55:満月の墓所
――丘の古城。
ゲートのやや北に存在するダンジョンであり、遠目からでも確認する事が出来る分かりやすい場所であった。
このダンジョンの特異な点は、その周辺数km四方がフィールドダンジョンと化している点だ。
建物自体もダンジョンではあるのだが、そこに辿り着くまでに無数のアンデッドの軍勢がひしめくフィールドを踏破しなければならない。
ゾンビやスケルトン、ゴーストといたメジャーなものから、フライングソードやゴーストホースといったあまり見ないものまで。
稀にレッサーヴァンパイアや、ゴーストホースにスケルトンソルジャーが乗ったスケルトンライダーなど、とにかく多くのアンデッドと戦わなくてはならない。
が――それを目的とする者たちにとっては、都合のいいフィールドであった。
「かつては古戦場であり、敗戦間際の国軍が最後まで抵抗した場所であったともされています。墓所も足りず、丘は埋められた死体で一杯になっており、未練を残して戦死していった兵士たちが、夜な夜な地面から手を伸ばしては、やってきた者たちにかつての剣を向けているそうです」
「へぇ、そういった話調べたら、もっと詳しく話が作ってありそうだね」
「まあ、間違いなくやってるでしょうね。しかし、白餡がいないと分かりやすく怖がってくれる人がいないのでつまらないです」
「あはは……ま、その辺はご愛嬌って事で」
満月の光が降り注ぐ古戦場。
しかし、今その地に足を踏み入れたアマミツキたちを照らしているのは、それとは異なる橙色の輝きだった。
夜の方が出現するアンデッドの種類が多いとの事で、その時間帯まで待って該当のフィールドへと足を踏み入れた一行。
今現在そこに響き渡っているのは、二種類の爆音であった。
「よっと……お返しだ」
「吹っ飛べ、《ファイアーボール》!」
月夜を駆ける影が一つ。ビンのような物を投げつける藍髪の少年と、杖の先より焔を放つ赤髪の少女。
フィールドダンジョンであり、周囲には火属性のよく効く敵であるアンデッドのエネミー。
ここは、二人にとって非常に都合の良いエリアであったのだ。
対空攻撃をしてくるのは弓矢を装備しているスケルトンアーチャーと、飛行能力を持っているゴースト。
ゴーストは物理属性のダメージは殆ど効かない為、必然的にライトが対地、ヒカリが空対空を担当する事となっていた。
ライトが爆弾を投げれば地上のスケルトンたちが吹き飛び、空を舞う半透明の黒い布――ゴーストは、ヒカリの魔法を喰らって多くはない体力を消し飛ばされる。
もともとのエネミーの数は多いものの、種類も豊富であるためか、対空攻撃を持った敵は一度に多く出てくる訳ではなく、必然的に二人は今まで以上に動きよく戦う事が出来ていた。
その姿を見上げ、呆然としている青年が一人。
「噂には聞いてたが……本当にああやって戦うんだな、あの二人」
「まあ確かに、掲示板で話を聞くだけではいまいち想像しづらいかもしれませんが……天井が低いダンジョンでもなければ、兄さんも姉さんも大体あんな感じですよ」
爆撃機コンビなどというあだ名がついている二人は、未だ慣れていないダンクルトたちの視線など何のその、実にのびのびと戦っている。
それが余計に噂の立つ原因でもあるのだが、今更であると開き直っているらしい。
とはいえ、他のメンバーも全く戦わずにいられるという訳ではない。
ライトたちが優先的に倒すのは対空攻撃を持っているエネミーであり、それ以外の敵は他の四人が対応する事になる。
「ダン、仕事しろー」
「お、おう!」
現在、敵と戦っているのは三つの影。
拳で戦うダンクルトと旬菜。拳に焔を纏う旬菜は、その軌跡を闇夜の中に描きながらゾンビを打ち据え弾き飛ばす。
その先にいる鈍色の影は、その手に持った刃を振るい、弾き飛ばされたゾンビを両断していた。
剣を持つ影の横でスケルトンの頭部を打ち砕いていたダンクルトは、その鈍色の影に思わず頬を引き攣らせる。
「……これって、本当に作ってから殆ど時間経ってないのか?」
「ゴーレムの能力はフレームに乗せている各パーツのランクによりますからね」
「そこはボクに解説させて欲しいんだけどなぁ……一応、パーツの中じゃ最高傑作の奴をつけてきたからね。武器も、ゴースト攻撃可能だよ」
ゴーレムはフレームにパーツを組み合わせる事により完成する。
フレームは核となる《機甲核》系アイテムによってランクが変わるが、能力自体は組み合わせたパーツによって左右されるのだ。
無論、フレームのランクによって装備できるパーツのランクは左右されてしまうが、あらかじめ様々なパーツを作っていたゆきねは、現在のフレームに搭載できる限界ランクのパーツも有していたのだ。
「フレーム一個しかないし、一体しかいないのが残念だけどねぇ」
「複数同時に使役できるのかよ……っと!」
突き出された剣を回避しつつ、ダンクルトは回し蹴りでスケルトンの腰骨を打ち砕く。
レベルも十分に高いダンクルトと同等に戦うことが出来ているゴーレム。
複数同時に使役できるのならば、どれだけの戦力となるのか――そんな懸念を口にするダンクルトに対し、アマミツキはいつも通りのぼんやりとした表情でアイテムを回収しながら声を上げる。
「まあ、ゴーレムのパーツは消耗品ですから、修理が必要になりますし。複数同時の使役は後々大変ですよ」
「修理に素材消費するからねぇ」
「……だからですか」
アマミツキの言葉に、ゆきねは小さく苦笑する。
前回の、古代遺跡より手に入った【マギスフィア】のうちの一つ。
それが今どうなっているのか――それは、言うまでもない事だろう。
「けど、それなら無理に使役する事もないんだぞ? あっちが派手に敵を引き付けてくれてるから、こっちはあんまりきつくないし」
「いや、別にいいんだよ。ゴーレムの使い方は慣れておかないといけないしね……優しいね、きみは」
「お、おう!? それほどでもない――ぐお!?」
「ダン、バカ」
ゆきねの流し目に動揺したダンクルトが、スケルトンの攻撃を受けて仰け反る。
嘆息した旬菜が咄嗟に割り込んだことによって、大事には至らなかったが。
以前と同じく、ゆきねの性別を勘違いしている事に関して、ライトたちは特に言及していなかったのだ。
同じ罠にはまった白餡はここにはおらず、親切心からそれを指摘するような人間も存在しない。
むしろ、いつになったら気付くのかと楽しんでいる節すらあった。
そんな空気を読んでいるのか、ゆきね本人もからかい混じりにダンクルトに対して誘惑のような行動を取るため、当事者たるダンクルトは時折こうして罠にはまっているのだ。
(男の娘って、海外だと『トラップ』って呼ばれてるんですよね)
そんな姿をぼんやりと眺めながら、アマミツキは胸中で益体もない事を呟く。
こうした余裕のあるやり取りが出来るほど、今回のフィールドは彼らにとっては楽な場所であったのだ。
無論、油断が出来る場所ではない。単体はそれほど強くないが、エネミーの数が非常に多く、さらに四方八方から敵が現れるのだ。
索敵をしっかりして順序良く敵を排除していかなければ、物量に押し潰されてしまう事もありえる。
その点に関しては、アマミツキが索敵を担当し、ライトたちが先制攻撃を行うために何とかなっていたのだ。
(今回は前衛も増えましたし……まあ、何とかなるでしょう。問題は――)
周囲のアイテムを採取しながら、思考を分割して発動させている索敵スキルで周囲を警戒する。
さらりと常人離れした行動をしながらも、アマミツキはその脳裏で一つの懸念事項について考えていた。
彼女の頭の中、そこに浮かび上がっているのは、瞬間記憶によって記録された一枚の画像だ。
――この世界全土の地図が刻まれた、巨大な扉の光景。
(……《霊王》の印だと、先輩達は言っていましたね。となると――)
地図の一箇所に刻まれていた、丸い紋章。
市松模様の背景に浮かび上がる、吸い込まれるような黒い円。
どこか不吉な印象すら覚える、その印。その位置は、確かに今ライトたちがいる場所の近くであったのだ。
地図は大雑把であり縮尺もしっかりしたものではないため、正確な位置までは分からない。
しかし――ある種の予感が、アマミツキの中にあった。
(あの城、ひょっとして……)
レイドボス、《タカアマハラ》が一角たる《霊王》。
あの城こそが、その居城なのではないか、と。
レイドボスは強力無比な存在であり、最大五つまでのパーティが合同で戦う事となる。
無論、レベルが足りない現状では、単一パーティで挑んだ所で相手になるはずもない。
戦う事を前提に考える事自体が間違っているだろう。
(まあ、今はどうした所で不可能でしょう……それにそもそも、あの城まで行く必要ありませんし)
今のライトたちの狙いは、【魔導核】を落とすエネミーである『レッサーヴァンパイア』だ。
もう少し奥まで行けばそれなりに出現する敵であるため、古城まで足を踏み入れる必要はない。
いずれは挑む事になるだろうが、少なくともそれは今ではないのだ。
――そう納得して思考を切り上げ、アマミツキは元の作業へと戻っていった。
* * * * *
――銀色の光が、空間を照らす。
揺らめくそれに映し出される世界は、しかし薄暗い闇に染まったまま変わらない――否。
それは、闇ではない。銀の焔によって照らされていたのは、闇そのもののごとき漆黒のローブを纏う一人の影であった。
長大なテーブルの先、豪奢な椅子に腰掛けて背中を預けていたその人影は、ふと目深に被っていたフードを揺らす。
「……この気配」
か細い声。殆ど音にならず、空気が漏れたかのようなその呟きは、しかし誰もいない部屋の中へと響き渡っていく。
その中で、僅かに顔を俯かせるかのようにフードを揺らした人影は、そのまましばし沈黙する。
その声以外で周囲に響くのは、場内を歩き回るアンデッドたちの足音だけだ。
場内を警護するかのように歩き回る、ガイストアーマーの鎧の音。
からからと笑うようにしゃれこうべを揺らす、エリートスケルトンの移動音。
広間を歩き回り侵入者を待つ、デュラハンの馬蹄の音。
――その中で、一人の人影がローブ姿の人物の横に立つ。
「いかがなさいましたか?」
「……知っている気配かと、思ったけど。あの人達が、ここに訪れるはずがない……少し、気になっただけ、です」
「侵入者ですか。ご命令とあらば、即座に排除いたしますが」
「……こちらにも約定がありますから。削られた所で、また元に戻せばいい……これから先、侵入者は増えますから」
「差し出がましい申し出でしたね、失礼致しました」
銀色の髪に紅い瞳。怜悧な美貌を持つ男は、執事服姿でローブの人物の横に控える。
『ヴァンパイア・ロード』。ヴァンパイアの上位種であり、強力極まりないアンデッドエネミーだ。
レベルにして73、今のプレイヤーたちが勝てる相手ではない。
そんな存在を横に侍らせながら、ローブの人影は小さく嘆息を零す。
「でも、この気配……確かに、あの人達の匂いもする……でも『加護』じゃない……もっと、濃い。それにこれは、《賢者》さんの……」
「あの、大図書館の主ですか? かの《賢者》の手の者がここに?」
「本人ではないのは確かですけど……どのような関係かまでは、分かりません」
そこまで口にして、ローブの人影は立ち上がる。
あまり大きくはない。ヴァンパイア執事の肩口程度までの身長だろう。
彼が長身である事もあり、そこまで小さいという訳でもないのだが――男として見るには、小さすぎる体格であった。
流れるような黒いローブは、足元を擦りながらゆったりと揺れる――否、それは擦っているのではなかった。
ローブの裾は、足元の影と同化していたのだ。漆黒のローブは、地面と繋がりながら静かに移動している。
足元の影に足音すらも飲み込ませながら、ローブの人物はバルコニーへと出て遠方を見つめていた。
彼方に見えるのは、二種類の爆炎。
「……あれは」
感じ取った力の気配に、ローブのフードが僅かに揺れる。
その奥で揺らめく鳶色の瞳は、遥か彼方にいる侵入者たちの姿を確かに捉えていた。
静かな墓所に遠慮なく爆音を響かせているものたち――しかし、城の主はそれを咎めるつもりもなかった。
削られたのならば増やせばいい。この人物には、それだけの権能があるのだから。
「……思ったより早いのもある、けど……やっぱり、感じる。また何か、やっているの……?」
しばし沈黙し――僅かに、顔を上げる。
確かめる必要が、ある。この地を守護する者の、一人として。
そう、僅かに呟いて――闇を纏う古城の主は、背後の執事へと言葉を告げた。
「……少し、様子を見てきます。私自身の目と耳で、確かめなければ」
「それは、《守護の四権》として、でしょうか」
「……はい。その通り、です」
「承知いたしました」
その言葉に、ヴァンパイアの執事は目を閉じる。
そういわれてしまえば、これ以上の口出しは出来ないのだ。
《守護の四権》。この世界を創造せし者、その存在の側近たる四つの力有る者。
《霊王》、《賢者》、《刻守》、《水魔》。それらに関する事となれば、従者などが口出しできる問題ではない。
――故に、彼は恭しく礼をして送り出したのだ。
「行ってらっしゃいませ、《霊王》閣下」
「……はい」
その言葉に頷いて――《霊王》は、空中へと身を躍らせていた。
今日の駄妹
「うーむ、兄さんと姉さんを撮影しようにも、こう暗いと難しいですね」




