51:古代兵器
「レアドロップって言うからには中々出ないものだと思ってたんですけど……」
倒れたゴーレムのドロップ品を確認し、白餡はしみじみと呟く。
彼女が確認し取得したアイテムの中には、確かに【機甲核】の名前が存在していたのだ。
現在、ダンジョンに突入して二時間ほど。インベントリの中には既に、二つの【機甲核】が存在していた。
セーフティエリアに向かい、ある程度集まったアイテムを共有インベントリへ送ろうとした途中で、二つ目の【機甲核】を手にしていたのだ。
ともあれ、中心に蒼白く輝く結晶が存在する小部屋へと足を踏み入れながら、ライトはヒカリに対して問いかけていた。
「とりあえず、目標は達成できた訳だが……これからどうする? もう戻るのか?」
「んー、そうだな……ゆきね、聞こえるか?」
『はいはい、何かなリーダー?』
ライトの問いに対し、ヒカリはチャットでゆきねを呼び出し、ギルドメンバー全体での会話を開始していた。
ヒカリは白餡に対して【機甲核】を共有インベントリに送るよう指示を出しつつ、ゆきねに対して疑問を発する。
「とりあえず、必要なアイテムは揃えられたと思うんだが、まだ必要なものとかはあるのか?」
『そうだね……とりあえず、ベルトを作る分には問題ないと思うよ。多少面倒な素材はまだあるけど、それは近場で手に入るから後でやればいい。ただ――』
「ただ、何だ?」
『ボクのゴーレムを作るためには、もう少し時間と材料が欲しいかな』
臆面もなく言い放つゆきねに、ヒカリは軽く苦笑を零す。
必要な事であるのは確かだが、随分と遠慮なく言うものだ、と。
とはいえ、ゴーレムを作るよう指示したのは他でもないヒカリなのだ。ゆきねの言葉に否などある訳がない。
後々【魔導核】を手に入れるためなのだから、旬菜を説得する事も難しくはないだろう――そう判断し、ヒカリは再び声を上げる。
「ふむ……よし、アマミツキ。ここのボスは何だ?」
「例によって中盤になったら雑魚敵として出てきそうな感じのゴーレムだったと思いますよ。確か……『ミスリルゴーレム』でしたか」
『え、まだ序盤なのにミスリルが手に入るの?』
「このゲームにおいて、ミスリルはそこまで高級素材というわけではありませんよ。現状、かなり高いですが店売りで買えない訳ではないですし」
尤も、未だ制限レベルに届かずに装備できない結果に終わるだろうが。
そしてミスリルゴーレムも、インゴット化が可能な素材が手に入ったとしても、精錬するには熟練度が足りない場合が多いはずだ。
クリティカルした場合にはそれに限らないが、あまり現実的な方法であるとは言いがたいだろう。
「実際、ミスリルには上位互換の素材が存在しますからね……ボスのレベルは上級職相当でしょうから、まあ多少早めに手に入りますよ、といった程度のレベルじゃないですかね」
『なるほど、ミスリルか……』
「にはは。ゆきね、欲しいか?」
『……正直なところを言えば、ね。お願いできるかな?』
「ま、やるだけやってみるさ。ボスの情報を掴んでおくのも悪い事じゃない」
このダンジョンはボスに辿り着いたプレイヤーこそいるものの、攻略まで成し遂げた者は存在しない。
アマミツキはボスの情報こそ知っていたが、その詳しい戦闘方法までは聞き及んでいなかったのだ。
とはいえ、全く情報が無いという訳でもなかったのだが。
厄介な点は――
「実際の所、私たちでも勝てるかどうかは分かりませんよ」
「そう……なんですか? ここまでみたいに、お二人に足止めをして貰ったところで三人で魔法を当てれば勝てる気がしますけど」
「相手が一体だったらそれでもいいんですけど、ミスリルゴーレムって三体同時に出てきますからねぇ」
「……ボス級なのに三体か」
アマミツキの言葉に、ライトは軽く眉根を寄せる。
これまではボスが雑魚を召喚するパターンこそあったものの、ボスが複数体出現するといったパターンは無かったのだ。
あまり想定していなかった事態に、ライトは軽く頭を抱えていた。
「しかもミスリルですから、多少の魔法耐性があると想定されます。これまでのように、魔法三連発当ててあっさり落ちるとは考えない方がいいでしょう」
「……ギルドチャットだから一部聞こえなかったっぽいが、もしかしなくてもボスと戦う話だよな?」
「ああ、そうだぞ。一応次のエリアに向けて、ゆきねには強いゴーレムを作っておいて貰いたいからな。ここの素材は何かと役に立つと思うんだ」
ダンクルトの言葉に、ヒカリはこくりと頷く。
いつも通りの明るい表情であるが、ヒカリは瞳の奥でじっとダンクルトたちの表情を観察していた。
自分たちにとっては必要の無いもの。けれど、これまで協力してきた自分たちに対して、どの程度恩義を感じているのか。
そして、その恩義に報いようとする意志があるのかどうか。ヒカリは、それを見極めようとしていたのだ。
ゆきねの場合、互いに利のある関係の継続を確立できたからこそ、こうして仲間になる事が出来た。
しかしダンクルトたちの場合、装備を作ればその時点で互いを繋ぎ止める事象はなくなってしまうのだ。
利害関係ならば、互いの利害が一致している限り離れる事は無い。
だが、この二人の場合は利害関係は生まれず、互いに協力する意志があってこそ仲間となれるのだ。
故に、この二人の事を見極める必要がある――そう考えて、ヒカリは二人の観察を続けていた。
「なるほど……よし、行こうぜ。勝てるかどうかは分からないけど、戦ってみるのも楽しそうだ。こっちも散々協力して貰ってるんだしな」
「ワタシは早く向こう行きたいケド……どーせゴーレム完成待ちだし、協力する」
二人から出たのは、協力を了承する言葉。
裏に含まれる感情も感じ取れないそれに、ヒカリは胸中で快哉を上げていた。
まだ目的を達していない旬菜の不満は当然の事だ。そちらを否定するつもりはヒカリにも毛頭無い。
だが、それでも二人は、これまでの恩義からギルドの都合に付き合う事を了承してくれた。
ならば面倒な条件など告げずとも、二人を仲間にする事は可能な筈だ。
――そんな内心は完全に隠し、ヒカリはアマミツキへと視線を向ける。
「よし、それじゃあ行くとするか。アマミツキ、ボスの居場所は?」
「はい。マップのこの部屋ですね。それよりも姉さん、戦略を考える必要があると思うのですが」
「ん、そうなんだがな……相手の動きによって変わってくると思うぞ」
三体のゴーレムが、果たしてどのような行動を取ってくるのか。
こちらの取るべき作戦は、それによって大きく変化してしまうのだ。
「ヘイト稼ぎで相手を釣れるならよし、組織立った行動をしてくるなら……ちょっと苦戦しそうだな」
「現状ではその情報は出ておりませんので、二通りの戦法を考えておく必要があると思いますが
「そーだな……釣れるんだったら、アマミツキとダンクルトが一体ずつ引きつけて、その間に残る四人で集中攻撃すればいいだろうな。ただ、もう一つのパターンの場合は……」
そこまで口にして、ヒカリは沈黙する。
もったいぶった訳ではない。現状では、その答えを出す事が出来なかったためだ。
相手の武器や防具、隊列などによって動きは大きく変化してしまう。
今何かしらの方針を決めた所で、相手の動きによっては不利になってしまう可能性もあるのだ。
精々、ダンクルトたちと白餡の召喚MOBが前衛で敵を抑え、アマミツキが撹乱し、最後に残るメンバーで魔法を叩き込む程度しか考えられないだろう。
ヒカリは小さく嘆息を零し、パーティメンバーへと声をかけた。
「その場で、あたしが直接指示を出す。詠唱途切れるから細かいところはアマミツキにやって貰いたいけどな」
「はい、了解しました」
「一度分析のために捨て、というのも有りっちゃ有りだが……どうせなら勝ちたいしな」
ヒカリの言葉に、ライトは軽く肩を竦めながら同意する。
好き好んでデスペナルティを貰いたい訳でもないため、慎重に戦うに越した事はないのだ。
「よし、それならとりあえず行くとするか。皆、準備はいいか?」
『あ、こっちから追加の物資を送っておくよ。まだセーフティエリアから出ないでね』
「おう、お土産期待しとくんだぞ」
気負う様子もなく、ヒカリは笑う。
そんな彼女の表情は、いつもと変わらぬ自信に満ち溢れていたのだった。
* * * * *
風と炎と氷、三種の魔法が飛び交い、立ち塞がるゴーレムたちを吹き飛ばす。
ブロンズゴーレムやスチールゴーレムといったエネミーは、魔法耐性の低さからそれだけで倒す事が出来ていたのだ。
そうして開けた道の先、マップに表示されているのは若干広い空間。
そこが、このダンジョンの最深部であった。
「よし……ライ、あの魔法を頼む」
「了解だ。『流転せよ、風の道。汝は何よりも高く、何よりも自由に。地に縛り付ける楔より、今こそその身を解き放たん――《エアリアルステップ》』」
ライトの詠唱と共に発動したのは、風属性第六の魔法だ。
これは攻撃魔法ではなく、一定範囲内の味方に魔法効果を付与するための魔法である。
この魔法の効果は、一定時間プレイヤーの移動速度を上昇させる。
鈍足であるゴーレム系相手には、ある意味では理想的な付与効果であると言えた。
「さて、効果時間も短いし、一気に行くぞ。アマミツキはとりあえず、一体を引き離せるかどうかを確認してくれ」
「分かりました。では、行きましょう」
全員で頷き、広間へと突入する。
天上の高さはこれまでの建物内とあまり変わらず、《フライト》で飛ぶ事は出来ない。
分かっていた事とはいえ不利な状況に眉根を寄せながら、ライトは正面に立つ三体のゴーレムに視線を合わせていた。
銀色の、これまでのゴーレムと比べれば幾分かスマートな印象を受ける姿。
これまでの、銅鍋や薬缶に手足が生えたような滑稽な姿とは違う、騎士の甲冑のごとき洗練された佇まい。
「『ミスリルゴーレム』……レベル、25」
ボス単体としては、それほど高くはないレベルだろう。
しかし、それが三体。となれば、あまり油断できる相手とは言えないだろう。
更に、それぞれが違った武器を装備している。
中心に立つゴーレムは長剣を。まるで鞘のようになっている盾と共に、切っ先を地面に向け両手で武器を持っている。
左側に立つゴーレムは槍を。こちらも盾と共に武器を装備しているが、こちらの方が剣よりも大型の盾を持っていた。
そして、右側に立つゴーレムはハルバードを。このゴーレムのみ盾を装備しておらず、巨大な武器を両手で持って沈黙を保っている。
そんなゴーレムたちはライトたちが部屋に足を踏み入れた瞬間、その手の武器を順手へと持ち替え、一斉にライトたちへと向けて構えていた。
「――行きます」
「――《ファイアボール》!」
統率された動きにライトは一瞬気圧され――次の瞬間、その隣をアマミツキが駆け抜けていた。
そしてそれとほぼ同時、詠唱を省略してヒカリが魔法を発動させる。
威力こそ下がるものの、十分な速度を持って、火球は剣のゴーレムへと向けて放たれていた。
これで剣のゴーレムのヘイトはヒカリへと向かう。そして――
「正直この攻撃的なのは相手にしたくないんですけどねぇ」
ほぼ同時、横合いへと走り込んだアマミツキは、ハルバードのゴーレムにグレネードを投げつけていた。
直撃はさせず手前で落下した爆弾は、その爆風の範囲内にハルバードのゴーレムのみを巻き込み、ダメージを与える。
グレネードの攻撃属性は物理であるため大したダメージは与えられなかったが、それでもハルバードのゴーレムのヘイトはアマミツキへと向かった筈だ。
しかし、ゴーレムたちの注視しているのはヒカリのまま変わっていなかった。
更に、武器を構えたゴーレムたちは、存外に素早い動きで行動を開始し、ライトたちの方へと駆け込んでゆく。
「やっぱ、グループ一塊でヘイト管理してるっぽいな」
「暢気に考察してる場合じゃないぞ……二人共、前衛頼む!」
「あいよ!」
「がってんだー」
ダンクルトと旬菜に声をかけ、ヒカリを抱えたライトはそのまま後方へと跳躍する。
二人共《プロヴォック》は有しているため、ヘイト管理は不可能ではない。
必死に追いかけてくる白餡の姿を眺めながら、ライトは魔法の詠唱を開始していた。
今日の駄妹
「おおお……兄さんの魔法に足が包まれてます……これは新手のスキンシップと呼べるのでは。足プレイですね」




