45:生産職
鍛冶系の生産施設の中、ゆきねは一人黙々と槌を振るっていた。
備え付けられている器具は中位ほどのもの。高級な生産施設でこそなかったが、現状のレベルでは使用するのに困りはしない程度の設備であった。
一人では若干広く感じる鍛冶場の中で、ゆきねが行っているのはリビングアーマーの素材をインゴット化することだった。
【死霊鎧の鎧の欠片】や【死霊鎧の剣の破片】、たまにある【死霊鎧の錆びた剣】。
これらはそのまま使用する事はできず、熔かしてインゴットと化すことで生産に使えるアイテムとなるのだ。
ただし、一応ながら錆びた剣はそのまま武器として使え、鍛え直せば性能も高まるのだが、これは名前がそのまま【死霊鎧の剣】になるため、出所を疑われてしまう事になる。
「性能はいいんだけどねぇ」
難易度の高い生産を三度ほど成功させ、【死霊鎧の剣】の性能を確認したゆきねは、一人呟いて嘆息する。
そのまま売る事ができないアイテムは、制作してもしばらくは活用方法がなくなってしまう。
仕方なく、それ以降の剣は全てインゴット化し、生産用の素材アイテムへと変換させていたのだ。
「っと……よし、成功」
出来上がったインゴットを確認し、ゆきねは小さく笑みを浮かべる。
表示された名称は、【霊鋼のインゴット(中)】。これは、リビングアーマーの素材をクリティカル生産でインゴット化させることで生成される素材であった。
普通に作れるのは【鋼のインゴット(中)】、これが生産の上手い下手で品質が上から下へと変化するのだが、クリティカルした場合には名称から変化するのだ。
この霊鋼で作った武器の特性は、『スピリット系エネミーへのダメージ減衰無効化』である。
ゴーストや精霊などのスピリット系エネミーは、基本的に全て『物理攻撃ダメージが大幅に減衰する』という特殊能力を持っている。
これを相手にするには魔法系で戦うか、物理攻撃でひたすら殴り続けるしかないのだが、霊鋼で作ったアイテムならば、このダメージ減衰を無視する事ができるのだ。
(まあ、これも売りづらい訳だけど)
作ったアイテムは鋼を使用したものと名称は変わらないが、《霊体攻撃》というスキルが付加される。
これをどうやって作ったのか、と聞かれればそれはそれで困るのだ。
とはいえ、これを作る事にそれほど損はない。何故なら、ゆきねには一つやらねばならない仕事があったためだ。
「さて、と」
リビングアーマーのアイテムはすべて処理した。
かなり大量のインゴットを生成できたため、装備を作るのに困りはしないだろう。
合計で50個以上あるインゴットが詰まったインベントリを眺め、ゆきねは小さく頷く。
霊鋼の生成に成功した数は14個。クリティカルのみで作れる事を考えれば、驚異的な数である。
しかし残念ながら、仲間たちは金属製の武器も防具もほとんど装備していない。
これを生かせるとすれば、今の仲間たち以外の相手に売る場合のみだ。
「何とも生産職泣かせな仲間たちだね……まあ、その分は布とか革装備で頑張らせて貰うけどさ」
無論、ゆきねは防具の生産スキルも取得している。
ただしそちらは、鍛冶系の生産施設では作れないため、後回しとなっていた。
今作るべきものは、仲間たちの装備ではない。
そもそも、ライトたちは基本的に攻撃を受けとめると言う事をしないため、防具に対してあまり防御力を求めていないのだ。
ライトに至っては空を飛んでいるため、攻撃を喰らわない事が前提となってしまっている。
「回避系の特殊効果、何か調べておかないとね。まあ、今はとりあえず、頼まれている仕事をするとしようかな」
独り言の多い自分に苦笑しながら、ゆきねは霊鋼のインゴットを取りだす。
現状では質も(中)が限度だが、別にそれで作れない訳ではないのだから問題はないだろう。
インゴットを金床に置いて槌を持ち、ゆきねは精神を集中させる。
目をつむり、深呼吸し、鼓動を落ち着かせ、体の隅々にまで自らの意識を行き渡らせる。
「……掲示板で有名な対人戦最強の剣士、その剣を作れるっていうのもなかなか光栄だね」
爪先で軽くリズムを刻み、自分自身の中の鼓動と一体化させていく。
BBOの生産は、いくつかある手順をタイミングよく行っていく事が重要である。
これはアイテムによって異なっており、生産スキルを発動させているとそのタイミングで僅かに素材が赤く光るのだ。
それに合わせて手順を進める事で生産は完了し、全てのタイミングで手順を成功させた場合にのみ、クリティカル生産となる。
「ボク自身としては彼女たちの装備に全力を出す義理はないけど……まあ、手を抜いて作るなんて、ボク自身の主義に反するし、やらないけど」
呟いて、ゆきねは目を見開く。武器を生産するスキルを発動させ、その中から作る武器の項目を選択して。
定期的に赤く輝くインゴットへと視線を向けて、そのタイミングを掴む為に己の中のリズムを同調させながら。
作る武器は刀。一度生産を始めてしまえば、もう止める事はできない。
一度でもタイミングを外してしまえば、クリティカルする事は不可能になってしまう。
そのために、全てのリズムを己の中に刻んでいく。これこそが、ゆきねが高い確率でクリティカルを成功させる理由であった。
「……よし」
自分と、ゲームのシステムの同調を完了させて――ゆきねは、槌を振りおろした。
寸分違わず、赤く輝く瞬間を捉えながら。
炉の中で熱し、槌で延ばし、一度砕いて重ね合わせ、再び熱して結合させる――そんな様々な工程の中でも、ゆきねのリズムは決して揺らがない。
常に赤い光を捉えながら、道具のみならず作業中の品すらも己が体の一部として。
「っ……」
己の中のリズムを、一部たりとも揺らさぬように気をつけながら、ゆきねはただひたすらに作業を進める。
現実では、刀を作る作業は一人で行えるものではない。
おまけに、普通ならば半年はかかるような気の長い作業であるはずだ。
しかし、このゲームの中ではそのような事はない。
槌を一度か二度振るえば作業は進み、インゴットは徐々に完成品へと近づいていく。
体を激しく動かしても、鼓動は決して変わらない。それは、この体が現実のものではないからだろう。
奇妙な現実と非現実の境界。その狭間にあって、しかしゆきねは決して集中を乱す事はなかった。
形を整え、水で冷やし、再び熱して槌を振るい――熱い鋼は、徐々にその形を変えていく。
(もう、少し……!)
作業が進むごとに、ゆきねの集中力はさらに高まっていく。
それこそ、呼吸すらも忘れるほどに、ゆきねはただ一心不乱に槌を振るい続けていた。
そして――
「これで、ラスト……っ!」
タイミングを見誤らず、ゆきねは熱せられた刀身を水の中へと投入する。
瞬間、刀身を覆っていた黒い炭や煤は瞬時に剥がれ落ち、クリティカルの成功を告げる電子音と共に、一つの刃がゆきねの前に姿を現した。
「【霊刀:桔梗】……間違いなく、成功だ」
鍔も柄も無い、ただ刀身だけの刀。
しかし、表示される性能は、間違いなく現状では最高クラスの攻撃力を叩き出していた。
それに満足し、ゆきねはインベントリの中からあらかじめ用意しておいた鍔と柄を取りだした。
金色に輝く鍔には、《生産:アクセサリ》の派生スキルである《彫金》を用いて刻まれた見事な雪の結晶の文様が。
白い柄から延びる飾り紐も邪魔にならない程度の長さであり、見た目も性能もこだわった形となっている。
「よしよし……とりあえず、これでいいかな」
軽く刀を振るい、具合を確かめてゆきねは頷く。
これで、この武器の生産は終了だ。
同じ物を作ろうと思えば作れるだろうが、さすがに連続でここまで集中して作るのは難しい。
ゆきねの場合、一度か二度難易度が低めの失敗しても問題ないような生産を挟んでから再度行う事にしているのだが、今回はそろそろ生産施設の使用時間が限界となりそうな状況であった。
「まあ、こんなもんかな」
インベントリの中にあるのは、今回作った武器や防具の数々だ。
そのうちの大半は露天に並べられるものであるが、この【霊刀:桔梗】を初めとしたいくつかのアイテムは違う。
これは、ギルド『コンチェルト』から依頼され、作り上げた品々なのだ。
「これが終わったら約束の時間だし、さっさと行くかな」
荷物を片付け、ゆきねは立ち上がる。
暑い鍛冶場の空気でも、ゲームの中では差ほど強く感じるものではない。
だがそれでも、外に出た際の爽快感は、十分に感じ取る事ができた。
涼しい空気を全身に浴びて、ゆきねは大きく背伸びをし――そこに、あまり抑揚の無い少女の声が掛かった。
「お疲れ様、どうやら終わったみたいね」
「っと。こんにちは、アンズ。約束通りの時間だね」
「約束よりも早い、よ。まあ、それは私の性格だし、気にしなくてもいいけど」
紅白の巫女装束を一部の隙もなく纏い、まるでそれが当然だと言わんばかりに堂々とした姿勢で歩む少女。
アンズ――『コンチェルト』のメンバーの一人は、ゆきねの言葉に軽く肩を竦めると、口元に小さく笑みを浮かべて声を上げた。
「ま、とりあえず、さっさと取引をしちゃいましょうか」
「中々気が早いね。ボクとしても都合がいいけど」
何しろ、次の生産施設の予約は既に入っているのだ。
あまり長々と時間を潰すわけには行かない。
二人は互いに頷くと、同時にトレードウィンドウを表示した。
ゆきねが提示するのは先ほど生産を完了させたアイテムたち、そしてアンズが提示するのはそれに見合った金額だ。
出てきた金額は、87,000リール。現在の店売りアイテムの価格を考えると、かなりの差があるような値段であった。
「これだけのお金をぽんと出せるなんて、相変わらずきみの所は稼いでるね」
「需要という点なら貴方達のほうが上だと思うわよ。それに、これは私たちにとっても少ないと言えるほどの値段じゃないし」
「分かってるさ。現状では10Kでもそれなりの値段なんだから、軽く出せるものじゃない」
10K――即ち10,000リールでもゲーム序盤の今ではそれなりの大金だ。
その九倍近い値段なのだから、『コンチェルト』側にとっても大きな出費である。
そんなトレードを成立させ、大金を手に入れたゆきねは、笑みを浮かべながらアンズに対して声をかけた。
「ボクとしても力作だ。ただ、どこで手に入れたかは――」
「分かってるわ、口にしない。ま、あの人達は手に入れた手段なんて気にしないと思うけど」
「問題はどっちかというと周囲の目だからね。でも……随分、はっきり言うんだね」
誤魔化しはしないのか、と言外に意味を込めて、ゆきねはアンズに対して問いかける。
皆まで言う必要はない。ゆきねがなにを言いたいのかなど、アンズは一瞬で理解していた。
即ち――ゲーム製作者たる、《タカアマハラ》の面々の事だ。
謎に包まれた技術者集団たる彼らの事を、アンズはよく知っている相手のように口にしている。
そして、彼女自身それを隠すつもりもないのか、軽く肩を竦めながら声を上げた。
「ま、貴方達も無関係じゃいられなくなりそうだからね……正直、興味本位で首を突っ込むべきではないと思うけど」
「それは、きみ達の目的にとって都合が悪いから?」
「いいえ。あの人達には、出来る限り関わらないほうが身のためだからよ」
嘆息し、アンズはそう口にする。
嫌っているような口調でこそないが、その響きの中には誰もが向けるような賞賛や尊敬の色はない。
その奇妙な感情に、ゆきねは思わず首を傾げていた。
「それは、どういう?」
「あの人達が、『人に楽しんでもらいたいから』なんて理由でゲームを作るはずがない。そんな配慮をする人たちなら、そもそもこんな無茶苦茶なモノは作らなかった」
アンズの口調は、どこまでも淡々としている。
まるで、純粋に事実を語っているとでも言うかのごとく。
それを理解しかねているゆきねに、アンズは苦笑交じりの声を上げた。
「いいかしら。あの人達は、このゲームを作るために新技術や新製品をいくつもいくつも作り上げた。他の国との競争も気にせず、自分たちの都合だけで。これがどういう事だか、分かるかしら?」
「……それは」
「他人の考えなんてまるで考えない。そういう性質なのよ、あの人達は」
意図的に混乱させた訳でも、覚悟して混乱を起こした訳でもない。
目的を達したら、周囲が混乱していた。ただそれだけだ。
それでも無視できないほどの技術力や知識を持っているからこそ、今日こうして彼らは活動できているのである。
「……君たちが、まるで最初から対人戦を意図したような構成をしていたのは――」
「ああ、別に貴方が今思ってるような事はないから安心していいわよ。単にやらなきゃならない事がある、それだけだから」
ひらひらと手を振り、アンズは踵を返す。
肩越しに振り向いて、淡い笑みを浮かべながら。
「まあ、頑張ってね。応援してるわ、色々と」
からころと下駄を鳴らして、アンズはその場から去ってゆく。
そんな彼女の背中を見つめて、ゆきねは胸中の疑問をゆっくりと反芻していたのだった。
今日の駄妹
「兄さんの肩に取っ手とか欲しいですね、姉さんが掴みやすいように。ついでに私もしがみつきやすいように。しがみつきやすいように」




