63:限定ケーキ
「……また突拍子もない事を言い出したな、お前の妹は」
「何か、事情を知ってる人間に言われるとまた微妙な気分になるな」
困惑した様子を隠し切れていないケージの言葉に、一人カウンター席まで移動していたライトは肩を竦めて嘆息を返していた。
なまじ現実で知り合いであるだけに、ケージはアマミツキの性格をそれなりに理解している。
そのため、突然の提案にもある程度動じた程度でそう言葉を返す事が出来たのだが――やはり、唐突と言えば唐突な話であった。
「まあ、言いたい事は分からなくもない。俺も、機会があればそういったグループに参加しようかとも考えていたし、自分自身で企画を立ち上げる事も考えなかったと言えば嘘になる」
「けど、実行する気までは無かったってか?」
「例のレイドイベントならばともかく、この襲撃イベントに対してそこまで本気で挑む必要は無いと考えてたからな。確かに、うちのプリスは現状のプレイヤーの中では間違いなくトップクラスだが……集団を相手にする場合、活躍するのはどう考えても大規模ギルドだ。苦労してまで、彼らと同じ土俵に立ちたいとは思わないさ」
皿を片付けながらテーブルを拭くケージの姿は、手馴れた従業員そのものだ。
実際に、彼は現実世界においても店の手伝いをしているため、当然と言えば当然の話だったが。
遊びの中の店、言わば店を営業するための練習とも取れるようなこの場所。
どのような理由があって、彼がこの店を始めたのか――それは、以前パーティを共にしていたライトにも分からぬ事だ。
確かなのは、ケージがこのゲームにおいて真剣に何かを目指しているという事だけだった。
故に、ライトは友人の目を真っ直ぐと見つめながら声を上げる。
「本当に嫌だって言うなら、俺達も無理にとは言わないさ。別に、お前らはトップギルドであり続ける事を目指してる訳でもないしな。けど、もしも興味があるなら協力して欲しい」
「……一つ聞きたいんだが、何故そんなに本気でイベントに取り組もうとしているんだ? 正直な所、そこまでする必要は無いと思うんだが」
食器を片付けて顔を上げたケージは、純粋にライトに対して疑問を口にする。
対し、ライトは一瞬沈黙する。実際の所、ライト自身にはあまり大きな理由は存在しない。
しいて言えば――と言うより、ライトにとってこれが全てだったが――ヒカリが参加を表明したためである。
ライト自身が、何らかの目的を持って挑戦しようとしている訳ではないのだ。
もしも、それ以外の言葉で口にするならば――
「直感、かな?」
「直感? そんな理由で中規模ギルドの連合まで作ろうとしてるのか?」
「ああ。俺としては、ヒカリが望んだからって部分も大きいが……何となく、参加した方がいいって思うんだ」
それは、ライトの偽らざる本音であった。
はっきりとした根拠はないが、ライトは確かに、このイベントに対して強い興味と関心を引かれていたのだ。
ヒカリの望みを叶えたいと言う理由以外に、言葉で表現できる理由は存在しない。
けれど、それでも、と――自らの直感に従い、ライトは声を上げる。
「このイベントは、本気で挑んだ方がいい。ただの、勘だけどな」
「……そうか」
僅かに沈黙し――そして、ケージはそう言葉を口にする。
磨いたコップを台の上に置き、そして若干虚空を見上げて息を吐き出す。
その姿は、どこか苦笑にも見える仕草であった。
「……分かった、協力しよう」
「俺が言うのもなんだが、今ので納得して貰えたのか?」
「ああ。お前達の言う直感ならば、それなりに信じてみてもいいと、そう思っただけだ」
軽く笑みを浮かべ、ケージはそう告げる。
それは、嘘でもあり本当でもある言葉であった。
ライトの直感を信じたと言うのは本当だ。しかし、ケージがそれ以上に期待していたのは、《タカアマハラ》に注目されているライトの判断なのだ。
彼が直感的に参加したほうが良いと判断したイベント。それもまた、運営会社ではなく《タカアマハラ》の企画したものだ。
ケージはこれまで《霊王》の事に気をとられてあまり深くは考えていなかったが、ここにも《タカアマハラ》の思惑が存在する可能性があるのだ。
(となれば……こいつらから目を離すのは得策であるとは言えないな)
今、この場にライトがいるのは、果たして偶然なのか。
或いは、あの時ライトに――三久頼斗にチケットが渡ったのも、《タカアマハラ》の思惑の内であったのか。
今現在の所では、それを判断する事はできない。
故にこそ、ライト達を観察する必要があると、ケージはそう判断していたのだ。
「さて、それで……ギルド連合発足の会議に参加してくれたギルマスとその補佐役に、特別なケーキを贈呈するんだったか?」
「ああ。何か、それっぽいメニューは存在しないのか?」
「特別って言うほど特別なものは無いんだがな……まあ、店に出してないメニューは何個か存在するが」
「店頭に並べていないのか……どうしてだ?」
「素材が面倒なんだよ。王都の店じゃ買えない素材がいくつかあって、特定のエリアの収集素材になるんだ」
その言葉に納得し、ライトは苦笑を零していた。
王都の中で買える素材や、あらゆるエリアでドロップするような素材であれば、店に出すメニューとして困る事はないだろう。
しかし、特定のエリアでしかドロップしないアイテムとなると、安定した供給は難しくなってしまう。
メニューに載っていないのも納得できる話ではあった。
「ふむ。ならその中で、一番難しい素材で作るのは何だ?」
「……おいライト、まさかとは思うが……?」
「うちのリーダーは『珍しいケーキで釣れ』とのお達しだからな。折角なら、一番珍しいので行こうぜ、という話だ。それに、それだけ入手しづらいアイテムで作るケーキなら、それだけ味も期待できるんだろ?」
「まあ、それは確かにそうなんだがな……一度試作してみた時は、確かに美味かったし」
「なら、それにしよう。俺達も手伝うから」
ヒカリの言葉であるためか、まるで引く姿勢を見せないライトの言葉に、ケージは軽く嘆息を零す。
日頃目にしている同級生のイメージとは若干かけ離れた、積極的な姿。
それは、リーダーであるヒカリと再会したが故の姿勢なのか――そんな事を僅かに考え、ケージは肩を竦めていた。
「そうだな……ま、やる以上は全力を尽くすさ。けど、こっちも全員が動ける訳じゃないぞ?」
「ああ、それは構わない。こっちも多少早めにログアウトするメンバーはいるし、それ以外の用事がある奴もいる。どうせだし、どちらのギルドも三人ずつ出してパーティを組まないか?」
「……ふむ」
ライトの言葉を聞き、ケージは口元に軽く手を当てて思案する。
ライト達のギルドは、ほぼ全員が変わったプレイスタイルで活動しているギルドだ。
それに合わせて戦闘を行うのは非常に難しいため、前提として戦略を組む必要があるのだ。
とはいえ、ケージ達のパーティも、メンバーの構成はライト達と同じように偏っている。
前衛はプリスとバリスの二人、後衛はケージとアンズの二人。ケージが妨害し、アンズが補助魔法をかける事によって前衛を援護し、戦闘を行う前衛特化なパーティだ。
ある意味では、ライト達の対極とも言える。
(まあ、普通に言えば前衛特化の方が安定するんだがな……少なくとも、打たれ強さはある)
一撃のダメージが大きいこのゲームにおいて、後衛のみのパーティで活動する事は単なる自殺行為である。
しかしながら、ライト達はそのようなパーティ構成で最近まで活動を続け、尚且つ高いレベルを維持してきた。
それは偏に、ライトとヒカリの二人が、飛行魔法の特性を生かして回避盾の仕事をしていたからに他ならない。
エネミーたちは空中にいる相手を優先的に攻撃する特性があり、対空攻撃を持つ全てのエネミーの攻撃を、二人が引き受けていたのだ。
(となれば、こちらも盾を用意する必要は殆ど無いか……)
エネミーの数が多くとも、ある程度の数が空中に注意を向け続けてくれるならば、その分プリスは自由自在に動き回る事ができる。
その際の殲滅能力は、魔法使いがパーティにいる以上のものとなるだろう。
となれば、おのずとパーティの構成は限られてしまう。
「うん、そうだな。こっちからは俺とプリス、アンズが行こう。そっちはそこにいる二人を含めての三人か?」
「ああ。他のメンバーはやる事もあるしな」
窓の外、オープンテラスになっている席から店の中を覗いている二人を示し、ケージは問う。
それに対し、ライトも軽く苦笑しながらそう返していた。
ゆきねはダンクルトと旬菜の装備を揃えており、白餡は用事があって早めにログアウトしてしまっている。
その為、現在自由に動けるのは、今この場にいる三人のみであった。
「メンバーとしちゃ、うちが後衛でそっちが前衛か」
「そうなるが……お前の妹は一体何をやってるんだ? 一応スカウトだとは思うが」
「ああ……あいつは何か、隠密採取に特化してる」
「……それはまた」
何とも言いがたいキャラクター構成に、ケージは曖昧な笑みを浮かべる。
ライトのキャラクターを考えれば、アマミツキの選択も分からなくはないだろう。
飛行魔法とグレネードを駆使して戦うライトには、素材収集が大きなネックとなってしまう。
それを解決するためのキャラクター構成なのだが、オンラインゲームにおいて特定のプレイヤーの支援を念頭に置いたキャラクター構成など、そうそう行うようなものではないだろう。
「まあ、ある意味では好都合であるとも言えるか。素材アイテムのドロップ数アップも持ってるんだろ?」
「ああ、その辺はしっかり育ててたはずだ。折角だし、出来る限り大量に取ってくるとするか」
「1スタックもあれば呼びかけには十分だろうけどな……ま、そうしてくれ。それじゃあ、こっちはメンバーを呼んでくる」
「店は大丈夫なのか? 一応、客はまだまだいるみたいだが」
「どうせもう少しで休憩時間だし、先輩とバリスがいればそれほど問題は無い。それに、いざとなったらNPCもいるしな」
――ふと、ケージが顔を顰めたのを見て、ライトは僅かに視線を細めていた。
NPCという言葉を口にした瞬間、ケージは僅かながらに表情を変えていたのだ。
(あまりに人間的すぎて、NPCと呼ぶのに抵抗のある類の人間か?)
《タカアマハラ》の作ったAIはあまりにも優秀であり、そのためNPCを機械のように認識する事に対して抵抗を覚える人間は少なくない。
とはいえ、ノンプレイヤーキャラクターという名称自体に間違いはないのだが。
そこまで考え、ライトは小さく苦笑する。わざわざ気にする程の事でもないと、彼は思考を切り上げていた。
「さて、それじゃあこっちはメンバーを呼んでくる。そっちも準備は大丈夫か?」
「ああ、こっちは問題ない。外に出て待ってるさ」
そう応えながら、ライトは笑みを浮かべて窓の方へと視線を向ける。
サムズアップでハンドサインを送れば、窓の外にいる二人は笑みを返し、早速掲示板らしき画面を開いて相談を開始していた。
その様子を見送り、ケージは思わず苦笑を浮かべる。
ヒカリの行動力は、相変わらずのようであると。
「それじゃあ、準備してくる。ちょっと待っててくれ」
「おう、了解」
店の奥へと戻っていくケージを見送り、ライトもまたカウンターから離れて外へと向かう。
テラス席に戻った彼を出迎えたのは、掲示板を開き文面を議論している仲間の二人であった。
「ただいま。流石にちょっと気が早いんじゃないのか?」
「おー、お帰り。他の所に先を越されてもつまらないしな。やれる事は先にやっちまおう、っていう話さ」
「お帰りなさい、兄さん。まあ、私達と『コンチェルト』が協力するならば、踏み込めないエリアはあまり無いでしょう。それなら、早めに行動する事に損はありませんでしょうから」
他人と呼べる存在を手放しに褒めるアマミツキを珍しく思いながら、ライトは元いた席へと戻る。
横からウィンドウを覗き込めば、見えているのは掲示板に新たなスレッドを立ち上げるための画面だ。
ギルド連合結成の集い――果たして、どの程度人が集まるのか。
若干楽しみに思いながら、ライトは淡い笑みを浮かべつづけていた。
今日の駄妹
「ケーキ……定番は『あーん』ですが、いっそ口移しと言うのも……」




