61:いくつかの報告
運営――というよりも《タカアマハラ》からの大々的なイベント告知があった後、ライト達はそれぞれ分かれて行動を開始していた。
ゆきねはダンクルトと旬菜を連れ、各個人の装備を詳しく聞きながら調整するため、生産施設へ。
アマミツキと白餡は、イベントに向けた準備のため、情報収集目的に大図書館へ。
そしてライトとヒカリは、《霊王》に関する報告の為に『コンチェルト』を訪れていた。
以前のようにバックヤードへと案内された二人は、対面に座るケージとアンズに対して声を上げる。
「――つまり、この場所。この古城の丘において、満月の夜にレイドイベントが発生するらしい」
「ふむ、成程な」
表示した地図を示しながらのライトの言葉に、口元に手を当てたケージは小さく頷く。
以前アマミツキがキャプチャしてきた画像では、それぞれに刻まれた紋章が大きかったために、正確な位置までは分からなかったのだ。
しかし今回、《霊王》が自ら姿を現した事で、その所在が白日の下に晒される事となった。
(イベントが夜にしか発生しないのなら、白日の下ってのも何だか妙な感覚だが)
軽く胸中で苦笑し、ライトは相手二人の様子を観察する。
手元にいくつかの資料を表示させ、位置関係や距離などを把握しようとしているケージと、じっと地図を見つめて何やら思い悩んでいる様子のアンズ。
対照的な二人の様子に、ライトはしかし余計な質問を発しようとは思わなかった。
余計な詮索をしないのも、約定の内なのだから。
「うん……成程、分かった。こっちだと時間差は二倍だから、おおよそ二週間に一度挑戦できるイベントって事になるのかね」
「そうみたいだな。しかし、最大60人ってのは凄い話だよなぁ。それだけの数を相手に出来るなんて、凄い人だな」
「……貴方、ヒカリさん。あの人の言葉、疑っていないの?」
あっけらかんとしたヒカリの言葉に、顔を上げたアンズは訝しげにそう問いかける。
対するヒカリは、どこか苦笑のような表情を浮かべながら肩を竦めて見せた。
――愚問だ、と言わんばかりに。
「直接相対してみれば分かる。彼女、《霊王》が本気ならば、この街にいる全てのプレイヤーが一丸となって戦っても手も足も出ないだろうな」
「……それは、根拠があるのか?」
「根拠と言うほどの根拠でもないけど、《霊王》は他の《守護の四権》とやらに対して、『手加減してくれる人ではない』等と評していた。要するに、あたしたちは手加減されなきゃ勝てないって事なんだろう……少なくとも、《霊王》はそう確信していた」
その言葉は即ち、『自分は手加減してあげる』と宣言しているようなものだ。
そうでもしなければプレイヤー達は勝てないと、そう確信しているかのように。
そして、それに――と、ヒカリは胸中で付け加える。
あの覇気とも呼べる圧迫感。別次元に立っている事を確信させられるような、圧倒的な力。
それは決して根拠と呼べる感覚ではなかったが、ヒカリの中にはある種の確信があったのだ。
正面から戦った所で、決して勝つ事は出来ないと。
「ま、今は勝てるか勝てないかの話なんてしてても仕方ないとは思うけどな。にはは」
「身も蓋もないが……確かに、アンタの言うとおりだ。実際の所、俺達もそう簡単に《霊王》に勝てるとは思っていない。恐らく、こちらのレベルに合わせて手加減はしてくれるんだろうが……上級職に届く人間が殆どいない現状ではどうしようもないだろうな」
軽く肩を竦めるケージに、ヒカリは若干ながら目を細める。
――その口元に、小さく笑みを浮かべながら。
「そういうお前さんの所は、どうやらレベル30に達したと見たが?」
「はは、バレたか」
「にはは、隠す気もなかったくせによく言うもんだ」
くつくつと笑う二人のリーダーの姿に、隣に並ぶ仲間は若干引き攣った笑みを浮かべていたが、しかし互いのリーダーの判断を咎めるような事はなかった。
同盟関係である以上、いずれ分かるような情報を隠す必要はないと、ケージはそう判断したのだ。
例えそれが、あらゆるプレイヤーが無視しきれないような重要な話であったとしても。
「ああ。プリスがレベル30に到達し、上級職へと転職を果たしたよ」
「成程、彼女はPVPでかなりの経験値を稼いでいただろうしな。通常冒険以外でも、レベルが上がり続けていた訳か」
「あたし達がこの店の事で色々やってる間も、あの子は挑戦を受け続けていたからね……そりゃあレベルだって上がるわよ」
若干呆れを交えて、アンズは肩を竦めつつ呟く。
余計な形でゲーム内において有名になりすぎており、隠してもいないためか学校でも若干注目されつつあるのだ。
とはいえ、元より学校中からある程度の視線を集めていたアンズたちであるため、今更と言えば今更なのだが。
「で、一体どんなクラスになったんだ?」
「ああ、それなんだが……内密に頼みたいんだ、お願いできるか?」
「ん? ああ、あたしたちはそれで構わんぞ。元々、情報提供に躍起になってるようなプレイヤーって訳でもないんだ」
攻略wikiに書き込む事を生き甲斐とするようなプレイヤーもいるが、生憎とヒカリたちは、ただやりたいようにやるだけのプレイヤーだ。
例え珍しいクラスであったとしても、口止めされているならわざわざその報告をしようなどとは思わない。
とはいえ――ケージがここまで慎重になるとなれば、興味を抱いてしまうのも事実であった。
「でも、あたしも気にはなる。それはどっちなんだ、ケージ?」
「……より面倒な方だ」
その言葉に――ヒカリは、浮かべた笑みを深くしていた。
上級職より現れる、隠されたクラス。その内、全プレイヤー中たった一人にしか現れない希少なクラス――
「……ユニーククラス。まさか、こんな近場で目にする事になるとは」
「正直、余計に扱いに困るだけという話ではあるんだがな……前例もなければ、これから先同じクラスが現れる事もない。スキルの検証がとんでもなく面倒だ」
「レアなだけに弊害もあるか……だが、それだけ強力なクラスなんじゃないのか?」
「まあ、見方によっては強力なんだがな……」
小さく嘆息し、ケージはちらりと視線を横へと向ける。
彼が見たのは店の表側であり、話の当事者たるプリスのいる場所だ。
特殊なクラスとはいえ、見た目が変わるわけではない。彼女はいつも通り変らぬ姿を見せている。
けれど、プリスが手に入れたものは、ゲーム全体で見れば大きな話題になって当然のものだったのだ。
「クラス名は『天秤剣士』。上級クラスってのは、どうやら自動的にスキルを一つ取得するらしいが……このクラスの場合、それが随分と特殊なんだ」
「と言うと?」
「スキル、《天秤の剣》――戦っているエネミーのレベルから自分のレベルを引き、その数値に合わせて自分の能力が強化されるんだよ」
ケージの告げた内容に対し、ライトとヒカリは一度視線を合わせ、無言の内に意見を交わしていた。
つまるところ、常時発動型の自己強化。相手が強ければ強いほど己も強くなり、強い敵に挑む勇敢な者に祝福を与える力。
だが、逆に言ってみれば――
「弱い敵と当たると、それだけ弱くなるのか?」
「……まあ、有り体に言えばそういう事だ」
ライトの発した疑問に、ケージは深々と嘆息を零す。
状況によっては大きなデメリットにもなるそれに、ライトは若干視線を細めていた。
どのような条件で、対象となる敵を判定しているのかが分からなければ、非常に危なっかしい効果なのだ。
レベルの高いボスを相手にしている場合、プリスのステータスは大幅に上昇する事になる。
しかし、乱戦の状況や雑魚MOBを召喚する能力を持ったボス、或いはレベル設定のあるオプションを周囲に纏っているようなボスの場合、プリスのステータスは目まぐるしく変化してしまう可能性があるのだ。
仲間の体力を気にしつつ戦闘を行っているケージにとっては、非常に厄介な能力であると言えるだろう。
「面倒なのは確かか……だが、その分だけ強力な力だろう? お前なら、上手く扱えるんじゃないか?」
「はは。買いかぶってくれるな、ライト。けどまぁ……お前達、随分と落ち着いているんだな」
「んー? 何がだ?」
「そりゃ勿論、こんな話を聞いたってのに全く驚いてないって事だよ。正直な話、身近にユニーククラスが出るなんて考えてないのが普通だろう?」
「ああ、まあ……それはそうなんだがな」
その言葉に、ライトは軽く肩を竦める。
ユニーククラスなど、公式発表されているとはいえ、その存在自体が疑わしいとすら思っていた代物だ。
こうして直接耳にしても、普通ならば早々信じられなかっただろう。
だが――事がケージ達であるならば、話は別なのだ。
「俺は、お前達のやる事に関しては絶対に驚かないようにしようと心に決めてたからな」
「……それはそれで、微妙に納得しがたい反応ではあるな」
「勿論、それだけじゃないさ。俺は、お前達がほかのプレイヤーとは違うと言う事を知っている。何せ――」
――《タカアマハラ》のメンバーの知り合いであり、ゲームが始まる前に常世の領域に招き入れられた者たちなのだから。
優遇されているのかどうかはともかく、少なくともこのゲームにおいては特別な存在であると言っても過言ではない。
他のプレイヤーにはない、大きなアドバンテージを持っているのも事実だろう。
言外にそう告げ、ライトは小さく笑みを浮かべる。対するケージの表情は、苦々しさの混じる苦笑であった。
「……一応言っておくが、ユニークを得られたのはプリスだけだ。それに、俺は隠しクラス狙いだが、他の二人はそういう訳でもないし……出るとは到底思えないぞ」
「でも、若干優遇されてるのは否定できないだろ?」
「まあ、そりゃ最初の時点でな……俺としても、強く否定できないのは分かってるさ。けど、知り合いだからっていつまでも優遇されてる訳じゃない。リップサービスだってあれっきりだ」
「ふーん……ま、そんなもんか。しかし、どんな条件で出たんだかな」
肩を竦めるヒカリの言葉に、しかし返答はない。
どうして出現したのかなど、確かめる術もないのだ。それを知っている者がいるとすれば、《タカアマハラ》の人間だけだろう。
ともあれ――
「まあ、《霊王》と戦うにしても、プリスの能力は結構重要になってくるだろうし、外れだったとも思ってないさ。幸い目立たない能力ではあるし、出来る限りは隠して行こうと思う。協力してくれたらありがたい」
「ああ、分かってるさ。こっちも、隠しておきたい事はいくつかあるしな」
「はぁ……つくづく、面倒なパーティが同盟組んでるわよね、ここ」
アンズの言葉に、その場にいた全員が苦笑する。
ユニーククラス、隠しクラス、氷古龍の子供――周囲に知れれば、大騒ぎになるような話ばかりだ。
ある意味では、この同盟は非常に有用であったと言えるだろう。
「まあ、とにかく……《霊王》に関しては、こちらも情報を仕入れたら持ってこよう。もしもレイドが発生したら、お前達にも参加して欲しいからな」
「ああ、その時はぜひ頼む。あたしたちも、あの《霊王》には……そして《賢者》にも興味があるからな」
互いの意志を確認して笑い合い、ライトとヒカリは席を立った。
今回はただの報告であり、長居する理由は無いのだ。
とりあえずダンクルトと旬菜のギルド加入祝いとしてケーキでも買って行こうと相談しながら、二人はケージ達に手を振って部屋を去っていく。
その背中を見送って――ケージは、となりにいるアンズへと小さく声をかけた。
「アンズ。ユニークの条件……やはり、あれだと思うか?」
「……ええ。ただ特殊構成ってだけじゃないなら、恐らくは」
「そうか。となると……《霊王》の言葉から考えれば、あいつらにも可能性はある訳か」
深く息を吐き出し――ケージは、席を立つ。
表通り側の窓、去っていくライト達の姿を見つめながら。
「……彼らの思惑の面倒な所は」
「それに乗るのが、私たちにとっても最善となってしまう事よね……気には、入らないけど」
――二人は、そう言葉を交わしていた。
* * * * *
――光が、差し込む。
雲ひとつ無い蒼穹より降り注ぐ、南天の太陽の輝き。
その光は、硝子に包まれた半球の空間へを、惜しみなく照らし続けていた。
透き通る空間には、ただ輝きのみが在る――その筈だった。
「始まったな」
「始まったね」
それは、その光すらも灼き尽くすほどに鮮烈で。
けれど、全てを包み込むがごとき穏やかな輝き。
黒き衣と白銀の装甲を持つ、銀髪銀眼の男。
白き衣と黄金の薄布を纏う、金髪金眼の女。
硝子の床に置かれた白いテーブルと椅子に並ぶように腰掛けながら、二人はただ静かに微笑む。
「楽しみだね」
「楽しみだな」
二人の足元に広がる硝子の床――その下に、地面と呼べるものは存在していなかった。
けれど、頭上にある天空が続いている訳ではない。
そこにあるのは、無数の星々の輝く遠い遠い宇宙であった。
遠く離れれば離れるほど、どこまでも広く大きく、無限に全てを内包しながら広がってゆく無謬の宙。
それを包むのは、螺旋を描く黄金と白銀の輝き。
――無限螺旋――
「わたしは待ってるよ。ずっと、ずっと」
「俺は見守り続けよう。ずっと、ずっと」
輝く二重螺旋の根本は、そう口にして。ただ静かにテーブルの中心と視線を向ける。
置かれているのは硝子の地球儀。
その中で輝くのは――刀を振るい、己を高め続ける少女の、鋭い視線。
大切なものを護れる力を欲し、ただひたすらに修練を重ねて、その果てに手を届かせようとする少女の物語。
まだまだ始まったばかりのそれを、二つの輝きは静かに見守る。
――いつの日か、己が一部の真なる助けとなる事を夢見ながら。
「お前は、どんな願いを捧ぐのか」
「貴方は、どんな祈りを抱くのか」
そう呟いて、二つの輝きは目を閉じる。
どこか、耳を澄ますように。どこか、光を感じるように。
どこか、祈りを捧げるように――
『我らの楽園よ、永遠なれ』
今日の駄妹
「図書館はいいですね。本の匂いがたまりません。心が洗われるようです」




