48:変化の種
「【変化の種】というのは――」
他人に聞かれたくない話をする際に利用している生産施設。
その一角で、小さなアイテムを手にしたアマミツキは、眠そうに目を細めながら声を上げた。
「ここ最近発見されたばかりの、新たなアイテムです。変身アイテムを作れるとされていますね」
「珍しいのか?」
「そこそこ、でしょうね。迷宮要塞都市ゲートのあたりで手に入るアイテムだと聞いていますが、一応はエネミーのレアドロップです。とは言っても、確率としては一桁パーセント台……かねてからネトゲをやってる人達にすれば、『頑張れば割と手に入る』といったレベルの話でしょう」
軽く肩を竦め、アマミツキは持っていた【変化の種】を尋ねてきた青年へと返す。
それを大事そうに受け取った青年は、どこか期待を込めた視線をアマミツキへと向け、問いかけた。
「それで、これを加工できそうか……ですか?」
「初対面の相手に敬語を使う姿勢は好ましいですが、下手な敬語は聞き苦しいだけなので、普通に喋って構いませんよ」
「……ズバッというね、この人。だがソレがいい」
アマミツキの言葉に、声のトーンを変えずに返したのは、青年の隣に並ぶ少女だ。
動き易そうな服装の二人は、どこかマイペースな様子こそ変わらないものの、視線の中には強い期待が込められていた。
が、それを真っ向から受けたアマミツキは、普段と全く変わらぬままに声を上げる。
「まあそれより、とりあえず自己紹介でもしたらどうですか? 確かに、これを貴方達が望むように加工するのは、うちの生産職さんが最も適しているとは思いますが」
「何も答えない内からハードル上げるのは止めて欲しいなぁ……まあとりあえず、名前を教えてくれる?」
「ん、ああ。オレはダンクルト。クラスはファイター/モンクだ。で、こっちが――」
「旬菜デス。クラスはおんなじ。よろしくドーゾ」
ダンクルトと旬菜。若干長めの黒髪と長身痩躯の男と、薄紫色の髪をツインテールにした少女。
どちらも動きやすさを念頭に置いたような服装を纏っており、旬菜にいたってはホットパンツで大いに太腿を晒している。
二人の名前を記憶に刻み、ライトは若干ながら嫌な予感を覚えていた。
特に旬菜に対し、ライトはアマミツキと同等かそれ以上の厄介さを感じていたのだ。
この会話の中でも全くと言っていいほど表情が変わっておらず、考えが読めない。
ちらりとヒカリのほうへ視線を向ければ、彼女もまた旬菜の事をじっと見つめている状態であった。
そんな保護者たちの様子を他所に、アマミツキはいつも通りの口調で声を上げる。
「はい、よろしくお願いします。ちょっと気になる事はありますが、それは後回しにしましょう。ではゆきね、お答えをどうぞ」
「はいはい。うん、不可能ではないと思うよ。君たちが作ろうとしてるのって、恐らく変身ベルト的なものだよね?」
「違う、こっちはステッキ系」
「え、モンクなのに?」
「最近は格闘系魔法少女なんて沢山いる。そして、変身して魔法が来ると警戒しているところを直接殴りに行くのが楽しそうデスので」
そんな旬菜の言葉に、ゆきねは何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
そんなゆきねの内心を想像しながら、ライトは気付かれぬように嘆息を零していた。
また厄介な人間が来てしまった、と。
「ああ、うん……まあ二人共魔法少女って言われなかっただけマシか」
「そうですか? それはそれで面白そうですが」
「そうそう。この無駄に高い背でパンツ出しっぱなしの魔法少女とか実に面白……変態的」
「今言い換えた意味ねぇだろ、余計に悪くなってるだろ!? そしてオレはそんな変な事をするつもりはない!」
波長が合ってしまったらしいアマミツキと旬菜の言葉に、ダンクルトはほぼ反射的にそう叫び声を上げていた。
そしてそんな彼の言葉に対し、はっと顔を上げた白餡が、どこか嬉しそうに口元を綻ばせる。
その表情は如実に彼女の内心を語っていた――ツッコミ役が増えて楽になる、と。
そんな彼女の様子に内心で謝罪しながら、ライトはゆきねに対して問いを発する。
「変身アイテムと言ったが……その二択なのか?」
「正確に言えばそういう訳じゃないよ。要するに、これは複数のアイテムを登録して換装するアイテムを作れるんだ。まあ、このゲームだとマルチウェポンの利点ってあんまりないから、そっちで行くのはただのロマンだと思うけど……防具なら、意外と使いどころは多いからね」
「なるほど、状況に合わせて防具を変更する訳か。確かに、有用な場面もなくはないな」
「ただ、インベントリが圧迫される事は確かだから、あんまりやれる事じゃないけどね。どちらかというと、その核となるアイテムの作成可能な形状に、ベルト系とステッキ系……まあペンダントみたいなのでもいいけど、そういうのがある事が話題になってるんだよ」
くすくすと笑うゆきねの言葉に、ライトは感心したように頷いていた。
それならば確かに、話題に上る事も無理はないだろう、と。
しかし、同時に難しいことも確かなのだ。それは――
「まあ、この作成が難しいことは事実だけどね。まずアクセサリカテゴリである核を作ったうえに、武器防具一式全てを揃える必要がある。それだけ多くの生産職が連携する必要性が出てくるから、現状自分たちのギルドの世話で忙しい生産職では協力しづらいだろうさ」
「なるほど。それで、たった一人であらゆるジャンルを網羅しているゆきねを探していたって訳か」
「ああ、その通りだ……って言うか、本当にアクセサリと武器防具一人で全部作れるのか?」
「薬品も呪物も爆弾も、魔法生物だって作れるよ。まあ、最後のはまだ熟練度低いけど」
笑みを浮かべ、ゆきねは頷く。
レベル、熟練度共に上がってきてはいるものの、全てのジャンルで稼ぎが出来ている訳ではない。
現状では作れるものの少ないゴーレムは、ゆきねもあまり挑戦していないジャンルであった。
とはいえ、今回それは関係ない。必要となる武器防具アクセサリは全て作成し、熟練度もそれなりに上げている。
今回の依頼を果たすのには、普通に考えれば低い熟練度であったが、ゆきねにとってはそれでも十分であった。
「さて、問題はこの依頼を受けるかどうかって事だよ。ボクとしては楽しそうだし、別に構わないんだけど……どうするかな、リーダー?」
「ふむ、成程な」
ゆきねの言葉を聞き、ヒカリは口元に手を当てながら沈黙する。
とりあえず、大きな目標としていた氷古龍の孵化は終わったのだ。
今後はソルベを育てる方向で、資金を稼ぎながらギルドハウスを手に入れる事を目標としていた。
しかし、目標として少々面白味がないと感じていた事も事実なのだ。
「ゆきね、何通りぐらい作り方思いつく?」
「二人の戦闘パターンを知る必要はあるけど、それぞれおおよそ三通りぐらいかな」
「成程な……では二人」
「お、おう!」
「何デス?」
「二人共、どれぐらいこだわって作りたい?」
どこか見透かしたような部分のある、ヒカリの言葉。
それに、横で聞いていたライトはわずかに眉を動かしていた。
しかしそんな様子には気付かぬダンクルトと旬菜は、若干首を傾げながらも声を上げる。
「そりゃ勿論、出来る事なら色々やってみたいさ。オレは乗り物だって欲しいし」
「必殺技、とか? でも、システム的に無理」
「ふむふむ、成程なぁ……よし!」
二人の言葉に、ヒカリは仁王立ちの体勢で、太陽のように輝く笑顔を浮かべる。
人の導となる事を願った、六木光の笑顔。
その表情に、ライトはその先の言葉を予測して、小さく苦笑じみた表情を浮かべていた。
「――お前たち、あたしたちの仲間になれ!」
「……へ?」
「ほほう」
そんな突拍子もないヒカリの言葉に、ダンクルトは素っ頓狂な声を挙げ、旬菜は半眼でにやりと口元を歪める。
二人の対照的な反応に、その言葉を発した当人はといえば、非常に楽しそうな笑みを浮かべていた。
「勿論、既にギルドに所属してるって言うなら別にいい。他のところで頑張っているのを引き抜く気はないからな。でも、もしもどこにも参加していなくて、それで仲間を探しているんだったら、是非あたしたちの所に来て欲しい」
「あ、いや……参加はしてないけど……でも、どうして?」
「にはは! そりゃあ、お前たちが目的意識を持って、楽しみながらゲームやってるからだ」
呆気に取られた様子のダンクルトに対し、ヒカリは笑顔のままそう答える。
ヒカリは、誰彼構わず仲間に誘うような人間ではない。
彼女の審査基準は、今口にした通り――何かしらの目的意識を持って、それを目指すために楽しんでゲームをしているかどうかだ。
それはライトやアマミツキのように果てのないものでもあれば、白餡やゆきねのようにその場その場で充足するものでもある。
そして、そんな者たちを率い、導く事こそヒカリの目的であり願いなのだ。
「やりたい事があって、そこに全力を傾けようとしている。だからお前たちは、ゆきねを探す事を諦めなかった。あたしは、そんなお前たちに興味が湧いたんだ」
それに、一切の打算無しにそんな事を口にしている訳ではない。
二人は前衛職なのだ。これまでパーティメンバーに一人としていなかった、近接戦のプレイヤーなのである。
正直な所、例えプレイスタイルが変だったとしても、喉から手が出るほどに欲しい事には変わりない。
アマミツキのアドバイスと、ゆきねの作る装備、それらがあればこの二人を強化する事も容易いだろう。
それに以前得た仮説を考えれば、この二人も隠しクラスを取得する可能性はあるのだ。
それが強いかどうかは分からない。けれど、そんな事は関係ないとばかりに、ヒカリは力強い視線を二人へと向けていた。
「お前たちの望む装備、あたしたち『碧落の光』が作り上げよう。その代わり、あたしたちのギルドで共に戦って欲しい」
「……」
「ふむぅ……」
返答を迷うというより、絶句して金魚のように口をパクパクと開いているダンクルト。
そして、その隣で考え込むように目を閉じて沈黙する旬菜。
突然の申し出なのだ、反応できる方が少ないだろう。
そんな考えと共に苦笑を浮かべ、ライトは助け舟の言葉を発した。
「と言っても、突然そんな事を言われても困るだろう。とりあえず、この依頼の間、一時的にパーティに加わってみないか?」
「一時的に、って事は……」
「まあ、臨時のパーティって事だ。別に、いきなりギルドに加わる必要はない。一応リーダーがこの調子だし、ゆきねも興味を持っているようだから、依頼のアイテムを作ることに異存はない――という事でいいよな?」
「うむ、あたしは構わないぞ」
「兄さんがよろしいのでしたら、何だってやりますよ」
「あ、えっと……私はその、正直もうわがまま言える立場じゃないですし……それに、別にやって困ると言うわけでもないです」
積極的賛成と消極的賛成。どちらにせよ、反対意見は出ていない。
元より、大きな目標を達成したために若干気が抜けていたのは事実なのだ。
全員、何かしらの刺激を求めていたのである。
「で、ゆきね。この依頼のアイテムを作るには、色々と素材が足りていないだろう?」
「まあ、そうだね。出来る限り面白く作ろうとすると、未踏のダンジョンまで踏み込まないといけないかも」
「つまり、今この場で作る事は無理な訳だ……それなら、アンタたち依頼のアイテムの素材採取を、アンタたちにも手伝って貰おうと思ったわけだ」
これは一応、ヒカリが考えていた事と何一つ変わらない。
軽く視線を合わせて彼女の真意を確認し、ライトは改めて二人の方へと視線を向けていた。
「どうだろう。俺たちだけでやってもいいが、その場合だと結構な量の報酬を要求する事になる。だが、PTに着いて来て貰えばその分の割引はする。その後仲間に入ってくれるって言うなら、料金もかなり低くするつもりだ」
「別に、無理に仲間に入れっていってるんじゃないぞ。もしも仲間に入るのなら、お前たちの装備を作るのは私たちへの先行投資になるからだ。それなら、料金を貰わなくても損だとは思わない」
ヒカリの発言は流石に豪気すぎるものの、ライトとしても殆ど異論はない。
どの程度自分たちに協力してくれるか――それによって、二人がどれだけ本気であるかを測っていたのだ。
そんなヒカリたちの言葉を受け、ダンクルトは視線を上げて笑みを浮かべる。
「……正直、ギルドがどうとかはまだ決めかねる。けど、材料集めはぜひ協力させてくれ」
「ワタシも、異存はない」
「成程。なら、存分にあたしたちの事を見極めるといい。よし、では作戦準備だ! ゆきね、必要な素材をリストアップ。アマミツキはその情報からどこのエネミーを倒す必要があるかを探ってくれ!」
「はいはーい」
「了解しました」
自らの態度を繕うような事はせず、ヒカリは率直に言葉を発する。
そんな彼女の姿を眺め、ライトはただ嬉しそうに笑みを零していた。
今日の駄妹
「人が増える……という事は、また兄さん密度が減ってしまいますね」




