52:前衛のいる戦い
「――《プロヴォック》!」
ダンクルトがミスリルゴーレムへと向けてスキルを発動する。
彼はこのスキルにそれなりの熟練度を有しており、例えヒカリたちがそれなりにヘイトを稼いだ後だとしても、十分にヘイトを稼ぐ事が可能だった。
これにより、三体のゴーレムの視線は一斉にダンクルトへと向けられる。
「うぉ……結構威圧感あるな、これ」
ミスリルゴーレムの高さはおよそ2.5m。例え長身のダンクルトとは言えど、その身長差は大きい。
見上げた相手の威圧感に若干押されながらも、ダンクルトは構えを取ってミスリルゴーレムを待ち構えていた。
ダンクルトの仕事はあくまでも、相手の攻撃を己に集中させる事だ。
下手に攻撃を行って隙を晒すよりも、大きな火力を持つ後衛の攻撃を集中させた方が有益なのである。
それに何よりも、彼は一人で前衛を行っている訳ではない。
「よし、お前は相手の攻撃後の隙にでも叩き込め!」
「いえっさ」
《エンチャント》を発動し、ダンクルトの数メートル後ろで待機する旬菜は、いつでも飛び出せる態勢のままじっとゴーレムを観察している。
純粋な物理攻撃しか持たないダンクルトと違い、旬菜は魔法攻撃の属性を有しているのだ。
それならば、物理防御の高いゴーレムにも有効なダメージを与えられるかもしれない。
とはいえ――
(こいつらがどんぐらい魔法防御高いかだよなぁ……)
胸中で呟き、ダンクルトは気を引き締める。
このゴーレムたちの素材はミスリル。魔法に対する耐性で有名な金属だ。
旬菜は攻撃を魔法ダメージへと変換できるものの、その分だけ余計にSPを消費しているとも言える。
その為、もしも物理魔法両方の防御が同じ程度のエネミーがいた場合、ダンクルトのほうがダメージ量が大きくなるのだ。
尤も、大抵のエネミーは魔法防御の方が低く設定されているのだが。
「ダン、攻撃来るよ」
「応……!」
旬菜の言葉に、ダンクルトは意識を集中させる。
敵は三体。横並びに近付いてくる。果たしてどれが最初に動くのか――そう考えていた、瞬間だった。
右側にいたハルバードのゴーレムが、一気に踏み込んだのだ。
「うおっ!?」
その速度は、普通の人間が走る速さとあまり変わらない。
これまでのブロンズゴーレムやアイアンゴーレムは、どれも鈍重で大半が接近までに魔法で打ち落とされるような相手だった。
しかし、このミスリルゴーレムの動きは、それらとは比べ物にならないほどに速かったのだ。
「おー……ミスリルが軽いって、本当だったんだ」
「感心、してる、場合かっ!」
横薙ぎの一閃を屈んで躱し、そこから翻るように振り下ろされた一閃をバク転気味に躱す。
どちらも超重量の一撃であり、掠っただけで上半身を持っていかれそうな感覚に、ダンクルトは思わず頬を引き攣らせていた。
ゴーレムなのに素早く、更に武器の攻撃力も非常に高い。
純粋な意味で、厄介な相手であった。
「くそ、アタックとバイタル特化のプレイヤーと決闘してる気分だ!」
「でも、攻撃は大振り」
ダンクルトは毒づくが、ハルバードの攻撃は武器が巨大なだけに隙も中々大きかった。
その隙を突くように、旬菜がハルバードのゴーレムへと向かって駆ける。
手には雷の《エンチャント》を、足にはライトの《エアリアルステップ》をかけて。
疾風の如く飛び出した旬菜は、雷を纏う拳をゴーレムへと叩きつけ――途中で割り込んだ盾によって阻まれていた。
「っ!?」
「下がれ旬菜!」
旬菜の攻撃を防いだのは、槍を持つゴーレムであった。
ハルバードに比べれば若干動きの鈍いそれは、しかし巨大な盾を持つが故に高い防御力を誇っている。
事実、旬菜の拳を受けて尚、槍のゴーレムの体力は殆ど減少していなかった。
驚愕は一瞬。旬菜はすぐさま目の前の盾を蹴り、一気に後退する。
しかし、そんな彼女を追うように、長大な槍が突き出されていた。
「ッ……!」
声にならぬ悲鳴と共に、旬菜は迫る穂先から身をよじる。
しかし、空中では思うとおりに動く事など出来るはずもない。
旬菜は自分の胸へと突き出される槍に対し、無理矢理体を捻りながら横殴りに拳を叩きつけていた。
それにより、僅かに逸らされた槍の一撃は、旬菜の脇腹を若干抉りながら通り抜ける。
ゲームであるため痛みはないものの、攻撃の当たった感覚に顔を顰めながら、旬菜は何とか着地し距離を取っていた。
「……三割削られた」
「まともに当たってたら半分ぐらいは行きそうだな……流石、ボスエネミーって事か」
高い攻撃力に眉根を寄せ、ダンクルトは旬菜を背中に庇う。
もしも三体のゴーレムから立て続けに攻撃を喰らえば、それだけで体力を全て削り取られてしまうかもしれないのだ。
少なくとも、常にHP最大を保つつもりで行かなければ危険だろう。
ポーションでHP回復をする旬菜を背に、ダンクルトはじりじりと下がる。
と――
「――《スラストトルネード》!」
「――《ブレイズバースト》!」
「――《アイシクルレイン》!」
――そこに、詠唱を完了した三人分の範囲魔法が叩き込まれていた。
風、炎、氷の三種の魔法。範囲魔法であるため威力こそ抑え目ではあるが、三人ともそれぞれの属性魔法の熟練度は非常に高い。
熟練度では一歩及ばない白餡も、ここ最近の幼生結晶孵化の作業によって氷魔法の熟練度がそれなりに上昇していたのだ。
逆巻く竜巻と、吹き上がる爆炎と、降り注ぐ氷槍。
三種の魔法はミスリルゴーレムへと一気に降り注ぎ――刹那、槍のゴーレムがその巨大な盾を頭上へと掲げていた。
『――――!』
人には聞き取れない、駆動音のような音。
それと共に盾の表面には紋章が浮かび上がり――ゴーレムたちを覆う、薄緑色の半球状の障壁が発生していた。
その姿を見て、若干離れた場所で観察していたアマミツキが驚愕に目を見開く。
「《フォートレス》……!? タンク用の範囲防御スキルです!」
アコライトの防御魔法とは異なる、前衛用の防御スキル。
発生した障壁は見事に三体のゴーレムを包み込み――迫る魔法を、しっかりと受け止めていた。
その光景を目にして、ヒカリが舌打ちしつつ声を上げる。
「スキルの制限は!?」
「発動時間の短さとリキャスト時間にあります! リキャストはおよそ1分!」
「分かった! ライ、白餡、波状攻撃で行くぞ! リキャスト時間中にダメージを与えるんだ!」
ヒカリのその言葉と共に、魔法攻撃が終了する。
しかし、槍のミスリルゴーレムが発生させたスキルによって、ゴーレムたちへのダメージは殆ど無いに等しい状態であった。
想像以上の防御力を発するゴーレムたちに、ライトは思わず頬を引き攣らせる。
が――それでも変わらぬ調子のアマミツキが、パーティ全体に届くように声を上げた。
「恐らく槍が防御特化、ハルバードが攻撃特化、剣がバランス型と言った所でしょう。出来ればハルバードを先に落としてしまいたいところではありますが、槍が割り込みスキル《ブロッキング》を持っているでしょう」
《ブロッキング》とは、素早く移動して敵と味方の間に入り込むスキルである。
ある程度の距離までならば凄まじい速さで移動できるため、重装備で動きが鈍くなっているタンクの重要な移動手段となっているスキルだ。
防御特化であると考えられる槍のゴーレムは、《フォートレス》を持っていた事もあり、恐らく《ブロッキング》を有している事も容易に想像が出来た。
魔法職こそいないものの、攻守揃ったバランスのよいパーティ。
今更ながら弱点が埋められた状態の厄介さを思い知り、若干慌てた様子で白餡が声を上げた。
「じゃ、じゃあどうするんですか?」
「前後両面から攻撃したいところですが、それをやったら《フォートレス》を使われるでしょう。移動速度上昇を維持しつつ、範囲魔法で《フォートレス》リキャスト中にちまちまダメージを与えて行きましょう」
「全員が順次に攻撃、か。まあ、その方が分かりやすいだろうな」
しかしながら、種さえ分かってしまえば、決して対処できないという訳ではない。
王道は弱点こそ少ないが、同時にどのような動きをするかが分かりやすいという事でもあるのだ。
ならば、やりようはいくらでもある。
「よし、前衛二人は引き続き頼む。後衛組はあたしが詠唱開始してから十秒後にライ、二十秒後に白餡が詠唱を開始してくれ!」
「了解!」
「わ、分かりました!」
ライトと白餡が頷いたのを確認し、ヒカリは魔法の詠唱を開始する。
分析と相談の間にある程度時間が経っており、更に詠唱時間も含めてしまえば、《フォートレス》のリキャスト時間も終わってしまうだろう。
しかし、その後に続くライトや白餡の魔法は防ぎようがない。
魔法攻撃は元来防ぐ事が難しい攻撃なのだ。発動に時間がかかるだけのメリットは十分にある。
問題は――
「時間稼ぎか……きついなぁ、オイ!」
「がんばがんばー」
「お前も頑張んだよ!」
矢面に立たざるを得ない、ダンクルトと旬菜であった。
ゴーレムたちにまともにダメージを与えられるのが魔法攻撃のみである以上、二人は相手を後衛に近寄らせない事だけに集中しなければならない。
《ペネトレイト》を使えばそれなりにダメージを与えられるだろうが、生憎と技の隙が大きく、相手が三体いる場合には硬直が解ける前に二、三度攻撃を受けてしまうだろう。
先ほど槍が掠っただけで体力を三割削られた旬菜の状況を考えれば、それだけで体力が尽きるであろう事は簡単に予想がつく。
「が、やるしかないか……《プロヴォック》!」
リキャストを終えた《プロヴォック》を再度発動し、ダンクルトはゴーレムたちへと向けて駆ける。
多くダメージを与える必要はない。ただ、注意を引くだけで十分なのだ。
拳を構え、ダンクルトは前に出る――それと同時、剣を持つゴーレムが、その刃を重心を落とすようにしながら構えていた。
「――屈んで下さい」
――瞬間、声が響く。
何もない場所からいきなり響いた声に、ダンクルトは反射的に従っていた。
しかし、走る姿勢からのいきなりの指示にバランスを崩し、ダンクルトはその場にうつ伏せに転び――その頭上を、剣のゴーレムの攻撃が通り抜けた。
薄紅の光を纏った刀身は、その光を刀身よりも長く伸ばし、ダンクルトが駆け込んでいたであろう場所を斬り裂いたのだ。
思いがけず攻撃を躱したダンクルトは、しかしそれを実感する間もなく、再び響いた声を聞く。
「はい、今度は横に転がる」
今度はその意味を考える余裕こそあったものの、先ほどの経験もあり、ダンクルトはその言葉に対して素直に従っていた。
すぐさま二回転ほど横に転がり――次の瞬間、ダンクルトがいた場所に対して、光を纏うハルバードの振り降ろしが叩き付けられていた。
爆発でも起こったのではないかというような轟音に、ダンクルトは顔を引きつらせながらも勢いをつけて立ち上がる。
もしも直撃を受けていれば、それだけで体力の大半を持っていかれていただろう。
コンボで喰らえば、確実に倒れていたはずだ。
「長剣系スキル《ワイドスラッシュ》と戦斧系スキル《ブレイクインパクト》です。ハルバードは斧の分類のようですね」
「……アマミツキ、あんた、見ただけでスキルが何か分かったのか?」
「さっきの槍も、プレイヤーと同じスキルを使用していましたからね。武器スキルも使えるだろうと踏んでいましたが、想像通りでした」
戦々恐々としながらも、ダンクルトは声の響いた方向へちらりと視線を向ける。
旬菜の隣、先ほどまで誰もいなかったはずの場所。そこには、両手にグレネードを持ったアマミツキの姿があった。
彼女はゴーレムたちを警戒しながら、尚も普段と変わらぬぼんやりとした視線のままに声を上げる。
「まあ、このゴーレムは構造上は人間に近い形をしていますし、レーザーだけではないという事でしょう。武器も使ってますしね」
「とにかく、武器が光ったら気をつけろって事だな?」
「はい。まあ――」
じりじりと近寄ってくる三体のゴーレム。
未だ殆どダメージを与えられていないそれらは、高い攻撃力と防御力を持ち、更に連携も行う厄介な相手だ。
けれど、アマミツキに焦りの色は全くない。
何故なら――
「――もうそろそろ、総攻撃が始まる訳ですけどね」
――ゴーレムたちへと向けて、炎の輪が集束したためだった。
今日の駄妹
「ふふふ、もうすぐ兄さんと姉さんの雄姿が見れます。これは録画しなければ」




