58:残党
無数に連なる、断続的な爆音。
静かなる古城の丘を蹂躙するその轟音は、巨大な炎を伴い吹き荒れる。
炎と土ぼこりを吹き上げ、衝撃と共に地を揺らし、内部にいた者たちに強大なる破滅を叩きつける。
世界の終わりすら錯覚させるようなそれに対し――ライトは、ただ淡い笑みを浮かべていた。
「は、はははっ、景気がいいな、こりゃ」
「おー……予想以上だぞ」
アマミツキたちの仕掛けたグレネードの数は、合計200以上。
レッサーヴァンパイアを倒すために必要なグレネードの個数はおよそ5つであり、明らかに必要以上の数が投入されている。
しかしそれだけに、巻き起こった爆発はこれまでに無いほど強烈にして強大なる物となっていた。
火力中毒のヒカリも目を輝かせるほど、巨大な爆発が巻き起こる。
吹き上がる爆炎の熱と風に煽られながら、仲間達の作り上げた大きな戦果に二人は笑い――
「――ッ!」
咄嗟に感じた悪寒に対し、反射的に身を翻していた。
その刹那、飛来した三本の氷槍が、ライトたちのいた場所を射抜いていく。
しかし完全には躱しきれず、三つの槍の内の一本がライトの右腕を掠り、その身を護る《オートガード》を打ち砕いていた。
「ちッ!」
しかし、硬直はしない。してはならないのだ。
元より予想していた事態の内の一つ。爆炎の熱風によって体勢を崩さなければ、完全に避ける事も可能だったレベルの攻撃だ。
大量のグレネードを投入したとはいえ、それを設置したのはあくまでも素人。
突発的な作戦であり、計算した上でグレネードを設置した訳ではない以上、むらが生じてしまうのは覚悟の上だったのだ。
残党は必ず現れる。かなり高い確率で、ライトとヒカリはそれを確信していた。
故にこそ《オートガード》を剥がされた動揺は最小限に、二人はすぐさま攻撃体勢へと移っていた。
そこに、一つのパーティチャットが届く。
『――兄さん、そちらから敵の様子は確認できますか?』
『いや、まだ土ぼこりが酷い。おまけに夜だからな、まだ敵の姿は確認できない』
『分かりました。攻撃するのは少々待って下さい。こちらで何とかしてみます』
『いいのか、アマミツキ? あたし達が攻撃したほうが安全だぞ?』
『はい、分かっています……が、レッサーヴァンパイアの死体が破壊されてしまう可能性もありますからね。そちらを保全する意味でも、地上組が攻撃した方が良いでしょう。それに、今の攻撃を見るに、どうやら先ほどの攻撃は兄さんによるものであると判定されたようです。かなりのヘイトがそちらに向いている以上、高確率で不意討ちが取れますから』
『成程……分かった、気をつけろよ』
『了解です』
アマミツキの言葉も尤もであり、小さく頷いたライトは、飛翔を続けながらもグレネードをインベントリに戻す。
予想外の事態ではあったが、ライト達の狙いはあくまでもレッサーヴァンパイアの落とす【魔導核】なのだ。
元々出現率の低いエネミーであるため、これだけの数からアイテムを回収できるのは渡りに船であるとも言える。
その為、アイテムドロップの元となるエネミーの死体を損壊させる訳には行かないのだ。
爆発の威力に気が昂ぶっていた己を自覚し、ヒカリとライトは苦笑を零しながら自省する。
「ふむ……敵の数は、大体4体って所か」
「結構減らせたもんだなぁ。流石、ライの作った爆弾と、機転の利く我らが妹だ。ちゃんとご褒美をやらんとな」
「ま、それは俺の方でやっとくさ。あいつの喜ぶ事なら、いくつも思いつく」
「うーむ、あたしもやってやりたいんだがなぁ」
飛来する、最大12本の氷の槍。
それらを易々と回避しながら、ライトは地上の方へと視線を下ろす。
残る4人が土煙の晴れ始めたフィールドへと飛び込んでいったのは、それとほぼ同時であった。
「よっしゃ、行くぞ!」
まず、誰よりも早く駆け抜けたのはダンクルト。
その長身と長い足、そして優秀なAGIのステータスを駆使して、彼は最も近くにいたレッサーヴァンパイアへと肉薄する。
あらかじめ声を上げての接近だったため、対するレッサーヴァンパイアもダンクルトの姿に気付き、迎撃するために反応していた。
しかし、ダンクルトの駆ける速さは、それよりも更に速い。
「――《アクセルストライク》!」
発動するスキルは、ウェポンアーツの派生、突撃系の攻撃スキル《アクセルストライク》。
拳撃か蹴撃かを選ぶ事が出来るこのスキルを、ダンクルトは好んで蹴撃による強襲に使用していた。
スキルの燐光を纏った足が輝き、ダンクルトの身体は規定の動きに沿って動作し始める。
強く地を蹴り加速するための一歩、蹴撃を繰り出すための跳躍に二歩――そして、空中で身体を前に回転させ、ダンクルトはその足を前方へと向けて突き出す。
輝きを纏い一筋の光となって駆け抜けるダンクルトは、瞬きの間にレッサーヴァンパイアへと突撃し――その一撃で、元より満身創痍となっていたエネミーの体力を完全に削り切っていた。
「よっしゃ――っと、え?」
勢いのままダンクルトは敵のいた場所を通り過ぎ、地面に一筋の傷をつけるようにしながら着地して――ダンクルトが見たものは、目の前に立つレッサーヴァンパイアの姿だった。
あまりにも勢いよく飛び出しすぎたために、敵の目の前まで進んでしまったのだ。
「よ、よう……い、いい夜だな?」
『……』
ダンクルトの身体は、技後硬直で動かない。
着地を決めた姿勢のまま、ダンクルトは引き攣った笑みを浮かべて声を上げ――対するレッサーヴァンパイアは、その口元に嗜虐的な笑みを浮かべていた。
動けぬままのダンクルトに攻撃を加えようと、吸血鬼はその腕を振り上げ――
「《バックスタブ》――油断大敵、ですよ」
――首筋からダガーの刃を生やして、そのHPを消し飛ばされていた。
地面に崩れ落ちるエネミーの背後から滲み出るように現れたのは、《ハイディング》を解いたアマミツキだ。
《バックスタブ》は、《ハイディング》が成立している状態でのみ放つ事ができるスキルである。
特定条件下のみで発動するスキルであるため、そのダメージ倍率は非常に高い。
しかし、熟練度が低い内はスキルを使用すると《ハイディング》が解けてしまうため、トドメの一撃以外では使いづらい技でもある。
熟練度も上げづらく、暗殺者プレイは人気ながらも難易度が高いのだ。
ちなみに、どのような攻撃にでも効果は乗るため、アマミツキは大抵グレネードに効果を乗せて使用している。
「お、おう……サンキュー、助かった」
「ボスドロップじゃないので倒れてもアイテム回収のロスはないですが、それでも勿体無いですからね。格上と戦っている以上、注意を怠らないでください」
「ああ……悪い、迷惑をかけた」
「いえいえ、フォローはいつも私の仕事ですからね」
普段の己の奇行を棚に上げつつ、アマミツキはそう口にして周囲を見渡していた。
先ほどの爆発を生き残った敵の数は4体。
そのうちの2体は、ダンクルトとアマミツキが仕留める事に成功した。
残る数は後2体。リンクする性質を持つエネミーであるため、幾分かのヘイトはアマミツキ達の方を向いているはずなのだ。
油断することは出来ないと思いつつ――しかしそ一方で、アマミツキは最早手を下す必要はないと判断していた。
何故なら、残る2体を仕留める為に、二人の仲間が動いている事を理解していたからだ。
「《エンチャント:フレイム》」
平坦な声音で響くのは、旬菜の命ずる付与魔法。
それと共に、旬菜の拳は紅く輝き――緋色の炎を、吹き上げ始めていた。
アンデッドエネミーの弱点は基本的に炎であり、その属性へと変化した旬菜の攻撃はレッサーヴァンパイアへと大きなダメージを与えるだろう。
しかしながら、敵も黙って見ているような木偶ではない。
旬菜の接近に気付いたレッサーヴァンパイアは、すぐさま標的を旬菜へと変えると、構成していた氷の槍を放っていた。
飛来する鋭い三本の氷塊。貫かれれば、即死はしないまでも動きを止められ、追撃を受ける事になってしまうだろう。
前衛とはいえ、連続攻撃を受けてしまえば耐えられるものではない。
だが――
「――《マジックブレイカー》」
一歩たりとも引く事無く、旬菜は更なるスキルを発動させていた。
ウェポンアーツによる技とも違う、短時間の効果付与スキル。
その効果は、拳で殴った魔法の効果を打ち消すというものであった。
同じ性質を持つスキルに、サムライの《斬魔の太刀》というものがあるが、これらは扱いが非常に難しいスキルだ。
効果時間は非常に短く、更に直接魔法に触れなければ効果がない。
その為、防御に使うというよりも、相手の防御魔法を破壊しながら攻撃するためのスキルとして活用される場合が多かった。
しかしながら、旬菜はそれを迎撃のために使用する。
鋭く前方を睨み据え、飛来する槍を右の手刀で一撃、二撃と打ち払い、更に最後の一撃を回避して駆け抜ける。
『ギ……ッ!?』
驚愕に呻く、レッサーヴァンパイアの声。
しかし、旬菜はそれに一切答える事無く、小さな体躯を生かして相手の懐へと飛び込んでいた。
そして放たれるのは、炎を纏う強烈なアッパー。その一撃は、寸分違わずレッサーヴァンパイアのあごへと命中し、その身体を打ち上げていた。
描かれる炎の軌跡は、まるで龍が天へと昇るかのように。
そして旬菜は伸びきった姿勢を元に戻し、重心を落として拳を固め――落ちて来たレッサーヴァンパイアの身体へと、その拳を正面から叩きつけていた。
「ふぃにーっしゅ」
元より傷ついていたレッサーヴァンパイアの末路など、最早確認するまでもない。
吹き飛ばされたレッサーヴァンパイアを尻目に、旬菜は勝利の証としてその拳を振り上げていた。
そんな彼女の姿に、苦笑を零す少女のような影が一人。
その当人たるゆきねは、剣と楯を装備したゴーレムの脇で、仲間達の戦いを観察していたのだ。
「さすが、慣れてるなぁ。ま、この状況を作り出すのには僕も貢献したけどね」
ゆきねのゴーレムは、まるで甲冑騎士の如く武器と防具を操り、堅実にレッサーヴァンパイアを追い詰めていく。
その動きは、かつて古代遺跡で戦った剣のミスリルゴーレムのよう。
例え相手の体力が全快であったとしても、この一対一でゴーレムが負ける事はないだろう。
それ程までに、安定した戦い方を見せていた。
「さあ、ボクの剣。ボクの機兵。きみの相手は不死者たる吸血鬼の眷属。ボクとボクの仲間が求めるもの」
芝居がかった調子で、くすくすと笑いながら、ゆきねは己がゴーレムへと命ずる。
人が聞いていないが故のおふざけだ。
霊すら斬り裂くその剣で、倒すべき敵を引き裂けと。
そして主の言葉に、ゴーレムはただ忠実に従うのみだ。
意志など無い機械人形であるが故に、ゴーレムはただ勇猛果敢に剣を振るう。
「――斬断せよ」
命ずる。ただ、淡々と。
ゴーレムは、ただ主の言葉を受け――その楯でレッサーヴァンパイアの身体を弾き返すと共に、振るう刃で敵の首を叩き落していた。
倒れていくレッサーヴァンパイアを見届けて、ゆきねはゴーレムを送還する。
出していれば熟練度も僅かに上がるとはいえ、戦い続けたおかげでゴーレムの消耗もそれなりなのだ。
部品が破壊されてしまえば、一から作り直すほかない。
材料が限られている以上、それはなるべく避けなければならないのだ。
(あっちはまだ使う訳には行かないしね……)
小さくほくそ笑み、ゆきねは倒れたレッサーヴァンパイアへと手を伸ばす。
仲間達と同じように、ドロップアイテムを回収するためだ。
普段はアマミツキが戦闘中に行っている仕事ではあるが、今回は共に戦っていた為に、終了時に全ての回収が済んでいるという事はない。
面倒ながらも、これはこれでくじ引きのような楽しさがある、と――ゆきねは苦笑しながらアイテムを回収し。
「……慣れなければ、いけないのでしょうけど」
――小さく響いた声に、戦慄していた。
聞いたことのない、女の声。どこか陰気な、明るさとは無縁のぼそぼそとした響き。
けれど、その中に潜む力は、まるで大瀑布を前にしたかのような強大なる圧迫感を伝えていたのだ。
ゆきねは反射的に顔を上げ、その姿を見据える。黒いローブを纏った、一人の少女の姿を。
「……あまり騒がしいのは、やはり好きではないので。これで、貴方達の望みは果たせましたか……?」
あまり、大きいとは言えない声。
けれど、その声は不思議と、戦いの終わった古城の丘に広く響き渡っていた。
誰も、何も答えられない。いつの間にそこにいたのか、一体この人物が何を言っているのか。
理解の外に存在するその姿に、一行はただただ圧倒され――
「――あんたが、ここの主なのか?」
――ただ一人、ヒカリだけが、そんな相手へと向けて臆する事無く話しかけていた。
仲間達の視線が集中する中、彼女はゆっくりとローブの人影の前へと進み出る。
僅かに動きがぎこちなくなって入るものの、ライトもまたその後ろに控えながら続いていた。
相手の気配を感じ取れていない訳ではない。その上で、ヒカリは仲間達の為に――そしてライトはヒカリの為に、その人物の前に立ったのだ。
そんな彼女達の姿に、ローブの少女は僅かに驚いたように動きを止め――そして、僅かに覗く口元を、笑みの形に歪めていた。
「……はい、その通り。私の任は、この地に彷徨う魂たちの統治。ここは、私の領土です」
その言葉の中に、排斥の意志は感じられない。
どこか、子供に言い聞かせるような調子すら含みつつ少女は笑い――被るローブのフードを、取り払っていた。
内側から現れたのは、鳶色の髪を持つ儚げな少女。
どこか色の薄い笑みを浮かべた彼女は、ゆっくりとした調子で、ヒカリへと向けて声を上げていた。
「私は菊理。《守護の四権》が一角……《霊王》、菊理です」
今日の駄妹
「……まさかのご本人登場。誰ですかフラグ立てたの」




