43:孵化へと向けて
ギルド『コンチェルト』と同盟を結び、更にひたすらケーキを貪って満足した『碧落の光』の一行は、喫茶店から出ると共に今後の方針について話し始めていた。
そういう際には常に司会進行役となるアマミツキが、全員の前に一歩進み出て、くるりと振り返りつつ声を挙げる。
「さて、それでは今後の具体的な活動方針です」
「えっと、卵を孵化させるんですよね?」
「はい。今まではそれに際してどうすればいいかを調べていたところで、今後はその準備へと入ります」
問題となっていた氷古龍の餌に関しては問題を解決する事が出来た。
後は、それをいかにして調達するかが問題となってくる。
しかし、それを達成するための道筋は、既にアマミツキの頭の中で描かれていた。
「とりあえず、ここからは餌を探すのと同時に金策を行っていきます。そちらに関しては、ゆきねに一任するつもりですけどね」
「いきなり任せて貰えるのも光栄なような重圧なような……とりあえず、具体的にはどうするの?」
「はい。とりあえずゆきねには、生産に励んでもらいます」
行って、アマミツキは手元の画面を操作する。
表示されているのは、チーム共通で使用できるインベントリだ。
「流石に大容量の倉庫を借りる事はできませんでしたが、20スタック程度の小型の共有倉庫を購入する事が出来ました。使用するであろう素材は、この中に入れておきます」
「いつの間に……しかし、コイツは便利だな」
「ギルドメンバー共通で使えますので、自由に素材を放り込んじゃって構いませんが、あんまり種類は入れられないので無駄遣いはしないように」
購入したものは最低限サイズのものであったが、それでも結構な金額を必要としてしまった。
それはつまり、この機能は非常に便利であると運営も認識しているという事であろう。
やろうと思えば、クエスト中でも外部からどんどんアイテムを供給する事が出来るのだ。
尤も、開けなくなるエリアが存在する事は購入時にも警告されるのだが。
基本的に、セーフティエリア以外では共有インベントリは開けないのだ。
「で、ゆきねはここから素材と資金を調達し、どんどん生産を行っちゃって下さい。そして生産施設の使用時間が過ぎたら、露天で作ったものを売ってください」
「生産施設って、時間ローテで予約できないのか? あと、露天には店番NPCとか配置できないか?」
「ええと……両方とも出来るはずだよ」
ヒカリの疑問の声に、ゆきねはアマミツキよりも早くそう回答する。
現状予約しなければ使用が難しい生産施設ではあるが、使用時間でローテーションを組むことにより、連続的に利用する事が可能であった。
また、露天には店番のNPCを雇う事ができる。
ただし、これにはしっかりと給料が発生するため、その分の資金も用意しなくてはならないのだが――
「直接露天に顔を出さないでも物を売れるっていうメリットもあるね。まあ、そういう場合はちゃんとした所で雇わないと横領されかねないけど」
「はぁ、そんな仕様まであるんだな。普通なら批判入りそうだぞ」
「妙にリアリティにこだわりますからね、あの製作陣」
肩を竦めるアマミツキに、ライトも小さく苦笑を零す。
製作陣と直接面識があるのはライトだけなのだ。故に、その言葉に実感を持つ事が出来たのもライトだけだった。
ともあれ、店番NPCを利用する事は、ゆきねにとっても大きなメリットとなりうる。
店番に立たなくて済むため、その時間を生産に費やす事も可能であり、さらに周囲に顔を晒す必要もない。
元々、ゆきねの生産するアイテムは様々な意味で異常なのだ。
その上、容姿も――男とはいえ――整っているとなれば、声をかけられる事も少なくないだろう。
その煩わしさを避けられるというだけでも、ゆきねにとっては価値のある事であった。
「まあ、ボクとしてはNPCを雇いたいところだよ。今はひたすら、生産の熟練度を上げたい」
「こちらとしてもそれはありがたいところですが、売るものはしっかりと見極めて下さいね。あんまりにも強力なものをこの段階から売ってると、面倒な人が出てきますよ」
「まあ、ある程度までなら大丈夫だとは思うけど、用心するに越した事はないしね」
熟練度が足りていない段階ですら生産を成功させるゆきねが造る物は、現段階ではトップクラスの性能であると言っても過言ではない。
それを売りに出せば、売れる事は売れるだろうが、レベルが足りず装備できない上に様々な注目を受ける事となるだろう。
別段目立たないでいたいと言う訳ではない一行ではあったが、下手な注目を浴びたくないのも事実であった。
とはいえ、少々問題がある事も事実である。
「ただ、そこまでの予算が割けるの? 今回のギルド結成でもそれなりにお金を使ったし、その他に生産施設のレンタルや露天の確保は必須だし……その上で信頼できる店番NPCを雇うとなると、流石にボクばっかりお金を使いすぎてて気が引けるんだけど」
「ふむ……まあ、気持は分からなくもないですが――」
「――にはは、先行投資って奴だ。問題ない、お前はそれを帳消しにするだけの利益を上げてくれるし、あたしたちももっと稼いでくる。アマミツキが見つけて、あたしが認めた奴なんだ、お前にはそれだけの力がある!」
「とまあ、姉さんならこう言うでしょう」
臆面もなく断言するヒカリの言葉に、ゆきねは思わず上半身を仰け反らせていた。
無条件での信頼という訳ではない。彼女のそれは、ゆきねの実力と人となりを正確に見極めた上での言葉だ。
彼ならば、自分たちに大きな利益をもたらす事が出来ると、そう信じているのである。
「……改めてだけど、凄い事言う人だね、きみは」
「あたしは当然の事しか言ってないぞ。お前は実力があって、そして信頼できる人間だ。だからあたしは、お前に託す。いけるだろう?」
ヒカリは、ゆきねがそれだけの責任をおって尚奮い立つ事が出来る人間であると読み取り、その上でその言葉を告げている。
実際、そういったプレッシャーに弱い白餡には、何かを任せるといった方面での言葉は今の所掛けていないのだ。
とはいえ、いつまでもそのままでいさせる訳にはいかないとも考えていたのだが。
ともあれ、そこまで信用されたならば、ゆきねとしても応えない訳には行かない。
そう考えて意識を奮い立たせ、ゆきねは小さく笑みを浮かべる。
「分かった、やるよ。きみたちが思う存分使えるぐらい、お金を稼いでみせる」
「にはは、楽しみにしてるぞ!」
「そちらはこれで良さそうだな……アマミツキ、街での活動はゆきねに一任するのか?」
「はい、他のメンバーはアイテム集めおよびレベル上げに従事します。本当ならゆきねも連れて行きたい所ではありましたが、今やりたい事は生産の熟練度上げでしょうしね」
「あはは、よく分かってるね」
生産特化にしているゆきねには、それほど戦闘能力はない。
レベルの高い領域連れて行くことは中々難しく、更に戦闘に利用できる生産スキルもまだそれほど熟練度が高くなってはいなかった。
そのため、こちらに待機するべきであるという事情もあったのだ。
尤も、大きな理由は熟練度上げであったのだが。
「という訳で、私達はまたあの山に向かいます。今度は更に頂上付近を目指す感じですね」
「また雪崩起きないだろうな……?」
「あれは兄さんの爆弾が大きな原因だと思いますので、今度は逃げに徹して下さい」
爆音と衝撃に関しては強く、数が多いライトのグレネードである。
雪崩の原因のうちの七割はそれにあると言っても過言ではないだろう。
責任を感じつつも怪我の功名だった部分もあり、ライトは複雑な表情を浮かべていた。
「さて、それでは向かいましょう。あ、ゆきね。MPポーションは共有ストレージに放り込んで置いて下さい。かなり使います」
「……このメンバー、回復魔法使える人いないはずなんだけどなぁ。まあ、了解したよ」
何とも微妙な表情を浮かべるゆきねは、そう呟いて嘆息を零していたのだった。
* * * * *
『転移の楔』と呼ばれるアイテムがある。
簡単に言えば、使い捨てのワープポータルのようなものだ。
一箇所をマーキングしておき、そのマーキングした場所まで移動する事が出来る。
ただし、フィールド上で使用できる場所はセーフティエリアのみであり、もっぱら途中セーブのような扱いを受けるアイテムであった。
とはいえ、序盤で使い捨てにするには中々高価なアイテムであり、ギルドで金を使った一行にはあまり多く手に入れられるアイテムではなかったのだが。
「まあ、帰還は死に戻りでいいでしょう。山下りるの面倒ですし」
「……そのさっぱりした決断を出来る精神が羨ましいな、俺は」
「嫌ですね、兄さん。褒めたら色んな物が出ますよ」
「出さんでいい。つーか出すな」
現実世界での妹分の行動を想像し、ライトは小さく嘆息する。
ニアクロウに戻り、再び雪山までやってきた面々は、『転移の楔』を一つだけ購入して山登りを開始していた。
ライトとヒカリは、いつも通り二人一組で空を飛び。アマミツキと白餡は、召喚したウルフベアの背中に乗って。
麓付近の敵は完全にスルーしながら、一行は凄まじい勢いで山を登っていた。
やがて雪が見え始めた頃になり、白餡は乗り物にするエネミーをイエタスへと切り替える。
そしてそんな間も、彼女は幼生結晶へと魔力を注ぎ続けていた。
「凄いですね、ゆきねさんのポーション。アマミツキが造ったものと同じぐらい回復しますよ」
「それを三分に一本ぐらい使う勢いのお前さんも凄まじいと思うがな……」
「でも、そのおかげでゲージも半分超えてきた感じじゃないか?」
流石にウルフベアほどのスピードは出ないのか、イエタスは雪の上をのしのしと進んでいく。
それでも雪の中を徒歩で進むよりは遥かにマシなのだが。
そんなイエタスの背中付近を飛ぶライトたちは、白餡の抱える幼生結晶のゲージを覗き込んでいた。
伸びている青いゲージは既に半分をオーバーしており、孵化作業が進んでいる事を示していた。
とはいえ、これだけ集中的にMPを注いでも尚それだけしか進んでいないとも言えるのだが。
「まあこのペースなら、生まれる前に十分餌を集められるだろう」
「そうですね……あ、兄さん」
「ああ、そろそろ敵が出てくるって言うんだろ?」
「はい、先行して殲滅をお願いします」
目立たないながら、アマミツキは《索敵》のスキルを有している。
《ハイディング》で隠れながらアイテムを収集する際には、このスキルも大いに役立っているのだ。
ほぼ常時使用しているこれらのスキルは熟練度も非常に高く、アマミツキは広い範囲のエネミーを察知することが可能である。
「よし、それじゃあ行くか、ヒカリ」
「あいよー。ライは攻撃しなくていいからな」
「分かってるよ、あんなのに追いかけられるのは二度とごめんだ」
雪崩に追いかけられた時の事を思い返し、ライトは思わず顔を顰める。
あの圧迫感は、VR世界とは思えないほどにリアルなものであった。
流石にあんな経験を二度もしたいとは思えず、ライトはインベントリからグレネードを取り出すことを自重する。
その代わり、より敵の攻撃に集中し、回避に専念するつもりであった。
「よし……っと、あれは」
「ん、どした、ライ?」
「いや、あそこの山小屋、以前使ってたところだなーと」
高い位置にいるからこそ、遠くの景色を見渡す事も出来る。
未だ高峰を見上げるような位置ではあるが、それでも十分な高さに存在している山小屋。
そこはかつて、ライトたちが滞在していた場所であった。
「あの時は結構時間をかけて上ってきたつもりだったが、こうしてみると一瞬だな」
「そうだなぁ。それに、今度はあっちをどんどん登っていくんだろ?」
そう言ってヒカリが指差す先は、山小屋を通り越した先にある、山の頂上だ。
この山は、登れば登るほど出現する敵の強さが上昇していく。
現在のレベルでは、以前まで戦っていた敵たちは既に苦戦するような相手ではない。
例えライトが戦えなかったとしても、十分に対応する事が可能であった。
「アマミツキの言ってた、氷の魔法生物は……」
「頂上付近だったな。時間が勿体無い、さっさと行くぞ」
「おうともさ」
二人は笑い、空を翔る。
そんな二人の行く手を阻むエネミーたちは、皆次々と灼熱の炎に包まれていったのだった。
今日の駄妹
「兄さんと一緒に遭難とかは流石に難易度高いですね……二人だけで迷う的な意味で。しかし体温で暖め合うという素敵イベントは是非体験してみたい所です」




