて立ち止まった瞬間、プリスは唐突に顔を上げて周囲へと警告の声を発していた。
「敵が来ます! あっちの方向……数は、恐らく四つ!」
「……いや、何で《索敵》のスキルを持ってる私より早く発見できるんですか」
素の調子で、驚愕を通り越して呆れの表情を浮かべるという、珍しい調子でアマミツキが声を上げる。
直後、本当に《索敵》のスキルに反応があることを確認し、笑うしかないとアマミツキは乾いた笑みを浮かべていた。
一人で隠密しながら素材アイテムを回収するアマミツキは、安全確保のため《索敵》のスキルも常時発動しており、その熟練度はそれなりの高さを誇っている。
しかしながら、プリスはそういったスキルを利用する事もなく、素の感覚のみで敵の接近を察知していたのだ。
しかも――
「この殺気の感覚、恐らく獣の類だと思います。亜人系ではないみたいですね」
「……ケージ、彼女はどうやってこれを察知してるんだ」
「いや、うん……本人曰く『気配』らしいんだが、俺にもよく分からん」
「これが本物のリアルチート勢の力ですか……」
流石のアマミツキも戦慄を覚えてそう呟くが、流石にいつまでも呆けている場合ではない。
アマミツキは軽く息を吐くと、パーティチャットを開いた状態で《ハイディング》を発動し、敵の接近してきている方向へと駆け出していた。
熟練度の上がったアマミツキの隠密移動は、進む場所さえ選べば林の中ですら気配なく進む事が出来る。
流石に枝葉に触れてしまえば物音も立つが、避けてさえいれば足音さえも響かない。
アマミツキは姿を消したまま、するすると敵の接近してくる方向へと走り抜けていった。
――そして、そんな彼女が、向かってくる敵の姿を確認する。
『いました。宣言通り、敵は四体……シックルモモンガが二体、ローリングクロウラーが一体、そしてジャイアントスネークが一体です』
『数は少ないが、ジャイアントスネークもいるのか……ライト、ヒカリ。モモンガは任せる』
『了解。残り二体はそっちで大丈夫か?』
『問題ない。俺ならば、片方が倒れるまで足止めする事も難しくは無いさ』
鎌のような鋭い刃の付いた尻尾を持つシックルモモンガ、体長4m体高1mはあろうかという巨体を持ち、回転して突進してくるローリングクロウラー、巨体を持ちながら音も無く這いよってくるジャイアントスネーク。
小さな体のシックルモモンガは攻撃が当てづらく、ローリングクロウラーやジャイアントスネークはその巨体ゆえに攻撃力も高い。
直接相手をするとなると、ライトたちとしてもあまり戦いたくはないエネミーだった。
それをあっさりと倒せると宣言されては、ライトとしても苦笑するしかない。
『アマミツキ、こっちに戻ってきてくれ。くれぐれも敵には気付かれるなよ』
『ええ。言われるまでもありませんが』
『ああ、そうだったな。それじゃ、戦闘開始といくか』
宣言し、アマミツキの帰還を待つライトは、ちらりと視線を地上へと向ける。
パーティの先頭に立つプリスは、刀を抜き放ち、己の体で刀身を隠すようにしながらじっと正面を睨んでいた。
ユニーククラス、天秤剣士。より強い敵を相手にするほど、己のステータスが上昇するという奇妙なクラス。
果たしてその力がどの程度のものなのか、ライトは強い興味を覚えていた。
(さて、とっとと敵を倒して、ゆっくりと観察させてもらうとするかね)
小さく笑みを浮かべ――グレネードを手に、ライトは現れるエネミーたちを待ち構えていた。
今日の駄妹
「やりますね……同じ妹キャラとして、負けてはいられません」




