56:影と共に出でし者
飛来するスケルトンアーチャーの弓と、ゴーストの接触攻撃。
それに加え、現在ではレッサーヴァンパイアの放つ氷属性魔法の攻撃が飛び交っていた。
古城の周辺、先ほどまでよりも更に奥に進んだその場所で、ライト達は目的の相手であるレッサーヴァンパイアと交戦していた。
全方位から現れるエネミーの群れは相変わらず多く、アマミツキの《索敵》とライトとヒカリによる空中からの監視がなければ、あっという間に囲まれてしまうだろう。
更に、遠距離攻撃を行えるエネミーや、特殊な耐性を持つエネミーなど、とにかく面倒なパターンが多い。
ある程度余裕のあるレベルのパーティでなければ、押し切られることは必至だろう。
だが、ライト達にはある特性とも呼べるものがあった。それは――
「飛び道具持ちの攻撃優先順位、やっぱり制空権持ってる奴が上なんだなぁ」
「俺達みたいな動きを予測してたのかね。まあどっちにしろ、俺達にすればある意味好都合だが」
「にはは。地上の飛び道具が少なくなるもんなぁ」
――地上にいる仲間たちに対して、ほとんど飛び道具による攻撃が飛んで行かない事であった。
上空で飛び回り攻撃を繰り返すライト達に対しては、対空攻撃を持たないエネミーには当然攻撃手段が無い。
その為、対空攻撃を持つエネミーたちが攻撃をする事になるのだが、そこの優先順位が非常に高く設定されていたのだ。
ヒカリの魔法攻撃力が高く、ヘイトを大幅に稼いでいる点も含めて、飛び道具による攻撃はほぼライト達のみに向かっている。
無論、だからと言って飛行魔法のデメリットが緩和されている訳ではない。
魔法攻撃は行えないし、一度ダメージを受けてしまえば魔法は解除されて墜落してしまうだろう。
しかしライトは、そうして次々と飛来する飛び道具たちを、実に危なげなく回避していた。
「こうしているだけでも役に立てるのはいいんだが……まあ、やっぱり攻撃はしないとな」
「ライ、最近は新しいグレネードとかないのか?」
「ああ、一応状態異常系のグレネードは皆小型化のタイプが出現してるぞ。まあ、前回はゴーレムだから状態異常も何もなかったが」
毒や麻痺、睡眠といった状態異常を引き起こすグレネードは、既に栄養ドリンクサイズへの小型化に成功している。
ダメージ量は普通のタイプよりも低いが、やはり同時に三本投げる事が可能であり、更に状態異常の蓄積値は以前のものとそう大差ない。
その為、以前よりも効率的に状態異常を掛ける事が可能になっていた。
とはいえ、以前のように前衛がいない訳ではないので、何も考えずに投げまくる事は出来なくなっていたが。
――そして、そんなグレネードたちを有効活用している者が、もう一人。
「ポーション系とグレネード系、更に合成して拡散ポーション……はいどーん」
隠密状態から投げつけられた薬瓶は、しかし隠密特攻の効果は乗らずに炸裂する。
アマミツキが新たに作成していたのは、周囲へと回復効果を拡散させるポーションであった。
一定の範囲内にいる者たち全員に効果を及ぼす、広域回復のポーション。
しかしそれは、範囲内ならば敵味方関係なく回復してしまうという、ある種使いづらい効果を持っているアイテムであった。
味方のみに対象を指定するポーションは、未だ熟練度が足りず出現していないのだ。
しかしながら、このフィールドではある程度の効果を発揮する。
何故なら――瓶が破裂して薄緑色の回復効果のある煙が拡散した瞬間、周囲のエネミーたちに対して一斉にダメージエフェクトが発生した為だ。
「回復効果でダメージを受ける……アンデッド系の定番ですねぇ」
「まあ、ボクでも戦えるから都合いいけど……うち、何でアコライトいないの?」
「何を今更」
ある程度ポーションを投げつけて満足したアマミツキを、ゆきねは嘆息混じりに迎えていた。
BBOにおける基本四職――ファイター、アコライト、メイジ、スカウト。
この内、もともとのパーティであった『碧落の光』には、メイジとスカウトしかメンバーに存在しなかったのだ。
前衛と回復役ならば、これだけでも頑張れば何とかなるだろう。
しかし、他のフォローがなければあまり戦えないメイジやスカウトのみで戦っていたのだ。
改めて常軌を逸しているパーティメンバーに、ゆきねは軽く苦笑を零していた。
(とはいえ……その無茶を可能にしているのは他でもない、このアマミツキだ)
ライトの空戦能力、ヒカリの高い魔法攻撃力、白餡の手数。
変わってこそいるが、運用法さえ間違えなければ突出した力を発揮するメンバー達。
しかし、そんな彼ら上手く力を発揮できているのは、ヒカリによる指揮と、アマミツキによる作戦案による部分が大きかった。
アマミツキは膨大な情報量の中から必要な情報を探し当て、それをヒカリに伝えているのだ。
(普通は僧侶がいないなんて無理なもんだけど……回復薬はアマミツキがやってるから、HP管理は問題ないにしても、普通は無理だよねぇ)
胸中で呟き、ゆきねは交流のあるギルド、『コンチェルト』の事を思い出す。
前衛が二人、回復役が一人、変則的な補助役が一人。ケーキを作っている人物については分からないが、これもあまりバランスの良いパーティではない。
しかし、それでもメンバーの中には回復に秀でたアコライトが存在しているのだ。
アコライトの優れた点は、あらゆる補助魔法と回復魔法を習得できるという点である。
ポーションで代用不可能という訳ではないが、素材を多く消費しているのは非効率的だ。
また、瞬間的に防御力を高める防御魔法も重要であり、広範囲攻撃に対応するには必要不可欠なスキルであると言えた。
そしてその点、『碧落の光』には範囲攻撃に対する対処手段が存在しないのだ。
(どうするつもりなんだかね、ホント)
半眼でちらりとアマミツキを見つめつつ、ゆきねはゴーレムに指示を飛ばす。
パーティの弱点を、この知識に優れた天才が考慮していないはずがないのだ。
それならば、何らかの方法で対処しているはず――それが真っ当な方法であるかどうかはともかく。
どちらにしろ、そういった攻撃が向けられないに越した事はないので、出番がないのならばそれはそれで問題ないのだが。
そう考えてゆきねが嘆息している内に、戦闘は終了していた。
「うーん……【魔導核】、出ないねぇ」
「一応レアドロップですし、元の出現数が少ないから仕方ないのでしょうね」
レッサーヴァンパイアからアイテムを回収したゆきねの呟きに、アマミツキは軽く肩を竦めつつそう答える。
レアエネミーというほど出現率が低い訳ではないのだが、一度に現れる数も少なく、ドロップ率も低い。
【機甲核】はゴーレム系エネミーならどれでもドロップしたのに対し、【魔導核】は多少レベルの高いアンデッドでなくてはならないのだ。
効率の違いは大きいだろう。
「ふぅ……仕方ないとはいえ、もうちょっと奥まで行く必要があるか」
「うぃー、ちょっと大変デス」
ダンクルトの呟きに、旬菜はややうんざりとした様子で声を上げる。
文句までは口にしないのは、【魔導核】を手に入れるのが己の希望である為だろう。
己の都合でパーティを巻き込んでいる以上、文句をつける訳にはいかないのだ、
(とはいえ、これは流石に日を跨ぐ事も覚悟しておいた方がいいかも――ん?)
上空で仲間たちの様子を眺めながら、軽く嘆息しつつ眉根を寄せていたライトは、ふと感じた違和感に首を傾げていた、
――周囲が、若干暗くなってきていたのだ。
「何だ……?」
このフィールド周辺には、元々光源となるものはほぼ存在しない。
精々が、上空に浮かんでいる月程度だろう。その為、ここを夜に訪れるには、プレイヤー側で明かりとなるものを用意しなくてはならないのだ。
しかし、仲間たちが手にしているランタンは消えていないし、その光が陰るような様子もない。
ならば、どうして周囲が暗くなり始めているのか――警戒と共に周囲を見渡し、ライトはふと、視界の端に何がか映ったのに気が付いた。
夜の闇をさらに深くしたような、暗闇の中でさらに墨汁を垂らしたかのような、暗く澱む影。
まだ距離があり、その全容を掴む事は出来ない――だが。
「――ッ!?」
それを改めて目にした瞬間、ライトは背筋が氷柱と化したかのような錯覚を覚えていた。
手が、喉が、体が――凍えたように震えて止まらない。ライトの身を支配していたのは、圧倒的なまでの『恐怖』だ。
そしてそんなライトの異常に気付き、視線を追ったヒカリもまた、その小さな体躯を硬直させていた。
闇の中、ゆらゆらと波のように揺れる何か。あまり大きくはない、だがこの夜そのもののように揺蕩い、蠢く何か。
――影が、動く。
「あれは……人、なのか……?」
動きを見せた影は、その一部を上空へと向ける。
その動きによって、ライトたちはようやく、その影が人の形をしている事に気が付いていた。
しかし、人ではありえない。ただの人間が、これほどまでに深く暗い『何か』を纏う事など出来るはずもない。
だが、それは確かに人の形をしていたのだ。プレイヤーか、NPCか、或いはエネミーか。
それとも――
「っ、ライ! 上を見ろ!」
突如として、ヒカリが声を上げる。
黒い影の放つ圧迫感の中、それでもある程度の余裕を取り戻していたヒカリは、影の指示した方向へと視線を向けていたのだ。
黒い影の動きは、まるで星を望む幼子のように。天を仰ぎ、その先にある何かを掴み取ろうと手を伸ばす。
或いは――そこにある何かを、奪い去ろうとするかのように。
伸ばされた手の先にあったものは――
「月が……これは、月蝕か!?」
月が、ゆっくりと欠けてゆく。それは通常の満ち欠けの形とは違い、円形に侵食されるかのごとく形を変えていくのだ。
それはまるで、何かに貪られているかのごとく。削り取られ、形を変え、月は徐々にその光を失っていく。
あまりにも非現実的で幻想的な光景に、しかしライトたちは感動するような余裕を持つ事は出来なかった。
これほどの大異変を起こした存在があの影である事に、二人は確信を持っていたのだ。
何より、あの影は理解の外に存在している。何故突然現れたのか、いったい何者なのか、敵なのか味方なのか――あらゆる事が不明なのだ。
「お、おー? 月蝕?」
「何だ、突然? 何かのイベントでも起こるのか?」
数秒遅れて、ダンクルトと旬菜の困惑した声が届く。
二人の声の中に、恐怖の色はない。彼らは黒い影の存在にも気が付いていないのだ。
だがそれ以上に、この二人は空間を砕くようなこの圧迫感すらも感じていなかったのだ。
(何だ、いったい……どうして、俺達だけ……!?)
ライト、ヒカリ、アマミツキ、ゆきね。この圧倒的な気配を感じ取ることができたのは、四人だけだ。
いったいあの人影が何なのか、どうして一定のメンバーだけがこの気配を感じ取る事ができたのか。
ヒカリはおろか、優秀な知識を持つアマミツキですら、その答えに辿り着く事は出来なかった。
困惑と恐怖、息の詰まるような空気の中、ライトたちが冷静に思考を巡らせる事もできないまま――月は、その姿を消した。
「…………」
静寂。困惑気味に周囲を見渡していたダンクルトも、息をひそめて周囲を見渡している。
動くものはない――だが、上空にあり優れた視力を持つライトは、遠くに立つ影が僅かに動いた事に気が付いていた。
天へと伸ばしていた手を、ゆっくりと振り下ろす。
その手が向けられた先は――ライトたち、一行の方向だ。
「――注意しろ、何か来るぞ!」
ほぼ反射的に、けれどその甲斐もあって、ライトは周囲へと大声で警告を発する事ができていた。
普段以上に強く、鋭いその声音に、硬直していたヒカリたちもまた我に返って身を整える。
そしてそれとほぼ同時――黒い影の周囲より、湧き上がるように無数の影の帯が伸び、周囲へと走っていた。
影の帯はライトたちを迂回するように走り、地面を黒で埋め尽くしていく。
そしてその次の瞬間、地面を覆った影は、ゆっくりと立体となって立ち上り、人の形を作り上げていた。
「レッサー、ヴァンパイア……!?」
呻くように、アマミツキがそう声を上げる。
無数に表れたのは、吸血鬼のなり損ないとも言える獣じみた姿の人型。
先ほど戦っていたエネミーであり、自分たちの標的であったそれ。
あまり数の出現しないはずのエネミーは――今、二十を超えるほどの群れとなってその姿を現していた。
「ッ……!」
少ない数ならば苦戦しないものの、レッサーヴァンパイアはそれなりに強力なエネミーだ。
これだけの数がいれば苦戦は免れないだろう――そこまで思考して、ライトは先程までの圧迫感が消え去っている事に気がついていた。
いつの間にか月は復活し、そして先ほどの影の姿もない。
だが、それは好都合であると言えるだろう。何者であるかも分からない以上、不確定要素は望ましくない。
「とにかく、倒すぞ! こんな所でやられる訳にはいかない!」
ライトの号令とほぼ同時、湧き上がったレッサーヴァンパイアたちが活動を開始する。
およそ五倍ほどの数が存在するエネミーの群れ――圧倒的に不利な状況の中、戦闘は開始されたのだった。
今日の駄妹
「この、威圧感……やっぱり、フラグでしたか……」




