60:知らせ
古城の丘での戦いを終え、ゲートに戻ってから噴水でフェルゲイトへと移動した一行は、白餡との待ち合わせ場所とした公園へと足を踏み入れ――その入り口で、思わず硬直していた。
公園の中が、様々なエネミーで溢れかえっていたのだ。
「な、何だ!? 襲撃イベントか何かか!?」
「いえ、これは……」
予想外の状況に叫び声を上げるダンクルトに対し、普段と変わらぬ半眼を浮かべたままのアマミツキは、軽く肩を竦めて公園の中へと足を踏み入れて行く。
人と動物で混み合っている公園の中心、そこで地面に腰を下ろしている人物へと向かって。
言わずもがなだが――そこにいたのは、MPポーションを流し込んでいる白餡であった。
「……何してるんですか、白餡?」
「あ、お帰りなさい、アマミツキ。いえ、ヒカリさんに言われたとおり、《召喚魔法》の熟練度上げに沢山召喚してただけですけど」
「まあ、留守番に賛同した私が言うのもなんですが、外に出てエネミーと戦ってこようとか考えなかったんですか?」
「えっと……一人で行くのってちょっと怖いですし……それに、この辺りのエネミーはみんな《テイミング》しましたから」
嬉しそうな笑顔でそう口にする白餡の思考の中には、『適当なプレイヤーとパーティを組んで行動する』という考えは存在していない。
人見知り――悪く言えばコミュニケーション障害――の彼女には予想できた反応に、アマミツキは軽く嘆息を零していた。
恐らくヒカリは、そのあたりまで読んでこのような指示を飛ばしていたのだろう。
まだ付き合いは短いながらも、よく白餡の思考回路を理解していたのだ。
「で……その結果がこの移動動物園状態なのか」
「あ、あはは……まあ、最初はMPの無理がない範囲で召喚してたんですけど、いつの間にか人が集まっちゃって……」
後ろから追いついたライトの言葉に、白餡は乾いた笑みを浮かべる。
周囲のプレイヤー達は、大人しいエネミーたちに興味津々といった様子で触っている。
召喚魔法は決して弱い魔法ではないが、《テイミング》と組み合わせるとなると根気のいる作業が必要になる上、サブクラス解放後でしか取得できないため、あえて取得するプレイヤーも少ない。
最初から召喚魔法を使う事を視野に入れたプレイヤーでなければ、スキルを取得する事はないのだ。
それゆえエネミーをテイムしているプレイヤーは少なく、こうして物珍しさに人が集まることとなってしまったのだ。
結果として、白餡は再びMPポーションの世話になる事となってしまっているのである。
ある意味、いつも通りの光景であると言えた。
「まあ、白餡は《召喚コスト削減》のスキルも持ってますし、MPポーションの材料も余っているのは事実ですが……もうちょっと周りに流されず生きてください」
「流す側のアマミツキにだけは絶対に言われたくないんですけど」
「さて、それはそれとして」
さらりと流すアマミツキに白餡は半眼を浮かべるが、その程度で彼女が動揺するはずもない。
諦観の篭った嘆息を零す白餡を他所に、アマミツキは先ほどまでと同じ声音で声を上げる。
「とりあえず、この状況じゃ話も出来ません。とっとと召喚を解除してください」
「え、えっと……あの、でも。皆楽しんでるみたいですし……」
「はい皆さーん、悪いが今日はここまで! 楽しんでもらえたかー? それじゃあ、また機会があったらなー!」
パンパンと手を叩き、ヒカリが周囲のプレイヤー達にそう呼びかける。
元より企画されたものでもなく、人の集まりもそう多かった訳ではない。
終了の宣言を聞いたプレイヤー達は、若干名残惜しそうにしながらも、白餡へ礼をしながら公園を去っていった。
召喚を解除しつつも申し訳無さそうな表情を浮かべる白餡に、ヒカリは小さく苦笑を零す。
「MMOである以上周りに気を使わなきゃならんのは当たり前だけど、あまり気を使いすぎても便利に利用されるだけだぞ。ある程度、自分の我がままを通す事も大切だ。白餡は優しいからついつい遠慮しちゃうんだろうが……あんまり気を使いすぎる必要もないぞ」
「あ……は、はい」
「うん、ゲームは楽しく遊んでこそだからな。白餡も、何かやりたい事があったらしっかり言うんだぞ」
「い、いえ! もうやりたい事は本当にしっかりやらせて貰ってますから!」
エネミーのテイムに加えて氷古龍についても苦心して貰った――その恩を、白餡は重く受け止めていたのだ。
実際の所、仲間達の中で最も手間の掛かる作業を発生させたのは白餡である。
これ以上の我がままなど口に出来るはずもない、というのが彼女の考え方であった。
故にこそ、ヒカリはちらりとアマミツキのほうへ視線を向ける。
白餡が遠慮なく話す事が出来る相手は、アマミツキしかいないのだ。故に、白餡の本音を聞きだせるのも彼女のみ。
例えどうあろうとも、ヒカリには仲間を蔑ろにするつもりなど全く存在しないのだ。
視線を受けたアマミツキは僅かに苦笑を零し、ヒカリに分かる程度に小さく頷いていた。
「まあそういう訳で……それでは、現在の状態を確認しましょうか」
「あ、はい。アイテムは手に入ったんですよね?」
「ええ、とりあえず一番大変な部分は、ですが」
【機甲核】と【魔導核】。ダンクルトと旬菜が求める二つの装備の核となるアイテムは手に入った。
しかしながら、それで全部が完成した訳ではない。
変身アイテムはあくまで換装の機能を持っているだけであり、それ以外の装備も完成させなくてはならないのだ。
「まあ、他に必要なアイテムも既に洗い出しはしてありますし、作る分には問題ないでしょう」
「ん、そうだね。ただ、ボクはまた生産に集中しようかと思う」
「ゴーレムの修復も含めて、か?」
「そんな所だね。ゴーレムは強い事は強いけど、一つ一つのパーツが消耗品だからね。ご注文のアイテムを作りつつ直しておこうと思うよ」
柔らかな芝生の上に上品に座りながら、ゆきねはそう返す。
それに習うように、他のメンバー達も次々とその場に腰を下ろしていた。
若干ピクニックのような雰囲気が漂う中、しかしライトは表情を引き締めながら声を上げる。
「アイテムを作ることに異存は無いが、さっきのあの事は『コンチェルト』に報告しなきゃならないだろうな」
「だな……とはいえ、レイドボスとなればそうそう手出しは出来ないだろうけど」
「なあ、改めて聞きたいんだが……結局、あの女の子は何者だったんだ? レイドボスだって話だったけど、普通に会話してたし」
ダンクルトの口にしたその言葉。
それは、至極当然のものであると言えるだろう。
突如として起こったあの異常な状況に対し、何の説明もないならば気になるのも当たり前だ。
しかし、ライト達としても、それを安易に口にしてしまう事は憚られた。
――自然、『碧落の光』のメンバー達の視線は、ヒカリへと集まっていく。
「ふむ……お前の言うとおり、あの人はレイドボスだ。それも、運営側が操作しているキャラクターと言うわけだな。AI制御ではなく、プレイヤー制御の強大なボスという訳だ」
「うぇ、そんなエネミーがいるのか。このゲームのAIじゃ、どれが機械でどれが人なのかなんてさっぱり分からないな」
BBOに使用されているAIの異常さに関しては、現実でも散々議論されてきた内容であった。
人と変わらぬ思考をするAIを、あっという間に完成させてしまったのだ。
その技術力の異常さは、今更説明するまでも無いだろう。機械演算による人間の再現――しかし、その言葉に対して、ライトは僅かに違和感を覚えていた。
(機械か、人か……本当に、機械なんだよな?)
NPCと接すれば接するほど、作り物だとは思えなくなるその自然さ。
ある意味では、逆に不自然さすら感じてしまうほどのそれ。
人が操っているかどうかと言う条件で、果たしてどこまで差があるというのか。
「けど、ただ説明してくれてたって訳じゃないんだろ? それにしちゃ、異様に緊張しすぎだったぞ?」
「……そうだな」
ダンクルトの言葉は否定しきれず、ヒカリは口を噤む。
確かに、誤魔化す事はできるだろう。相手はこの世界における神の配下なのだ。圧倒的に格上の相手を前に警戒していたと言えば、納得はさせられないまでも誤魔化す事は可能だろう。
しかし、とヒカリは考える。これは、絶対に隠し切らねばならないような内容ではないのだと。
「……いいか、ダンクルト、それに旬菜。あたしたちは『コンチェルト』というギルドと同盟を組んでいる。対人戦最強の剣士ってのは、聞いた事ないか?」
「それって、あれか? 王都でケーキ屋開いてる所のギルドってやつ」
「そう。あたしらはあのギルドと協力してるんだ。それで、あのレイドボスは『コンチェルト』が情報を欲している相手……こっちは、取引でその情報をやり取りしてるんだ。つまり――」
「……身内以外お断りな情報、だって」
歯に絹を着せない旬菜の言葉に苦笑しつつも、ヒカリは小さく頷く。
その言葉も決して間違いではないのだ、否定する事も出来ないだろう。
だが、ヒカリとしては、押し付けがましく情報を利用するつもりも無い。
彼らを仲間にしたいが故の言葉という面も確かにあったが、無条件に明け渡せる情報ではないのも事実だったのだ。
「知りたいなら仲間になれ、と言うつもりはない。ただあたしは、同盟相手には誠実であるべきだと思ってるだけだ。見返りありであいつらに渡している情報を、お前達にただで渡す訳には行かない」
「けど、レイドボスだって話は教えてくれただろ?」
「あれに関しちゃ、『コンチェルト』の面々も既に知ってる話だったからな。話しても問題ないと判断した」
実際の所、ダンクルトたちは既に『コンチェルト』の持ち得ない情報をいくつか取得してしまっている。
《霊王》の力、正確な所在、それらは『コンチェルト』にとっても価値ある情報だ。
けれど、ダンクルトはそれに気付いていない。旬菜に関しては表情が読めないために判断は難しかったが、その情報を利用してどうこうしようとする人間ならば、二人きりでゲームをプレイなどはしてないだろう。
そう判断し、ヒカリは改めて二人に対して勧誘の言葉を告げていた。
「けど、あたしはやっぱり、お前達に仲間になって欲しいと思っている。お前達は十分強いし、あたしもお前達の事を気に入った。だから、あたしたちの『碧落の光』に入って欲しい」
真っ直ぐに目を逸らさず、ヒカリは二人へとそう告げる。
情報の流出を防ぐといった理由などではなく、ヒカリは純粋に二人の事を気に入っていたのだ。
強い視線と笑み、その言葉――それは正しく、ライト達が心酔するヒカリの姿であった。
全てを委ねよと語りかけてくるかのようなその姿に、二人は思わず息を飲む。
思わず頷いてしまいそうになるような、ある意味では覇気とも呼べる雰囲気の中――先に気を取り直したのは、意外な事にダンクルトであった。
「……一つ、頼みたい」
「何だ、言ってみてくれ」
「この子の……旬菜の我がままに付き合ってやって欲しい。オレの願いはそれだけだ。コイツには、この世界を自由に遊んで欲しいと思ってる」
「ふむ……成程な」
ヒカリは小さく微笑みながら頷き、その隣でアマミツキが僅かに目を細める。
ダンクルトの様子は、普段の明るいそれではない。
どこか、思い悩むような調子が含まれていたのだ。
(何かしら、リアルで事情があるという事でしょうか……ま、突っ込んで聞く必要もないですね)
軽く肩を竦め、アマミツキは胸中でそう呟く。
ギルドにおいて重要なのは協調性だ。楽しんでゲームをするためには、あまり個々が出すぎてしまうのは良くない。
しかし、そんな我の強いメンバーたちを纏め上げているのが、このヒカリなのだ。
「いいだろう、それがお前の願いなら、あたしはその手助けをする。お前達が、あたしたちといる事を楽しめるように……あたしたちも、努力しよう。だからお前達も、あたしたちと共に楽しんでくれ」
「っ……ああ、分かった。それなら文句はない。よろしく頼む、ヒカリ」
「よろしく……デス」
「ああ、一緒に楽しもう。ダンクルト、旬菜」
そう言って笑うヒカリの表情は、どこまでも二人の事を歓迎しており――ダンクルトは僅かながらに、ライトとアマミツキが彼女に心酔する理由を理解していた。
しかし、それにあっさり飲まれてしまうのも癪だと思い、軽く首を振って――
――瞬間、声が響いた。
『あーあー、まいくてーす。うん、聞こえとるねー』
「っ!?」
「この声、まさか……」
唐突に響いた声に、白餡は驚いて顔を上げ、そしてライトは聞き覚えのあるそれに目を見開く。
見れば周囲のプレイヤー達も驚き、きょろきょろと辺りを見回していた。
プレイヤー全員に通達されているチャット。それは即ち、運営からのメッセージだ。
『ではでは皆さん、日頃このゲームを楽しんでくれとるようで、おおきにな。そんな皆さんに、うちら《タカアマハラ》からお知らせや』
口調と声、そしてその言葉に、ライトは声の主の正体に関して確信を得る。
それはまず間違いなく、《賢者》たる常世思兼の声であった。
『再来週の日曜日……つまり6月の2日やね。この日の現実時間15時より、BBO全体でイベントが発生するで。皆が拠点としとるその町に、エネミーが襲撃を仕掛けてくるんや。襲撃の数はその時間帯、町に滞在しとるプレイヤーの数とレベルに応じて変動するさかい、好きな所にいたってな』
その知らせは、即ちBBO始まって依頼の公式イベントの発生を示していた。
僅かに沸き立つ周囲の雰囲気の中、常世の声は尚も続く。
『勿論、防衛に失敗すればそれなりのデメリットも発生する。けど、イベント期間中は経験値にブーストが入るさかい、頑張って敵倒して防衛してな。頑張った人には特別賞品も贈呈されるで。ほんならまあ、皆頑張って参加してな!』
楽しそうな笑い声と共に、常世からのチャットは切れる。
普段よりも喧騒の増した王都の公園、その一角で――
「にはは、面白そうだ」
――太陽の少女は、ただ楽しそうに笑みを浮かべていた。
今日の駄妹
「ほほう、これはこれは……姉さんの腕の見せ所かもしれませんね。変なファンが増えぬよう気をつけなければ」




